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	<title>痿陰隠逸伝 - 版の履歴</title>
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	<updated>2026-05-03T04:24:27Z</updated>
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		<title>松永英明: 新しいページ: '『'''痿陰隠逸伝'''（なえまらいんいつでん、痿陰隠逸傳）』は、平賀源内の著作。明和五年（1768）の作で、風来山人悟道軒の筆...'</title>
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		<updated>2008-10-14T14:56:01Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;新しいページ: &amp;#039;『&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;痿陰隠逸伝&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;（なえまらいんいつでん、痿陰隠逸傳）』は、&lt;a href=&quot;/pedia/w/index.php?title=%E5%B9%B3%E8%B3%80%E6%BA%90%E5%86%85&amp;amp;action=edit&amp;amp;redlink=1&quot; class=&quot;new&quot; title=&quot;平賀源内 (存在しないページ)&quot;&gt;平賀源内&lt;/a&gt;の著作。明和五年（1768）の作で、風来山人悟道軒の筆...&amp;#039;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;『'''痿陰隠逸伝'''（なえまらいんいつでん、痿陰隠逸傳）』は、[[平賀源内]]の著作。明和五年（1768）の作で、風来山人悟道軒の筆名で出された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以下、松永英明による全文の現代語訳を掲載する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==痿陰隠逸伝自叙==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
童謡にいわく。「とてもするならおおきなことしやれ、奈良の大仏のけつしやれ」（どうせするなら大きなことをしやれ、奈良の大仏のケツを掘れ）。愉快な言葉だ。慷慨の士の中霊（マラ）を勃起させることができる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
かの女媧が五色の石を煉って三百余りの等茎（はりかた：陰茎形の淫具）を補い&amp;lt;ref&amp;gt;女媧（じょか）は中国神話で人間を創造したともされる女神。天が傾き、世界が裂けて大雨が降り注いだとき、女媧は五色の石を煉って天をふさいだ。&amp;lt;/ref&amp;gt;、漢の高祖は三尺の勢（マラ）をふるって四百数年の小戸を割る&amp;lt;ref&amp;gt;漢の高祖・劉邦は「自分は庶民の出身であったが、三尺の剣を持って天下を取った。これこそ天命である」と述べた。漢代は約400年続いた。&amp;lt;/ref&amp;gt;がごときは、おおきなことをしたといえよう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、時に前後があり、勢（マラ）に大小あり。ゆえにやらかすところは異なるかもしれないが、その志したがるところは一つなのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ああ、わが勢（マラ）は逸群（＝多くの人よりすぐれているモノ）だが、世にこれを容れる淫婦（スケヘイ）なければ、なんぼ口説いても「戸板にごろつく豆よ」の歌どおり。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
易にいわく、「括嚢。无咎无譽（袋をくくる＝口を閉じるなら、咎もなく、誉れもない）」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「起」を得ても「施」（きまる＝ハマる）ところがないならば、痿（くにゃくにゃ）のほうがずっといい。ゆえに「痿えた」というのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明和五年三月　風来山人・悟道軒に題す&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（天竺浪人　印）（字余曰水虎　印）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''賛にいわく'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
