「コレステロール値は高い方がよい」説を鵜呑みにするのはリテラシー欠如。2つの学会の背景から考える

コレステロール値:「高い方が死亡率低い」 日本脂質栄養学会で研究成果発表 /富山 - 毎日jp(毎日新聞)という報道があった。

 動脈硬化の原因の一つとされるコレステロールについて、日本脂質栄養学会(理事長=浜崎智仁・富山大学和漢医薬学総合研究所教授)が「総コレステロール値またはLDL(悪玉)コレステロール値が高い方が総死亡率が低い」とする研究成果をまとめた。3、4日に愛知県犬山市で開かれる第19回日本脂質栄養学会で発表する。

コレステロール値(あるいは悪玉コレステロール値)が高い方がよい、というのは、今の医療現場の常識をひっくり返すものである。Blog vs. Media 時評の団藤保晴さんも「Blog vs. Media 時評 | 男性で逆だったコレステロールの善玉と悪玉」と、この日本脂質栄養学会の見解に沿った形で論評されている。

しかし、ことはそれほど単純ではない。日本脂質栄養学会はもともと「コレステロール値は高い方がいいんじゃないか」という意見を持つ人たちが作った学会であり、最大規模の学会である日本動脈硬化学会とは鋭く見解を異にしている。

医学会にはいろいろな学会があり、それぞれの意見も相違している。ある一つの学会で研究発表があったからといって、それで日本の医学の世界での見解ががらっと変わってしまうわけではない。この点について発表者のバックグラウンド等を見ていきたい。

2010年9月 5日13:28| 記事内容分類:メディアリテラシー, 医療・健康| by 松永英明
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二つの学会の対立する見解

今回の発表は「日本脂質栄養学会」によるものである。

日本脂質栄養学会

脂質栄養学会とは」というページの記述は、「成人病の主危険因子がコレステロールではなさそうだ、という考えは、1970年前後から始まっている。」という一文から始まっている。つまり、コレステロールと成人病(今は生活習慣病という)の関係を否定するところから始まったのがこの学会だということだ。この点を念頭に置いておく必要がある。

一方、「悪玉コレステロールは生活習慣病のリスクを間接的に高める」という、現在の医療において多く採用されている見解を主張している最大の学会は「日本動脈硬化学会」である。

日本動脈硬化学会

-動脈硬化性疾患予防ガイドライン- 日本動脈硬化学会」の序文には「動脈硬化の発症・進展は多様な危険因子の重なりによって引き起こされることが、Framingham研究で危険因子の概念が確立して以来多くの研究成果の蓄積により証明されてきた。その中で、最も重要な因子として高コレステロール血症が確立しており、したがって、従来その対策に最も重点が置かれてきた。」と書かれている。

つまり、日本動脈硬化学会と日本脂質栄養学会は、コレステロールに対する見方が正反対なのだ。そして、今回の発表はあくまでも日本脂質栄養学会側の見解を補強する論文であって、日本動脈硬化学会はおそらくこの見方に反対する意見を出すだろう。

つまり、日本の医学・医療の世界で「男性の悪玉コレステロールは多い方がよい」という説が受け入れられたわけではないし、そういう画期的な意見が今になって現われたわけでもない。だから、「今までの常識は間違っていた!これから高コレステロールでいいんだ!」的なメディア報道は、リテラシーが欠如しているといえる。たとえば、中日新聞の記事。

 「血中のコレステロール値が高い方が長生きする」。日本脂質栄養学会(理事長・浜崎智仁富山大和漢医薬学総合研究所教授)は、3日に愛知県犬山市で開く同学会で、こんな内容のガイドラインを発表した。  コレステロール値をめぐっては日本動脈硬化学会(北徹理事長)が「値が高い人は動脈硬化になりやすい」と正反対のガイドラインをつくり、医療分野の常識となっていた。

あたかも「日本動脈硬化学会は、真実とは正反対のガイドラインを常識としていたが、その誤りがいま打ち破られた!」的な報道となっているが、一つの学会での発表を鵜呑みにして報道するのは、リテラシーのまったくない姿勢だ。

