愛国心(または国という枠組みへの帰属感)反応集

 自分で作るのもどうかと思いますが。

 コメント欄ではいろいろ関係ない話が展開されていますが、それは置いておいて、他のサイトやブログでのコメントから非常に興味深いものをまとめておきます。

2004年7月30日14:41| 記事内容分類:政治学| by 松永英明
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意外なことに、思ったより共感もあるようで

見ず知らずの他人に、国が同じってだけで親近感を抱けるのが不思議で仕方がないんだな。

「「自分自身の実力ではなく、国という枠組み・レーベル・ブランドに対する評価を“自分”と錯覚/勘違いしている」と思えてしまうのです」と松永さんは言うけど、私は欠けているのは自信じゃなくて誇りじゃないかと思ってます。自分が達成するのではなく、他人が達成してしまうことに対して「先を越された!」ではなく「やった!」と言ってしまうあたりが。

タイトルにさせて頂いたこの文章。核心を突き過ぎているように思えて笑ってしまいます。

”愛国心は、自分に自信を持てない人が対象を国にスライドしたもの”

っていわれて、怒る人の気持ちもわからん。だって本当ではないか。私なんか「もーいやになった、くにに帰る」とかいう気分を自分でよくしっているので、そうだねー、と同意する。実際に帰りはしないんだけれど。

私も「あぁ、頑張ったんだなぁ、すごいなぁ」と思っても、「俺はこのオリンピックで好成績をあげた人の所属であるところの日本人なんだぞ、すごいだろ」とは言いたくないクチです。まぁそれを言うことは一般的に「誇り」かもしれませんが、私には「虎の威を借りる~」にしか見えませんし。

愛国心って必然的に備えているものなのだろうか。

私には愛国心が知覚できない。

日本ということだけで誇りが生まれるなら苦労は無い。

能力など、実際の個に基づくものこそが誇りに足るもので、個の付属物たる続柄には個を拡張すべきではない。と思う。それはソニーに就職したことを誇る、親が大会社の社長だから誇る、というのと同じだ。また同様に三菱ふそう自動車や京都府警に勤めてること自体をその人個人の非難対象としないように。(非難されるべきは自浄努力を怠ったという個人の行動にたいしてだ)

もともとスポーツに全然興味ないってのもあるんだけど、僕もオリンピックとかで日本選手を熱狂的に応援するのって昔からよくわからない。日本人がノーベル賞とってもとらなくても僕には関係ないし。誰がとってもすごいものはすごい。海外に行ったときに、どこも日本製の車や家電製品であふれているのを見て、単純にすごいとは思うけれども(いやこれはまったくすごいことです)、それが「日本人として誇らしい」感情かというとそうじゃない。例えばサムスンや現代の看板見ても同じようにすごいと思うからなあ。

これはkmiuraのところのコメント欄に書いたのとまったく同じ話なんだけども、何が気持ち悪いって、愛国心だかなんだか知らないけど、そういった感情を抱くのを「自然」だと言い切ってしまう人が多いこと。

ただまあ日本人は日本を愛して当然とかいってる人達のコメントをみているとどうして日本を愛して当然なのかという疑問をもったことがない人が多いようにみえるし(全てがそうとはいいませんよ)、本当にその態度が「日本を愛して」いる態度なのか俺からみると疑問な人も多いようにみえる。

愛国とかに限らず、マスコミもそうだし先日引用したネット珍走団もそうだけど、何か自分が所属している集団は正当であり、何かと引き合いに出せばそれで許される、それが総意である、みたいに勘違いしてる連中が多いんだと思う。確かに、その集団は何らかの権威があり、そして正当であるかもしれないけれども、その一員でしかない、構成要素の一粒でしかない自分やその他の個人もそうである、とは限らないわけで。逆の場合は、つまりなんか間違ってる集団の場合は、所属してる人間がほぼ間違ってる事が多いけど。

そういう人って、なんか自分では深く考えず表層的な所だけ見て、自分が所属している何か、にイチャモンつけられると感じると見当違いの非難を、そりゃもう滅茶苦茶な勢いで返してる事が多い気がする。んでそういうのが集まり集まると、どんどん論点ずれてってこんな感じになっちゃうんじゃないかなぁ、と。

俺は日本っちゅう国は結構好きだし、愛着もあるけど何かヨソに対する文句言うためにそれを引き合いに出す阿呆は嫌いだ。まとめるとこんだけ。

つうか、あと一言余計な事を書くとすれば、そういう輩は俺にとって愛国者たる俺と、また同じような感じで日本好きな人に対する侮辱だ。


嫌らしくない愛国

どこぞやで愛国心の話が盛り上がってたりするが、愛国者のおれにとっては非
常にどうでもいい。だってなんか出てくる愛国の種類がぜんぜん違うんだもん。

むしろおれが日本を誇らしいと思うのは、日本で生まれたマンガやアニメやゲ
ームが世界中のガキをトリコにして異常な視聴率をたたき出してることとか、
世界中の音楽や食べ物やファッション、そのほか消費物がどこの国よりも手軽
に手に入ることとか、性風俗が世界に類をみないほど発達していることとか、
いちおう世界2位の経済大国であって(ニートやパラサイトがいてホームレス
が死ににくいことも含め)豊かな国であることとか、比較的フツウの女子高生
やOLが援助交際をしていることも含めて性に寛容であることとか、小うるさ
い宗教やファミリー感にあまり縛られていないこととか、長寿世界一かつ少子
化が世界に先駆けてガンガン進んでいることとか、ガンコに正義を主張しない
でなあなあで済ませて問題を先送りすることとかなので、たぶんほかの愛国の
ひとが好きな日本と、おれの大好きな日本はぜんぜん異質なものなのだと思う。

# 『巷間いわれている「愛国心」ってのは理屈もない単なる排他主義の発露でしかないので大嫌い』

# dokusha 『愛にはアディクションというのがあるからね。と言うことで明日に続く』

# oremore 『マツナガが何を言ってるのか長いから読んでないけど、オレはツォタ萌えの見方だ!!けど、本当の愛国心満載はオレなんであって、愛国心満載であれば、チナのシトとも仲良く慣れるのだヽ(´△`)ノ外国のシト嫌いのシトたちは愛国心が足りないだけなのだヽ(´△`)ノ』

# G 『日本人がノーベル賞を取ったら同じ日本人として誇らしく思うという人がいたが、ノーベル賞の小柴氏や共同研究者らで受賞の記念写真を撮ろうとしたら、どこからともなくタキシードを着た奴が現れて、「関係者以外の方はご遠慮ください」と言われると、「私も日本人なんだから一緒に撮って下さい」などと言って記念写真に写ろうとする男を想像してしまった。』

