九三五年二月一日

黒崎の松原

 二月一日、朝の間、雨降る。午時ばかりに止みぬれば、和泉の灘といふ所より出でて漕ぎ行く。海の上、昨日のごとくに風波見えず。黒崎の松原を経て行く。所の名は黒く、松の色は青く、磯の波は雪のごとくに、貝の色は蘇芳に、五色にいま一色ぞ足らぬ。この間に、今日は箱の浦といふ所より綱手曳きて行く。かく行く間にある人の詠める歌、

 「玉くしげ箱の浦波立たぬ日は
  海を鏡とたれか見ざらむ」

 又舟君の言はく、「この月までなりぬること」と嘆きて、苦しきに耐へずして、「人も言ふこと」とて心やりに言へる、

 「曳く舟の綱手の長き春の日を
  四十日五十まで我は経にけり」

 聞く人の思へるやう、「なぞただことなる」とひそかに言ふべし。
「舟君のからく捻り出だしてよしと思へることを。怨じもこそし給べ」
とて、つつめきて止みぬ。にはかに猶波高ければ留まりぬ。

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九三五年二月二日

一日中お祈り

 二日、雨風止まず。日一日、夜もすがら神仏を祈る。

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九三五年二月三日

涙の玉

 三日、海の上、昨日のやうなれば、舟出ださず。風の吹くこと止まねば、岸の波立ち返る。これにつけても詠める歌、

 「麻を縒りてかひなき物は落ち積もる
  涙の玉を抜かぬなりけり」

 かくて、今日暮れぬ。

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九三五年二月四日

天気も読めない船頭

 四日、舵取、「今日、風雲の気色はなはだ悪し」と言ひて、舟出ださずなりぬ。しかれども、終日に波風立たず。この舵取は、日もえ計らぬかたゐなりけり。
 この泊の浜には種々のうるはしき貝石など多かり。かかれば、ただ昔の人を恋ひつつ舟なる人の詠める、

 「寄する波打ちも寄せなん我が恋ふる
  人忘れ貝下りて拾はむ」

 と言へば、ある人耐へずして、舟の心やりに詠める、

 「忘貝拾ひしもせじ白玉を
  恋ふるをだにもかたみと思はん」

 となん言へる。女子のためには、親幼くなりぬべし。「珠ならずもありけんを」と人言はむや。されども、「死じ子、顔よかりき」と言ふやうもあり。

 なほ同じ所に、日を経ることを嘆きて、ある女の詠める歌、

 「手を漬てて寒さも知らぬ泉にぞ
  汲むとはなしに日ごろ経にける」

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九三五年二月五日

欲深な住吉の神

 五日、今日からくして和泉の灘より小津の泊を追ふ。松原、目もはるばるなり。これかれ、苦しければ、詠める歌、

 「行けど猶行やられぬは妹か績む
  小津の浦なる岸の松原」

 かく言ひ続くる程に、「舟とく漕げ。日のよきに」と催せば、舵取、舟子どもに言はく、「御舟よりおほせ給ぶなり。朝北の出で来ぬ先に、綱手はや曳け」と言ふ。この言葉の歌のやうなるは、舵取のおのづからの言葉なり。舵取は、うつたへに、我、歌のやうなること言ふとにもあらず。聞く人の、「あやしく歌めきても言ひつるかな」とて、書き出だせれば、げに三十文字余りなりけり。

 「今日、波な立ちそ」と人々終日に祈るしるしありて、風波、立たず。今し、鴎群れゐて、遊ぶ所あり。京の近づく喜びのあまりに、ある童の詠める歌、

 「祈り来る風間と思ふをあやなくも
  鴎さへだに波と見ゆらん」

 と言ひて行く間に、いしつと言ふ所の松原おもしろくて、浜辺遠し。

 又住吉のわたりを漕ぎ行く。ある人の詠める歌、

 「今見てぞ身をも知りぬる住の江の
  松より先に我は経にけり」

 ここに昔へ人の母一人片時も忘れねば詠める、

 「住吉に舟さし寄せよ忘草
  しるしありやと摘みて行くべく」

 となん。うつたへに忘れなむとにはあらで、恋しき心地しばし休めて、又も恋ふる力にせむとなるべし。

 かく言ひて、眺めつつ来る間に、ゆくりなく風吹きて漕げども漕げども、後方退きに退きて、ほとほとしくうちはめつべし。舵取の言はく、「この住吉の明神は、例の神ぞかし。欲しき物ぞおはすらん」とは、今めくものか。

