文章は易しいという観念を持つべし

 この幸田露伴の文章を長々と掲載しているのは、ここにいう「普通文章」を「ブログの文章」と置き換えていただければ参考になるのではないかと考えているためです。

 これはみな、文章は難しいものであるという観念が間接に、あるいは直接に一般の世の人に働いて、そして世人が筆をとり、紙に向かうことがやっかいだと思わせた結果である。個人にとっても世にとっても、まずもって打破しなければならないのは、不合理かつ不利益な悪い前提である。

 楽しんでいけば険しい山道でも楽しむことができる。楽しまずに歩くなら、平坦な広い道も人を悩ますばかりだ。

 文章は作ることができるということを信じて、そしてそのことに従えば、一字の推敲、一句の修正もみな楽しいことであるはずで、自ずから苦しいこと、心労を抱いている間であっても楽しい思いはできる。

 その楽しい思いは、やがて精力を充実させ、意識を高め、勇気を持続させ、智慧をもたらし、十分な技量を我知らず発揮させるものである。楽しい思いが大きければ大きいほど、労苦を支える力は増大し、労苦を支える力が増大すればするほど、自分のなすことに対して熱心・忠実となり、自然とその結果は良好となる。もちろん、文章もよくできることとなる。

 これに反して、文章は作りにくいものであるという前提を持っていては、文章を書く場合にどうしても楽しんでやるわけにいかない。いやいやながら試すことになるわけだから、その結果がよくないことは言うまでもない。

 そして、楽しんでやった人がよい結果を得たならば、次にまた文章を書くときによい影響を与える一つの力となり、いやいややった人が悪い結果を得たならば、同様に悪影響を与える悪循環となるわけである。

2005年1月16日17:35| 記事内容分類:普通文章論| by 松永英明
この記事のリンク用URL| ≪ 前の記事 ≫ 次の記事
| コメント(0) | トラックバック(0)
twitterでこの記事をつぶやく (旧:
【広告】★文中キーワードによる自動生成アフィリエイトリンク
以下の広告はこの記事内のキーワードをもとに自動的に選ばれた書籍・音楽等へのリンクです。場合によっては本文内容と矛盾するもの、関係なさそうなものが表示されることもあります。
2005年1月16日17:35| 記事内容分類:普通文章論| by 松永英明
この記事のリンク用URL| ≪ 前の記事 ≫ 次の記事
| コメント(0) | トラックバック(0)
twitterでこの記事をつぶやく (旧:

トラックバック(0)

※当ブログへトラックバックされる場合は必ずこのページへのリンクを入れてください。こちらへのリンクのない一方通行トラックバックは承認されません。

トラックバックURL: http://www.kotono8.com/mt5/mt-tb.cgi/331

コメントする

OpenID対応しています OpenIDについて

このブログ記事について

このページは、松永英明が2005年1月16日 17:35に書いたブログ記事です。
同じジャンルの記事は、普通文章論をご参照ください。

ひとつ前のブログ記事は「文章は難しいという観念を打破する必要性」です。

次のブログ記事は「権利は愛することができる。義務はいとわしい。」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。
過去に書かれたものは月別・カテゴリ別の過去記事ページで見られます。