ただもう爆弾だけを投げつけないことが重要なのであって、それ以外のアホは、さほど深刻ではない。

それ以外の知的な反応

自分を全面的に承認・肯定してくれている(と主体の意識に感じられる)共同体に一体化幻想を抱くのも、これに似ているのかもしれません。愛国心のエロスでしょうか。太母神としての国家とか。少なくとも、排他的権利主張によっていや増す一体感というのは、フィリアやアガペーとしての愛とはちょっと違うような気がします。

今回の場合は実際の批判対象(いわゆる嫌韓厨、嫌中厨)だけでなくもっと広い層に批判として届いてしまって、彼らからの反論を誘っていた。もともと彼らにあてたメッセージではないので、もちろん議論はかみあわなくなる。

ダバディさんの意見は非常に素晴らしい。まったく同感。

このブログへの反応ではありませんが。

まず中国のファンにそれほどのナショナリズムがなかったを見て、いい意味で驚きました。

スタジアムは韓国や日本のように、オランダのように、一色に染められ、真っ赤にならないですし、来ているファンはもちろん中国を応援するが、それほど一方的な応援ではなかったのです。

「中国」「アメリカ」「フランス」「日本」を一般化して、トータルで考えることこそは危険だと思います。

ステレオタイプであり、先入観なのです。

その考えの過程こそが「差別」を生むと思います。

人間一人一人を見ましょう!

たとえば僕はアメリカの文化を愛しているが、ブッシュが嫌いのです。

アンチ・アメリカ主義は単純すぎて、意味のない漠然としたスタンスだと思います。でもアンチ・ブッシュは分かる、もっと集中されたスタンスですから。

とにかく中国はだめ!アメリカは嫌い!イタリアは最高!韓国が好き!というステレオタイプを排除しましょう!

(私も日本に夢中!韓国大好き!イタリア最高!といつも言いますから、私からの改革ですね…(笑))

国家、国籍、一つの機関やシステムではなくて、人間一人一人を見て、付き合って、この惑星に生き残る「差別」「先入観、偏見」という悪と戦いましょう!

国家、国籍の意識も排除しよう!

一つになった惑星の総合文化遺産を守って、この地球に住んでいるすべての人間とその文明の発展に貢献するため、まず国境を廃止しないといけませんか?

これが愛国なんですか。へぇー。

「愛国心がないならどっか他の国に住んでみればいいよ。っていうか日本から出てって。」

自分の国を愛する事が不自然なことなんだそうです。じゃあ中国に住めば?

「国」を愛することがわからないと言ってるだけで、別に日本が嫌いと一言も言っていないのですが、それをあえて曲げて表現する連中がいますね。同じ人かもしれないけど。

平たく言えば左翼。

というか文章がだらだらし過ぎてて何が言いたいのかどんどんズレていってるような気がする。

そもそもこの人、アナーキーぶってるのは良いが、それが中途半端で「痛い」ように思うし。

コメント欄に同じような意見があるけど、なんで匿名にしたのか不明。

なんで「平たく言えば左翼」になるのか理解不能。

アナーキーぶるというのはどういうことか意味不明。無政府主義を唱えた覚えはありませんし、政府がいらないというのも否定しているし。

「痛い」ってのはどういうことか不明。

何を言ってるのかわかりやすく書いてください。

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2004年7月30日14:41| 記事内容分類:政治学| by 松永英明
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note of vermilion - 愛国心 (2004年7月31日 23:40)

だいたいこんな感じ。 http://jouno.s11.xrea.com/archives/diary6.html すべてのひとの出自は雑種性のものなのだから、具体的な出自への愛は雑種性で国家横断 ... 続きを読む

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愛国心(または国という枠組みへの帰属感)反応集(http://kotonoha.main.jp/2004/07/30patriot-reaction.html)で松永さんがまとめてくださっているのですが、コメント欄のMAOさんの 続きを読む

国旗旗めく下に集まれ vol.0のつづき。 私のイメージは、 ┌───┐ │ ● │ └───┘ なのだが、一方で、こういう説もある。 続きを読む

愛国心なんてあるって言っておけばいいんだ、 少しでも後ろから攻撃される可能性を減らすために。 だって背中の傷は恥だろ? 続きを読む

 「ええと、今回は偏見のメカニズムについての話ということで」  「まあ、偏見といえば人を見下すといった差別と繋がって語られることが多いが、それとは違う社会心理... 続きを読む

窓際会社員の逃避先 - 愛国心=納税 (2004年8月 6日 23:29)

「日本の伝統文化に何の愛情もなくても、きちっと税金を納め、法律を守れば、これは愛国心の発露だ」 続きを読む

あら、こんなの話題になってたのね。blogWatcherで「愛国心」で検索したら出てきた。"「愛国心ってのはあれだろ。自分に自信の無い奴が自信の対象を国にスライドさせているだけだろ」"... 続きを読む

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他の人のスゴイわかりやすい。特に穀潰しブログさんのは。
松永さんのは全然私的にダメでした。
姑息も自信が無いとかも、全部本当はどうでもいいんだけど、
松永さんたちみたいな人が増えたら、イチローは普通にしか応援されないんだろうし、
オリンピックもそんなに盛り上がらないんだろうな、と考えると、
やっぱり松永さんたちの意見は許容できない。
人の弱さは悪いことではないと思う。

>松永さんたちみたいな人が増えたら、イチローは普通にしか応援されないんだろうし、
>オリンピックもそんなに盛り上がらないんだろうな、と考えると、
>やっぱり松永さんたちの意見は許容できない。
????
何ですか、この意見は?

オリンピックはもうダメだろうと、ニューズウィークに書いてありました。視聴者が国際化して、「我が選手団を応援せねば!」という感覚が薄れてきているそうです。僕もオリンピックにはまったく興味ないですね。ちなみに高校野球にも興味なしなのですが……。


愛国心というのは、20世紀までの価値観だったのかもしれない。少なくとも先進国においては。人間がどこにでも自由に移動でき、どこにでも自由に暮らせる世の中で、なぜ“出身国”に対する帰属意識を持ち続けねばならないのか。


発展途上の国では、国民をひとつの方向にまとめ上げるのに「愛国心」が必要なのです。日本では明治期などが典型的。愛国心なしに富国強兵などあり得ない。でもある程度世の中が豊かになり、平和になると愛国心は薄らいでくる。大正デモクラシー。そして昭和になって、再び対外戦争が深刻化すると愛国心一辺倒になる。戦後は経済復興に愛国心が狩り出された。でも、今の日本に「愛国心」なんて必要あるのかね? 現在の日本は、制度としての「愛国心」を不要とする国にまで成熟したということかもしれませんしね。


逆に言えば、反日ナショナリズムで国をまとめようとする中国や韓国は、まだまだ発展途上の国だと言うことです。あっちが「日本なんて~!」と気勢を上げても、こっちがそれと一緒になって「なにをこのやろ~!」と声を上げる必要なんてまったくない。放っておけばいいんです。


