アメリカ合衆国が「合州国」ではない理由についての資料集

 United States of America は、日本では「アメリカ合衆国」と訳す。states(州)がunited(合)したものなのだから「合州国」じゃないのか、という疑問はよく提出されるが、これは合衆国で正しい。

 「合衆」というのは今の「共和」つまり王政ではない合議制を意味する言葉、あるいは「協力し合う」という意味である。したがって、「アメリカ合衆国」とは「共和制度の国家アメリカ」、あるいは「アメリカ洲における連合諸邦が共同経営する国家」という意味で名づけられたのだ。

(追記。つまり、「衆が合する国」だと考えると、「それだったら州が合する国じゃないか」ということになるわけだが、実際には「合衆する国」という意味なのである。合衆=コラボレーション、とでも訳すとわかりやすいか。だから、合衆国=連邦とまったく同義であり、合衆国はUnited Statesの「直訳」ということになる。)

 ということを数年前に調べていたのだが、その資料を久々に発見したので、ネットに挙げておくことにする。したがって、今回は引用ばかりなのだが、そのへんはご容赦を。

2004年6月17日01:26| 記事内容分類:言葉| by 松永英明
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白川静『字通』平凡社 1996初版第一刷

【合衆】がっしゅう 
衆人を結合する。〔周礼、春官、大宗伯〕軍禮を以て邦國を同じうす。大師の禮は衆を用ふるなり。大封の禮は衆を合するなり。

諸橋轍次『大漢和辭典』大修館書店 昭和三十一年初版

【合州】159 ガフシウ 州名。
(1)梁、置く。唐、雷州と改む。故治は廣東省海康縣。〔讀史方輿紀要、廣東〕雷州府、古百越地、云云、梁大通中、置合州。(2)西魏、置く。民國、合川縣に改む。四川省に屬す。〔讀史方輿紀要、四川、重慶府〕合州、古巴國、云云、梁曰宕渠郡、西魏改曰塾江郡、兼置合州。〔清史稿、地理志〕四川、重慶府、州二、合州。
【合衆】180 ガッシュウ
衆人を寄せ集める。衆人を結合する。衆人を和合させる。〔周禮、春官、大宗伯〕大封之禮、合衆也。〔左氏、僖、十五〕寡人不佞、能合其衆、而不能離也。〔管子、權修〕市不成肆、家用足也、朝不合衆、郷分治也。〔班固、西都賦〕連交合衆、騁駑乎其中。〔呉志、呉[糸林]傳〕合衆撃據。
【合衆國】181 ガッシュウコク
(1)多數の國家が相聯合して同一主權の下に立つ組織の國。(2)北亞米利加合衆國の略。

『大百科事典』平凡社 1984年初版

アメリカがっしゅうこく アメリカ合衆国
United States of America
略称USA。たんに合衆国とも、また米国、アメリカとも通称する。United States of Americaの訳語としては、1854年調印の日米和親条約で〈亜米利加合衆国〉の名称が使用された。ここから〈米〉の字をとって〈米国〉の通称が生まれたが、〈亜美理駕〉〈亜墨利加〉などの文字をあてる場合もあった。また、合衆国とは、合衆政治の国、すなわち民主政治、共和政治の国という意味で用いられた。本来1776年の独立宣言でUnited States of Americaと称したのは、独立諸邦の連合体、つまりアメリカ諸邦連合を意味し、USA自体はまだ一つの国家ではなかった。USA自体が正式に一つの国家となったのは、合衆国憲法が発効して、合衆国政府が発足した89年以降のことである。その場合でもUSAは二重国家制、連邦制をとっており、各州stateは一定の範囲内で国家として機能することを認められ、その点でアメリカ合州国という訳名も妥当性をもつ。
(以下略)斉藤真

