ネットでの薬販売ができなくなる話から「総合医」「ナース・プラクティショナー」医療制度を考えてみる

2009年6月から、医薬品のネット販売が禁止されるという話が持ち上がっている。これはやはり時代に逆行する考え方であろうと思う。対面販売ではないために危険性があるというなら、危険性の低い薬だけを許可するようにするとか、やり方はいくらでもあるはずだ。あるいは薬局の利権を守るためなのかもしれないが、逆に薬局がネットに進出するべきなのである。

というわけでいろいろ考えていたら、「総合医(ジェネラル・プラクティショナー / General Practitioner)」だとか、「ナース・プラクティショナー / Nurse Practitioner」といったキーワードにぶつかった。

「初期診断(プライマリケア)」「処方権(簡単な薬の処方)」「医師への橋渡し」を、専門医の前段階で行なう人たちが必要だと考える。以下、詳細。

2008年11月29日13:30| 記事内容分類:日本時事ネタ| by 松永英明
この記事のリンク用URL| ≪ 前の記事 ≫ 次の記事
| コメント(2) タグ:医療崩壊|
twitterでこの記事をつぶやく (旧:

2009年6月からネットでの薬販売ができなくなる話

楽天アフィリエイトからのお知らせメールが来ていた。

【楽天アフィリエイトから重要なお知らせ】 ネット通販から薬がなくなります!

(略)

厚生労働省は、省令により、一般用医薬品の67%を占める第1類医薬品及び第2類医薬品のネット販売を2009年6月から禁止する意向です。

この販売禁止には合理的な理由は見当たらず、高齢者、障害をお持ちの方、外出が困難な方、地方等のため医薬品を販売している実店舗が近所にない方、実店舗での購入がためらわれる商品を購入したい方など、ネットによる購入が不可欠な多くの皆様に大変な困難を強いることになります。

(略)

このような動きに対し、当社は、非常に憂慮すべきものであるとして反対の声明を繰り返し述べてきましたが、今回、消費者や事業者の皆様の多くの声を厚生労働省に伝えるべく、厚生労働省の省令案について、修正を求めるための署名活動を開始しております。

お忙しい中大変お手数ではありますが、下記ページをご覧の上、賛同いただける場合は、ご署名をいただけますようお願い申し上げます。お寄せいただいた皆様の声は、当社が責任を持って厚生労働省にお届けいたします。

""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""

薬事法の省令案について修正を求める署名協力のお願い

https://common2.rakuten.co.jp/form/medicine/net_signature/index.html

""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""

この件については、素人考えなので専門家の方の助言をいただければ幸いであるが、

  • 建前的には、「対面販売ではないネット販売では、何かと危険性がある」ということが前提になっているように思われる。
  • ホンネ的には、ネットでの医薬品販売が拡大することによって、リアルの薬局・ドラッグストア等の権益が侵害されるためであると思われる。

では、既存のリアル店舗の利益も保護しつつ、ネットでの医薬品販売を可能にするにはどうしたらよいかと考えてみた。

  • 別に対面販売でなくても危険の少ない「処方箋の必要ない薬」の基準を厳しくする(つまり、処方箋が必要な薬を増やし、処方箋がなくても買える薬を減らす)。
    • そもそも、危険性のない医薬品などない。「毒にも薬にもなる」というのはすべての医薬品に当てはまる。
  • その上で、「処方箋の必要ない薬」のネット販売を許可する。これによって、医薬品の種類による管理は可能になる。
  • 残る問題は、数量の問題である。オーバードーズは危険である。したがって、一度または連続して同一ネット店舗での大量購入を厳しく制限する、ということは考えた方がよいだろう。
    • リアル店舗でもネット店舗でも、多数の薬局をハシゴして大量購入することを防ぐのはそもそも不可能。
  • 処方箋の必要な薬は、従前通り薬剤師のいるリアル店舗でしか購入できない。処方箋の必要な薬が実質的に増えてるので、薬局の当面の利益は守れることになる。
  • アフィリエイトを含めて、医薬品(と非医薬品)の宣伝文句についての指導を強化する。健康食品など医薬品でないもので効能をうたうような違反があった場合は、サイトの閉鎖要請や罰金などの強い対応ができるようにしてもいいと思う。これによって、健全な医薬品(や健康食品など)のネット販売を促す。

という対応策を考えてみた。

そうすると「処方箋」が足りなくなる

この案は素人考えながら結構いい線を行っているのではないかと思うのだが、現実に実行するとなると厄介な問題がある。それは、「処方箋を出す人」が足りなくなるという問題だ。

今まで薬局やネットで簡単に買えた薬の中に、新たに処方箋が必要になるものが出てくる。そうなると、処方箋がほしくて医者のところに行く人たちが増える。しかし、今の「医療崩壊」が叫ばれている現状では、そんなことで医者に来られても困る。