オリンピックに話を戻すと、発展途上の国々にとって、オリンピックはまだまだ国威発揚の場として魅力のあるスポーツの祭典なんじゃないでしょうか。でも日本ではどうかなあ……。

松永さん、中途半端にアナーキーぶってるから痛いよ。文章もだらだらしすぎ。

ダバディさんのように最初からシンプルに表現出来ていれば、こんな大事にはならなかっただろうと思います。

長文読解力に欠けた子が多いな

>No.3
う~ん、諸事情から「反日」というナショナリズムで中国や韓国が国をまとめているというのは同意なんですが、先進国の人間には愛国心や帰属意識が薄い、というのは一般化できる話ではないと思います。
たとえば先のイラク戦争におけるアメリカの国内反戦派への「愛国者」(もちろんこれはイヤミです)の糾弾はかなり激しいものがありましたし、ヨーロッパもEU統合が進んでるとはいえ、各々の国のわだかまりはまだ残ってます。
「国を解体しようとするサヨクの工作が云々」などと頭の悪いことは言いませんが、日本人の帰属意識の希薄化は国家として成熟したから、という理由では必ずしもないと思います。

3.>発展途上の国では、国民をひとつの方向にまとめ上げるのに「愛国心」が必要

というか近代国家は「国民」をつくりださないと成立しないので、アメリカでも愛国心は賞賛されます。というか、踏絵に使われます。
発展が進んでいるかどうかじゃなくて、近代化が進行中ということではないでしょうか。

7.>日本人の帰属意識の希薄化は国家として成熟したから、という理由では必ずしもない

同感です。
日本は戦後、アメリカ統治下(現在はソフトな管理下、監視下)での生存を認められているに過ぎないので、自主外交は不必要だった。自己責任での外交ができないということは、半人前の国家ですから、それへの帰属意識は持ちづらいです。

半世紀以上、アメリカ映画とアメリカの音楽をこっかよい、進んだ、イカス文化だと思って憧れながら育ってますから、異質なアジア(!)への共感がもてないのですね。

動物園で人に育てられたゴリラやチンパンジーはすり込み効果で自分を人間だと思っているらしいのですが、ちょっとそれに似ているところがあります。
日本はやはりアジアであると認識すべきじゃないかと・・・。ぼくの住んでいるマチには、日本のアートがないアジア美術館があるくらいです。

アメリカは移民国家・多民族国家だから、国民をまとめ上げる装置として「国家」しか存在しないのです。それにアメリカは国全体としては先進国ですけど、貧富の格差がきわめて大きい。実際、戦争に行くのは貧困層だけですからね。貧乏人を戦争に駆り立てるシステムとして、やはり「愛国心」は欠かせないのでしょう。


国内の経済格差というのは、中国や韓国もひどいものですよね。日本は世界にもまれな均質社会なので、海外の事情とは比べることができにくい。でも僕は何となく思うんですけど、海外でも富裕層と貧困層を比べれば、間違いなく貧困層の方が愛国的だと思うんですよね。国の状態がどうにかなったとき、自由に海外に移住できる人たちと、何があろうと生まれた土地に足を踏ん張って生きるしかない人とでは、国に対する考え方が違うのではないでしょうか。


日本は年金受給者が物価の安い海外に移住し、そこで余生を送ろうかという国です。(まだ数としては少ないですけれど。)海外で老後を送ろうという人たちの「愛国心」がどうなっているのかには、少し興味がありますけどね。


EU統合後の国民意識というのは、日本における「郷土意識」とさほど変わらないものになっていくようにも思いますが、どうでしょうか。日本で言えば会津はいまだに長州と和解していないとか、その類の話になっていくのではないかなぁ……。


ヨーロッパは基本的に農業国ですし、地形が複雑で風土や産物にも特徴がある。こうした地理上の特質はEU統合後も残りますから、国民性の違いは今後も長く残っていくと思います。それに言葉の問題もありますしね。これが一番大きいかな。


さて、話を愛国心に戻します。少なくとも現在の日本人の大半は、愛国心は必要ないと思っていることでしょう。僕は愛国心を「宗教」と同じだと思いますけどね。かつては社会の規範として必要だったかもしれないし、今でも生きる上で不可欠の価値観としている人たちが少なからずいるのは確かでも、ごく普通に生活している人にとって、必ずしも必要ではないものです。もちろんごく普通の人が「困った時の神頼み」をするように、ごく普通の人が何かのきっかけで熱烈なナショナリストになる可能性もありますけどね。


僕は宗教を否定しないのと同様に、愛国心も否定しません。それを持ちたい人はどうぞお持ちになればいい。宗教が時として人を高貴な存在へと鍛え上げるように、愛国心に鍛え上げられる人もいるに違いありません。僕はそれを、立派なことだと思います。しかしだからといって、宗教や愛国心を他人に押しつけてはほしくないのですね。


まぁいずれにせよ、経済的な豊かさを身につけた国が愛国心を失うのは歴史の必然です。それは歴史を振り返ればよくわかること。古代ギリシャやローマは、繁栄すると同時に市民が兵役の義務を怠るようになりました。その結果傭兵に頼るようになり、最後は滅びてしまうんです。


日本も今のままアメリカを体のいい「傭兵」扱いしていれば、いずれは国として滅びるでしょうね。国家の維持には、国民の忠誠心が必要。その象徴が国民軍。軍隊を持たない国は必ず滅びる。これもまた歴史の必然なのです。

リンク先の「歌う脳髄」に行ってみたのですが、リンク先間違ってません?何も書いてなかった。

>>No.9
>アメリカは移民国家・多民族国家だから、国民をまとめ上げる装置として「国家」しか存在しないのです。
これはわかるのですが、そうすると「愛国心」を必要とする・しないは国家の成熟度とは関係なくなりますよね?
移民により国家の活力を保つ国は未成熟かと言えばそうは言い切れず、日本も将来そうならないとも言い切れませんし。


>EU統合後の国民意識というのは、日本における「郷土意識」とさほど変わらないものになっていくようにも思いますが、どうでしょうか
歴史のこともありますし経済的に統合すると言っても政治的には別々ですから、この辺は実際に今後を見ないと自分にはなんとも言えません。


>僕は愛国心を「宗教」と同じだと思いますけどね。
う~ん、宗教と同じと断定してしまうとなんですが、「愛国心」でくくられるものの中には宗教的側面のあるものもあるとは、確かに思います。
あと、「ただ国が同じというだけで知りもしない人間に親近感を持ったり手柄を共有するのは変だ」という意見もありますが、確かに理不尽なんですが、それは「愛国心」の効能かも、とも思います。
人間の最も大きい強みは他者との共同作業により人数分以上の成果を生み出す「社会性」だと思うのですが、幻想であっても共同作業を行いやすくする、その成果を生み出しやすくする、ということは、ひいてはその人間の属する社会を裕福にするとも考えられます。
相手を知らないうちは共同作業しない、ではなく、共同作業前提で関係を構築していく、その最初の糊になるのではないかということです。
ただ、「愛国心」が別の集団への優越感や敵意・害意になったりという負の側面もあり、それをきちんとバランスコントロールできる教育も必要なのかもしれません。
もっとも、成果があるにしても「深く考えるな、バカになれ」という部分もありますから、やっぱり他人に強制することではないですけどね。


軍隊云々の件については別件になりますし、また長くなるのでコメントは差し控えておきます。

>歌う脳髄
一番下にありますよ

松永氏は確か2CH的な事は嫌いみたいな感じだったと思うんだけど
ご自分のサイトでは2CH的な煽りと釣りのテクを使われてるような気がするんだけど?
きのせいですか? そうですか?