日本大辞典刊行会『日本国語大辞典』小学館 昭和四十八年第一版第一刷

がっ-しゅう【合衆】
〔名〕多くの人や物などが集まって一つになること。連合すること。*明六雑誌-十三号・民撰議院を立るには先政体を定むべきの疑問〈阪谷素〉「米国の未だ合衆せざるや、話聖東(ワシントン)以下羣賢焦恩苦心百会万議労すと謂べし」*文明論之概略〈福沢諭吉〉四・八「初め羅馬の国を建るや数多の市邑合衆したる者なり」*改正増補和英語林集成「Gasshu ガッシウ 合衆」
がっしゅう-おうこく‥ワウコク【合衆王国】
(英United Kingdomの訳語。国王の統治下にある連合国の意)イギリスをいう。連合王国。*英政如何-七「合衆王国 英吉利本国、ウヲールス、スコットランド及びアイルランドをいふ」*西洋聞見録〈村田文夫〉前・下「故に彼自ら合衆王国(ユーナイテート・キングドム)と称し」
がっしゅう-こく【合衆国】
[一]〔名〕二つ以上の国家または州が同一主権のもとに連合してできた単一の国家。連合国。また、民主制国家、あるいは共和国をもさしていう。*万国新話〈柳河春三編〉一「『アウスタラリヤ』の独立して合衆国と為りたる有様を説けり」*文明論之概略〈福沢諭吉〉一・二「欧羅巴(よーろっぱ)諸国並に亜米利加(あめりか)の合衆国を以て最大の文明国と為し」
[二]アメリカ合衆国。米国(べいこく)。*幕末外国関係文書-嘉永六年六月七日(古事類苑・外交二五)「合衆国水師提督口上和解二通 合衆国海軍総督、某盟約を結ばん為に、全権行事の特命を承け、此海に来る」*西国立志編〈中村正直訳〉一・一三「即ち当今合衆国の大頭領にして卓絶の行ひ」*西洋道中膝栗毛〈仮名垣魯文〉五・序「政令統轄(さばきやく)の『華盛頓(わしんとん)』人名 は、合衆国(ガッシュウコク)の土豪良民(どまさじき)を喝采(やんや)と誉(い)はせ」
[補注]「ごうしゅくこく」と読まれていた可能性もあり、斉藤毅「合衆国はなぜ合州国と書かないか」という論考によると、「the United Statesの直訳語ではなく、むしろ民主政体、共和政体の国を意味することばであると解するものである。だからそれはつねに合衆国とは書かれるが合州国とは書かれないのである」
がっしゅう-せいじ【合衆政治】
〔名〕国の主権者たる国民全体の合意による政治。民主政治。*文明論之概略〈福沢諭吉〉一・一「今人民同権の新説を述る者あれば、古風家の人はこれを聞て忽ち合衆政治の論と見做し、今我日本にて合衆政治の論を主張せば話が国体を如何せんと云ひ」[補注]republicあるいはdemocracyの訳語として用いられたらしい。

惣郷正明・飛田良文編『明治のことば辞典』東京堂出版 昭和六一年

がっしゅうきょうち 合衆共治
[袖珍万国地誌略字引・明9]君ヲタテズシテトモニオサムルマツリゴト。
[万国地誌略字引・明11]オホゼイヨリアフテトモニセイヂヲスル。
[漢英対照いろは辞典・明21]【がつしうきようち】共和政治をいふ。Democracy. republic.
[和仏大辞典・明37]【gasshukyochi】governement fe'de'ral, confe'de'ration d'e'tats.
 ▽意味 今日は廃語となった明治語。
がっしゅうこく 合衆国
[附音挿英和字彙・明6]【ガウシウコク】U.S.A.
[万国史略便覧・明7?]【ガフシウコク】
[大全漢語字彙・明8]【ガフシウコク】アメリカノ内。
[万国史略字引・明8]アツマリアヒノクニ。
[輿地誌略字引・明8]ヨリアヒテヲサメルクニ。
[開明節用集・明9]【ガツシウコク】亜米利加。
[万国史略字引・明9]オホクノ国々ガヨリアツマリテ一ツノ政体ヲナスコト。
[万国史略要解・明9]国民ヨリアフテ政府を立テヲク国ガラ。
[修身説約字引・明16]アメリカノクニ。
[修身書便解・明16]北アメリカノマンナカニアル大国ノ名。
[高等小学読本字引・明25]【ガウシユウコク】
[高等読本字引・明27]大ゼイノ人民ガヨリアツマリテクミタテタル国ヲ云フ。
[早繰辞書・明37]ユナイテツトステート・アメリカ。
[新編漢語辞林・明37]【ガフシユウコク】ガツシユウコクトモヨム。United Statesノ訳。アメリカ。=花旗国
[和仏大辞典・明37]【gasshukoku】E^tats-Unis
[辞林・明44]【がっしゅうこく】国家が連合して共同なる政府を立て、その下に組織し、完全なる外交権を有する一の国家。
 ▽語形 ゴウシュウコク(ガウシウコク・ガフシウコクなど)とガッシュウコクの読み方がある。斉藤毅は『明治のことば』(昭和52)の第三章「合衆国と合州国」で、「『合衆国』は、the United Statesの直訳であって、わかりやすくいえば『アメリカ洲における連合諸邦が共同経営する国家』を意味し、したがって『アメリカ共和国』をも意味するので、『合衆国』すなわちRepublic; Commonwealth(英); Gemeenebest(蘭); the United States(英); de Ver (ee) nigde Staten(蘭)である」(八五ページ)と述べている。そして、「この語は、あきらかに中国出来のものであった。」(一〇三ページ)と、その出自を指摘している。
がっしゅうせいじ 合衆政治 がつしゅうせいぢ
[輿地誌略字引・明8]多クノ人ト相談シテマツリゴトヲスルコト。
[増補漢語字類・明9]国王ヲタテズオオゼイサウダンシテセイジヲキメルシカタ。
[袖珍万国史略字引・明9]キミヲ立テズ人民トモニ力ヲツクシテオサムルコト。
[環翠玉篇大成・明16]【カフシウセイヂ】ヨリアヒニテヲサメルセイジ。
[新編漢語辞林・明37]共和政治。
 ▽語形 ゴウシュウセイジの読み方がある。廃語となった明治語。福沢諭吉の『文明論之概略』(明治8)巻一・一に「今人民同権ノ新説ヲ述ル者アレバ、古風家ノ人ハコレヲ聞テ忽チ合衆政治ノ論ト見做シ」とある。

