ブログ異端派 BlogHeterodox

 「最低限のブログスタイルは守っているぞ」という趣旨でd-s-jのjackalさんが始めた「ブログ正統派(BLOG orthodox)」という提言がある。

 一見なるほどというような内容になっているようなのだが、実は私はこのすべての裏返しを言いたくてたまらなくなるのだ。そこで、「ブログ正統派」に対して「ブログ異端派」を提言したい。つーかバナーとか作る予定はありません(笑)

追記。だーつさんがバナーを作ってくれました(笑)。つーか悪のりしすぎ。

ブログ異端派バナー1大ブログ異端派バナー小

2004年6月28日12:34| 記事内容分類:ブログ/ウェブログ| by 松永英明
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 ブログ正統派の提言は次のとおり。

  1. 更新を怠らない(放置しないという意)
  2. コメント、トラックバックの両方を受け付ける
  3. 寄せられたコメントには必ず返信をする(迷惑コメントは除く)
  4. 多少なりとも訪問者を意識した話題をする(単なる日記サイトではなく)
  5. 個人の誹謗・中傷・非難はしない
  6. 他人のサイトに迷惑を掛けない

 これに対して、私は以下のように主張する。

  1. 更新はネタがあるとき、書きたいことがあるときだけでOK。飽きたら放置しよう。気が向いたらまた復活しよう。
  2. コメント、トラックバックは、開くも閉じるも自分で適切にコントロールすればいい。
  3. 寄せられたコメントには、気が向いたときだけ応答すればいい。
  4. 単なる日記サイトでもかまわない。もちろん、訪問者を意識したブログならば多くの人に受け入れられるだろうけれど。
  5. 誹謗中傷は法的にまずいが、悪いと思ったものを非難するのは言論の自由。最後まで責任を取る覚悟があるなら、非難・批判は利益を生む。
  6. 陰でこそこそウォッチしながら「迷惑をかけない」などと抜かすくらいなら、正々堂々と相手のサイトと渡り合えばいい。気に入らなければ文句を書いてトラックバックすればいい。ただし、そこでの出来事にはすべて自分が責任を負え(サイト閉鎖以外の手段で)。

異端派の趣旨

  jackalさんは「ブログはかくあるべし」という考えがあるのだろう(「最低限のブログスタイル」という表現にそれが表れている)。しかし、私は『ウェブログ超入門』でも書いたとおり、あるいは「ウェブログを始めるな!」記事で書いたとおり、ブログ/ウェブログという「スタイル」に縛られすぎるのは意味がない、という考え方だ。

 つまり、自分の表現したいことがあるならそれをそのまま書けばいいんであって、それを無理やりウェブログスタイルに押し込める必要はない。あるいは、ウェブログという形を作るために記事を書く、というのは本末転倒ではないか、ということだ。

 また、「もめごとを起こさない」というのは無難な小市民的生き方でいいかもしれないが、言うべきことは言えばいいじゃないか、という考え方があってもいいだろう。もちろん、そこで「議論の仕方」や「言葉の選び方」はありえるし、下手な喧嘩を売ったらそいつがアホやと思われるだけである。その辺も含めて「自己責任」というか「自業自得」を自覚した上で、他のサイトに喧嘩を売ろうが、勝手にやればいいのである。まあ2ちゃんねるネットウォッチ板的なバカどもは絶滅してほしいと心の底から思うのだが、言い方を変えれば奴らは「ネット珍走団」と呼ばれるような行為を自ら取ることによって自らの品性を落としているわけで、それはそれで自業自得ということになろう。

コメント、トラックバックも必須ではない

 jackalさんの提言に戻ると、「善良なサイト運営者として人気ブログを運営するには」という趣旨であれば、そうでしょうね、という部分も多い。しかし、それは必要条件でもなければ十分条件でもない。コメント・トラックバックも、オープンな姿勢を示すためには開いておいた方がいいというのは確かだが、何のために閉じることが可能になっているのか、ということを考える必要がある。

