二〇〇八年十月三十日

天気も読めない船頭 [土佐日記]

 四日、舵取、「今日、風雲の気色はなはだ悪し」と言ひて、舟出ださずなりぬ。しかれども、終日に波風立たず。この舵取は、日もえ計らぬかたゐなりけり。
 この泊の浜には種々のうるはしき貝石など多かり。かかれば、ただ昔の人を恋ひつつ舟なる人の詠める、

 「寄する波打ちも寄せなん我が恋ふる
  人忘れ貝下りて拾はむ」

 と言へば、ある人耐へずして、舟の心やりに詠める、

 「忘貝拾ひしもせじ白玉を
  恋ふるをだにもかたみと思はん」

 となん言へる。女子のためには、親幼くなりぬべし。「珠ならずもありけんを」と人言はむや。されども、「死じ子、顔よかりき」と言ふやうもあり。

 なほ同じ所に、日を経ることを嘆きて、ある女の詠める歌、

 「手を漬てて寒さも知らぬ泉にぞ
  汲むとはなしに日ごろ経にける」

 四日。船頭が「今日は風雲の様子がきわめて悪い」といって、船を出さなかった。ところが、一日中波風は立たない。この船頭は天気もわからん乞食野郎ね。

 この港の浜には、いろいろきれいな貝・石などが多くありました。なので、ただ亡くなった子のことばかり恋しがって船にいる人が詠んだのは、

 「寄せる波よ
  恋しい人を忘れると
  いう忘れ貝を打ち寄せて
  そしたら下りて拾いにいくから」

 そうすると、ある人が耐えられなくなって、船の気晴らしに詠んだのは、

 「忘れ貝 拾いはしない
  白玉のようなあの子を恋しがるだけで形見と思おう」

という歌。亡くなった女の子を思うと、親は子供のようになってしまうみたいです。「玉ってのは言い過ぎじゃないの?」と言う人もいるかも。でも、「死んだ子の顔はよかったものよ」なんていう言い方もあるしね。

 ずっと同じところで日を過ごすことを嘆いて、ある女が詠んだ歌。

 「泉と言っても本物の泉じゃなくて国名の和泉
  だから手を濡らしても寒く思わない
  そこで水も汲まずに日だけ過ぎゆく」

by 紀貫之&松永英明 二〇〇八年十月三十日
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[No.1] 投稿者:ゆずゆ[2007年12月 4日 22:42]comment

あたしゎ中3ですッ!
今テスト期間中でこの訳のおかげでテスト勉強ができました!!!
ありがとうございましたあ♪

[No.2] 投稿者:りな[2007年12月10日 05:03]comment


高1です!
テストに役立ちました。
ありがとうございます。

[No.3] 投稿者:rei[2008年10月30日 13:49]comment

日本語と日本の文学を専攻している韓国人です。
今、土佐日記に関する卒業の論文を書いています。
このBlogがいろいろ手伝いになりました。
ありがとうございます。

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