本多勝一『アメリカ合州国』序文

つぎに、合衆国でなく、合州国とした理由。これはきわめて単純なことであって、The United States of Americaを、全くそのまま訳せば、こうなるからです。なぜ State が「衆」と訳されたのでしょうか。この機会にと、近代訳語にくわしい広田栄太郎教授に検討をお願いした結果を、巻末に掲載しておきました。改めて「合衆国」を考えてみますと、衆は people に通じ、あたかもさまざまな人民、さまざまな民族がひとつにとけあった理想社会であるかのような誤解を与えます。それが理想または将来の希望的現実であると好意的に解釈もできますが、現在は弱肉強食が“自由”にできる典型的社会であって、強食側にはいいけれど、弱肉側には実に恐ろしい国です。また州によっていかに法律や性格を大きく異にするかは、一度でもアメリカ国内を旅行した人は痛感したことでしょうから、「合州国」という名は正訳であるのみならず、その実状にもよく合っています。この「合州国」は、南北戦争当時のような分裂するかもしれない危機を、今なお包含しているという見方も、あながち全くの見当はずれとはいえないのです。ただ私としては、日本語として定着した「合衆国」を「合州国」に変更してやろうといった野心があるわけではなく、これはこの本のための個人的趣味に過ぎません。

同書〈付録3〉「アメリカ合衆国」という訳語の成立事情
  広田栄太郎

 裨治文(E.C.BRIDGEMAN)に「亜美理駕合衆国志略」(一八四六)という著があります。これから見ると、「合衆国」という語は中国出来のようです。後掲のように、中国語にもいろいろな訳語があったようですが「合衆国」もその一つです。直訳というよりは、合衆共治国(=共和国)の略と考えられる意訳でしょう。

 わが国では、すでに嘉永元年(一八四八)の風説書の類に「合衆国」の語が散見し、同七年(一八五四)ペルリの下田条約に正式に使われるに至りました。その後各方面の文献でこれを襲用し、早くから定着しています。

〈第七刷からの追記〉 本書が刊行されてまもない一九七一年二月、国立国会図書館編『参考書誌研究』第二号で、国立国会図書館副館長の斉藤毅氏が「合衆国はなぜ合州国と書かないのか」という論文を発表された。これは全くの偶然で、私が広田栄太郎氏に検討をお願いしたころ、外務省もまた国会図書館の調査局に問い合わせた結果であった。結論は広田氏と同様、中国製の言葉が日本に輸入されたものとしているが、これは正式論文なので非常にくわしく、関心のある方は参照していただきたい。中国が「合衆国」とした理由は「衆人の力を合して此の国を成す」と解し「一切の政事みな民主に由る」(王錫祺「小方壺斎輿地叢鈔」)ためだという。つまり共和国を意味するものであった。

