織田信長暗殺に「黒幕」はいなかった――トンデモ番組「バチカンに眠る織田信長の夢」謀略説は成り立たない

 1月29日放送予定のTBSテレビ「歴史ミステリー特別企画 バチカンに眠る織田信長の夢」は、織田信長暗殺に「黒幕」がいたことをほのめかしている。

暗殺の黒幕はあの男…残された暗号を解読せよ

信長暗殺の鍵は、バチカンにあった。

 信長への謀反、すなわち本能寺の変は明智光秀の「単独犯」ではなく、「黒幕」あるいは「真犯人」がいたという説が後を絶たない。しかし、そのいずれもが「トンデモ」であるという説を私はとる。光秀は誰と謀議を行なうこともなく、信長への謀反に最適の状況が生まれたときに、極めて素早い判断により(むしろ準備不足のまま)信長父子を攻めたのだ。

2007年1月29日00:30| 記事内容分類:日本史| by 松永英明
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TBSの番組の内容は「朝廷黒幕説」

 放映前であるし、実際に見ていない状態でこんなことを言うのは、確かに時期尚早かもしれない。しかし、すでに公開されている内容だけでも、その大まかな「ストーリー」は明らかになる。

 「番組の立ち上げ」と題された部分で、この番組の背景となった書籍が紹介されている。

「火天の城」山本兼一(文藝春秋)と「信長燃ゆ」安部龍太郎(日本経済新聞社)

火天の城
文藝春秋
山本 兼一(著)
発売日:2004-06
おすすめ度:4.0
おすすめ度4 丁寧に書かれた歴史小説
おすすめ度4 歴史の裏舞台を支えた男たちの気骨あふれる物語です。
おすすめ度5 ひさびさの快楽
おすすめ度5 ひさびさの快楽
おすすめ度2 作家志望者必読本

 『火天の城』は、安土城建設にまつわる歴史小説である。今回はこの話はどちらでもいい。問題は2冊目の『信長燃ゆ』である。

信長燃ゆ〈上〉
新潮社
安部 龍太郎(著)
発売日:2004-09
おすすめ度:3.5
信長燃ゆ〈下〉
新潮社
安部 龍太郎(著)
発売日:2004-09
おすすめ度:5.0
信長燃ゆ〈上〉
日本経済新聞社
安部 龍太郎(著)
発売日:2001-06
おすすめ度:3.0
信長燃ゆ〈下〉
日本経済新聞社
安部 龍太郎(著)
発売日:2001-06
おすすめ度:4.0
Amazy

この作品では、信長暗殺について非常に新しい説を唱えていて、これがさらに信長コードに推理小説のようなダイナミックさと面白さをプラスしてくれたのです。

 信長暗殺、一般的には明智光秀であると言われていますが、城を謎解けば、その可能性はさらに広がります。世界を巡って様々な物を見てきた宣教師でさえ、安土城を見て驚いたのですから、きっと国内の人達は、もはや驚きを通り越して脅威と感じた人もいたはず。安土城はその姿ゆえに、多くの勢力を動かしてしまったのかもしれません。「全人生、全財産をかけてもコイツを抹殺しなけれ、日本という国はとんでもない方向へ行ってしまう。」と。 栄光と悲劇、そして信長の全てを示す鍵は安土城に繋がっているのです。

 さて、信長を殺させた本当のフィクサー、ないしは黒幕、ないしは総合プロデューサーは誰でしょう? ヒントは教科書には載っていない人物。でも、考えてみれば大メジャー人物です。

 TBSの番組制作ノートにはこう書かれている。では、この歴史小説に基づく「謀略説」とはどのようなものだろうか。

朝廷/近衛前久がフィクサー?

 ネタバレになるが、TBSが想定する「本当のフィクサー、ないしは黒幕、ないしは総合プロデューサー」とは「朝廷/近衛前久」である。それは、この歴史小説『信長燃ゆ』に書かれていることから結論づけることができる。

戦乱のない世界を望む朝廷と、朝廷の舵取りをする有力公卿である近衛前久は信長に協力し、天下統一を助けるが、徐々に信長の力押しの政策と考えに対応を変えざるをえなくなる。

キリスト教という一つの宗教で結束した外国が、やがて日本を侵略するという情報を得た信長は、外国に対抗するには日本も宗教を越えた一つの勢力になる事だと考え、宗教に対して激しい対応を取り始める。

そんな信長に対して危機感を抱いた前久は、持ち前の人脈を駆使して本願寺・浅井・朝倉・武田・延暦寺という巨大な反信長包囲網を完成させる。

 キリスト教(バチカン)の侵略――それ自体は突飛な発想ではないだろう。実際にキリシタン大名がローマ法王庁に領土を「寄進」した例もある。天正八年(1580年)に大村純忠は長崎港周辺をイエズス会に教会領として寄進した。信長の時代より後ではあるが、秀吉が伴天連追放令を出すきっかけになった事件である。

 そして、信長の建てさせた安土城が、「すべての宗教の上に君臨する神としての信長」を象徴していた、という説もまた有名なものである。安土城内には「梵山」という石を安置して、信長の代わりのご神体とし、家臣や領民に礼拝させた、とルイス・フロイスが記録している。