なんかも~煽るだけ煽って自分はとっとと引いて
コメントで他の方々が散々エキサイトしてるのを
横目で見つつ「これでまた、目立ったぜ!」とか思ってそうで
なんだかな~?

"Ask what you can do for your country"ですよ。

国の有り様をよくするために何かできることがある人、いざとなりゃ何かする意志がある人=愛国心の持ち主。

という理解もありうることでしょう。

既出か。すんまそん。

>>14

そうでつ。その通りでつ。
釣られてはいかん罠

17のような幼稚な2コロ口調をよそで平気で使うような奴はとにかく嫌ですね(今回は標本としてさらすが、こういう口調のは気が向いたら削除対象)。あと、ネットウォッチの人(=ネット珍走団)のように、自分は安全な場所でコソコソと高みの見物をしたり石を投げたりするような連中は嫌ですよ。2ちゃんねる的なのが嫌いというのはそういう意味。2ちゃんねるの何が嫌いかというのをちゃんと検討してもらわないと。
煽りと釣りというのは今回関係ないが(コメント欄があまりにも趣旨とかけ離れただけ)、それが2ちゃんねるの専売特許のように言うのは「何でも自分たち起源にする」2コロ的表現で事実に反するね。

「偽りの愛国者」を軽蔑するってのはよくわかりますよ。
国策の影響で「偽りの愛国者」が日本に比べて格段に多い中国や韓国が嘲笑される理由もその辺にあるんですよねぇ。
でも自己相対化とか反省とか、しなさそうだなぁ、あの人たち(笑)。

あと質問なんですが、「2コロ」って「2ch」のことですか?
韓国人や朝鮮人を「チョン」と呼ぶのと同じ感じ?

愛国心にも色々あるんだから、分類すれば良いのに何でしないのだろう?

結局のところ、「国家」というラベリングで相手を批判する人々を、「えせ愛国者」というラベリングで批判しているのがこの一連のエントリ、ということになるのでしょうか?

>ssさま


国家の目的は国民に豊かな生活と安全を約束することでしょう。日本はまがりなりにもそれを達成していますが、アメリカは「豊かな生活」とも「安全」とも無縁の人たちがまだまだたくさんいますよね。その点で、日本よりは社会的に「未熟」なのかもしれませんよ。


あと、いささか紛らわしい文章だったかもしれませんが、僕は愛国心を宗教だと述べているわけではありません。かつて人々が宗教を必要としたように、愛国心が必要とされた時代もあっただろう……というお話です。今も宗教を持つ人が少なからずいるのと同じように、愛国心を持つ人も大勢いるだろう……というお話。


最近の日本人がすっかり「宗教オンチ」になってしまっているのとおなじく、愛国心についても「愛国心オンチ」というのが多いのではないでしょうか。そのひとつの典型的な例が、松永さんということになるのかな。


宗教オンチがいても構わないのと同じように、愛国心オンチがいても構わないと思いますよ、僕は。でも宗教オンチが「宗教というのは~」と語り出せば、とたんに馬脚を現して多方面から批判されると思うのですね。それと同じように、愛国心オンチの人も「愛国心はさぁ~」と語り出せば批判を受けるわけです。そんなのは当たり前の話。松永さんがまさにそうだったわけです。


僕は現代の日本社会が、全体として「宗教」を必要としているとは考えていません。それは「愛国心」も同じです。宗教が「個人の内面の問題」であるのと同じように、愛国心もまた「個人の内面の問題」として済ませられると思います。(将来的にどうするのが望ましいかはまた別の話。少なくとも現在の日本では……という話。)


宗教がそうであるのと同じように、愛国心も社会にとって毒にもなれば薬にでもなる諸刃の剣です。そうした認識がないまま、ことさら愛国心をおとしめるのはよくないし、ましてや愛国心を当然のものとして振りかざすのもよくないですね。危なくってしょうがない。


日本のような成熟社会では、その社会のあり方にふさわしい穏健な「愛国心」の表し方があるし、中国や韓国のような発展途上の社会にはまた別の「愛国心」の表し方があるのです。それを「こっちが正しい」「あちらは間違っている」と言っても仕方がないと僕は思いますけどね。社会の状態が違うんですから。中韓の反日運動を簡単に「偽りの愛国」と言ってしまう人もまた、愛国心オンチのひとりなのだと僕は考えます。


愛国心の多用なあり方、特に負の面をきちんと考えるためにも、学校での「愛国心教育」は必要なのかもしれませんね。(同じように宗教教育も必要だと思うんですけど……。)

今朝、うちの奥さん(中国国籍)が「ねえねえ知っている、こんな話」とニコニコして話し始めたのが、重慶でのサッカーの試合で日本チームが中国の観客からからかわれた話。

「知っているよ、そのことでネットではみんな熱くなっているんだよ」ってこのサイトを教えると、「へぇ~、ちょっとしたジョークをマジで受け取ってるね、日本人は真面目だね」てなことでここの議論すら笑いを誘うようだ。

「だってアラブの小さな、弱いチームと、強い日本が試合するんだから、弱い方の肩もって応援するのって、日本語でも判官贔屓っていうよね、アレアレ」ということらしい。

「それに日本は重慶で酷いこともしているし、からかうネタには困んないし」
「反日ってこと?」
「中にはそういう人がいないわけじゃないだろうけど、若い人はたんに遊んでいるんだけ、軽い気持ちじゃないかな」

「愛国心は?」
「誰だって自分の国を愛するでしょ? それがどうしたの?」

わが家の朝の実況中継でした。

>>「誰だって自分の国を愛するでしょ? それがどうしたの?」

その感じが日本人にはまさに”わからない”のだ。

>MAO

興味深い話ですね。エントリーを立てられたら如何でしょう?

訂正。
>MAO
MAOさま

2コロって初めて聞いた表現だ(苦笑)
でも”珍走団”も2ch的表現なんじゃないの?