齊藤毅『明治のことば――東から西への架け橋』講談社
第三章 合衆国と合州国

独立戦争初期の the Republic or Federal Union of North America という公称を挙げ、合衆国が the Republic of North America の直訳であったであろうこと

「合衆国」の用例として、
永峰秀樹訳『ギゾー欧羅巴文明史』(明治七-十年、奎章閣)中の「仏蘭西合衆国」「合衆政〈人民ノ代理ヲ出ス政治〉」「合衆政法ヲ設ケタル和蘭」、
田中不二麿『理事功程』(明治六-八年、文部省)中の「合衆国体ハ人民ノ意ニ従テ政ヲナス者ナレハ務テ国民ノ知識ヲ開導シテ高尚ニ趣カシムルコソ益其国体ヲ堅フスルノ基ト云フニ外ナラス」、
『特命全権大使米欧回覧寔記』(明治十一年、太政官)中の「合衆聯邦治〈ユナイテットステート〉」「エクエドル国〈秘魯国ノ北ニアル合衆国〉」「仏国ハ人心ノ協和ヲ保ツ┐難く、八十年ノ間国制六タヒ改マリ、去年ヨリ又合衆政府ヲ設ケタレトモ……」

加藤秀俊「われわれはなぜ話さないか」(昭和三十六年十一月号『言語生活』)

 アメリカという国は考えれば考えるほど不思議な国である。とにかく、民族的に、世界中のあらゆる民族が、なんとなくよせあつまってでき上った国なのだ。本来は「合州国」であるのを、いつの間にか日本人が「合衆国」というふうに書きかえてしまったのも、大いに無理からぬことなのである。

 結論 (問)合衆国はなぜ合州国と書かれなかったか (答)「合衆」とは、協力という意味であるから。

(1)合衆国を合州国と書くべきではないかとの日本人の意識の底には、何としても、「州」を、中央政府の出先、単なる大きい行政区画、日本でいえば都道府県にあたるもの、にすぎないとする安直な理解があったことは疑いを容れないが、これは、たいへんな誤りである。

(2)「合衆国」ということばは、多くの日本人が誤解しているように、日本製の訳語ではなく、たとえば、マカオ在住の独人宣教師、愛漢者(Karl Friedrich August Guetzlaff, 1803-51)らをはじめとする英米の対清交渉に活躍した中国語の達人である通訳官によってつくられ、それがのちに、日米交渉の際にも、唐通事や蘭通詞や日本の漂流民らを介して、あるいは中国各地で刊行された新聞雑誌等を通して、幕府の外交担当者や蕃書調所の訳官たちに伝えられ、次第に、日本における、アメリカの正式の国号として定着するに至ったのではないか、と推断できる。

(3)「合衆国」の意味は、「独立して自治権を持った各邦が一致協力して経営する国家」ということであって、「合衆」(協力、共同、和親)する「国」(合衆・国)という合成語であって、「合」同せられた「衆国」(諸国)(合・衆国)という語の組合せではないらしい。というわけは、そもそも、「眾」という文字は、「ひと」の集まって作った共同社会というのが本源であって、衆を、諸とか多にあてるのは、擬人的な用例であり、また、例外的な用例であるからである。

(4)前稿において筆者は、「合衆国」は、世間でいわれるように the United States of AMerica の直訳ではなく、the Republic of North America というかつて使用された国号の直訳が、ひとびとの記憶に残存し、そのまま慣習的に使われたのにちがいないと述べたが、いささかの未練はあるものの、本稿ではこの説を取り下げることにしたい。今ではむしろ、「合衆国」は the United States の直訳であって、わかりやすくいえば、「アメリカ洲における連合諸邦が共同経営する国家」を意味し、したがって「アメリカ共和国」をも意味するので、「合衆国」すなわち Republic; Commonwealth(英); Gemeenebest(蘭); de Ver(ee)nigde Staten(蘭); であると解してさしつかえないと断定するに至った。

