「自炊の森」に見る「自炊」の問題点

「自炊の森」という、店内コミックや同人誌をその場で電子書籍に「自炊」できる、自炊機器レンタルスペースが27日にプレオープンしたという(店内の漫画を「自炊」するレンタルスペースが仮オープン、裁断済み書籍を提供、ネット上は懸念の声多数 AKIBA PC Hotline!)。しかし、このサービスについては議論が高まっている。

私自身もこのサービスは著作権法的に「クロ」と考える。そもそも、私は「自炊」という行為に懐疑的ではあるが、自分が所有している本をどういう形にアレンジしようと、それはその人の勝手である。それを業として電子化するという時点で非常に怪しくなってくるし、さらに「自分が購入したのではない本」をスキャンさせて金を取るというのは、以下でも述べる理由により、完全に真っ黒だと思う。

2010年12月29日18:31| 記事内容分類:日本時事ネタ, 電子書籍| by 松永英明
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「自炊の森」の問題点

Twitter / @JisuinoMoriのツイートを引用してみよう。まず、11月にはこのように利便性がアナウンスされていた。

お店のコンセプトはシンプルで、つまり裁断済みの本を店内でご用意し、それを店頭で販売もしますし、またその本を店内のスキャンブースで電子化し、メモリーカードに入れてお持ち帰りする事ができます。(2010年11月05日 00:53:22)

導入するスキャナは、パナソニック KV-S5055CNが4台、キャノン DR-9080C1台の合計5台です。業務用のドキュメントスキャナなので、商業コミック1冊約1分程度でスキャン完了します。(2010年11月21日 13:16:52)

自炊派の方には定番のPFU Scansnap1500と比較して、読み込みが3倍以上(価格は3倍ではききませんが)の早さですのでかなり早く快適に自炊できます。(2010年11月21日 13:19:09)

紙のセット枚数も多いので、商業コミック1冊丸々セットできます。Scansnapの場合は50枚が限界ですので、2〜3回に分けて紙をセットする手間がありますので、自宅に自炊環境のある経験者の方にもご満足頂けると思います。(2010年11月21日 13:20:45)

また、12月27日には、このサービスが著作権法違反ではないという主張が連続ツイートされた。

当店のサービスの要点は、利用者ご自身が自分の体を使って自炊(スキャン)する、という点です。著作権法で定められている私的複製の要件として、これが求められるからです。(2010年12月27日 02:02:04)

これは良くある誤解なのですが、私的複製をする為の条件としてオリジナルの本を自分で買う必要は無いのです。例えば、図書館内で設置されているコピー機を使って複製する行為も、友人から書籍を借りて複製する行為も法的に全く問題有りません。著作権法第三十条に定得られている私的複製です。(2010年12月27日 02:04:38)

また、店内で本を来店者にアクセスさせる行為は、あくまで閲覧行為であって、これもまた著作権法上の貸与権条項には抵触しないのです。店から本を持ち出してはじめて貸与となります。(2010年12月27日 02:07:09)

少し著作権に詳しい人ならば、「公衆の自動複製装置を用いた複製は私的複製にあたらないのでは?」という質問が来るかもしれませんので、それに対しても予めコメント致します。(2010年12月27日 02:08:51)

著作権法 第5条の2 にて、文書または図画の複製に供するものを含まないとする、と記載されています。簡単に言えば、音楽や動画では公衆の自動複製装置を用いた複製は私的複製ではないと定められていますが、書籍の場合はその限りでは無いという事です。(2010年12月27日 02:14:47)

これについては、知的財産権に詳しい弁護士に事前に相談した上での見解です。少し長くなりましたが、コンプライアンス的には、店内の書籍を利用者が店内で自分の体を使って複製する事については、問題無いという認識です。(2010年12月27日 02:16:18)

ソープランドの言い訳と同じ「自炊の森」の主張

これらの主張については、反論が可能である。まずはその主張のポイントをまとめておこう。なお、上記の「著作権法 第5条の2」とは、「著作権法附則 第5条の2」の誤りであると考えられる。