>MAOさん。
確かに興味深いですね。その人自身は悪い人ではないんだろうけど、その人のような感覚を仮に中国人のほとんどが有しているのなら、彼らはまだ国際大会を開くのは少し早かったかもしれないですね。

→24
>その感じが日本人にはまさに”わからない”のだ

では、ぼくが感じていることを少し説明します。

ぼくは「国(くに)」と「国家(こっか)」を区別してます。

「国(くに)」というと、郷土意識の拡大したもので、自分が生まれ、育った、今の自分が育まれた風土や人々やそれの歴史、食べ物、話し言葉などなどがベースとなったもので、これを文化的なアイデンティテイと呼んでもいいし、まあへその緒のようなものです。

「国家(こっか)」というと「近代」を受け入れる中で成立した政治的、社会的な制度のことで、日本では明治以降、中国では中華人民共和国成立以降の概念ではないでしょうか。

日本国といえば、日本の現政権が統治する国家機構のことを指すわけです。ですから「愛国」の「国」を「くに」ととらえるか、「国家」と捉えるかで最初に宣言しておかないと混乱するのは当然。

さて、中国ですが、この名称は周の時代から用例があるようで「中つ国」、世界の中心というような意味だったようです。しかし、中国は王朝の変遷の歴史なので、各時代には「秦」「漢」「隋」「唐」「晋」「宋」「元」「明」「清」だったりするし、分裂していた時代も長いので、中国という国=国家が昔から今まであったわけではないです。

では中国とは何かというと「文明」という意味で、つまり文明化された世界(文字を持ち、歴史を記述する文化)という意識がその根本です。現代の中国の人たちは自国の他にも世界には文化、伝統がある国や地域があることを知っているのは当然ですが、なにしろ大きな、多様な文化を持つ国のことで普通の生活では中国=世界という感覚をもつことも多いでしょう。

この伝統的な感覚と19世紀に西欧が突きつけてきた「近代」という概念があまりにもかけ離れていたために、悲劇が起こった。19世紀のグローバリズムに日本のように柔軟に、機敏に対応できなかったのですね。

欧米をはじめ、日本に食い物にされたわけです。

このように外からの侵略で分断され、蹂躙された100年間の過去というのは、今でもその失敗と屈辱の記憶として現在も生きています。過去の死んだ歴史じゃなく、今生きている歴史的な感情です。

日本人にはこのことがよく理解できない。

今の中国は近代国家としての制度の中に自分たちの長い歴史や文化を再編集して取り込もうとしているのだとぼくは感じています。そのためには外国に侮られないだけの実力のある国=国家=統一された中国が必要だと多くの人たちは考えている。

その事実は少なくとも認める必要があると思います。

>>No.22
> 僕は現代の日本社会が、全体として「宗教」を必要としているとは考えていません。それは「愛国心」も同じです。


これはひょっとしたら逆かもしれません。これまでが「国民」を形成するのに「愛国心」は必要なかったけれども、これからは「愛国心」とは言わぬまでも日本人としての帰属意識が必要になるかもしれない、という可能性もあると思います。
これまでの日本の「愛国心」はたとえば欧米列強に対抗するため、あるいは戦後復興のためといった目的の団結のためで、国民が国民であることを自覚するためのものではなかったと思います。厳密には単一民族国家ではないですが、かなりの割合が均一な文化風習を持ち国内の人種対立なども目立たない日本では、「なんとなく日本国民」で構成されることも問題は特にありませんでした。しかし、素人考えの予測ですが、これからはたとえばアジア諸国などの活力を積極的に導入していく必要が出てくると思います。そうすると文化を共有したなんとなく日本国民という定義が成り立たなくなり、もっと明確に日本国民であることを意識する必要が(愛国心には限りませんが)、国民を構成させるためには必要になるかもしれません。これは一つの可能性にすぎませんが。
結局のところ、近年の日本人の帰属意識の希薄さは「なんとなく日本国民」の下地となる文化が希薄化したということなのかもしれません。


> 宗教が「個人の内面の問題」であるのと同じように、愛国心もまた「個人の内面の問題」として済ませられると思います。


これは私も同意します。


>>No23
> 「へぇ~、ちょっとしたジョークをマジで受け取ってるね、日本人は真面目だね」


ブーイングはまだジョークで済ませるとしても、物を投げたりはさすがに「ちょっとしたジョーク」では済まないと思うのですが、その辺は奥様はどう考えておられるのか、ちょっとお聞きしたい気もします。
まあ、中国のかたはたまに日本人から見ると洒落にならないことをさらっとしたり言ったりすることもありますが。(同義的に劣ってるということではなく、単なるカルチャーギャップです)

>No.28
 中国のみについて述べるのは場違いでしょうが、一方的な解釈がまかり通ってしまえば
害があると思われるので少々言わせてください。相対化の一助に…。
 中国の近代を「被害者」としてのみ記述するのは客観的に見ておかしいと思われます。
彼らが自国の歴史をそう受け取るのは勝手でしょうが、その見方だけをわれわれが採る必要
もないでしょう。
 MAO氏が述べられたように、確かに歴史的支那は自らを世界と思っていました。明治期の日本
に留学してきた学生が自分の国の名前をどうすべきか迷ったというエピソードもありますし。
 さてアヘン戦争(1840)の時の支那は漢民族ではない清王朝の時代でした。清朝四代目の康熙帝
から五代雍正帝、六代乾隆帝の百五十年間(1654~1799)は清朝の版図拡大の時代であり、中国の
西部、南部の支配、周辺諸国への侵略征服戦争を展開しております。チベットから新疆、外モン
ゴルにまたがるジュンガル国(モンゴル系)を征服し、貴州、ビルマ、ベトナムなどへの侵略戦争
を続けました。その結果清朝は歴代王朝中最大の版図を実現していたわけです。
 その歴史的事実を批判しようとは思いませんが、「被害者」としての中国政府はこの歴史的版図
を神聖、絶対不可分の固有領土と主張しています。それらが自分たちから「奪われた」からだと。

 周辺諸国民だった人たちから見ればどうでしょう。例えばチベットは諸手を挙げて中国万歳して
いるでしょうか?やったのは漢民族ではないという言い方もあるでしょうが、それならなおさら
その版図が今の中国固有の版図と主張できるものなのでしょうか?
 何も侵略者として今の中国を糾弾しようという気はありません。ですが彼の国の神聖な領土と
やらを無条件に是認する気には毛頭なれません。そして「被害者だ」とのみ考える必要もないと
思っております。
 彼らの自己認識を認めるのは、決して客観的に正しい行為とは言い切れない、とだけ言っておきます。

>その辺は奥様はどう考えておられるのか、ちょっとお聞きしたい気もします。

私もその辺りに興味があり、「ご自分の場でエントリーを立ててみては?」と提案したわけですが、スルーされてしまったようです。

>「2コロ」って「2ch」のことですか?
>韓国人や朝鮮人を「チョン」と呼ぶのと同じ感じ?