さらに、団藤氏のように、

この機会に最新の研究成果をあたってみました。通説で言われるコレステロールの善玉と悪玉は男性ではほぼ逆転、女性ではほとんど気にする必要なしになっていました。巨額医療費が投じられている悪玉コレステロール低下薬は真っ青でしょう。

とまで言い切るのは、時期尚早にすぎると考えられる。

ちなみに、大学病院医療情報ネットワークで二つの学会を検索すると、

  • 日本脂質栄養学会
    • 会員数 600名
    • 法人格なし
    • 日本医学会・日本歯科医学会 加盟していない
    • 上位団体 なし
  • 日本動脈硬化学会
    • 会員数 2300名
    • 中間法人
    • 日本医学会 1991年加盟
    • 上位団体 日本医学会

という内容となっている。もちろん「真実」は団体規模や資格などで決まるわけではないが、日本脂質栄養学会の発表がそのまま医学の世界で採用されるかといえば、そんなに単純ではないことはおわかりいただけるだろう。

コレステロール値についてはいまだ「賛否両論」の段階

コレステロールというのは、それ自体が病気だとか病気の直接的な原因というわけではない。ただし、LDL-C(いわゆる悪玉コレステロール)の数値が高いと、心筋梗塞や脳卒中などのリスクを高める因子になる、と考えられている。その高い低いがどう影響するのか(あるいは、コレステロールにもLDL・HDLを含めいろいろな種類があるが、それらをどう考えるのか)という点で、様々な議論や研究が続けられている状況である。

注意すべき点は、「議論がある」からといって、「常識の反対の論文が出たら、それが正しいと鵜呑みにする」べきではないことだ。そこはリテラシーを働かせて、「結論を積極的に保留」すべきであろう。(「結論を積極的に保留」というのは私の言葉遣いだが、思考停止でわからないと突き放すのではなく、現時点では結論を自分の中で決めてしまわずにさらに情報を収集・検討・比較していくという姿勢を指している。結論を急ぐ必要はまったくない。あくまでも「現時点」ではわからないからわかるように継続して調べる、という姿勢である。)

たとえば、医師向け最新医学・医療情報サイト|m3.comという、医療従事者専用サイトがある。この中に「臨床賛否両論」というコーナーがあって、その一つに「LDLコレステロール高値、脳卒中の危険因子とならない?|医療維新 - m3.comの医療コラム」というタイトルの項目が一ページまとめられている(2010年8月26日の記事なので、まさに今ホットな話題といえる)。

LDLコレステロールはアテローム性動脈硬化の原因とされる一方、細胞膜の構造を維持するために必須なコレステロールの運搬役を果たすタンパク質がLDLだ。生体にとって、その高値が危険因子となるかどうか、対立する二つの見解がある。

これに対して、今回の日本脂質栄養学会の論文で筆頭に名前の挙がっている東海大学・大櫛陽一教授が、「LDL高値よりもむしろ低値への対処が必要」と強調する賛成派として、一方、「低値と低下の区別が必要」と注意を促す帝京大学寺本民生教授が反対派として、それぞれへの取材をまとめた記事が記されている。(なお、この記事の全文は知人の医療従事者を通じて読ませていただいた)

今までの常識を否定する新しい論文が発表された、というのは事実だが、それで医療現場が一気にひっくり返るかのように考えるのは結論を急ぎすぎだ。

論文を検証する

今回の論文そのものは、「〈総説〉日本人はLDL-Cの高い方が長生きする」で読める。

まず、これは「総説」であることに注意する必要がある。総説というのは、今までの研究などをとりまとめたものであって、新たな実験を行なったというわけではないということだ。その参考文献には、大櫛教授自身の論文や『コレステロールと中性脂肪で薬は飲むな (祥伝社新書131)』という煽りの入ったタイトルの本なども含まれている。

論文の内容そのものについては今回はきちんと分析して述べる段階にはないが、いくつかの疑問がある。特に、今回の論旨の中心をなす研究の出典に問題がある。

2-2.住民コホート研究からの検証

図3は神奈川県伊勢原市で1995年度から2005年度まで男性9,949人(平均年齢64.9才)、女性16,172人(平均年齢61.8才)を追跡して、LDL-Cレベルと原因別死亡率を調べた結果である(8)。