総合医「ジェネラル・プラクティショナー」

では、「処方箋を出す程度の簡単な診察だけをする医師」というのを増やしたらどうだろうか。簡単診察医は「はい、風邪薬の処方ね」という程度のことをこなす一方で、深刻な病気が発見されたら、病院・医院へバトンタッチするのである。

まず、簡単な診察を行ない、必要ならば専門的な病院・医院へ橋渡しする。これはシステム的にはかなりいいのではないか。いや、もうすでにどこかでやっているのではないか。――そう思って尋ねてみたら、実際にやっている国があった。

イギリスだ。英国には「General Practitioner」という言葉がある(General practitioner - Wikipedia)。General Physician, Family Practitionerともいうが、ここでは「総合医」と訳しておくこととしよう。

医者にかかるときには、まず総合医にかかる。そして、そこで簡単な病気なら診療が終わるし、必要があればそれぞれの専門医にバトンタッチされるのである。

総合医と専門医は、医大での教育そのものが違っている。ジェネラリストとして総合的・全般的に学ぶ総合医と、特定の部門を学ぶ専門医は、教育課程からして違っているのだという。

この分担がうまく行けば、「どうでもいい病気(や病気未満の症状)で病院の待合室が埋まってしまって、本当に治療が必要な人がなかなか診察を受けられない」などといった混乱を整理できるような気がする。

しかし、イギリスではサッチャー政権のときに医者が減らされ、その結果「総合医でガンと診断されてから、ガンの専門医にかかるまで1年かかってしまい、その間に死んでしまう」というような状況に陥ったのだという。日本だと大騒ぎになるが、英国ではみんな諦めているようだ。

さて、これを日本で導入できるか。まず、日本の医学部は基本的に「専門医」しか養成しない。外科も整形外科も泌尿器科も呼吸器科も神経科も何でも診ますよ、という医者は、非常にまれである。もちろん、熱心に「総合診療」の必要性を考えている病院や医師もいるようだが、これはあくまでも少数派にとどまっている。たとえばGeneral Physicianという言葉で検索すると、川崎市立川崎病院 総合診療科のページが見つかる。「患者を全人的に診療できる医師(General Physician)は少なく,“臓器別専門医である前に,患者全体を診て適切な診療を行う” General Physicianが社会的に求められている」と述べられているのが参考になる。

一方で、英国の場合は総合医と専門医の間に上下関係があって、専門医は偉く、総合医は下に位置するという。日本で新たに「総合医」を作り上げていく上で、現在の医師会の反発も予想される。

ということで、調べてみたら、実は2007年4月に厚生労働省が「総合科」創設の方針を打ち出していた。

 厚生労働省は、専門分野に偏らない総合的な診療能力のある医師を増やすため、新たな診療科として「総合科」を創設する方針を決めた。

 能力のある医師を国が「総合科医」として認定する仕組みを整える。初期診療は総合科医が行い、必要に応じて専門の診療科に患者を振り分ける2段階方式を定着させることで、医療の効率化を図り、勤務医の労働環境の改善にもつなげる狙いがある。日本医師会にも協力を求め、5月にも具体策の検討に入り、早ければ来年度中にもスタートさせる。

ところが、結局、日本医師会の協力が得られなかったようである。非常に残念なことだと思う。厚労省はけっこういいアイデアを出しているようだが、実現できないでいるようだ。

ところで、Wikipedia英語版でGeneral practitionerに対応する日本語をたどってみると、なんと開業医となっている(2008年11月29日正午現在)。これは全然違う概念なので結びつけるべきではないと思われるが、言い換えれば、日本には「ジェネラル・プラクティショナー」に相当するものが存在していないということにもなろう。

「ナース・プラクティショナー」

というような話をしていたら、もう少し別の動きがあるということを知った。それが「ナース・プラクティショナー / Nurse Practitioner、NP」である。今回の薬の件でいえば、「処方箋を出せる看護師」という制度である。

これはもちろん日本ではまだ導入されていない。ナース・プラクティショナー制度が導入されている国としてはアメリカがある。

2008年現在、NP養成コースを日本で唯一開設しているのが、大分県立看護科学大学の大学院修士課程である。実践者養成コース(NPコース)にその詳しい説明がある。

米国でのNPは、医師から独立して対象者に自律的にプライマリケアを提供することができ、医師の指示がなくても自らの判断で処方箋記載を含む医療的処置(診断および治療)を行うことができる看護師です。わが国においても、都市部から離れた遠隔地や医療過疎地などで自律的にプライマリケアを提供する体制を整えていくためには、NPの養成教育が必要です。