 さて、「幣を奉り給へ」と言ふ。言ふに従ひて、幣奉る。かく奉れど、もはら風止まで、いや吹きに、いや立ちに、風波の危ければ、舵取又言はく、「幣には御心の行かねば、御舟も行かぬなめり。なほ、嬉しと思ひ給ぶべき物奉り給べ」と言ふ。また言ふに従ひて、「いかがはせむ」とて、「眼もこそ二つあれ、ただ一つある鏡を奉る」とて、海にうちはめつれば、口惜し。されば、うちつけに、海は鏡の面のごとなりぬれば、ある人の詠める歌、

 「ちはやぶる神の心の荒るる海に
  鏡を入れてかつ見つるかな」

 いたく、住の江、忘れ草、岸の姫松などいふ神にはあらずかし。目もうつらゝゝ、鏡に神の心をこそは見つれ。舵取の心は神のみ心なり。

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九三五年二月六日

難波についた

 六日、澪標のもとより出でて、難波着きて、河尻に入る。みなみな人々、媼、翁、額に手を当てて、喜ぶこと、二つなし。かの舟酔ひの淡路の島の大い御、「都近くなりぬ」と言ふを喜びて、舟底より頭をもたげ、かくぞ言へる。

 「いつしかといぶせかりつる難波潟
  葦漕ぎ退けて御舟来にけり」

 いと思ひの外なる人の言へれば、人々あやしがる。これが中に、心地悩む舟君、いたく賞でて、「舟酔ひし給うべりし御顔には、似ずもあるかな」と言ひける。

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九三五年二月七日

川の水が浅すぎ

 七日、今日、河尻に舟入り立ちて、漕ぎ上るに、河の水乾て、悩みわづらふ。舟の上ること、いとかたし。かかる間に舟君の病者、もとよりこちごちしき人にて、かうやうのこと、さらに知らざりけり。かかれども、淡路専女の歌に、賞でて都誇りにもやあらん、からくしてあやしき歌捻り出だせり。その歌は、

 「来と来ては河上り地の水を浅み
  舟も我が身もなづむ今日かな」

 これは病をすれば詠めるなるべし。一歌にことの飽かねば、今一つ、

 「とくと思ふ舟悩ますは我がために
  水の心の浅きなりけり」

 この歌は都近くなりぬる喜びに耐へずして、言へるなるべし。「淡路の御の歌に劣れり。嫉き。言はざらましものを」と、悔しがるうちに、夜になりて寝にけり。

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九三五年二月八日

エビで鯛を釣るような話

 八日、なほ、河上りになづみて、鳥飼の御牧といふほとりに泊る。今宵、舟君、例の病おこりていたく悩む。
 ある人、あざらかなる物持て来たり。米して返ごとす。男どもひそかに言ふなり。「飯粒してもつ釣る」とや。かうやうのこと、所々にあり。今日節忌すれば、魚不用。

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九三五年二月九日

風情と悲しみ

 九日、心もとなさに、明けぬから、舟を曳きつつ上れども、河の水なければ、ゐざりにのみぞゐざる。この間にわだの泊のあかれの所といふ所あり。米、魚など乞へば、行ひつ。
 かくて舟曳き上るに、渚の院といふ所を見つつ行く。その院、昔を思やりて見れば、おもしろかりける所也。後方なる岡には、松の木どもあり。中の庭には、梅の花咲けり。ここに、人々の言はく、
「これ、昔、名高く聞こえたる所也」
「故惟喬の親王の御供に、故在原の業平の中将の、『世の中に絶えて桜の咲かざらば  春の心はのどけからまし』といふ歌詠める所なりけり」

 今、今日ある人、所に似たる歌詠めり。

 「千代経たる松にはあれど古の
  声の寒さは変はらざりけり」

 又、ある人の詠める、

 「君恋ひて世を経る宿の梅花
  昔の香にぞ猶匂ひける」

 と、言ひつつぞ、都の近づくを喜びつつ上る。かく上る人々の中に、京より下りし時に、みな人子どもなかりき、到れりし国にてぞ、子生める者どもありあへる。人みな、舟の泊る所に子を抱きつつ降り乗りす。これを見て、昔の子の母、悲しきに耐へずして、

