泥棒の語源(滝沢馬琴のヨタ話)

 泥棒、ひるとんび、スリ、護摩の灰、かどわかし、ばかす・ばかされる……といった言葉の語源・由来について、滝沢馬琴がいろいろヨタ話をしています。『燕石雑志』という本の一部ですが、その中で友人にツッコミを入れられたりもしていて、何だか面白い。そこでこの「泥棒」ネタの部分を訳してみました。

2004年9月23日09:17| 記事内容分類:言葉| by 松永英明
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燕石雑志 巻之四

(一)関東方言 より

 白波((【白波】後漢書霊帝紀に見える、黄巾の賊の残党で西河の白波谷に籠って掠奪をした「白波賊」の、「白波」を訓読していう。盗賊の異称。(広辞苑)))緑林((【緑林】[後漢書劉玄伝](新代、王匡・王鳳らが、窮民を集め、湖北省当陽県の緑林山にかくれて盗賊となったことから)(広辞苑)))の故事によって、盗人を「しらなみ」と言ったり「みどりのはやし」と言ったりするのは適切だ。これを漢字で「白浪(はくろう)」と書くのは、原義にかなっていない。漢字ならば「白波(はくは)」と書くべきだ((有名な弁天小僧の登場する歌舞伎は「白浪五人男」と書く。))。

 また、盗賊(ぬすびと)を今、俗に「どろぼう」という。「とろ」は「とる」である。「ろ」と「る」は通じる。暴は暴戻暴悪の暴であろう。しかし、世俗では、宝井其角の『五元集』に
  泥坊や花の蔭にてふまれたり
という句を見て「泥坊」と書く者がいるが、泥坊はもともと当て字なのである。暴も坊も仮名は「はう」である。「ほう」と書くのは間違っている。

 また、世俗に小賊(こぬすびと)を昼鳶(ひるとび)という((ひるとんび【昼鳶】昼間、人家に忍び入って金品をかすめさらうぬすびと。ひるとび。また、すり。(広辞苑)))。中国に夜鷰(やゑん)という怪鳥がある。これの対となっているのだろう。五雑俎((【五雑組・五雑俎】随筆。一六巻。明の謝肇淛(しゃちょうせい)著。天・地・人・物・事の五部門に分けて記す。一六一九年成る。(広辞苑)))にいう。「荔支(れいし)の実がまさに熟そうとするとき、飛んできて盗もうとするものがある。枝にとまり、木に接し、すばやいことは風の如くである。園丁は外敵が攻めてきたかのように防ごうとするが、瞬く間に不覚にも千万の樹はみなとられてしまう。これを名づけて夜鷰という」云々。

 また、棍徒(こんと)をスリ((すり【掏摸・掏児】(摩すりの意) 往来・乗物などで、他人の金品などを掠(かす)め取ること。また、その盗人。ちぼ。巾着(きんちやく)切り。(広辞苑)))という。『郷談雑字』に、
[郷談]剪扭(せんちう)[正音]掏摸(すり)
と出ているのがこれである。契沖の『河社』には『兼盛集』に載っている
  旅人はすりもはたごもむなしきをはやくいましね山のとねたち
という歌を引用して、簏(すり)の字を当てている((すり【簏】旅行用の竹細工の匣(はこ)。(広辞苑)))。また、『学語篇』には「須利(すり)」と書いて「梵語である」と注しているが、出所は明らかではない。すれ違いつつ行くときにものをとろうとするから、「すり」というようになったのである。

 また、念秧杜騙(ねんわうとへん)を「胡麻の蝿(ごまのはえ)((ごまのはい【護摩の灰】(高野聖こうやひじりの扮装をし、弘法大師の護摩の灰と称して押売りした者の呼び名から転じ用いられたという) 旅人らしく装って、旅人をだまし財物を掠める盗賊。胡麻の上の蠅は見分けがつきにくいことから「胡麻の蠅」とも。(広辞苑)))」というのは、それが賊なのか否かを見分けがたいのを、胡麻の上にいる蝿にたとえたのである。

 また、少女を強奪して略売するものを、世俗では「かどはかし(かどわかし)」と言って「勾引」の二字を当てる((かどわかす【勾引かす】子供や女などをむりやり、または、だまして他に連れ去る。誘拐する。かどわす。かどう。(広辞苑)))。これは中国の「拐契(かいけつ)の賊」である。日本語読みの「かどはかし」というのは、門(かど)を迷わせてよそへ誘うという意味であろう。

 人が人にあざむかれるのを「ばかされる」といい、狐狸が人を魅せるのもまた「ばかす」という。「ばかす」は「馬鹿にする」である。馬鹿は秦の趙高が鹿を指して「馬である」と言わせた故事によることは、世俗でもよく知られていることだろう。

 これらは役に立たない話だが、筆の走るままに書いた。


【頭注】

 以下、友人の静慮のコメント。

 須利は『梵語雑名』にも出ているようだ。『翻訳名義集』に「朱利草秦言賊」とある。

 それから、杜騙のことは、私が『鄙物語雑文』というものに記しておいた。近日脱稿するのでお見せしましょう。

 門迷しのことはどうでしょう。ふるく「かどひ」という言葉があって転じたのではないか。『後撰集』「春」の中に、藤原興風の歌、
山風の春の香がとふふもとには春の霞ぞほだしなりける。

 友人・岩瀬田蔵が言う。「ごまのはえ」は「護摩の灰」である。百年前、東西の屋中に高野聖のふりをして「弘法大師の護摩の灰だ」と言って旅客にだまし売ったものがいたことからこの名前が起こったものだ。元禄前後の絵草紙に「護摩の灰」とあるのを見落とされましたか。(※護摩の灰・胡麻の蝿、どちらも広辞苑に載っている)

 友人・清水赤城子がいう。杜騙と書いてカタリと読んでいるのは間違いだろう。局騙というのは律書に書かれている。これは日本で言う「つつもたせ」のことである。杜騙はその騙の防ぎ方である。杜は塞である。律書に「杜騙新書」二巻あり。考え漏らされたのだろうか。

 『老人雑話』に、天正のころ、小賊が路上で人の刀につけた鞘などをぬきとるものがあり、これを「ぬき」という、という話が載っている。とすれば、はじめ「ぬき」と言っていたのは「ぬきとる」の意味である。今はスリというが、これは「すりとる」の意味であることがわかる。


燕石雑志 巻之五 下冊追加

(十五)白波

 ある人が尋ねてきた。「賊をしらなみというとき、白浪と書くのは意味が違っている」とあるが、あなたの言っていることは詳しくない。子供たちは出典を知らないので、困惑するのではないか。

 というので、答えておく。

 後漢の霊帝の中平元年、張角というものが幻術によって愚民を惑わし、ついに三十六万人を率いて反乱を起こしたが、皇甫嵩が破った。張角は張道陵の一派であって、世に言う「黄巾の賊」はこのことである。その後、張角の残党は西河の白波谷(はくはこく)というところに逃れていって、強盗・略奪ばかりしていたので、当時の人はこれを白波の賊と言ったのである。だから、「白浪」と書くのは、原義に合わないわけである。日本語読みは「しらなみ」なので、仮名で書けば問題ないだろう。後漢書列伝巻之六十一参照。


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コメント(1)

泥棒の時代考証?の参考にさせていただきました。
滝沢馬琴が語っているのが面白いです。

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