  1. 利用者自身がスキャンするから「私的複製」に該当する。
  2. 購入した本でなく、借りた本を複製するのは「私的複製」に該当する。
  3. 店内で本を読ませるのは閲覧行為である。店から持ち出さない限り「貸与」に当たらない。
  4. 著作権法附則「第五条の二 著作権法第三十条第一項第一号及び第百十九条第二項第二号の規定の適用については、当分の間、これらの規定に規定する自動複製機器には、専ら文書又は図画の複製に供するものを含まないものとする。」により、書籍の自動複製装置を用いた複製は「私的複製」である。

著作権法附則第5条の2の内容がわかりにくいが、「著作権法第三十条第一項第一号」とは「公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器(複製の機能を有し、これに関する装置の全部又は主要な部分が自動化されている機器をいう。)を用いて複製する場合」、「第百十九条第二項第二号」とは「営利を目的として、第三十条第一項第一号に規定する自動複製機器を著作権、出版権又は著作隣接権の侵害となる著作物又は実演等の複製に使用させた者」である。

さて、堅苦しい表現は置いておいて、「私的使用」「私的複製」だからよいという主張になっている。また、店内では単に閲覧であり、それを読む人自身が複製するのだからよいという主張を行なっている。言い換えれば、このサービスは「自炊装置を備えて、自炊しやすい本を並べて」はあるものの、「自炊行為は利用者個人の勝手」と主張し、あくまでも「閲覧料としてカネを取る」仕組みである。

だが、この言い訳はソープランドに似ている。「ソープランドは入浴料を徴収しているだけだ。その中でのソープ嬢との行為は自由恋愛の結果としての行為であって売春/売春斡旋ではない」と主張するのと同じようなものである。その実態が「自分の購入していない本を自炊できるサービス」であることは間違いない。

図書館と比較すればわかる

これと似たシステムとしては図書館がある。公共的な図書館では特別に利用者による資料コピーが認められているが、複製においては「、(1)利用者の求めに応じて行うこと、(2)利用者の調査、研究目的であること、(3)原則として公表された著作物の一部分であること、(4)1利用者につき1部の提供であること」(CRIC はじめての著作権講座)という厳しい条件が課されている。

(1)はよいだろう。(2)も利用者の個人的な閲覧のためというのであれば問題ない。(4)もそれを頒布するようなことがなければ一応はOKである。

問題は「(3)原則として公表された著作物の一部分であること」である。どの図書館でも、「著作者の許可がない限り、一冊まるごとのコピーなどはできません」と明記されている。原則として書籍の場合は「本文の半分以下」がその基準だ。私も国会図書館でよく入手困難な本をがっつりコピーしようとすることがあるが、ノンブル(ページ数)のつけられていない図版折り込みページだとか表紙とかをコピーに含めるとコピー枚数の計算を間違ってオーバーしてしまうことがある。

ちなみに、国会図書館ではすべて館側がコピーをするが、都立中央図書館では最近、状態のよい本は自分でコピーできるようになった。また、自治体の図書館の多くはコピーサービスはすべて自前である。「利用者が複製している」という点ではまったく変わらない。

要するに、研究のため、公共の利益のためにということが認められている図書館であっても、館内で利用者の求めにより複製作業を行なわせる、あるいは代行するという場合、「一冊の半分を超える分量の複製」は著作権保護の観点から認めていない。

「店内での私的複製だから閲覧者の個人的行為」という言い訳は成り立たないといえよう。

「貸与」を否定した「自炊の森」の自縄自縛

ただし、図書館の本をまるごとコピーすること自体は不可能ではない。「3回通って1冊の1/3ずつコピーする」「複数人で一部分ずつコピーする」という方法もあるし、貸出可能な図書館なら本を借りてきてどこかのコピー屋なりコンビニでコピーすることもできる。

「自炊の森」も、「裁断した本のレンタル屋」と「裁断された本を自分で自炊できる機械が揃っているレンタル自炊屋」が別の店舗として存在しているなら、まさにパチンコ屋と玉の換金屋のような関係として成り立つかもしれないと思う。レンタル自炊屋は自分の本を持ち込んでもよい店だというのであれば、あくまでも「貸与」と「レンタル自炊屋」が別途成り立っている。