 「なかりしも有つつ帰る人の子を
  ありしもなくて来るが悲しさ」

 と言ひてぞ泣きける。父もこれを聞きて、いかがあらん。かうやうのことも歌も、好むとてあるにもあらざるべし。唐土もここも、思ふことに耐へぬ時のわざとか。
 今宵、鵜殿といふ所に泊る。

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九三五年二月十日

障りあり

 十日、障ることありて上らず。

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九三五年二月十一日

さざ波と青柳

 十一日、雨いささかに降りて止みぬ。かくて、さし上るに、東の方に、山の横ほれるを見て、人に問へば、「八幡の宮」と言ふ。これを聞きて喜びて人々拝み奉る。

 山崎の橋見ゆ。嬉しきことかぎりなし。ここに相応寺のほとりに、しばし舟を留めて、とかく定むることあり。この寺の岸ほとりに、柳多くあり。ある人この柳の影の河の底に映れるを見て詠める歌、

 「さざれ波寄する綾をば青柳の
  影の糸して織るかとぞ見る」

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九三五年二月十二日

山崎に。

 十二日、山崎にあり。

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九三五年二月十三日

まだ山崎に。

 十三日、なほ山崎に。

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九三五年二月十四日

山崎に雨が降る

 十四日、雨降る。今日、車、京へ取りにやる。

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九三五年二月十五日

疑ってごめんね

 十五日、今日、車率て来たり。舟のむつかしさに、舟より人の家に移る。この人の家、喜べるやうにて饗応したり。この主人の、また饗応のよきを見るに、うたて思ほゆ。色々に返りごとす。家の人の出で入り、にくげならず、ゐややかなり。

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九三五年二月十六日

京に着いたはいいけれど……[最終回]

 十六日、今日の夜さつかた、京へ上る。ついでに見れば、山崎の小櫃の絵も、まがりの大鉤の像も、変はらざりけり。
 「売り人の心をぞ知らぬ」
 とぞ言ふなる。
 かくて、京へ行くに、島坂にて、人、供応ゝたり。必ずしもあるまじきわざなり。発ちて行きし時よりは、帰る時ぞ人はとかくありける。これにも返り事す。夜になして、京には入らん、と思へば、急ぎしもせぬ程に、月出でぬ。桂河、月の明かきにぞ渡る。人々の言はく、「この河、飛鳥河にあらねば、淵瀬さらに変はらざりけり」と言ひて、ある人の詠める歌、

 「久方の月に生ひたる桂河
  底なる影も変はらざりけり」

 又、ある人の言へる、

 「天雲の遥かなりつる桂河
  袖を漬でゝも渡りぬるかな」

 又、ある人、詠めり。

 「桂河我が心にも通はねど 
  同じ深さに流るべらなり」

 京の嬉しきあまりに、哥もあまりぞ多かる。
 夜更けて来れば、所々も見えず。京に入りたちて嬉し。
 家に到りて、門に入るに、月明かければ、いとよく有様見ゆ。聞きしよりもまして、言ふかひなくぞ毀れ破れたる。家に預けたりつる人の心も荒れたるなりけり。中垣こそあれ、一つ家のやうなれば、望みて預れる也。さるは、便りごとに物は絶えず得させたり。今宵、「かゝること」と、声高に物も言はせず。いとはつらく見ゆれど、心ざしはせむとす。
 さて、池めいて窪まり水漬ける所あり。ほとりに松もありき。五年六年のうちに、千年や過ぎにけん、片方はなくなりにけり。今生ひたるぞ交れる。大方のみな荒れにたれば、「あはれ」とぞ、人々言ふ。思ひ出でぬことなく、思ひ恋しきがうちに、この家にて生まれしをんなこのもろともに帰らねば、いかがは悲しき。舟人もみな子たかりてののしる。かかるうちに、なほ悲しきに耐へずして、ひそかに心知れる人々言へりける歌、

 「生まれしも帰らぬ物を我が宿に
  小松のあるを見るが悲しさ」

 なほ、飽かずやあらむ、又、かくなん。

 「見し人の松の千歳に見ましかば
  遠く悲しき別れせましや」

 忘れがたく口惜しきこと多かれど、え尽くさず。とまれかうまれ、とく破りてん。

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