 たとえば、多くのタレント/アイドル系ブログではコメントは不可、トラックバックはOKというのが定番スタイルだ。また、寄せられたコメントやトラックバックに返答するわけでもない。これは「正統派ブログ」ではないのだろうか? いや、日記みたいなことを書いているのも多いので、(他人の誹謗中傷をしないとか迷惑をかけないとかいう道徳的条件を除いては)まるで正統派じゃないということになる。

 しかし、アイドルの場合は下手にコメントを開いていたら大変なことになるのはわかっている。これこそ適切なコントロールであろう。

 世の中には、わざと嫌がらせのコメントを書いておいて、それが削除されると「都合の悪い投稿を削除する」などと騒ぎ立てるバカも数多くいる。場合によっては、それ以上コメントを書かせないことが必要になることもあるだろう。コメント/トラックバックの適切なコントロールは必要なことなのだ。

 というと「トラックバックやコメントがなければブログじゃない」という人がいるかもしれないが、そもそもブログにはどちらもついていなかった。9・11のときにウォーブログが話題になったわけだが、そのとき主流のBlogger.comにはどちらもついていない。トラックバック機能が初めて世の中に登場したのは2002年8月で、まだ2年経っていない「新参者」なのだ。それ以前から運営されてきた多くのブログは、コメントもトラックバックもない状態で、立派なブログだったのである(以上は英米系のことを想定して述べているが、私の定義では、連邦やちゆ12歳や「あ!ネット」やウェブ日記もすべて日本のウェブログである)。

日記でええやん、ブログやし

 レベッカ・ブラッドのような大御所ブロガーは、他のサイトに言及してコメントするタイプのブログを「フィルター」と呼んで正統派と考え、日記は「ジャーナル」と呼んで一段劣るものとしている(かなりおおざっぱなまとめ)。しかし、ジャーナルでもフィルターでも、何でもいいじゃないか、という考え方の人も多い。

 私の好きなブログとして、たとえば「食べたものを淡々と記録するよ」というのがあるが、これは究極のジャーナル型ブログだ。今日は○○を食べました、という写真しかないのだから、jackalさんの言葉を借りれば「自分だけの記録」にほかならない。しかし、それでも十分に成り立っているわけである。

 もちろん、来訪者がほしいなら、来訪者を想定した記事を書くべきだろうし、どのように書いたら効果的かという話はある(その辺は『ウェブログ超入門!』でも書いた)。しかし、それは「正統派ウェブログ」か否かではなく、「技巧派ウェブログ」か「稚拙/未熟なウェブログ」かの違いということになるだろう。

他のサイトに迷惑をかけないことを気にしすぎるな

 まあ私自身が「他人に迷惑をかけるか否か」を行動原理にすることを唾棄しているという一面もあるので、こういう書き方をされると脊髄反射的に拒絶反応が起こり、サブイボが立ちまくるわけだが(笑――というわけで以下は論理ではなく感情論)、少なくとも日本人は遠慮しすぎ、逆に遠慮しない人は遠慮しなさすぎ(笑)というのが私の印象である。

 他人に迷惑をかけない、というのは、単に「人間関係を無難にやりすごす」ための消極的対応(大人の対応、とも言うな)にすぎない。それは波風を立てないようにする一種の「オトナの知恵」なのかもしれないが、問題は解決されないことが多いように思う(見て見ぬふりの「儀礼的無関心」は都会人のチエではあるが、それは単なる問題回避の行動でもある)。

 はてなの近藤さんは、キーワードなどで議論が起こることについて、肯定的だ。もめごとが起こったとしても、そこできちんと話し合えばいいじゃないですか、という考えの持ち主である(詳細は近刊『はてなの本』翔泳社の近藤さんロングインタビューにて)。まあその話し合いの方法が下手くそというのが日本人だったりするわけだけど、議論そのものが悪いわけではない。むしろ、ブログというのはそういう議論を進めるためのシステムではないのだろうか。

