鳩山由起夫論文『私の政治哲学』の英訳を原文と比較

第93代内閣総理大臣となる鳩山由起夫氏の論文「私の政治哲学」(いわゆる「鳩山論文」)が、英米にて抄訳されて「反米的」とされているという。このブログでは、その内容についてはさておき、実際に「ニューヨーク・タイムス」ウェブサイトに掲載された抄訳をもう一度日本語に戻し、どの部分が紹介され、どの部分が紹介されなかったのか、あるいはどのように改変されていたのかを検証してみたい。

2009年9月16日14:09| 記事内容分類:メディアリテラシー, 政治学| by 松永英明
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経緯

鳩山由紀夫氏の論文が「Voice」9月号に掲載されたのが発端である。これは全文がサイトで読める。

この論文が英米に翻訳紹介されていった。検証 鳩山論文はどういう経緯で掲載されたのか? - MSN産経ニュースに基づいてその経緯をまとめると、以下のような年表ができる。

  • 7月:鳩山氏側が論文をPHP研究所に持ち込んだ。
  • 8月10日:「Voice」9月号発売日。英紙フィナンシャル・タイムズの東京特派員、ミュア・ディッキー氏が購入し、「民主党代表が米国主導のグローバリゼーションを攻撃」との記事を執筆した。記事は翌11日付のアジア版などに掲載された。また、抄訳も掲載された。 -- FT.com / Asia-Pacific - DPJ chief hits at 'US-led' globalism August 10 2009 19:39 -- FT.com / UK - Yukio Hatoyama: 'My Political Philosophy' August 13 2009 17:14 抄訳
  • この記事を見て、米国の記事配信サービス会社「グローバル・ビューポイント」が転載の許可を求めた。「『ロサンゼルス・タイムズ・シンジケート』の政治コラムに転載したい」→「ロサンゼルス・タイムズ」掲載と誤解
  • 8月27日:国際紙「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」に記事が掲載された。このウェブサイトはニューヨーク・タイムズのサイトと完全に統合されており、「論文がニューヨーク・タイムズのウェブサイトに掲載された」状態になった。ただし、新聞そのものには載らなかった。 -- Op-Ed Contributor - A New Path for Japan - NYTimes.com August 26, 2009 著者:鳩山由紀夫として掲載されている。

産経記事では「こうした経緯をみると、鳩山氏が「寄稿した事実はない」というのは確かだ」と結論づけられている。

ここで、ニューヨーク・タイムズのウェブサイト内に掲載された「鳩山論文」の英文をもう一度日本語訳して、その異同について調べてみた。訳文については、原則として元の論文の言葉をできるだけ残すようにし、どうしても合わない部分のみ独自の訳語を当てはめた。

以下、Op-Ed Contributor - A New Path for Japan - NYTimes.com(By By YUKIO HATOYAMA, Published: August 26, 2009)の全文の再日本語訳を表の右側に、それに対応する原文を左側に表示した。右側のみをつなげて読めば、ニューヨーク・タイムズ掲載版の全文訳ということになる。原文の全文は、鳩山由紀夫ホームページの方を参照。

なお、この対照についての解釈は読者諸賢にお任せしたい。

日本の新しい進路(A New Path for Japan)

タイトルも「私の政治哲学」から「日本の新しい進路」に変えられている。

党人派・鳩山一郎の旗印

※「友愛」の意味について述べられているこの章は省略されている。なお、自由・平等・博愛についての記述や、カレルギーに関する解説は、一部が注釈として英訳文に取り込まれている。

自民党一党支配の終焉と民主党立党宣言

※自民党を離れ、民主党を設立した経緯について書かれた前半が省略されている。

原文 英訳の和訳
 そしてこの日から十三年が経過した。この間、冷戦後の日本は、アメリカ発のグローバリズムという名の市場原理主義に翻弄されつづけた。至上の価値であるはずの「自由」、その「自由の経済的形式」である資本主義が原理的に追求されていくとき、人間は目的ではなく手段におとしめられ、その尊厳を失う。金融危機後の世界で、われわれはこのことに改めて気が付いた。道義と節度を喪失した金融資本主義、市場至上主義にいかにして歯止めをかけ、国民経済と国民生活を守っていくか。それが今われわれに突きつけられている課題である。

 この時にあたって、私は、かつてカレルギーが自由の本質に内在する危険を抑止する役割を担うものとして、「友愛」を位置づけたことをあらためて想起し、再び「友愛の旗印」を掲げて立とうと決意した。平成二十一年五月十六日、民主党代表選挙に臨んで、私はこう言った。

