「被曝」という言葉の誤用があまりにも自然に広まっている

「被曝(放射線にさらされること)」と「被爆(原水爆の被害を受けること)」が同音異義語だという知識は震災後広まったが、一方で「被曝」という言葉の誤用があまりにも自然に広まってしまっているようである。

被曝とは「人体に悪影響を及ぼす可能性のある物質に曝されること」である。したがって、放射線の量が多かろうと微量だろうと、とにかく放射線を浴びたら「被曝」である。ところが、どうやら「健康被害の出るような量(あるいは基準値以上の量)の放射線を浴びること」を「被曝」と考える誤用が広まっているようなのである。

最初にその実例を見たのはmixiで「子どもたちは0.3mSv/yでも被曝すると信じている人」という表現だった。いや、0.0001mSv/yでも被曝は被曝なのである。

2011年6月 8日16:51| 記事内容分類:日本時事ネタ| by 松永英明
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被曝は「さらされる」

広辞苑でも岩波国語辞典でも「【被曝】放射線にさらされること。」とあるが、実際には放射線には限定されない。農薬を浴びるのも被曝である。

【曝】さらす。中身を外に出して、日にさらす。(漢字源)

「曝(さら)す」ことを「被(こう)むる」、すなわち被曝=「さらされる」という受身形の意味である。ウィキペディアでも「被曝(ひばく)とは、放射線や化学物質にさらされることをいう」と冒頭に書かれており、その説明は正しい。

英和辞典でも「be exposed to radiation 放射能に被曝する.」とあり、要するに「expose=さらす」の受身で「放射線にさらされる」のが被曝なのである。

ところが、「健康被害のおそれがあるような基準値以上の放射線にさらされること」という意味での誤用が多いようである。先に引用したmixi投稿では、言外に「1mSv/y以上が被曝であって、それ以下は被曝ではない」と考えている。ところが、もちろん0.3mSv/yだろうと0.0001mSv/yだろうと「被曝」は「被曝」なのだ。被曝という言葉単体では「健康被害が出るか否か」という判断はまったく含まれていない。「健康被害が出るほどの被曝」かどうか、という話はまた別のことである。

被曝の誤用例

人力検索はてなで質問してみたところ、いくつかの誤用例が実際に指摘された。

たとえば掲示板へのこの投稿である。

50 名前 空白さん - 2011/03/22(火) 15:58:37 ID:jN1fvmGoUw 人災による放射線を伴う事故としては12年前の臨界事故ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%B5%B7%E6%9D%91JCO%E8%87%A8%E7%95%8C%E4%BA%8B%E6%95%85が記憶に新しいですが、当時は1ミリシーベルト(1000マイクロシーベルト)でも被曝と呼ばれていたんだなぁ...
まぁ、自然放射線が2.4ミリシーベルトですから"人工放射線"に限られるらしいですが。
確かにttp://eq.yahoo.co.jp/の一番下の基準にもまだ残っています。
ただ、これを今回適用しちゃうと1000マイクロシーベルトは0.11マイクロシーベルト/時になっちゃいますので福島以外も被曝者扱いになるので、当時と今の被曝者基準の違いに騒いでる人もいるのかとも思ってしまいました。

「当時は1ミリシーベルト(1000マイクロシーベルト)でも被曝と呼ばれていたんだなぁ」……いや、今でもそうである。「これを今回適用しちゃうと……福島以外も被曝者扱いになる」といっているが、そもそも「被曝者」という言葉自体の認識を誤っている(原爆等の「被爆者」と勘違いしているのだろう)。もちろん「基準値以上の放射線を被曝した人」という表現は成り立ちうるが、基準値以上だろうとごく微量だろうと放射線を浴びたら「被曝」なのだ。

ツイッターでもこのような投稿があった。

180ミリシーベルトで被曝した作業員がいたが(屋内は約400ミリ)今回は1000ミリシーベルト超でも被曝しないと評論家は言っている。

「180ミリシーベルトで被曝した作業員がいたが(屋内は約400ミリ)」という部分については、「180ミリシーベルトなら充分に(健康被害がありえる)被曝である」と主張している。

後半で「1000ミリシーベルト超でも被曝しないと評論家は言っている」というのだが、被曝した放射線量の大小で「被曝する/しない」が決まるわけではない。だから、どこの誰が「1000ミリシーベルト超でも被曝しない」と言ったのかは知らないが、もしそう言った人がいたら明らかに誤用だし、一方で「いや、1000ミリシーベルトでなくても180ミリシーベルトでも人体に被害があるぞ」と主張する人も「被曝=健康被害が出るような放射線を浴びること」だと誤解しているわけである。

最も派手なのが、このブログ記事だ。「放射能を浴びても被爆しない人もいた | fukiyuki の 日記」というブログ記事の見出しである。

放射線ではなく「放射能」、被曝ではなく「被爆」と書いているあたり、科学的な理解がないままに受け売りの知識で書いているのだろうと思うのだが……。おそらく本文から推測して「放射線を浴びても被曝しない人もいた」と書きたかったのだろうと斟酌した上で、「放射線を浴びる=被曝」を代入してみると、「被曝しても被爆しない人もいた」となって、一体何のこっちゃということになる。

いや、もしかしたら「放射能を浴びる=被《曝》しても被《爆》しない人もいた」と言いたかったのだろうか。それなら意味は通じる。今回の震災で、東日本の多くの人が「被曝」しただろうが、原爆や水爆の被害は受けていないので、「被爆」はしていない。――ただ、そんなつもりでこのブログ記事が書かれたのでないことも明らかである。

要するに記事中の図で「200mSvの全身被曝」について「これより低い線量では臨床症状が確認されていません」という部分を見て「ああ、それ以下なら被爆(被曝)じゃないんだ」と勘違いしたものと思われる。

質問に対するコメントでも……

驚いたのは、この質問に対するコメントで、「被曝とは一定量以上の放射線を浴びることだ」と勘違いしたものが寄せられたことだ。「「被曝」という言葉を、「放射線を浴びる」という意味ではなく「放射線による健康被害を受ける」という意味で使う誤用が一部で広まり始めているようです。同様に「被曝」という言葉を誤用している実例を教えてください。」という質問に対して、

放射線は毎日浴びてると思うけど。

というコメントがあった。これも「被曝=健康被害レベルのものを指す」的な勘違いをしているがゆえのコメントと思われる。

ウィキペディアの記述を引用すると「天然に存在する微量の放射線源(自然放射線)からも人体は被曝しており、《自然被曝》と呼ばれる。また、X線撮影や癌治療など医療・治療における被曝を《医療被曝》という。法律で規制される被曝限度には、自然被曝と医療被曝は含まれない」とある。つまり、「放射線は毎日浴びてる」わけで、それも当然「被曝」である。それが健康上問題とはならないと判断されているだけの話だ。

また、「つまり放射線ヨウ素をごく微量あびただけでも被曝なんですか?」というコメントもあった。「放射性ヨウ素からの放射線」と言いたかったのだろうが、ごく微量だろうとなんだろうと「放射線を浴びる」ことが「被曝」である。

「そんな微量なら被曝したうちに入らない」という表現であれば誤用ではないと思われるが、とにかく「浴びる」ことが「被曝」だということはしっかりと認識しておきたいものだ。

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