生まれは自分の意志で変えることができないが、
2コロは自分の意志で特定の掲示板におもむいて
「俺たち2ちゃんねら~」とか言ってる連中だろ。
それくらいもわからんのか。

No.23のMAOさんの奥様についてですが、率直に言って不愉快な人
間ですね。
「中国の観客からからかわれた話」
「ちょっとしたジョーク」
「遊んでいるんだけ、軽い気持ちじゃないかな」
どんな理由で「からかい」「ジョーク」「遊び」「軽い気持ち」
であったと判断したのか、知りたいものです。
たとえばAFC事務総長や中国共産主義青年団はそのような見方
はしていないようですが。

MAOさんも中国国籍の方なのですか?
というか、ホントの話ですか?あまりにも不自然な話なので、矮
小化工作のための作り話かと邪推してしまいますが。

→33

>MAOさんの奥様についてですが、率直に言って不愉快な人間ですね

名無しの匿名発言に腹立てるのも大人気ないのですが、こういう風に名指しで非難されてはちょっと言っておいた方がいいですね。

日中間でなにか(大中小を問わず)摩擦が起こるたびに、日本と中国、日本人と中国人というカテゴリーを立ててああでもない、こうでもない、あっちが悪い、こっちが間違っているという議論が起こるのはよく目にするところですが、その問題を起こしたのが日本人であれ、中国人であれ、そこからすぐに「だから○○人は・・・」という決めつけにすりかえる必要はどこにもないし、そうした一般論化は不毛な議論に陥るだけでしょう。

確かに重慶のサッカー場で中国の観客が日本チームに失礼な態度をとった、という事実はあるでしょう。ぼくはその場にいたわけでもないので、日本でのニュースと若干の中国のニュースをみたくらいです。それでけが人が出たわけでもないようなので、正直いって、大して気にもしていなかった。

ぼくが今朝のわが家のちょっとした会話をここで書き込んだのは、中国の人たちだっていろいろな考えの人がいるし(なにしろ13億人です)、「反日」というレッテルを中国人に貼り付けてしまう必要はないということを伝えたかっただけ。

重慶のサッカー場で起こった事実は一つでしょうが、それが伝えられていくうちにいくつもの解釈のフィルターがかかり、百の真相に化けていくわけです。たまたまその一つの真相を聞いて、それをベースに判断するのが普通の人ですよね。

ジャーナリストか、このテーマに特に関心でもないかぎり、複数ソースを当たって、ことの真実を確かめようというような奇特な人はいないでしょう。ここの場で議論に参加している人だって、そのうちの一人です。ぼくも、うちの妻にしてもその一人なわけです。

日本で暮らすわたしの妻はこのニュースを中国の友人から聞くか、中国ソースのニュースで知ったと思うのですが、「こんなことあったの知っている?」ていう軽い気持ちで言っているだけです。それはぼくが中国に対して他の日本人よりは理解があると思っているから、夫婦間のこうした軽口が出るわけで、そうでない普通の日本の人に向かってこうした発言をするわけじゃない。そのくらいの常識は持っている。

ただ重慶のことにしたって、その伝わり方はさまざまだし、その受けとめ方もまた千差万別だということの事例として、わが家の朝の会話を紹介しただけです。

33の名無しさんは、わたしが書いた妻の発言を不愉快とお感じになった。ま、それは人それぞれですから、そのことの是非を言うつもりはない。でも、そういった感情を持つにせよ、「そういう捉え方をする中国の人もいるのですね」というくらいの発言で留めておくべきでしょう。それ以上の名指しの発言は「失礼」です。

→31.
>私もその辺りに興味があり、「ご自分の場でエントリーを立ててみては?」と提案したわけですが、スルーされてしまったようです

ぼくは朝から番までPCに張り付いてこの議論をウォッチしているわけでもないので、昨日の今日ではお応えすることはできないのはご理解いただけると思います。

この日中間のコミュニケーションギャップについては、わたしのウェブログで昨年の秋からいろいろと記事を書いたものがありますので、関心があるのでしたら、是非お立ち寄りください。

http://blog.readymade.jp/tiao/archives/cat_ueaoesseecoaaoiee.html

あちらの「愛国心」とは、物をなげたり国旗を燃やしたりする行為をわざわざ「愛国心」にからめるような感覚じゃないってことでしょう。
やはり「からかい」「ジョーク」「遊び」「軽い気持ち」なのですよ。
その行為を非難することと、愛国心とは別のものです。
これが理解できないと彼らの怒りも理解できない。

日本人が愛国心を理解できないために起きる国際交流の悲劇だ。

MAO氏、落ち着いて書かれてはいかがですか?ご発言がまとまりがなくふらふら揺れているように感じ
られますが?
 34であなたは「日中間でなにか(大中小を問わず)摩擦が起こるたびに、日本と中国、日本人と中国人
というカテゴリーを立てて」とおっしゃってますが、これがまず理解し難いです。
 まず摩擦が起ころうが起こるまいが「日本と中国、日本人と中国人」というカテゴリーは存在して
ますよね?誰かが新しい概念を編み出したわけではないでしょう?これを否定するならば、そもそも
「日中間で」とかいう表現自体が成り立ちませんよね。
 愚考するに、松永氏と同様、国民というくくりで見るな、個人として見ろということのようですが…
 それにしては28の終わりの方のあなたの主張は、中国人というカテゴリーの人は「失敗と屈辱の記憶」
を生きた歴史的感情として持っている。それを日本人というカテゴリーの人はよく理解できないのだ。
で、中国人というカテゴリーの人々の「統一された国家が必要だ」と考えているその思考を理解すべき?
ということになっていますよね?
 日本と中国、日本人と中国人という枠組みで考えるのがいけない、となれば、あなたは何も主張できない
はずですよ。(大体、カテゴライズして思考するなと他人様に言うのが無茶なんですよ。自縄自縛)

 それに奥様との会話を実体験として持ち出されるのは良いのですが、どうにもあなたの出される例は
あなたが奥様を理解してあげてるという一方的なものに見えるんですよ。まあそれは個人的な感想ですが。
で、異文化交流は経験も豊富でいらっしゃるでしょうし、釈迦に説法でしょうが、理解ってのは片務的
なものじゃうまくいかないでしょ? 相互理解が大事ですよね。自分も変わるなら相手も変わると、それ
がまあ理想だと私は思うんですよ。
 今回の重慶の事件で、そりゃ確かに過去の出来事などから反日的ムードがあるのは当たり前とおっしゃ
られる方々の言葉もわかります。しかしそこでえへらえへらしていても、日本の中にそれを非常に不快に
思ってる人たちがいるってことを向こうに「理解」させることはできないでしょう?
 一方的に理解してあげて、向こうの人たちにはこちらのことを理解してもらわなくてよいというのですか?
それとも考え方は個々人だから、向こうとかこっちとかはないと断じられますか?しかしあなたが断じようが
どう思おうが、日本と中国、日本人と中国人という枠組みはあなたから離れたところに存在するのですよ。