United Statesという呼称の由来

英語

○もともと「植民地連合 United Colonies」その他の表現にあった「植民地 colonies」の代わりに「邦 states」を置くようになった。
・United Colonies of New England
・New England Confederation
・all the English colonies on this continent
・all the colonies fromNova Scotia to Geogia
・associated colonies
・the United Colonies of America
・the United Colonies of North America
・the Twelve (Thirteen) United English Colonies of North America
○コネチカット基本法(1638-39)
「ここに相団結して一個の民国すなわち共和国(one public state or commonwealth)をつくり……団結の規約を結ぶものである」
○独立宣言(1776)
「これらの植民地連合は、不羈独立の邦(free and independent states)であり、また、そうあるべき権利をもっている」
○匿名投稿者Candidusの新聞への投書(1776)
「したがって、アメリカの諸邦は、永久に、地方領(Provinces)でも、植民地(Colonies)でもなく、まして英本国の息子たち(Children of Great Britain)でもない」
○コネチカット憲法(1776)
「コネチカット邦の名によって、この共和国(this Republic)が、自由、自主、独立の邦(a free, sovereign and independent state)で現にあり、また永久にあり続けることを保証する」
○ペンシルヴァニア憲法(1776)
「この共和国すなわちペンシルヴァニア邦(the commonwealth or state of Pennsylvania)」
○連合規約第2条(1777)
「各邦は、その主権、自由、独立を保有する(Each State retains its sovereignty, freedom and independence...)
○独立戦争初期の大陸会議(Continental Congress)
「北アメリカ共和国すなわち北アメリカ連合(the Republic or Federal NUnion of North America)」と呼び、連邦自体もまた一つの共和国であることを認めた。
○合衆国憲法(1787-88)
前文「われわれ合衆国の人民は、さらに完全な連合(more perfect Union)をつくるために……このアメリカ合衆国憲法を制定する」
第4節「合衆国は、この連合内の各邦(every State in this Union)に共和政体(a Republican Form of Government)を保証する」
→アメリカ人民の共有物としての「アメリカ州の統一された協力する諸邦」を意味するthe United States of Americaという共和国

中国の初期の呼び方

○宣教師Elija Coleman Bridgman『美理哥合省国志略』1838
○同書再刊『聯邦志略』(大美聯邦志略)1846~
亜美理哥 美国 大美
聯邦 聯邦国 美理格洲聯邦国 美国聯邦 大美聯邦 合省国 美理哥合省国(意訳)
○魏源『海国図志』1842, 1849, 1852
美利哥 美利哥国 美理哥 美理哥国 亜美理哥 美理格 黙利加 亜黙利加 亜黙国 墨利加 亜墨利加 彌利堅 彌利堅国 米利堅 米利加国
花旗国 花旗(星条旗より)
育奈士迭 育奈士迭国 弥利堅洲之育奈士迭国(音写)
聯邦国 合省国 兼摂邦国 北米利加兼摂列邦 総摂部落 総理部落(意訳)
○徐継畭『瀛環志略』1848
美利哥 美理哥 美理哥国 亜墨利加 亜墨理駕 米利堅
花旗国(星条旗より)
育奈士迭(音写)
公議同聯之邦 兼摂邦国(意訳)
○道光24年5月18日(1844年7月3日)望廈条約(TREATY OF WANG-HEA)
the United States of America「亜美理駕洲大合衆国」「大合衆国」
the United States「合衆国」
○L.Marques『外国地理備考』(1847)
「合衆国全志」合衆國はすなわち花旗と稱し、また米利堅(※原文では3文字とも口へんがついている。以下同)という所これなり。亜美里加洲の北區の中に在り。
※テキサス(徳沙)グアテマラ(瓜的馬拉)ラプラタ(巴拉吠河)各共和国を「合衆国」と呼んでいる。
○慕維廉(William Muirhead)『地理全志』(1853-54)
巻之四 米利堅合衆部志「哥倫比(コロンビア)は、すなわち合衆部の一土なり。波多墨(ポトマック)河浜に在り。華盛頓(ワシントン)の建つるによって、その名を以て都城となす」

