「べき」という言葉はどう使うべきか

はてな 「使うべきではない」という言葉は「使ってもいいけど必ずではないよ」という意味なのでしょうか、それとも「絶対に使うな」の意味なのでしょうか。”という質問があった。私も答えてみたのだが、回答が開かれないまま終わってしまった。

「べき」という言葉は日本語のシーラカンスのようなもので、古典文法が現代に生き残ったものだ。だからちょっと厄介な問題もある。「「べき止め」について」というページに書かれているように、新聞などで「~すべき。」という表記を使うことにも異論がありえる。

今回は「べき」という言葉をどう使うべきかについてまとめてみたい。

2004年5月14日01:56| 記事内容分類:言葉| by 松永英明
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まず、この言葉の終止形は「べし」である。そして、活用は次のようになる。

未然形:べく/べから
連用形:べく/べかり
終止形:べし
連体形:べき/べかる
已然形:べけれ
命令形:――

「この土手を登るべからず」という言い方に「べから」が残っているが、表現としては古風だ。「べく」も使われるが、「廃案にすべく努力します」というのはやはり古風な言い方で、「廃案にするように努力します」というふうに使うのが現代的だろう。

そして、この言葉の言い切りの形(終止形)は「べし」なのである。「べき」というのは、後ろに名詞が続く場合の形(連体形)なのだ。

したがって、「輸入権は廃案にすべし。」とか「廃案にすべき輸入権について考える。」は文法上正解なのだが、「輸入権は廃案にすべき。」という言い方は本来おかしいということになる。

だが、「べし」という言い方はあまりにも古風すぎる。そこで「べきだ」という表現が使われるようになってきたようだ。これは「べき+だ」と分解できる。あるいは「べき+です」というのも可能だ。「だ」や「です」の前には連体形が来るからである。

「輸入権は廃案にすべきです。」「廃案にすべきだ。」「廃案にするべきである。」これはどれも正しい。

そして、私が推測するに――なのだが、新聞では字数を節約するために「すべき」で切る表現を使うようになったのではないかと思う。「バラカン氏は『廃案にすべき』と言った」という表現は、「『廃案にすべし』と言った」または「『廃案にすべき(だ)』と言った」の中間的な表現だが、現代風かつ短くという要請から「すべき。」表現が生まれたのではないかと思う。

しかし、新聞で使われる表現は、やがて正規のものいいとして受け入れられるようになるだろう。そして、今の人の多くは「すべき。」に馴染んでしまい、逆に「すべし。」という表現に違和感を感じるようになってしまったのかもしれない。

岩波国語辞典には次のように書いてある。

言い切り「べし」は「べきだ」にするのが普通だが、近ごろは「べき」で言い切る形も現れた。


ここまで読んで、まだ違和感を感じている人もいるだろう。「すべき」じゃなくて「するべき」じゃないのか、と。

現代語では、「する」という動詞がある。しかし、古典文法では、それは「す」という動詞なのだ(連体形が「する」である)。「終止形+べし」というルールに従えば、古典では「すべし」、現代文法的には「するべし」ということになる。しかし、「べし」自体がすでに古めかしい言葉なのだから、ここは直前の動詞も古典文法に従って「すべし」が好ましいように思う。「するべし」は、古文調の「べし」に現代風の「する」なので違和感がある。世間一般的には「するべきだ」ならば違和感のない表現かもしれない。

「廃案にすべし」
「廃案にするべし」
「廃案にすべきだ」「廃案にすべきである」「廃案にすべきです」
「廃案にするべきだ」「廃案にするべきである」「廃案にするべきです」
「廃案にすべき」

言葉というのは時代によって移り変わるものである。したがって、「すべき」が「間違い」と言い切ることはできない。しかし、歴史的に見た場合、それは「本来の形から外れたもの」ということを認識しておいてもいいのではないかと思う。「みんな使っているからいいじゃん」にとどまるのであれば、あまりにも短絡的だろう。


で、冒頭のはてなの質問なのだが、これは意味が曖昧だ。「べし」の意味の強さ、つまりmustなのかshouldなのかという質問なのかもしれない。開かれた回答例はいずれもその観点から「絶対ということではないが強く推奨されている」というような意味で答えている。

しかし、私は別の観点から答えた。「使うべきではない」は本来「使う」+「べきではない(べから・ず)」であるから、「使わないことを推奨」という意味になるはずだ。
しかし、「使うべき」+「(というわけ)ではない」と切るならば、この質問者のいうような「使ってもいいけど必ずではないよ」という解釈が生まれてくるように思う。
その背景には「~べき。」という「べきを終止形扱い」する記述法が広まってしまっている、ということもあるのではないだろうか。

最後に、広辞苑より「べし」の意味を引用しておこう。

個々の主観を超えた理のあることを納得して下す判断であることを示す。
1 当然。…するのがもっともだ。…するはずだ。…しなければならない。
2 確実な推量。きっと…するだろう。まず…するに決まっている。…するらしい。…する予定だ。
3 話し手の動作に付いて、意志・決意を表す。必ず…しよう。…するつもりだ。
4 可能。…することが出来そうだ。
5 命令。…せねばならない。

今の傾向から言えば、「べし」「べからず」「べく」は次第に廃れ、「べき」だけが残っていきそうな気もする。私は「するべき。」に違和感を持つ最後の「べし」世代なのかもしれない。

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コメント(2)

>個々の主観を超えた理のあることを納得して下す判断
今は主観だけで「べき」と言ってしまうのも当たり前になりつつあるような…^^;。

「逢わぬべき女と逢いぬ・・・」
上記のように「逢わぬべき」という表現は
文法的に誤りでしょうか?
ご教示ください。

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