ところが、「自炊の森」では先のツイートで引用したとおり「店内で本を来店者にアクセスさせる行為は、あくまで閲覧行為であって、これもまた著作権法上の貸与権条項には抵触しないのです。店から本を持ち出してはじめて貸与となります」と明言している。つまり、断裁された本を「貸与」させないのだから、ここで述べたモデルは採用できない。これは自縄自縛というものだろう。

なぜ「貸与」してしまわないのか。TSUTAYAやブックオフのようにきちんとレンタル料を支払いさえすれば、「貸した本をどう使うかは利用者の勝手」と言って構わないと思うのだが……。

もちろん、現状では漫画喫茶では「閲覧であって貸与ではないからレンタル料を支払わなくてよい」ということになっている。それを念頭に「自炊の森」も「漫画閲覧サービス」と主張しているのだろう。そうすれば、書籍を一冊購入して裁断するだけの経費で済むという勘定があると思われる。

しかし、同じ店舗の中で「閲覧」させているものを、利用者が「私的複製」できる仕組みを整えても著作権を侵害しないというのは筋が通らない。もしそれが通用するのであれば、図書館でコピーするのも一冊まるまるできて然るべきだからだ。

もし権利関係を明確にしたければ、私なら「貸与」と認めて貸本として著作権者に利用料が入るようにした上で自炊は利用者の勝手と主張する。もしくは、本を仕入れて裁断した中古本を売る。

以上のような理由で、私は「自炊の森」のビジネスモデルはクロであると判断するし、もしKindleで読みたい本があったとしても「著作権料支払い回避のための仕組み」としか思えないこんなサービスを利用する気にはなれない。

福井弁護士の見解

著作権に詳しい福井健策弁護士はこのようにツイートしている。

微妙ですね(続) RT @kanda_daisuke: 先生、このサービスは適法でしょうか、違法でしょうか。 @watch_akiba: 店内の漫画を「自炊」するレンタルスペースが仮オープン、裁断済み書籍を提供 http://bit.ly/heJqgw(2010年12月29日15:45:53)

ざっと見ただけですが、考えられるのは貸与権と複製権。おそらく「書籍は店内で使わせているから貸与ではなく、マンガ喫茶と一緒で貸与権の侵害はない。スキャンしているのはユーザーなので私的複製で合法」という言い分でしょうか。 自炊スペース http://bit.ly/heJqgw(2010年12月29日15:47:54)

ただ、貸与でないというならお店側が裁断本を管理していることになり、そこが書店店頭のスキャン機材と違う。機材も本もお店の管理下でお客にスキャンだけさせて料金を取るとなると、お客に歌わせるカラオケ店の商売と似るか。 自炊スペース http://bit.ly/heJqgw(2010年12月29日15:50:27)

だとすれば無許諾は著作権侵害の可能性ありとなる。 自炊スペース http://bit.ly/heJqgw(2010年12月29日15:51:36)

「自炊」は「自炊」じゃないだろ

ところで、市販の書籍をばらしてスキャンして電子化する行為について「自炊」という言葉が使われているが、私はそれに疑問を持っている。自炊というのは、材料を買ってくるとしても料理自体は自分で独自にやるわけである。

しかし、今のいわゆる「自炊」は、コンビニで買ってきたお弁当をレンジでチンするだけの行為ではないか。もし文章を自分でInDesignなどを使ってレイアウトし直して、自分の使っているデバイスで最も読みやすいようにアレンジした上でPDF化するというのであれば、それが「自炊」である。あるいは、自分の好きな短編を集めてきてオリジナルの編集のもとで新たな短編集を作り上げるとか、関連する論文をつなげてみるとか、そういうのが「自炊」じゃないのか。

私が「自炊」に否定的なのは、「紙の本のレイアウト」が「紙の本」に最適化された形で作られているのに、紙と電子のメディア特性の違いをまったく考慮することなく、ただ単にスキャンして「電子でも見られる」形にすればそれで「電子書籍」になっている、と勘違いしている人が多いからである。もちろん、一時的な便法としてであれば否定はしない。だが、紙の本をそのままそっくり電子データに置き換えたとしても、それは電子書籍とは呼べないのである。

