二〇〇七年十月十七日

川の水が浅すぎ [土佐日記]

 七日、今日、河尻に舟入り立ちて、漕ぎ上るに、河の水乾て、悩みわづらふ。舟の上ること、いとかたし。かかる間に舟君の病者、もとよりこちごちしき人にて、かうやうのこと、さらに知らざりけり。かかれども、淡路専女の歌に、賞でて都誇りにもやあらん、からくしてあやしき歌捻り出だせり。その歌は、

 「来と来ては河上り地の水を浅み
  舟も我が身もなづむ今日かな」

 これは病をすれば詠めるなるべし。一歌にことの飽かねば、今一つ、

 「とくと思ふ舟悩ますは我がために
  水の心の浅きなりけり」

 この歌は都近くなりぬる喜びに耐へずして、言へるなるべし。「淡路の御の歌に劣れり。嫉き。言はざらましものを」と、悔しがるうちに、夜になりて寝にけり。

 7日、今日は河口に船が入って、漕ぎ上っていったんですが、川の水は乾いていて、苦労しました。船が上るのは何とも難しかったんです。そんなとき、船の主人である病人は、もともと無骨な人で、そういう歌を詠むようなことは全然わきまえてないんです(なんちゃってね)。だけど、淡路の老女の歌に感動し、都が近くて元気づけられたのか、なんとかして、あやしい歌をひねり出したんです。その歌は、

 「やっとこさ来たら川を上るにも水が浅すぎ
  船もわが身もつらい今日だね」

 これは病気だったからこう詠んだのでしょう。一つだけでは言い足りなかったので、もう一首、

 「早く早くと思っていても川の水が船を悩ますのは
  わたしに対する思いやりが浅いからだ」

 この歌は、都が近くなった喜びに耐えきれずに歌ったものでしょう。「淡路のばあさんの歌に劣っている。くやしい! 言わなければよかった」と悔しがっているうちに、夜になったので寝ました(´ー`)オヤシミ

by 紀貫之&松永英明 二〇〇七年十月十七日
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