六寸ばかりの橛（きのきれ）、十丈の舌、万物の根をほり、虚空の（＝むやみに）穴を説き、天下の晴をめつぶし、娑婆の埒を明らかにし、人の行き過ぎる（粋すぎる）のを晒し、世のあともどりを悲しむ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''咦（わら）い'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
閻浮のしかばねに配偶し、精・血を減らさず、一つの屁の声を聞き、奈落の滅するを悟る。無名禅師撰。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==痿陰隠逸伝==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天に日月があるように、人に両眼がある。地に松茸があるように、胯（また）に彼物がある。その父を屁といい、母を於奈良（おなら）という。鳴るのは陽であって、臭いのは陰である。陰陽はたがいにぶつかって、無の中に有を生じてこのものを産む。よって字（あざな）を「屁子（へのこ）」という。小さい子のを「指似（しじ）」といい、また「珍宝（ちんぽう）」と呼ぶ。形が備わってその名を「麻羅（まら）」と呼び、号を「天礼莵久（てれつく）」と称し、また「作蔵（さくぞう）」という異名がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
万葉集に「角の布具礼（つぬのふくれ）」と詠んだのも、もしかしたらこのものであろうか。漢では「勢（せい）」といい、また「（尸＋求）」といい、「屌」&amp;lt;ref&amp;gt;屌。現代中国語の発音では「diǎo」。「男性生殖器」、形容詞「すごい」、動詞「性交する」などの意味がある。ちなみに「屄」（bī）は女性生殖器。&amp;lt;/ref&amp;gt;といい、「陰茎」といい、「玉茎」といい、「肉具」と呼び、「中霊」となづけ、俗語では「雞巴」&amp;lt;ref&amp;gt;雞巴＝鸡巴。現代中国語の発音では[jība]で「チーパ」に近い。&amp;lt;/ref&amp;gt;といい、紅毛（おらんだ）では呂留（リョル）という。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
男である人ごとに、このものがないことはない。その形状は、大きなものあり、小さなものあり。長いものあり、短いものあり。あるいは円く、あるいは平たい。または豊下（もとふと）・頭がち、白勢（しろまら）あれば黒陰茎（くろまら）あり。木魔羅あれば麩筋勢（ふまら）あり。イボマラあれば半皮あり。空穂（うつぼ）あればスボケ（＝包茎）あり。亀陵高（かりたか）あれば越前（＝包茎）あり。上反あれば下反あり。その様子が同じでないことは、人の面が異なるようなものであるから、いちいち言い尽くすこともできない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのわざに至ってもまた一様ではない。堯・舜・禹・湯王・文王・武王・周公・孔子・孟子の魔羅骨には詩書礼楽の教えを込め置く。釈尊は腎虚の火が高ぶっては天上天下唯我独尊と金箔の勢尿（まらくそ）を光らせる。ちはやぶる神代には魔羅の姿もただすなおなのをもととしたが、人の世になり下ると、魔羅の心おのずからかたくなとなって、川上梟帥（かわかみのたける）をはじめ、あずまえびすの謀反魔羅を日本武尊（やまとたけるのみこと）が剣でことごとく薙ぎ散らされてから、この剣は魔羅臭いといって「臭薙（くさなぎ）の宝剣」となづけて末世のムダマラのいましめとした。あるいは、平将門が関東に駄魔羅を起こせば、藤原純友は四国で手弄（あてがき&amp;lt;ref&amp;gt;「あてがき」は相手の女性を妄想して行なうオナニー。&amp;lt;/ref&amp;gt;）をなした。阿部貞任・宗任、清原武衡・家衡の毛尻は源頼義・義家の長御&amp;lt;ref&amp;gt;長御＝長馬場。ここでは長時間の騎馬合戦。&amp;lt;/ref&amp;gt;にし殺された。前より交（しめ）たのを前九年といい、後接（うしろどり）を後三年という。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
