男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。
それの年(承平四年)のしはすの二十日あまり一日の戌の時に門出す。そのよしいさゝかものにかきつく。ある人縣の四年五年はてゝ例のことゞも皆しをへて、解由など取りて住むたちより出でゝ船に乘るべき所へわたる。かれこれ知る知らぬおくりす。年ごろよ具しつる人々なむわかれ難く思ひてその日頻にとかくしつゝのゝしるうちに夜更けぬ。
男も書くという日記(ゑぶろぐ)というものを、女もしてみよう(or女文字=仮名でやってみよう)ってことでやってみます。
その年(承平四年=934年)の12月21日午後8時ごろに出発しました。そのことをちょっと書いてみますね。
ある人が、土佐国司としての任期の四~五年ほどが終わって、お決まりの引き継ぎなんかも全部終わってしまって、任務完了の解由状とか受け取って、住んでいた国司の館から出て、船に乗るところまで行きました。あの人この人、知ってる人も知らない人もいますが、見送ってくれました。長い間、親しくしてきた人たちとは別れがたく思い、その日は一日中なにやら騒がしくしているうちに夜が更けてしまいました。
■関連リンク
●土佐の国司の館(国衙)の場所:高知県南国市比江(MapFan)
●土佐国衙跡(新千年紀への贈り物 文化財ロマンストーリー)
作者は紀貫之ですが、女のふりをして、男文字(漢文)ではなく女文字(仮名)で書いたのがこの日記、というのが通説となっています。そういうわけで、土佐守(とさのかみ)だった紀貫之自身のことを「前の守」というように第3者的に書いています。
実際には、承平四年師走二十一日は、ユリウス暦の935年1月28日に当たります。しかし、ブログの投稿日が日記と一致している方がよさそうなので、旧暦の日付のまま投稿しています。ちなみにこのときの天皇は朱雀院、摂政は藤原忠平卿であります。
訳が学校で習ったものより、柔らかい感じですんなりと読めました。情景が想像しやすく、テストに向けて勉強が進みそうです。
このサイトを見ながら古典の勉強をしました。
すごくためになってたすかりました!
これから先も古典の授業の授業で土佐日記があったらここのサイトを見ながらやりたいと思います!ありがとうございました!
初めまして。
今回初めてブログなるものに挑戦しようと思い、こちらの文章を引用させて頂きました。
初心者なので、トラックバックという言葉は知っているものの使い方がよく分からないので、こちらから投稿する事で、ご連絡させて頂きます。
(Myブログは只今製作中で近日オープン予定です。)
今、国語に授業で門出をしたます!!!
ここのは、すっごいわかりやすかったです★
では!!
貴重なサイト、ありがたく拝見しました。
ところで、最初の訳文の中の
「例のことども」の訳が「ひきつぎの件」となっているようですが、書籍によっては「午前中のいつもの仕事」となっているものがあります。当時の役人は午前中に「神にいのったり、日記をかいたり雑務をした」ことを「例のこと」といいならわすことがあったためとのことです。
この点、管理人さんはどのようにおかんがえでしょう。
私は、まったくの門外漢で、専門は英文学です。単に図書館で先日借りた「土佐日記」にたまたま先の解説があったので、
「なるほどな~」と感心していて、ちょうどその部分が「異訳」されていたので、純粋に興味をもったのです。
ご迷惑でなければ、また、
このレスで回答いただければ幸いです。
勉強させていただきます。
はじめまして。
TOEIC関係のサイトを執筆していますkuroko と申します。今回、英文日記のすすめ、という記事を書く際に、トラックバックさせていただきました。
古典を現代語で読む、ブログの感覚で読む。
とっても面白い発想だと思いました。
これからもがんばってくださいね!
知り合いの塾講師(国語担当)にも、このサイトのことを知らせたいと思います。
テストで土佐日記が出るということで検索してみると!!
このサイトに出会いましたっ★
メチャクチャわかりやすくて感動しました~!!嬉
今からこれをみて勉強しようと思いますっ♪