 「自ら先頭に立って、同志の皆さんとともに、一丸となって難局を打開し、共に生きる社会『友愛社会』をつくるために、必ず政権交代を成し遂げたい」

 私にとって「友愛」とは何か。それは政治の方向を見極める羅針盤であり、政策を決定するときの判断基準である。そして、われわれが目指す「自立と共生の時代」を支える時代精神たるべきものと信じている。

 冷戦後の日本は、アメリカ発のグローバリズムという名の市場原理主義に翻弄されつづけた。資本主義が原理的に追求されていくとき、人間は目的ではなく手段におとしめられ、その尊厳を失う。道義と節度を喪失した金融資本主義、市場至上主義にいかにして歯止めをかけ、国民経済と国民生活を守っていくか。それが今われわれに突きつけられている課題である。

 この時にあたって、私は、自由の本質に内在する危険を抑止する力としての「友愛」――フランス革命のスローガン「自由・平等・博愛」の博愛――をあらためて想起せずにいられない。

衰弱した「公」の領域を復興

※前半部分が訳されているが、省略された部分、前後を入れ替えた部分が見られる。

原文 英訳の和訳
 現時点においては、「友愛」は、グローバル化する現代資本主義の行き過ぎを正し、伝統の中で培われてきた国民経済との調整を目指す理念と言えよう。それは、市場至上主義から国民の生活や安全を守る政策に転換し、共生の経済社会を建設することを意味する。

 言うまでもなく、今回の世界経済危機は、冷戦終焉後アメリカが推し進めてきた市場原理主義、金融資本主義の破綻によってもたらされたものである。米国のこうした市場原理主義や金融資本主義は、グローバルエコノミーとかグローバリゼーションとかグローバリズムとか呼ばれた。

 米国的な自由市場経済が、普遍的で理想的な経済秩序であり、諸国はそれぞれの国民経済の伝統や規制を改め、経済社会の構造をグローバルスタンダード(実はアメリカンスタンダード)に合わせて改革していくべきだという思潮だった。

 日本の国内でも、このグローバリズムの流れをどのように受け入れていくか、これを積極的に受け入れ、全てを市場に委ねる行き方を良しとする人たちと、これに消極的に対応し、社会的な安全網(セーフティネット)の充実や国民経済的な伝統を守ろうという人たちに分かれた。小泉政権以来の自民党は前者であり、私たち民主党はどちらかというと後者の立場だった。

 各国の経済秩序(国民経済)は年月をかけて出来上がってきたもので、その国の伝統、慣習、国民生活の実態を反映したものだ。したがって世界各国の国民経済は、歴史、伝統、慣習、経済規模や発展段階など、あまりにも多様なものなのである。グローバリズムは、そうした経済外的諸価値や環境問題や資源制約などを一切無視して進行した。小国の中には、国民経済がおおきな打撃を被り、伝統的な産業が壊滅した国さえあった。

 「友愛」は、グローバル化する現代資本主義の行き過ぎを正し、伝統の中で培われてきた国民経済との調整を目指す理念と言えよう。

 今回の世界経済危機は、米国的な自由市場経済が、普遍的で理想的な経済秩序であり、諸国はそれぞれの国民経済の伝統や規制を改め、経済社会の構造をグローバルスタンダード(実はアメリカンスタンダード)に合わせて改革していくべきだという思潮によってもたらされたものである。

 日本の国内でも、このグローバリズムの流れをどのように受け入れていくかについて意見が分かれた。これを積極的に受け入れ、全てを市場に委ねる行き方を良しとする人たちと、これに消極的に対応し、社会的な安全網(セーフティネット)の充実や国民経済的な伝統を守ろうという人たちに分かれた。小泉純一郎政権(2001-2006)以来の自民党は前者であり、私たち民主党はどちらかというと後者の立場だった。

 各国の経済秩序(国民経済)は年月をかけて出来上がってきたもので、その国の伝統、慣習、国民生活の実態を反映したものだ。しかし、グローバリズムは、そうした経済外的諸価値や環境問題や資源制約などを一切無視して進行した。

 資本や生産手段はいとも簡単に国境を越えて移動できる。しかし、人は簡単には移動できないものだ。市場の論理では「人」というものは「人件費」でしかないが、実際の世の中では、その「人」が地域共同体を支え、生活や伝統や文化を体現している。人間の尊厳は、そうした共同体の中で、仕事や役割を得て家庭を営んでいく中で保持される。