 したがって、「信長を現人神とする新宗教によってキリスト教の侵略を防ごうとした」というストーリーは、歴史小説的にはおもしろい。しかし、史実であるか否かについては、さらなる検証が必要である。

 たとえば、信長の神格化が事実だとしても、その動機がキリシタンへの対抗である、というのは少々無理がある。むしろ、信長は本願寺や比叡山には弾圧を加えた一方で、キリシタンは保護した。そのため、信長は伴天連から人気が高く、一方、明智光秀は伴天連から「暴君」と評されている。もしバチカンの侵略を阻止しようとしていたのなら、キリスト教をもっと激しく攻撃していたのではないだろうか。

 また、信長が自らをどのように神格化しようとしたのか、あるいはしていないのか、断定できるだけの史料には欠けている。安土城の構造が信長の宗教観を示しているという説も、疑問点が残る(詳細は今回は省く)。

 それらの問題に加えて、最大の問題点は、その現人神・信長に対抗しようとした「朝廷/近衛前久」が黒幕だという謀略説である。

「黒幕」や「謀略」は妄想にすぎない

 ここで紹介したい良書がこの本である。もし、本能寺の変の真相について考えたければ、まずはこれを読むべきであると考える。

信長は謀略で殺されたのか―本能寺の変・謀略説を嗤う
洋泉社
鈴木 眞哉(著)藤本 正行(著)
発売日:2006-02
おすすめ度:4.5
おすすめ度5 痛快な論破!
おすすめ度4 小説ではなく真実を書いたというなら少なくともこの本で述べてることはクリアしないと
おすすめ度4 やはり研究は原典を当たれか。
おすすめ度5 充分に納得がいくが・・・
おすすめ度5 異説を唱える人はまずこの本を読んでから

 簡単に言えば、本能寺の変に「黒幕」がいたとか「フィクサー」がいたとかいう説は、どれもこれも「トンデモ」なのである。私はこの本を読んで、まさに賛同できる見解であると考えた。もともと光秀ファンであるため、本能寺についてはいろいろな説を読んだ(それこそトンデモの最高峰・八切止男氏の著作も全部読んでいる)。その上で一連の「謀略説」はあやしげであると考えていたから、まさに「我が意を得たり」と感じたのである。

 本書では、本能寺の変の状況を良質な史料で分析し、さらに第二部「さまざまな「謀略説」を検証する」で、以下の「黒幕説」を軒並み一刀両断に切り捨てている。

  • 裏付けのない足利義昭黒幕説
  • 雄大にして空疎なイエズス会黒幕説
  • 光秀は事件と無関係?――明智光秀無罪説
  • 儲けた奴を疑え――羽柴秀吉黒幕説
  • 命からがら逃げたのに――徳川家康黒幕説
  • 敵陣営に味方をつくる――毛利輝元黒幕説
  • 降って湧いた幸運――長宗我部元親黒幕説
  • 不屈の教如――本願寺黒幕説
  • 天から届いたお告げ――高野山黒幕説
  • 名器の茶器で釣り上げる――堺商人黒幕説
  • 信長の最大の敵だったのか?――朝廷黒幕説

「誰でも「黒幕」にできる謀略説の数々」――確かにそうだ。疑惑を持ち、他人を疑うのは簡単だが、そこには充分な裏付けが必要である。それは「こう考えることもできる」といった憶説や、些細な偶然の一致を証拠とするのではなく、充分に裏付けのある事実をもって示す必要があろう。

 さて、ここで必要なのは朝廷黒幕説の検証である。

朝廷黒幕説はまったくもって成立し得ない

 ここで紹介されている朝廷黒幕説を列挙してみよう。

  • 正親町天皇が光秀に謀反を起こさせた(作家・小林久三氏)
  • 天皇家の有名無実化をはかろうとする信長を討伐するよう天皇が指令した(作家・井沢元彦氏)
  • 譲位を要求する信長に不快感を抱いた天皇が、信長を誘い出して光秀に討たせた(作家・伴野朗氏)
  • 朝廷が徳川家康、足利義昭、毛利輝元などと共謀した
  • 近衛前久を中心に吉田兼見らが加わり、光秀と結託した(桐野作人氏)→桐野氏は後に自説を撤回
  • 誠仁親王を中心として勧修寺晴豊、吉田兼見ら公家衆による信長打倒計画が存在した(立花京子氏)→後に黒幕をイエズス会に変更

 詳しい論証は本に書かれているので、立ち読みでもいいから一読をおすすめする。そこで重要な指摘として、朝廷黒幕説は「信長と朝廷に深刻な対立があった」ことを想定している、ということが挙げられている。信長が朝廷の伝統を破ろうとしたというのだが、

まず、そういった対立が実際にあったのか、あったとしても〈信長殺し〉を企てなければならないほど深刻なものだったのか、深刻だとしても、彼らに〈信長殺し〉を企画し実行できる力があったのか。さらに、そうした力があったとしても、現実に、そのための努力をした形跡があるのか。