「墨西哥(メキシコ)王を廢するに至り、道光四年すなわち自立し、總名を中亜墨利加合衆部となす」

○ロプシャイド(Lobscheid)『英華字典』1866-1868
America 花旗國、亜美利加 United States 合國、合衆國
Republic, a. 衆政之邦、衆政之國、公共之政
○英人・麦丁富得力撰、林楽知(米人Young John Allen)訳『列国歳計政要』1873-75「美国世系国例」
 華興頓(ワシントン)北亜美利加の大兵を統率して英を拒ぎ、合衆民主國を立つ。すなわち西暦1776年7月6日なり。……伯理璽天徳(プレジデント)と副伯理璽天徳は四年を以て期となす。その公擧の法、各邦各々邦會あり。本邦の百姓の公擧により、毎邦會各々二員を選び、國會の上院に至る。而して下院の員は則ち各邦民数の多寡をみて擧數を定む。ここにおいて、上下員會同して指保す。再び合衆邦の損保により、その保するところの人多きものを擇びて、伯理璽天徳を定為す。次を副伯理璽天徳となす。
※その他「日耳曼(ゲルマン)合衆国」「瑞土(スイス)合衆民主国」等の使用例も出てくる。
○李提摩太(大英浸礼会所属プロテスタント宣教師 Timothy Richard)撰『三十一国志要』(1891年以降?)「美利堅」
 西暦一七七六年〈わが乾隆四十一年に当たる〉北美洲十餘省の民、同時に事を起す。且つ檄を四方に傳えていう。吾儕際、意を立てみずから一國を成し、人の箝制を甘受せず。まさに我が新國に名づけて合衆國と爲さんとす。衆人の力を合して此の國を成すをいうなり。一切の政事みな民主に由る。その法、まず各省の民人の地方官吏を公擧するに由り、ついで各地方官の大僚を公擧するに由る。その時衆の公擧するところの元帥たるものが華盛頓なり。
○『辞源』民國4年(1915)
合衆 今、衆人を集合し共同して以て事業を營むを合衆と曰ふ
合衆黨 北美合衆國の政黨なり。すなわち Repppublican Party 共和黨なり。西元一八五六年頃、奴隷制度を撤廢することを主唱して起る。一八六一年、黨魁、林肯(リンカーン)擧げられて大總統となる。

日本

○渡辺華山『外國事情書』(天保十年・1839年)
 又近頃北亞墨利加ノ内ニ「レピュフレーキ」又名ハ「フルヱーニグテ、スターデン」ト稱シ候シ國有之。今ヨリ二百年已然、荒漠〈アレチ〉ノ地ニ御座候處、和蘭陀{オランダ}・英吉利亞{イギリス}・拂朗察{フランス}ヨリ民ヲ移シ、教ヲ設ケ、土地ヲ拓キ、耕ヲ教ヘ候處、英吉利亞兼併〈ヲウリョウ〉多ク相成、大抵同國ノ領地ト相成候。然ルニ、政事過刻ニテ、土着ノ者堪カネ、兵ヲ起シ、英吉利亞ニ背キ、自立ノ國ト相成候。是ハ千七百七十六年〈安永六年〉ノ義ニ御座候。是ヨリ土人相談仕リ、別ニ君長ヲ相立不申、賢才ヲ推テ官長ト致シ、百官ヲ設フテ、會議(サウタン)共治(トモニヲサメル)ト仕候。「フルヱーニグテ、スターデン」ト申ハ、即コノ義ニ御座候。

 レピュフレーキ=Republiek=共和國
 フルヱーニグテ、スターデン=Vernigte Staten=聯邦

 大低治體三道有之、一ハ獨立ノ國(洋名「ヲンベパールデモナルカール」ト申、血脈相傳ヘ、男女ニ限ラズ位ニ即キ、其内、一君、權ヲ專ニ仕候國、王家ト政府ト權ヲ合シ候國有之候)一ハ守盟ノ國〈「ベパールデモナルカール」ト申、先ハ附庸ノ如キモノ〉、共治國〈「ゲメーネペストゲシンド」ト申、賢才豪傑ヲ推テ君長ト致、一國ヲ公ニ仕候政度〉

 ヲンベパールデモナルカール=onbepaald monarchaal=專政君主國
 ベパールデモナルカール=bepaald monarchaal=立憲君主國
 ゲメーネペストゲシンド=gemeenebest gezind=共和國

※日本では「共和国」が定着しつつあったが、その後、中国から合衆国という言葉が輸入された。

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参考学術論文

川島 真「「合衆国」再考──中国文献に依拠して──」(比較史・比較教育研究会編『黒船と日露戦争──歴史認識をめぐね対話──』1996年3月、未来社)
宮澤俊雅「「US」漢号」覚書──「合衆国」考──」北海道大学文学研究科紀要107,2002年02月
宮澤俊雅「「合衆国考」補遺」北海道大学文学研究科紀要117,2005年11月

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