 冷戦後の今日までの日本社会の変貌を顧みると、グローバルエコノミーが国民経済を破壊し、市場至上主義が社会を破壊してきた過程と言っても過言ではないだろう。郵政民営化は、長い歴史を持つ郵便局とそれを支えてきた人々の地域社会での伝統的役割をあまりにも軽んじ、郵便局の持つ経済外的価値や共同体的価値を無視し、市場の論理によって一刀両断にしてしまったのだ。

 冷戦後の今日までの日本社会の変貌を顧みると、グローバルエコノミーが国民経済を破壊し、地域社会を破壊してきたと言っても過言ではないだろう。

 市場の論理では「人」というものは「人件費」でしかないが、実際の世の中では、その「人」が地域共同体を支え、生活や伝統や文化を体現している。人間の尊厳は、そうした共同体の中で、仕事や役割を得て家庭を営んでいく中で保持される。

 農業や環境や医療など、われわれの生命と安全にかかわる分野の経済活動を、無造作にグローバリズムの奔流の中に投げ出すような政策は、「友愛」の理念からは許されるところではない。また生命の安全や生活の安定に係るルールや規制はむしろ強化しなければならない。

 グローバリズムが席巻するなかで切り捨てられてきた経済外的な諸価値に目を向け、人と人との絆の再生、自然や環境への配慮、福祉や医療制度の再構築、教育や子どもを育てる環境の充実、格差の是正などに取り組み、「国民一人ひとりが幸せを追求できる環境を整えていくこと」が、これからの政治の責任であろう。

 農業や環境や医療など、われわれの生命と安全にかかわる分野の経済活動を、無造作にグローバリズムの奔流の中に投げ出すような政策は、「友愛」の理念からは許されるところではない。

 グローバリズムが席巻するなかで切り捨てられてきた経済外的な諸価値に目を向けることが、これからの政治の責任であろう。また、人と人との絆の再生、自然や環境への配慮、福祉や医療制度の再構築、教育や子どもを育てる環境の充実、格差の是正などに取り組まねばならない。

※この後、「公」の領域の復興について書かれた部分が省略されている。

地域主権国家の確立

※中央集権国家から地域主権国家へ転換するという趣旨のこの章は全文が省略されている。

ナショナリズムを抑える東アジア共同体

※この章についてはほぼ全文が訳されているが、例によって前後を入れ替えている部分や省略なども見られる。

原文 英訳の和訳
 「友愛」が導くもう一つの国家目標は「東アジア共同体」の創造であろう。もちろん、日米安保体制は、今後も日本外交の基軸でありつづけるし、それは紛れもなく重要な日本外交の柱である。同時にわれわれは、アジアに位置する国家としてのアイデンティティを忘れてはならないだろう。経済成長の活力に溢れ、ますます緊密に結びつきつつある東アジア地域を、わが国が生きていく基本的な生活空間と捉えて、この地域に安定した経済協力と安全保障の枠組みを創る努力を続けなくてはならない。

 今回のアメリカの金融危機は、多くの人に、アメリカ一極時代の終焉を予感させ、またドル基軸通貨体制の永続性への懸念を抱かせずにはおかなかった。私も、イラク戦争の失敗と金融危機によってアメリカ主導のグローバリズムの時代は終焉し、世界はアメリカ一極支配の時代から多極化の時代に向かうだろうと感じている。しかし、今のところアメリカに代わる覇権国家は見当たらないし、ドルに代わる基軸通貨も見当たらない。一極時代から多極時代に移るとしても、そのイメージは曖昧であり、新しい世界の政治と経済の姿がはっきり見えないことがわれわれを不安にしている。それがいま私たちが直面している危機の本質ではないか。

 アメリカは今後影響力を低下させていくが、今後二、三〇年は、その軍事的経済的な実力は世界の第一人者のままだろう。また圧倒的な人口規模を有する中国が、軍事力を拡大しつつ、経済超大国化していくことも不可避の趨勢だ。日本が経済規模で中国に凌駕される日はそう遠くはない。

 覇権国家でありつづけようと奮闘するアメリカと、覇権国家たらんと企図する中国の狭間で、日本は、いかにして政治的経済的自立を維持し、国益を守っていくのか。これからの日本の置かれた国際環境は容易ではない。