ここでの参考文献8は、上記新書なのである。つまり、査読の入った論文ではない。これほど大規模な調査でありながら、新書が出典というのは問題である。調査そのものの元文献に当たれない(新書しかない)ために、このデータそのものを再検証できない状態である。図4、図5も同じ調査によるものとみられる。それ以外の出典については検証が可能な形式とはなっているのだが……。

現在の主流見解はLDL-Cの数値を絶対視はしていない

一方、日本動脈硬化学会の「動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2007年版」でも、もともとLDL-Cの数値を絶対視したりはしていない。

いずれも共通するデータだが、ガイドラインの「表3 リスク別脂質管理目標値」を注目していただきたい。治療方法として一次予防(まず生活習慣の改善を行った後、薬物治療の適応を考慮する)・二次予防(生活習慣の改善とともに薬物治療を考慮する)とあり、薬だけで治療することはありえない。

その治療についても、「LDL-C以外の主要危険因子」がいくつあるかによってLDL-C値の目標値が変わっている。他の危険因子とは喫煙、高血圧、糖尿病の治療などである(詳しくは表4、表5に載っている)。つまり、LDL-Cは「危険因子が多数あるときに問題となる」とみなされているのであって、LDL-Cそのものが直接安全とか危険といってるわけではない。そこを短絡させるべきではない。

脂質異常症の診断基準については「LDLコレステロール140mg/dL」とされているが、「薬物治療開始の基準ではない」とも強調されている。LDLコレステロールが高いからといって投薬に直結するわけではない。また、女性の場合は閉経前の脂質異常症は非薬物療法が中心、閉経後は危険因子を勘案して薬物療法を考慮することになっている。これに対して、

巨額医療費が投じられている悪玉コレステロール低下薬は真っ青でしょう。

という解釈はいかがなものであろうか。

いずれにせよ、「ある一つの主張によって作られた医学系学会において一つの論文が発表された」というだけで医学の常識や医療業界が根底から覆るかのように考えるのは、非常に非科学的な態度である。ちゃんと読んでいただければわかるとおり、私自身はどちらの学会の見解が現実に沿っているのかは現時点で結論づけていない。「積極的に保留して注目し続ける」ことこそが、本当に科学的な態度であると信ずるものである。

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2010年9月 5日13:28| 記事内容分類:メディアリテラシー, 医療・健康| by 松永英明
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コメント(2)

コレステロール値が低い方の中には、栄養状態が悪くなる疾患や、肝機能障害(コレステロールは肝臓で合成されるため、肝臓が悪いと値が下がる)がある方が多く含まれています。

脂質栄養学会自身の学会誌に載っている例の総説で挙げられている研究(NIPPON DATA 80 Artherosclerosis 190(2007) 216-223)をみても、低コレステロール値の集団から、肝臓疾患による死亡が多数出ています。

低コレステロールだから、病気になる、ではなく、病気だから、コレステロールが下がる。が正解です。
もし、彼らが「コレステロールが低いから、病気になる」のであれば、あの総説に書いてあるようなあいまいな論拠でなく、きちんとその原理に関して、データを出したり実験をしたりすべきです。
(コレステロールと動脈硬化や、心血管系疾患との関連を実証するための論文はたくさんあります)

なにより、エビデンスレベルがまったく異なる「ガイドライン」と称するものを、同じ扱いをしてしまうメディアのリテラシーのなさにはあきれてしまいます。ちょっと調べれば、判る事なのに。

河本氏に対する論調を見て、単に世間の意見に異論を唱える方なのかと思いましたが、誤解でした。
この考察は非常によいと思います。エビデンスレベルというものがありますので、それに基づいて判断すべきです。
マスコミに欠如しているのは統計リテラシーです。
ま、それ以外も色々と問題は多いですけどね。例えばAとBとを比較するのでなく、AでだめだからBにすべし、という意見とか。受験戦争がだめだから、ゆとり、それが駄目だから反ゆとり、とか。自民党が駄目だから民主党だ、それがだめだから維新の会だ、みたいな。横道にそれました。

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