 迷惑というのは非常に幅が広い言葉である。人によっては、こうやって反論を書くことも「迷惑」という人がいるだろう(jackalさんは違うと思うが)。うちのサイトでは悪意がなくても2ちゃんねる的表現が一番迷惑だ(笑)。「ますた」とか「でつ」とかの幼稚な言葉づかいは、見た瞬間に脊髄反射で削除したくなるからね。つーか、こういう表現する奴はネットから消えてください、迷惑だから――とか言い出すと変でしょ? だから、人の迷惑とかそういうのは訴求力を持たない。

 さらにいえば、暴走族の連中は、人に迷惑をかけるとわかっているからこそ、ストレスを発散できているのだ。ネット珍走団の連中に「人に迷惑をかけるな」というのは、火に油を注ぐようなものである。

おまけ

 正統派(orthodox=正教会)に対抗して普遍派(catholic=カトリック)を名乗ろうかとか、抗議派(protestant=プロテスタント)にしようかと思ったが、単純にorthodoxの対語としてheterodox(異端)を選んだ。「自分(だけ)が正しい」と主張するところから宗教対立が生まれるわけなので、あえて「正」とか「普遍」という言葉を避けたわけである。

 最後に一言。長文UZEEEEEEEEEEEEEEEEE!>自分


追記(6/30)

この記事は「せっかくorthodoxがあるなら、別のもないと面白くないよなあ」と思って、半ばおもしろ半分で書いたんですが、案外波紋を呼んでるようで。

jackalさんが「正統派」の表現をやめたというところまで発展したのは私の本意ではないですが、逆に言えば後から変更する自由もあるわけで、それはそれでいいと思います。以下、ちょっと面白いと思った議論など。

その他、トラックバックしていただいたサイト、blogmapなども参照のこと。

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コメント(10)

こんにちは。
全てなるほどなと思いました。
「バナーを貼ろう」程度の遊びとして始めたつもりの「ブログ正統派」ですが、各所で色々と取り上げられ、考える機会を与えたという点ではそれはそれで良かったのかなとは思っています、結果的に。
(意図したところではありませんが)
名前の付け方が間違ったかなということに関しては少々反省しています。
ただ、自分の主張は述べるべきだと思っていますし、特に間違ったことをしたとは思っていません。
賛同する人は宣言してくれればいいですし、異論を唱えてもらっても当然構いません。

一つ気になったのですが、「非難」の件。
私は個人を対象にした非難は、やはりネットという公に曝される媒体では行うべきではないと思っています。
団体や権威に対しては世論という形で片付けることができますが、個人となるとそう簡単にはいかないと思っています。
今回、一部で私のサイトが目の敵にされているように、関係のない(知らなかった)人までも煽ることになると考えるからです。
それでも個人の非難は構わないとお考えですか?
不躾なコメント、失礼致しました。

ご意見ごもっともと思う部分が多いです。またjackalさんがコメントしていることが、Blogとして良いですね。
パソ通の時代からですが、変な非難はつまらないですね。論争は良いと思うのですが、”何だ馬鹿野郎”的な非難は読んでいて嫌になります。Blogを辞めようかとも思ってしまいます。
議論できれば良いのですが、言い捨てて行ってしまって、反論する先も判らないことがあります。