このページの下の方の「推進プロジェクト」で示された画像がわかりやすい。

  • 初期診断(Primary Care)
  • 処方権(簡単な薬の処方)
  • 医師への橋渡し

つまり、先ほど述べた「総合医」の役目を、高度な専門知識と実践能力を備えた看護師が担当できるというシステムである。この3つの機能を担当する「医師の前段階」が必要だというのは、総合医システムでもNPシステムでも共通した認識だろう。そして、ナース・プラクティショナーによって「医師の不在・偏在の解消」「国民負担軽減」といった効果が期待できると書かれているが、まさに医療崩壊に対する一つの処方箋として、これらのシステムは必要なのではないかと思う。

なお、最近は「開業看護師」という動きが見られる。これは、看護師一人でも独立開業できるようにしようという運動である。もし、この「開業看護師」が認められ、看護師の独立性が強化されるなら(現状の看護師の多くは、医師に従属する立場を当然と考えている)、開業看護師がNP的な権利を獲得していくことも可能ではないかと思われる。

結語

ネットでの医薬品販売システムを考えていたら、日本の医療制度について考えることとなった。医療関係者にもいろいろな考えがあると思うが、専門的な立場や現場からの声を聞ければと思う。

【広告】★文中キーワードによる自動生成アフィリエイトリンク
以下の広告はこの記事内のキーワードをもとに自動的に選ばれた書籍・音楽等へのリンクです。場合によっては本文内容と矛盾するもの、関係なさそうなものが表示されることもあります。
2008年11月29日13:30| 記事内容分類:日本時事ネタ| by 松永英明
この記事のリンク用URL| ≪ 前の記事 ≫ 次の記事
| コメント(2) タグ:医療崩壊|
twitterでこの記事をつぶやく (旧:

コメント(2)

ちょうど楽天で薬も買えるんだ、という当たり前のことに気がついたところだったので興味深く読みました。

裏でどんな本音が取り交わされているのかわからないですが、厚生労働省もちょっとは褒められるような仕事をしてほしいのですが、どうなるでしょうか。

まず、NPについて

アメリカは中流の人が医療を受けることが厳しい社会です。すなわち誰でも医者に書かれるわけではない。だからこそ、NP,PAといったいわゆる准医師、2級医師の需要があるのでしょう。

日本はフリーアクセスですから(フリーアクセスがいいことかどうかは別として)、NPの需要があるとは思えません。みな、医師に罹れるのであれば医師に罹るでしょう。

それよりも、ナースが本来のナースとしての業務を全うし、医師に雑用を押し付けない、すなわち、医師が医師でなければできない仕事に専念できるようにしたほうが、よっぽど医師不足の解消につながることでしょう。
(一般的に民間病院のナースは良く働いてくれますが、多くの大学病院や国公立病院のナースは医師に雑用を押し付けます。)

ナースでなくてもできる仕事はヘルパーさんにおまかせすればいいでしょう。

>では、「処方箋を出す程度の簡単な診察だけをする医師」というのを増やしたらどうだろうか。簡単診察医は「はい、風邪薬の処方ね」という程度のことをこなす一方で、深刻な病気が発見されたら、病院・医院へバトンタッチするのである。

発見されたらと書かれていますが、誰でも発見できると思っていますか?

一般の方は医師の仕事というと、ついつい「治療」に目が行きやすい。

しかし、「診断」も非常に重要な医師の仕事です。的確な診断ができてこそ、治療方針を立てられるのです。

開業医の先生方を町医者といって小ばかにする人が時々いますが、それは間違いです。

たくさんのありふれた軽い病気(風邪、胃腸炎、片頭痛や不定愁訴など)の中から、重篤な疾患を見逃さずに拾い上げるには豊富な経験と専門知識が必要です。

患者さんが自ら病名を首にぶらさげて受診するわけではないのですから。
それに人間の身体は機会ではありませんから、教科書どおり、マニュアルどおりの症状を呈するとは限らないのです。

イギリスの例を挙げておられましたが、イギリスは医療崩壊をしたところです。つまり、アメリカのように誰もが気軽に医師にかかれる環境ではない。

だからこそ、苦肉の策としてGPという准医師制度を導入したのではないでしょうか。

このブログ記事について

このページは、松永英明が2008年11月29日 13:30に書いたブログ記事です。
同じジャンルの記事は、日本時事ネタをご参照ください。

ひとつ前のブログ記事は「田母神俊雄前空幕長の論文問題は、大東亜戦争/太平洋戦争の「密教化/顕教化言論」問題」です。

次のブログ記事は「「対馬=韓国領」という妄言はどこから生まれたか」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。
過去に書かれたものは月別・カテゴリ別の過去記事ページで見られます。