保元・平治の合戦は、豆のからを燃やして己の陰茎（へのこ）で己の肛緺（かま）をほった。平家の奢りは至精（いんすい）の池をたたえ陰毛（つびけ）の林をなしたが、源範頼・義経の勢骨（まらぼね）に叩きつぶされた。頭の大きいことで有名な源頼朝の勢は北条政子の陰戸（ぼぼ）のわなにかかり、北条時政の術中に陥ってわずか三代も怒（おえ）とおすことができなかった。北条9代の大魔羅には三鱗（※北条氏の紋所）を生じたが、亢竜悔いあり、北条高時の下疳（伝染性潰瘍）となる。新田・足利の勢競（まらくらべ）も、楠木正成が湊川で割勢（らせつ）してから、後醍醐天皇はふんどしのしまりが悪く、南北両頭の勢（まら）に分かれた。足利十五代の長陰茎、信永（織田信長）・武智（明智光秀）の早勢（はやまら）がともに痿（しぼ）んでから、太閤（豊臣秀吉）の大勢（おおまら）自慢が朝鮮人の糞門（けつ）をほって進んだ。いきおいがある勢（まら）は痿（なえ）ることもすみやかである。そのほか、和・漢・蛮国、昔が今に至るまで、知恵のない無駄魔羅は数え切れない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここに一つの魔羅がある&amp;lt;ref&amp;gt;ここから源内自身のこと。&amp;lt;/ref&amp;gt;。その為勢（まらとなり）をたずねると、天離（あまさかる）夷（ひな＝いなか）の毛深いところに育ち、筋骨すこぶる不骨（骨なし＝陰茎）であって、白陰（しろまら）の手薄でもない。また、ものを覆い隠してぼんやりとさせる皮かつぎでもない。ことなきときは首を垂れて麩筋のごとく、ことあるに臨んでは強いこと金鉄のごとく、熱いこと火炎のごとし。目なくして見、耳なくして聞く。広いボボに入って迷わず、豚（しり）の狭いのも窮屈とせず。変化きわまりないのは、あたかも龍のごとしである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
世の中の駄開（駄へき＝駄女陰→駄益）はボボの数に入れない。常に国開（こくへき→国益）を思っていながら世間のために開（へき→招聘）されない。自ら管仲・楽毅の勢骨に比べる。千里の馬が（陰部で腹の）太鼓を打つほどであっても、世に伯楽（＝名調教師）がいなければ、顔回・孔子の勢（まら）もボボに合わずとかいう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いにしえ志の高いヘノコは多く山林に痿えるというが、かの西行法師の「捨て果てて身はなきものと思へども、雪の降る日は寒くこそあれ」のように、「魔羅の怒（勃つ）日はしたくこそあれ」である。山林に痿えて、したいのをこらえるときは必ず淋病となって世を恨み&amp;lt;ref&amp;gt;当時、途中でやめると淋病になるという俗信があった。&amp;lt;/ref&amp;gt;、遺精・妄想&amp;lt;ref&amp;gt;「遺精」は性交によらずに自然に射精が起こる現象。夢精などを含む。ここでの「妄想」は夢の中で交わって夢精すること。&amp;lt;/ref&amp;gt;で布団をよごすことがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
であるから、大陰（→大隠＝大隠者）は市中に痿え、あるいは医者として痿え、売卜として痿え、陶淵明は五斗米に痿え&amp;lt;ref&amp;gt;陶淵明は、「われ五斗米のために膝を屈して郷里の小人に向かう能わず」と言って官職を辞した。&amp;lt;/ref&amp;gt;、東方朔は金馬門に痿える&amp;lt;ref&amp;gt;東方朔は「金馬門（宦官の詰め所）」にいる宮廷道化であったが、俗世を朝廷に避けているのだと主張し、「世を金馬門に避く」という言葉を残した。&amp;lt;/ref&amp;gt;。功成り名遂げて、五湖に痿えるのは、前代未聞の范蠡の勢（まら）である&amp;lt;ref&amp;gt;越国の軍師・范蠡（はんれい）は、呉国を滅ぼすのに功績を挙げたが、「飛鳥尽きて良弓蔵され、狡兎死して走狗烹らる」と言い、五湖に船を浮かべて斉国に逃れた。&amp;lt;/ref&amp;gt;。等茎（はりかた）を帷幕の内にめぐらし、交接（とる）ことを千里の外にあらわし&amp;lt;ref&amp;gt;「謀（はかりごと）を帷幕の内にめぐらし、勝を千里の外に決する」（史記）。漢の名称・張良の言葉。&amp;lt;/ref&amp;gt;、赤松子に托して痿える&amp;lt;ref&amp;gt;張良は晩年、仙人の赤松子に従って俗世間を離れることを望んだ。&amp;lt;/ref&amp;gt;のは、古今独歩の張良の玉茎（まら）である。三度口説いても容れられず、世の陰蝨（つびしらみ＝陰門のシラミ）をうるさがり、陰毛（まらのけ）を剃って痿えたのは、藤房卿のへのこである&amp;lt;ref&amp;gt;藤原藤房（万里小路藤房）は後醍醐天皇の側近。正二位・中納言まで進んだが、後醍醐天皇に数度諫言を行ない、ついに三十九歳で出家して岩倉に隠遁して行方不明となった。&amp;lt;/ref&amp;gt;。その立つところはそれぞれ異なるといえども、痿えるところは皆同じである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「尺蠖の屈むは信（伸）びんが為なり」&amp;lt;ref&amp;gt;易経「尺蠖之屈以求信也」せきかくのくっするは、もってのびんことをもとむるなり。尺取り虫が身を曲げるのは、伸びようとするからである。将来の成功を期するためにしばらく忍耐すること。