 もしあなたが奥様の「へぇ~、ちょっとしたジョークをマジで受け取ってるね、日本人は真面目だね」
という言葉を「理解して」流してしまったのだとしますと(あくまで仮定です。描写はありませんから)
今回の事件で不快に思ったり怒りを覚えた人への「理解」はまったくないことになります。私にはそれが
正しい態度とは到底思えないです。
 まあ仮定の話をしてもしかたがない。最後に33氏の言葉、奥様に不快感を示されたその言葉は、奥様が
中国人(というカテゴリー)じゃなくてもでてくる感想ではないかと思います。そこらの道端でもいいです、
歩いてきた誰かが、見ず知らずの誰かを「わーっ」と威嚇して、「ちょっとしたジョークじゃん」とか言い
訳するのとどこが違うのでしょう。やられた側はたまったもんじゃない。奥様がどこの国の人であれ、
そういうやられたものの痛みに鈍感な人は、多くの人にとっては不愉快なんじゃないでしょうか。

→30

歴史、つまり人類の行いを記録したものここ数千年の記録では、世界は束の間の安定の時期以外は不断の闘争、戦争を繰り返し、混乱、無秩序の時代の方が長い。現存する「国家」はそうした歴史を潜り抜けて生き残ってきたので、侵略した、されたというのも歴史を遡ればきりがなくなります。

現代の価値基準、倫理観で判断するとしたら、どこかで線引きをしないといけません。

ぼくたちは今、「近代」という18世紀頃にヨーロッパで確立された「国家(nation states)」による秩序という枠組みの中で暮らしています。その正当性についての議論は長くなりますが、この関連エントリーで紹介したサイトを再録します。ぼくもほぼこの考え方に得心する立場です。

▽「国民文化」とは何か
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/3776/vorrede.html
▽週刊『思想と国民文化』
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/3776/thought.html#top

どこで線引きするかというと、この「近代」というパラダイムを国家として受け入れたかどうかというのをその基準にすべきではないでしょうか。

ということではご指摘にあった清の時代の領土拡張ということを現代の視点で批判するのは多少的が外れると思います。

事実、19世紀に欧米の帝国主義がアジアを侵略、蹂躙したときには、かれらは「近代」という大義の下にそうした干渉を行い、それに対して痛痒を感じていないのです。

中国は「近代」の受入れを拒んだからこそ、半植民地化されていったわけです。

この件に関してのぼくからの補足はこれで終わります。

>No37 MAO氏
>現代の価値基準、倫理観で判断するとしたら、どこかで線引きをしないといけません

 私は現在の価値基準をもって歴史、過去を断罪する気は毛頭ありません。だからあえて線引き論議
などはする気はありません。
 国民国家成立で分けるのも一つの考えでしょうし、第二次大戦以後の国家というのでわけるのでも、
ソ連・東欧の共産主義国家崩壊以降の国というのでわけるのも、エトセトラいろいろあるでしょう。

 ただ単に「中国は被害者」という考え方自体も相対化して考えるべきと信ずるだけです。

 申し遅れましたが、私は36でもあります。

→36

おっしゃるように、ぼくは「日本」「中国」、「日本人」「中国人」というような概念よりも、個人としての立場で対する方を優先しますし、大事に思っているし、それを実践しているつもりです(まだまだ実践は不十分ではありますが)。

そもそも重慶のサッカー場で起こったことは、国家の問題としてとして考えるべきことがらでしょうか、それを行なった人たちは中国を代表する立場の人であったのでしょうか?

問題に応じて、思考のフレームを切り替えて対処するべきだということをお伝えしたかっただけです。

もしあなたの感覚が一般的な日本人を代表するものであるとしたら、妻の軽口を笑ってしまうぼくはこの国では少数の立場になるのでしょうね。でも、ただそれだけのことです。

だからといってぼくが日本人として不適格ということもないでしょうし、なにもその他の日本人のことを深く思いやって、それを家庭内の朝の一時の平和をやぶる議論にまで展開することも必要ないでしょう。

>そういうやられたものの痛みに鈍感な人は、多くの人にとっては不愉快

まさにそうです。
だから中国の人たちが日中戦争の歴史にこだわる気持ちにも、同じように考え、理解しようという態度を示さないと不公平でしょう(完全に理解することは不可能にせよ、無視してはいけないという意味です)。

昔、尊敬する先輩とこうした議論をしていたときに彼が言ったのは、

「中国、韓国からの歴史問題の指摘は確かに執拗で、こだわりすぎのようにも思えるのだが、ぼくはね、あれは必要だと思っているんだよ。あのくらい外から言われていないとこの国の人たちは過去を水に流して、すぐに忘れてしまうからね。平和国家日本をつくるにはそうした声は大切だよ。そこまで考えて自民党の先生たちが不必要な失言を繰り返しているわけではないかもしれないが・・・」

>30
>私は現在の価値基準をもって歴史、過去を断罪する気は毛頭ありません。

これはあるイデオロギー集団の持つドグマですね。
あなたがこれを支持するのは一向にかまいませんが。

真剣に話されてますか?
 私の言葉のどこにイデオロギーがあると?
 どこがドグマであるかご説明いただけますか?あまりにも唐突で苦笑を禁じえません。

>39 MAO氏
「やられたものの痛みに鈍感な人は多くの人にとって不愉快」ということはわかっていただけたようで…
わたしは30氏の感想が、まさに国籍云々ではなくてこのことを言っていたのでは、ということを知って
いただきたかっただけですから。

 あと「中国の人たちが日中戦争の歴史にこだわる気持ちにも、同じように考え、理解しようという態度を
示さないと」いけないというのには全く反対する気もありません。(不公平っていうのは何が何だかよく
わからないのですが…)
 ただそのくらいのカテゴライズで語りますが、同じように中国の人たちが今の日本の人たちのことを
考えていただけるようなら、問題はかなり減ると思います。そしてそのためには日本側で主張すべきは主張
する、説明することが非常に大事なことになります。そしてもし向こう側に理解する気がない場合は、事態の
深刻化が懸念されます。個人的な意見ですが。