コメントありがとうございます。お遊びという点は明記してありましたので、あえて乗っかってみたという感じです。
「非難」についてですが、日本人の議論の下手な点は、何か間違っていると自分が思うことに対して非を唱えるということと、人格攻撃をごっちゃにしやすいということだと思います。あるいは、すぐにレッテル貼りに移行する。しかし、「人」への非難ではなく、そこで述べられた見解や意見についての非難であれば、問題はないだろうと思うのです。
ですから、私は「個人の意見」に対する非難はOKだと思います。しかし、「個人」に対する非難(それは誹謗中傷ともいえる)は、そもそも議論をわきまえていないと思うのです。ただ、そういう意見を書くこと自体は(法に触れない限り)勝手である(但し、そういうことを書いた人自身が品性下劣と思われるというカウンターを食らうことを覚悟してやるべきだ)というのが私の見解です。
おそらく、今回の私の記事も、jackalさんへの「非難」あるいは「誹謗中傷」「いちゃもん」と読みたがる人が出てくると思います。しかし、実際にはjackalさんの書いた内容に対する異論を提出しているだけであり、それで「喧嘩」になるわけではないでしょう。そういう誤解されやすい背景を踏まえて、あえて「非難するならしろ」と言いたいと思ったのです。
ですから、よりよい議論のためには「人格攻撃的なことはやるべきではない」というのは共通認識としてあると思いますが、jackalさんは「やらないようにしよう」、私は「やりたいならやるでいいけど、それは全部自分で責任をとれよ」という表現になっているわけですね。
私がネットウォッチの連中を大嫌いなのは、自分が責任を取らなくていいところから隠れてコソコソと石を投げている卑怯者だと感じるからです。もし正々堂々と石を投げてくるなら、対処のしようもあるでしょう。そして、石を投げていることそのものが自分の評価を下げるかもしれないことをわかっていて石を投げてくるのなら、それでもいいと思います。その辺がjackalさんとの見解の違いでしょうね。この辺はどちらがいいと決められるものでもなく、単に好みの違いになってくるわけですが。
長文レス失礼しました。

まー人間生きてるだけで迷惑、っつーか、迷惑かけるために生まれてくるようなもんですからね。

しかし世の非難はほとんどが(以後の議論を続けても)あんまり有益じゃないのも事実。コスト的に考えて、のどかに過ごすのもアリよね。もっとも、それは松永さんのような建設的な議論を広めようとする人たちがいるからこそまったり選択できるワケだが。

jackalさん、はじめまして!
>名前の付け方が間違ったかなということに関しては少々反省しています。
ブログ正統派見させて頂きました。面白い名前と企画だなぁと思ったけど名称は廃止されてしまったんですね。個人的には面白い内容だなぁと思ったので残念です。
ただ私自身のサイトは松永さんのブログ異端派の方が当てはまりますが(苦笑)。

松永さん、返信ありがとうございます。

jingshangさん、これほど名称というものが重要なものかと再認識しました。
以後は慎重に行動したいと肝に命じた次第です。

本題については書くまでもないのでスルーするとして一点だけ。

レベッカ・ブラッドがジャーナル型ウェブログを「一段劣るものとしている」というのは言いすぎではないでしょうか。

歴史的な経緯の説明で、フィルタ型のウェブログが最初にあったと書いているのはその通りです。そして彼女自身そのスタイルを採っており、そのスタイルに愛着を持っているのも確かですが、少なくとも『ウェブログ・ハンドブック』を書く時点で、どれがどれより劣るなんて認識は持ってないと思います。具体的にあの本のどこの記述から松永さんはそう判断されました?

大体あの本にも書かれている通り、当時既にジャーナル型ウェブログが過半数だったわけで、それだけの人たちを見くだす本を書いても受け入れられるわけがないでしょうに(笑)。

劣る というのは書きすぎました(;´Д`)
本来のブログではないというか、そういうニュアンス。

そもそも、「Weblog」なんてものは、個人のサイト
であるわけで、「ウェブログツール」なんかも「CMS」として、極力手抜きをするためのもので、
「SEO」だの何だの言ったって、個人サイトには
大した意味がないわけで、「正当」も「異端」も
無く、「楽しんでいる雰囲気」があり、「たまたま
サイトを目にした」人が「たまたま有意義な情報
をみつけた」「あのサイトの人は面白い事を書く
から好き」でよいのでは?
 
などと、わかってんだかわかってねーんだかな
事を言ってみるココロ。
 
ちうか、「ウェブログ・ハンドブック」のキ※ガイ
じみた装飾、なんとかなりませんかね?
文字がよめませんよ。

正統と異端だとあまり洒落になる感じがしないので、
本格と変格という呼び方を提案します。
「本格ブログは人間が描けていない」
とか
「変格はブログじゃない」
とかいう議論を希望。

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このページは、松永英明が2004年6月28日 12:34に書いたブログ記事です。
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