 これは、日本のみならず、アジアの中小規模国家が同様に思い悩んでいるところでもある。この地域の安定のためにアメリカの軍事力を有効に機能させたいが、その政治的経済的放恣はなるべく抑制したい、身近な中国の軍事的脅威を減少させながら、その巨大化する経済活動の秩序化を図りたい。これは、この地域の諸国家のほとんど本能的要請であろう。それは地域的統合を加速させる大きな要因でもある。

 そして、マルクス主義とグローバリズムという、良くも悪くも、超国家的な政治経済理念が頓挫したいま、再びナショナリズムが諸国家の政策決定を大きく左右する時代となった。数年前の中国の反日暴動に象徴されるように、インターネットの普及は、ナショナリズムとポピュリズムの結合を加速し、時として制御不能の政治的混乱を引き起こしかねない。

 そうした時代認識に立つとき、われわれは、新たな国際協力の枠組みの構築をめざすなかで、各国の過剰なナショナリズムを克服し、経済協力と安全保障のルールを創りあげていく道を進むべきであろう。ヨーロッパと異なり、人口規模も発展段階も政治体制も異なるこの地域に、経済的な統合を実現することは、一朝一夕にできることではない。しかし、日本が先行し、韓国、台湾、香港がつづき、ASEANと中国が果たした高度経済成長の延長線上には、やはり地域的な通貨統合、「アジア共通通貨」の実現を目標としておくべきであり、その背景となる東アジア地域での恒久的な安全保障の枠組みを創出する努力を惜しんではならない。

 「友愛」が導くもう一つの国家目標は「東アジア共同体」の創造であろう。もちろん、日米安保体制は、今後も日本外交の基軸でありつづける。しかし、同時にわれわれは、アジアに位置する国家としてのアイデンティティを忘れてはならないだろう。経済成長の活力に溢れ、ますます緊密に結びつきつつある東アジア地域を、わが国が生きていく基本的な生活空間と捉えて、この地域に安定した経済協力と安全保障の枠組みを創る努力を続けなくてはならない。

 今回のアメリカの金融危機は、多くの人に、アメリカ一極時代の終焉を予感させ、またドル基軸通貨体制の永続性への懸念を抱かせずにはおかなかった。私も、イラク戦争の失敗と金融危機によってアメリカ主導のグローバリズムの時代は終焉し、多極化の時代に向かうだろうと感じている。しかし、今のところアメリカに代わる覇権国家は見当たらないし、ドルに代わる基軸通貨も見当たらない。

 アメリカは今後影響力を低下させていくが、今後二、三〇年は、その軍事的経済的な実力は世界の第一人者のままだろう。また圧倒的な人口規模を有する中国が、軍事力を拡大しつつ、経済超大国化していくことも不可避の趨勢だ。日本が経済規模で中国に凌駕される日はそう遠くはない。

 覇権国家でありつづけようと奮闘するアメリカと、覇権国家たらんと企図する中国の狭間で、日本は、いかにして政治的経済的自立を維持し、国益を守っていくのか。

 これは、日本のみならず、アジアの中小規模国家が同様に思い悩んでいるところでもある。この地域の安定のためにアメリカの軍事力を有効に機能させたいが、その政治的経済的放恣はなるべく抑制したい、身近な中国の軍事的脅威を減少させながら、その巨大化する経済活動の秩序化を図りたい。それは地域的統合を加速させる大きな要因でもある。

 そして、マルクス主義とグローバリズムという、良くも悪くも、超国家的な政治経済理念が頓挫したいま、再びナショナリズムが諸国家の政策決定を大きく左右する時代となった。

 われわれは、新たな国際協力の枠組みの構築をめざすなかで、各国の過剰なナショナリズムを克服し、経済協力と安全保障のルールを創りあげていく道を進むべきであろう。ヨーロッパと異なり、人口規模も発展段階も政治体制も異なるこの地域に、経済的な統合を実現することは、一朝一夕にできることではない。しかし、日本が先行し、韓国、台湾、香港がつづき、ASEANと中国が果たした高度経済成長の延長線上には、やはり地域的な通貨統合を熱望すべきである。その背景となる東アジア地域での恒久的な安全保障の枠組みを創出する努力を惜しんではならない。

 今やASEAN、日本、中国(含む香港)、韓国、台湾のGDP合計額は世界の四分の一となり、東アジアの経済的力量と相互依存関係の拡大と深化は、かつてない段階に達しており、この地域には経済圏として必要にして十分な下部構造が形成されている。しかし、この地域の諸国家間には、歴史的文化的な対立と安全保障上の対抗関係が相俟って、政治的には多くの困難を抱えていることもまた事実だ。

