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文を作るには楽しんで苦しむべし。嫌がって苦しむなかれ。

 楽しんで苦しめば才能は進む。いやいや苦しめば、苦しみがいは少ない。楽しむということは、実に苦に耐えるからなのである。「好きこそものの上手なれ」ということわざは、簡単な言葉で深遠な道理を見抜いている。好きというのは、すなわち、楽しんでことに当たるということにほかならない。

 わたしの知っている某富豪は、かつてわたしに対して、

「自分のようなものはすでにそれなりの財産をなしたのだが、それでもこつこつと商業に従事している。君は、わたしのことを、金を求めて飽きることのない者のように言うかもしれないが、まったくの偽りなしに言おう。わたしはすでに今もっている富以上の金銭は必要ないので、金銭を得ることはそれほど欲していない。ただ、商業に従事して、利益を生み出すのを見るのが面白くて、老いや死が迫っているというのも忘れてしまっているだけなのだ」

 と語ったことがある。その言葉は決して飾り立てたものではないと信じただけでなく、いかにもそんな調子でことに当たっている人だからこそ、一から立ち上げて百千万の富をも手に入れられたのだと感じた。

 以上、述べてきたところをまとめるならば、「楽しんでことに当たる」というのが成功の秘訣だということになる。どうか、実用的文章を書く人、すなわち一般の人には、楽しんで文章を書いてもらいたい。いやいや書くのではなく書いてもらいたい。作文についての議論を提示する前に、まず熱心に希望することである。


2005年1月16日18:12|記事内容分類:幸田露伴『普通文章論』|by 松永英明
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 楽しんで文章を書くということは、確かに能文・妙文の域に入る前にまず通過すべき一大関門の鉄扉を開く秘密のカギである。

 そして、その重要な「楽しむ」ということは、「文章は難しい」という前提観念があるときにはどれほど妨げられることか。それと反対に、「文章はだれでもできるものである」という信念が存在する場合には、筆を執り、紙に向かったとき、これを楽しむ状態になるのも当たり前のことである。したがって、文章は書けるものだという信念を抱くと抱かないとでは、実際のところ、文章をうまく書けるか否かに対して極めて大きな関係を有している。

 そして、一般人、つまり実用的文章を書く人に対しては、特に「文章は難しいものではない」という強い確かな信念を持ってもらうことが最大必要条件なのである。しかし、世の人の多くは、「文章はむずかしいものである」という観念を、いつ、だれから注ぎ込まれたというわけでもないが抱いていて、ここまでくどくどとわずらわしいくらいまで述べてきたことにもかかわらず、それでも「文章はむずかしいものである」と信じ、そしてまた文章を書かねばならないときにも、嫌々ながら筆をとり、紙に向かうことであろう。

 ここで、わたしはさらに一歩進めて、「文章はむずかしい」という悪観念を粉砕し燃やし尽くしてしまうため、どうして「文章はむずかしい」という有害無益・不道理な観念が世の人の頭から抜きがたいものとなったかを考察し、そしてできれば害毒に対して抜本的な対策の道を論じたいと思う。



2005年1月16日18:12|記事内容分類:幸田露伴『普通文章論』|by 松永英明
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