 結論から言ってしまえば、信長と朝廷との間には、本能寺の変につながるような深刻な対立はなかったとする桐野氏(『真説 本能寺』)や、共立女子大学助教授の堀新氏(「信長の動向――朝廷との関係を中心に」『真説・本能寺の変』所収)の主張に従うべきだろう。彼らには〈信長殺し〉に努力した形跡が認められないが、それも当然である。

 また、朝廷が黒幕であれば当然出されたはずの、光秀をサポートする天皇の綸旨や親王の令旨が出ていないこと。吉田兼見の日記に「謀反」と書かれているが、朝廷が関与していたならば謀反とは言わないはず。誠仁親王は変のときに危険な二条御所にいた。……等々の反証が挙げられている。

 朝廷黒幕説には極めて無理がある。

謀略説に共通する特徴

 さて、この本の第八章「謀略説に共通する五つの特徴」から、そのポイントを引用してみよう。

  1. 事件を起こした動機には触れても、黒幕とされる人物や集団が、どのようにして光秀と接触したのか説明がないこと
  2. 実行時期の見通しと、機密漏洩の防止策への説明がない
  3. 光秀が謀反に同意しても、重臣たちへの説得をどうしたのかの説明がない
  4. 黒幕たちが、事件の前も後も、光秀の謀反を具体的に支援していないことへの説明がない
  5. 決定的なことは、裏付け史料がまったくないことである。「秘中の秘」だから史料が残らなかったなどと言う人までいるのにはあきれてしまう。

 安易な謀略説は「疑似科学」ならぬ「疑似歴史学」であろう。まさに「疑うだけなら誰でもできる」のである。

 そして、今回のTBSは「歴史ミステリー」とうたっている。ドラマや小説であれば、まあ目くじらを立てる必要はないかもしれない――もっとも、最低限の史実は踏まえる必要があるというのが暗黙の了解ではあるが。大河ドラマでも歴史考証が厳しく問われるが、それでも一応は「創作」であるというのなら問題は少ない。しかし、あたかも「歴史」を検証するかのようなスタイルで、このようなトンデモを流すのはいかがなものであろうか。

 もう一度、番組の典拠となった「2冊」を振り返っていただきたい。どちらも「小説」なのである。

明智光秀の動機は?

 さて、光秀の動機は、これまで「怨恨説」と「野望説」の大きく二つが主張されてきた。

 しかし、私は「怨恨説」は弱いと思う。信長に恥をかかされたとか、殴られたとか、母親が見殺しにされたとかいう話は、いずれも確実な史料には出てこない「説話」のレベルであると考えられる。

 私は、信長が家臣団よりも息子たちを配置するようになった方向転換に、光秀が危機感を抱いたのが動機だと考えている。

 その最大の出来事は、四国攻めの問題である。それまで光秀は四国の長宗我部との連絡係を受け持っていた。そして、慣例では、ある勢力との関係が悪化して攻略する場合、主力部隊となるのはそれまでの連絡係の武将であった。たとえば、毛利攻めの責任者が羽柴秀吉というのも、この慣例に沿っている。しかし、四国攻めは織田信孝を総大将とすることとなった。そして、光秀は秀吉の援軍として中国地方に派遣されることになったのである。

 信長の晩年には、信長の子息が重用されるようになっていった。親族重視の政策に、光秀はいずれ自分も捨てられると感じ、それが四国攻めからの排除・中国への援軍としての立場に置かれたことで、危機感を募らせたのではなかろうか。そのタイミングで、諸将が京都から遠く離れ、光秀の軍のみがあり、しかも信長・信忠がほとんど兵力をもたない丸腰の状態で京都にいるという、謀反を起こしてくれと言わんばかりの絶好のチャンスが訪れた。

 そこで、光秀は急遽謀反を決意し、家臣たちにも直前になって計画を伝え、そして本能寺へと攻め込んだ――というのが、最も無理のないストーリーではないかと思う。

 この見解については、以下の2冊の本に大きく影響を受けた。

真説 本能寺
学習研究社
桐野 作人(著)
発売日:2001-03
おすすめ度:4.5
おすすめ度5 秀逸
おすすめ度5 非常に好感が持てる一冊
おすすめ度4 本能寺の変について最高の入門書にして決定版
おすすめ度4 「真説」シリーズの桐野さんらしさが良い!
俊英明智光秀―才気迸る霹靂の智将
学研
発売日:2002-06
おすすめ度:5.0
おすすめ度5 やっと出た!
おすすめ度5 真実の明智光秀
Amazy

追記:番組を見た方の感想

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2007年1月29日00:30| 記事内容分類:日本史| by 松永英明
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【トンデモの最高峰・八切止男氏の著作も全部読んでいる】という箇所の、
「止男」は
「止夫」ではないでしょうか?

NHK「その時歴史は動いた」では義昭黒幕説を断定wしてたよ
http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2004_04.html#no

ひどいですねえ(;´Д`)

このブログ記事について

このページは、松永英明が2007年1月29日 00:30に書いたブログ記事です。
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