 しかし、軍事力増強問題、領土問題など地域的統合を阻害している諸問題は、それ自体を日中、日韓などの二国間で交渉しても解決不能なものなのであり、二国間で話し合おうとすればするほど双方の国民感情を刺激し、ナショナリズムの激化を招きかねないものなのである。地域的統合を阻害している問題は、じつは地域的統合の度合いを進める中でしか解決しないという逆説に立っている。たとえば地域的統合が領土問題を風化させるのはEUの経験で明らかなところだ。

 私は「新憲法試案」(平成十七年)を作成したとき、その「前文」に、これからの半世紀を見据えた国家目標を掲げて、次のように述べた。

 「私たちは、人間の尊厳を重んじ、平和と自由と民主主義の恵沢を全世界の人々とともに享受することを希求し、世界、とりわけアジア太平洋地域に恒久的で普遍的な経済社会協力及び集団的安全保障の制度が確立されることを念願し、不断の努力を続けることを誓う」

 私は、それが日本国憲法の理想とした平和主義、国際協調主義を実践していく道であるとともに、米中両大国のあいだで、わが国の政治的経済的自立を守り、国益に資する道でもある、と信じる。またそれはかつてカレルギーが主張した「友愛革命」の現代的展開でもあるのだ。

 こうした方向感覚からは、例えば今回の世界金融危機後の対応も、従来のIMF、世界銀行体制の単なる補強だけではなく、将来のアジア共通通貨の実現を視野に入れた対応が導かれるはずだ。

 アジア共通通貨の実現には今後十年以上の歳月を要するだろう。それが政治的統合をもたらすまでには、さらなる歳月が必要であろう。世界経済危機が深刻化な状況下で、これを迂遠な議論と思う人もいるかもしれない。しかし、われわれが直面している世界が混沌として不透明で不安定であればあるほど、政治は、高く大きな目標を掲げて国民を導いていかなければならない。

 いまわれわれは、世界史の転換点に立っており、国内的な景気対策に取り組むだけでなく、世界の新しい政治、経済秩序をどうつくり上げていくのか、その決意と構想力を問われているのである。

 アジア共通通貨の実現には今後十年以上の歳月を要するだろう。それが政治的統合をもたらすまでには、さらなる歳月が必要であろう。

 今やASEAN、日本、中国(含む香港)、韓国、台湾のGDP合計額は世界の四分の一となり、東アジアの経済的力量と相互依存関係の拡大と深化は、かつてない段階に達しており、この地域には経済圏として必要にして十分な下部構造が形成されている。しかし、この地域の諸国家間には、歴史的文化的な対立と安全保障上の対抗関係が相俟って、政治的には多くの困難を抱えていることもまた事実だ。

 軍事力増強問題、領土問題など地域的統合を阻害している諸問題は、それ自体を日中、日韓などの二国間で交渉しても解決不能なものなのであり、二国間で話し合おうとすればするほど双方の国民感情を刺激し、ナショナリズムの激化を招きかねないものなのである。地域的統合を阻害している問題は、じつは地域的統合の度合いを進める中でしか解決しないという逆説に立っている。たとえば地域的統合が領土問題を風化させるのはEUの経験で明らかなところだ。

 私は、地域的統合と集団的安全保障が、日本国憲法の理想とした平和主義、国際協調主義を実践していく道であるとともに、米中両大国のあいだで、わが国の政治的経済的自立を守り、国益に資する道でもある、と信じる。

 今日においては「EUの父」と讃えられるクーデンホフ・カレルギーが、八十五年前に『汎ヨーロッパ』を刊行した時の言葉がある。彼は言った。

 「すべての偉大な歴史的出来事は、ユートピアとして始まり、現実として終わった」、そして、「一つの考えがユートピアにとどまるか、現実となるかは、それを信じる人間の数と実行力にかかっている」と。

 汎ヨーロッパ運動の提唱者クーデンホフ・カレルギーが、八十五年前に『汎ヨーロッパ』を刊行した時の言葉がある(祖父鳩山一郎は、クーデンホフ・カレルギーの著書『全体主義国家対人間』を翻訳して出版した)。彼は言った。

 「すべての偉大な歴史的出来事は、ユートピアとして始まり、現実として終わった」、そして、「一つの考えがユートピアにとどまるか、現実となるかは、それを信じる人間の数と実行力にかかっている」と。

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2009年9月16日14:09| 記事内容分類:メディアリテラシー, 政治学| by 松永英明
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