 あなたも奥様との間の何気ないやり取りの中で日本とか中国のことを考え、理解したりするでしょう?
 そういう些細なことの中で国のイメージとかさまざまなことが左右されるんですよ。だから重慶の事件を
たいしたことがないと思われるあなたの感覚がちょっとわかりませんね。
 庶民感情としての国のイメージとかそういうものは、別に国を代表する人などが大上段に国家の方針として
行うことなんかより、こういう些細なことで決まることが多いのでは?
 恨みつらみなどの負の感情は、向けられた相手の負の感情も誘発すると思います。中国や韓国がいつまでも
「被害者」だと言って負の感情を日本に向けてくるのは危険でしょう。だからこそそれを「理解」すること
だけでは問題の解決にならないとも思うんですがね。そこらへんも含めて言うべきは言うと…

>30

現にあるイデオロギー集団のスローガンの一つじゃ
ないですか?
あなたのバックグラウンドがわかったのは収穫でした。
あまり話し合っても意味がないということも。

>43
 あなたはどれだけ無礼なことをおっしゃっておられるのか自覚していますか?
 決め付けはよしてください。何をどう思われても結構ですが、話し合いの拒絶をなさりたいのだということだけしか私には伝わりません。

なぜでしょうか?あの言葉は実際にイデオロギー集団のスローガン
ですし。そのスローガンをお書きになるということは、そのイデオロギーの
影響下にある人なのでは?と思うのはおかしな事でしょうか?

それから、昨日の

>[No.138] 投稿者:100[2004年07月30日 16:49]
>しかしあめぐりの人の放置が吉と出るか凶と
>でるかはわかりませんね。この人の程度の低さは、
>愛国心にネガティブな人々すべての評判に傷をつけ
>かねません。

これはあなたが書いたものですか?ちょっと似てるなと思ったのでね。

なぜでしょうか?と開き直られるとは思いもよりませんでした。本当に苦笑しております。
 あなたが自分で考えている「イデオロギー集団」とやらの人以外からは聞かれない言葉だと真剣に
思われているのですか?またそこの専売特許のような言葉なのですか?

 私は自分が特定のイデオロギー集団に属しているとはこれっぽっちも思っておりません。ですから
まじめにあなたの言葉を否定します。というよりあなたの常識を疑いますね。
 それより何より、あなたはドグマとかスローガンの意味をはっきりご存知で発言なさっておられますか?
私に聞くよりまず自分で調べて、自分の発言に照応しておかしくないかご判断ください。イデオロギーと
いう言葉もですね。それぐらいは…とも思うんですが、頓珍漢なことに気付いておられないようなので。

 特定のイデオロギーに染まらなければ決して使わないであろう言葉と、そうでない言葉というのが
あるんですよ。そして私の38の発言はもちろん後者。誰が使っても不思議じゃない言葉だし(当然私は
まじめにそう考えてますよ)どこかの誰かが用いようが、それ自体に色があるわけじゃない。
 それを捉えて「お前は何々だ」と決め付けるのは、礼を失する以前に正気を疑われる発言です。

 あ、それからその138の発言は私じゃないですね。まあ年もそんなに若くないんで、同じくらいの年の
人が失礼のない程度に書き込もうとするとこんな感じの文体になるんじゃないですか?
 まあ匿名で何を言っても仕方のないことですけどね。

>松永さん

久しぶりにこのサイトで発言させていただきました。
このテーマについて発言したかったことはだいたい書いたつもりですし、議論も横道へ逸れていきそうなので、今回のセッションからは一先ず退席いたします。

またこうした議論が盛り上がるような問題提起を期待しています。

再見

>あ、それからその138の発言は私じゃないですね。
>まあ匿名で何を言っても仕方のないことですけどね。

そうですか。それは大変失礼いたしました。ただここは完全な匿名掲示板と違って管理人さん
には発信元がわかりますので。

「現在の価値観で過去を裁くな!」というスローガンは、特定のイデオロギー集団が
社会に登場した時に大声で連呼されたものですから、所属していないまでも、そのイデオロギー
にシンパシーを持っているのかな、と思うのはなんら不自然ではないと思います。
そしてまた、党派的な人との対話はしばしば不毛ですからね。
個人的にはそんなに強く否定されなくても・・・とは思いますが。

MAOさんのお話、大変ためになりました
私は生まれてからずっと日本にいて海外には旅行すら行ったことがないです
そのため入ってくる情報は日本のTVや新聞を通しての情報のみとなってしまい
インターネットなどでさまざまな人の考え方を理解しようとしていますが、やはりインターネットという匿名性でなかなか事件などの真実が見えてきません
そんな中でMAOさんのようにMAOさんや奥様・MAOさんの先輩のお話はとてもためになるお話です
そこで質問なのですがMAOさんの先輩がおっしゃっていた
>「(日本の人たちは)過去を水に流して、すぐに忘れてしまうからね」
とありますが
私はもう水に流しても十分だと中国のかたが考えてもよいのではと考えています
第2次世界大戦からもう大分ときも経って、戦争に携わった日本のかたも中国のかたも少なくなって謝罪すべき日本はあったとしても謝罪するべき日本人は少なくなっているし
また当時の軍関係者のお偉いさんなどはほとんど死んでいるんではないでしょうか
私も個人を尊重するよう心がけておりますので謝罪すべき日本人じゃない日本人にまで何かを要求するのはいかがなものかと思います
謝罪すべき日本はまだ残っているとも言いましたが、多分日本政府のかたは多分どんなに中国のかたが必死に謝罪を要求してもそれを行うとは思えません
また時がすぎて解決しないままうやむやにしてしまうのは日本の政府が最初から考えてたことかもしれませんが、日本と、中国などのアジア地域の国が「歴史問題」で友好的になれないのは双方の国の利益のためには得策でないと思います

以上が私の考え方なのですがMAOさんはどのようにお考えでしょうか?

>48
別に私は思想界にそれほどうといわけではないが、真剣にわからないので、その思想集団とやらを名指しせよ。
あえて考えると、西部あたりの歴史修正主義的な論者がえてして、過去の戦争について近代の価値観で裁くなという擁護論をきくことがあるが、話の流れからすると、逆の立場であるようだし、実際、この件で特定のイデオロギーというのを名指しもしないで一人合点で承知しているのはあなただけであるようにみえるぞ。

>ssさん


僕が愛国心を不要だと考えるのは、あくまでも現時点での日本に限定した話です。過去の日本に愛国心は必要でした。そしてこれからの日本にも、別の形での愛国心は必要とされるかもしれません。


例えば今後の日本は少子高齢化が深刻化して、労働力として海外からの労働者や移民を受け入れざるを得なくなるかもしれません。その時、日本は本格的に「多民族国家」へと歩み始めるわけです。そこではもう、「なんとなく日本人」は通用しません。「私にとって日本とは何か」「日本にとって私は何者か」という問いを、日本で暮らす人々が常に自問自答せねばならない時代が来るかもしれないのです。


しかしそれは「今」ではありません。現在、今この時の日本に、愛国心が不要であるという僕の考えは変わりません。

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このブログ記事について

このページは、松永英明が2004年7月30日 14:41に書いたブログ記事です。
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