&amp;lt;/ref&amp;gt;。智者のしたがるのは、よく痿えるためである。餓えた者は食をなしやすく、渇いた者は飲をなしやすい。世に交わるまじきを交わる者は、多くは欲（したき）をこらえる人たちである。そのしたいときに臨んで止めることができなければ、葭町・堺町（歌舞伎の若衆の陰間茶屋が多い）に走っては、何やら天皇の後胤である信濃源氏の嫡流（である自分）を、無惨なことに黄蜀葵根（ねりぎね＝男色用の秘薬）とともに葛西（葛飾郡西部）の土民の手に渡し、吉原品川に遊んでは、落花心あれども流水情なく（一方に情があっても他方に通じない）、玉門（ぼぼ）を借りて手弄（せんずり）をかき、無念のむだ勢（まら）のあたまをはって、勃つまでは痿え、痿えるまでは勃ち、寝れば起き、起きれば寝、食うては糞して、快美（きをやっ）て、死ぬまでは活きる命、世をわがままの住み家と問えば、[牛比]（ボボ＝女陰）と[月屈]（尻の穴）との領分境、会陰（ありのとわたり）の裏店に業勢（ごうまら）痿やして世をおくる。これをなづけて痿陰隠逸という。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
春もたち、また夏もたち、秋もたち、冬もたつ間になえるむだまら&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:志道軒門人&lt;br /&gt;
:悟道軒誌&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
痿陰隠逸伝　終わり&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==痿陰隠逸伝　跋==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
痿陰先生すでに「濃志古志山（のしこしやま）&amp;lt;ref&amp;gt;のしこし山：「のしこし」を草書で書くと、男根と陰嚢の図になる。&amp;lt;/ref&amp;gt;」に隠れ、歎じていわく、衆人はみな勃起し、われ独り痿えた。不義にして開（ぼぼ）し、かつ穴（けつ）するは、われにおいて浮雲のごとし&amp;lt;ref&amp;gt;論語述而編「不義にして富みかつ貴きは、我において浮雲のごとし」より。不義にて富貴を得ても、浮雲のように実のないことである。&amp;lt;/ref&amp;gt;。われその勢（まら）を閲すれば、すなわち湯屋を見たより大なり、痿えたりといえども大陰（おおまら）というべし。それが痿えて麩のようであり、それが勃起して木のようにならないことは、惜しいことである。ああ、勢骨（まらぼね）が強く、亀稜（カリ）が高いのも、開（ぼぼ）と穴（けつ）とに逢わざれば、すなわちいたずらに一本の手弄（せんずり）を搔くのみ。それが勃起するよりはむしろ痿えるほうがよい。痿陰（なえまら）の時義（ときにかなうこと）大なるかな。唐の唐人いわく、「孔子も時に逢わず」。予・痿陰先生においてもまたそう言う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
皇和明和戊子（明和五年＝1768年）春二月　後学・陳勃姑（ちんぼっこ）、勢臭齋（まらくさい）に書す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==注釈==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===橋本治による紹介===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*ほぼ日刊イトイ新聞 - 橋本治と話す平賀源内。&lt;br /&gt;
** [http://www.1101.com/hashimoto/2004-03-12.html 第６回 私は勃たない、という大思想（前編）]&lt;br /&gt;
** [http://www.1101.com/hashimoto/2004-03-16.html 第７回 私は勃たない、という大思想（後編）]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===参考文献===&lt;br /&gt;
* [http://amazon.co.jp/o/ASIN/B000J99Y04/kotonoha0b-22/ref=nosim 秘籍江戸文学選〈2〉痿陰隠逸伝・長枕褥合戦 (1974年)]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[category:江戸の文章|なえまらいんいつてん]][[category:平賀源内|なえまらいんいつてん]][[category:読み物|なえまらいんいつてん]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>松永英明</name></author>
		
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