文章は難しいという観念を打破する必要性

 さて、こういうふうに難しいという思いが生じてくる源を観察して、そしてこれを排除することを工夫してみるならば、まず第一に「文章は作りにくいものである」という前提観念を打破することが大必要である。なぜならば、このような前提的観念がいつのころから一般の人々の間に起こったことであるか不明であるが、とにかく甚だしい有害無益の観念であって、この観念は確実に実用的文章を作る人を失敗させる主な原因となっているに違いないのである。

 なぜならば、何ごとによらず、自己の目的を遂げることが無理だとか、遂げることは難しいと信じるならば、物事に当たる勇気を減殺し、精力の充実を妨げ、智慮を萎縮させ、技量を衰えさせて挫折させるための条件となるからである。したがって、文章は作りにくいものであるという観念が前もって定まっているのは、確実に一般の世の中の人に文章を書きにくくさせている一大原因なのである。

 力士が二度も三度もある力士に負けてしまうと、ついにはその力士に対して勝ちにくいものであるかのような予想をしてしまう。で、一度その予想をしてしまうと、その力士に対するときは、他の力士に対して力をふるうときのように存分に働くことができない――俗に言う「固くなる」という状態になってしまって、敵を呑む勇気はすっかり削がれ、精力は満ち足りることがなく、妙にある点にのみ偏ってとどまり、智慮は萎縮して判断力は敏捷さを欠くようになり、技量はありながら「持ち腐れ」になってしまって、ついに不覚をとりがちの形勢になる。

 すると世の中の人は、某力士は某力士の「苦手」であると評するのが常であるが、実際にまた苦手な相手に向かっては、勝つべきところでも負けがちになるものである。

 これは要するに、最初に何度かの偶然の結果からついに面白くない「予想」を生ずるに至った、その「予想」のために自己の本領を発揮できず、その本領発揮が妨げられたところから不幸・不満の結果に至ることは間違いない。

 何ごともこのとおりで、消極的な予想は著しく勇気を削ぎ、したがって縦横に手腕をふるうことができなくなってしまうのである。

2005年1月16日17:33| 記事内容分類:普通文章論| by 松永英明
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 幸いにして、力士の場合は勝敗であって、明確に結果が見えるものだから、「負け癖」のついたものでも、その「苦手」な相手に対して勝つことがあれば、一度勝てば勝つごとに不利な「予想」が減っていって、そうして二度勝ち、三度勝つ結果、以前の形勢を一変してかえって敵を悲観的にさせることもある。

 ところが、文章を書くなどという場合は結果の成否が不明であり、たとえ時に実際に成功に近いくらいの文章が書けていても、当人自らの望むままというほどのものはどんな人でも書けないものだから、みずから顧みて、またいつものようにまずい文章を作ったと信じてしまう。そして、「どうもできない。どうもできない」と暗い色の上塗りを自分の仕事の上にだんだんかけていき、毎回消極的な予想の力を増大させていって、実際にまた自分の能力を衰退させてしまい、ついに一生「文章が書けない者だ」と嘆きながら、非常に不便を感じて終わってしまう傾向がある。

 個人の不幸というだけではなく、そのような事情によってどれほど世界が不利益をこうむっているだろう! いわゆる文章家の文章、詩人の詩以外に、英雄の文章、実務家の文章、経世済民を論じる人の文章、商人の文章、工匠や農民や漁民や、航海者や兵士や女工といった人たちの文章が、この世界に文章家の文章、詩人の詩のように多く存在したならば、どれほどわたしは深く広くこの世界の実態を学ぶことができるだろうか。

 残念ながら、文章は難しいものであるという観念が一般の世の中の人を覆っていて、そうして人々は筆をとって紙に向かうことを厭うようになってしまっている。そのため、世の中には文筆家以外の人の文章というものが少なくなり、人間とその職務との関係についての尊重すべき記録や、経験から教わった価値あることばなどが、どれほど人の骨肉とともにむなしく埋葬されていったかわからない。実に残念なことだ。

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2005年1月16日17:33| 記事内容分類:普通文章論| by 松永英明
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昨日今日は、ちょっと出かけていまして、 帰ってネットは見たんですが、 コメントの 続きを読む

コメント(1)

本当に「負け癖」ってあります。
自分で自分の限界を勝手に作ってしまい、挑戦しないひきこもり状態になってしまうことって・・・。
同時に、「人に見せるための文章を書く」というのは、義務教育の頃の書くことを強要された作文を除くと、ずっとやってこなくて、特殊な作業なんだと思い込んでいたところがあります。

ネット時代になって、はじめて自分の自発的な文章を書くようになり、決して洗練されていないながらも、その情報を必要としているごく一部の人には「役に立った」と思ってもらうことができるようになり、世界がいっきに拡がりました。なので「打破する必要性」を強く感じます。

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