「A4サイズの論文を自炊してKindleで見たが、読みづらい」というツイートを見かけたことがある。当たり前である。A4サイズの論文は、その面積に合わせた組版/レイアウトが行なわれているのだ。それを文庫本サイズで印刷インクよりはドットも粗いKindleでそのまま読もうという方がおかしい。

かといって、文字列データだけを流し込む形式(リフロー)なら解決するというものでもない。たとえば、論文や教科書によく見られる形式だが、本文の下や横に脚注欄がとられているものがある。工作舎などの本にもよくある、アレだ。あれは、本文と、それに対応する注釈が同じ紙面の中に同時に見えるということに重要なポイントがあるのであって、それをポップアップやリンクで再現したとしても「再現」できているとは言わない。しかし、今の電子書籍の技術では、レイアウトし直す以外に解決策はないのである。

Kindleの画面は文庫本の版面と同じくらいかやや小さめである。しかもそれは見開きではない。書籍にはたとえば「図版は主に左ページ(あるいは左ページ上半分)に入れるようにする」といった、読みやすさを踏まえた作法(あるいは出版文化)というものがあるのだが、そういうものが通用しないのが電子書籍デバイスなのである。だとしたら、電子書籍に向いたレイアウトを考えなければならない(レイアウト不要論は論外)。

そういう意味で、(一般的な意味で)「自炊」しただけの本は電子書籍ではないし、あるいは紙の本のために考えられたレイアウト済みデータをそのままPDF化したとしても電子書籍とは呼べない、と私は考えている。iPad向けならアプリ機能としていろいろ連動できるとか、Kindle向けならあの画面サイズで最も読みやすいレイアウトがなされているとか、そういう「もっとも適切な表現」を作り上げていかなければならない。

電子書籍流通量の問題

ところで、この「自炊の森」問題について、「電子化されている本が少ないから、こういう業態が出てくるんだ。日本の出版社はここに文句を言う前に電子書籍の点数を増やすことを考えろ」という意見もツイッターなどで見かける。

出版社は自炊の森に文句を言っていいと思うが、一つだけ強く要望したいことがある。それは「電子書籍発行の独占権を握ろうとしないでほしい」ということである。

紙の本は、発行権が独占されている。だから、私の本にもあるのだが、長らく再版されていないのに契約だけは継続していて、事実上の絶版状態なのに他社から出すこともできない、という塩漬け本が出てくる。あるいは「在庫がまだ市場に残っているから契約解除はできない(したければ本を買い取れ)」的な圧力があったりもする。

そのような現状なのに、出版社側には「紙の本を出すときに電子書籍発行権も自動的についてくる契約」を強要しようという動きが見られる。これは書き手に取ってはゆゆしき問題である。

その出版社が手広くやっているならまだいいだろう。しかし、「Apple Store対応の電子書籍は作るが、Kindle対応はやらない」というような出版社があった場合、その本はKindleでは読めなくなってしまう。

もし、電子書籍については「ある電子書籍版元で出したとしても、他社とも契約する権利は著者が持っている」という状態であれば、たとえばブクログのパブーで著者自ら本を出したり、出版社公式版とは別にディレクターズカット著者自費出版版が出たり、というようなことになって、多様性を満たすことができるだろう。

「電子書籍の権利の囲い込みを出版社に認めない(もちろん著者がそれを望むなら契約してもよいが、それをスタンダードにしたり、強要したりしない)」ということが、電子書籍の点数を増やすために最も大切なことである。

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2010年12月29日18:31| 記事内容分類:日本時事ネタ, 電子書籍| by 松永英明
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私は日本語がうまくない。
自炊の森の主催者が誰かが分からない。
教えてほしい。

また、このマンガ関係者は、たくさん著作権使用許諾を
得ているようだ。

http://imagination-power.asia/

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このページは、松永英明が2010年12月29日 18:31に書いたブログ記事です。
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