ウィキリークスの本当の「恐怖」――情報の受け手のリテラシーが問われるとき

前回の記事(ウィキリークス・アサンジ氏の「強姦」容疑は「コンドームなしセックス」が口実[絵文録ことのは]2010/12/08)に引き続き、ウィキリークス(Wikileaks)についての私の考えをまとめてみたい。

ウィキリークスの登場で、これまで機密であったものが機密でなくなる、といった部分は二次的な要素であると思う。問題は、ウィキリークスを「英雄」視あるいは逆に「極悪人」扱いするという点にある。つまり、わたしたち情報の「受け手」の側のリテラシーが極めて重要になるということだ。

たとえば「ウィキリークスの情報流出に各省庁戦々恐々」というニュースに対して「じゃあ漏洩しているのは本当の情報なんだ」という反応が見られた。これはリテラシー的には極めてまずい態度である。「各国政府がウィキリークスを圧力によってつぶそうとしている」は「ウィキリークスに載っている情報は真実」とイコールではない。しかし、それが混同される危険性がある。

わたしたちがウィキリークス(あるいは公安調査庁/公安警察情報流出や尖閣ビデオ問題)に対してどのようにとらえるか。特に「暴露する側は常に正しく正義、暴露される側が何を言ってもそれは言い訳」(あるいはその逆)というような受け取り方は決して正しい態度とは言えないことを、当たり前のことではあるがしっかりと押さえておきたい。

2010年12月 8日20:03| 記事内容分類:ウェブ社会, メディアリテラシー, 世界時事ネタ| by 松永英明
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ウィキリークスの「正しさ」

まず最初に押さえておきたいが、情報が「正しい(=正確である、事実と合致する、真実である)」ということと、ある行動が「正しい(=正義である、~すべきである、善である、妥当である)」ということは、同じ「正しい」という言葉を使っていてもまったく別の次元、別のレイヤーのことである、というごく当たり前のことである。わたしはこうツイートした。

リークされたことは何でも正しい、反論は何でも隠蔽、と思われる恐怖も。 RT @seigi55: 【ウィキリークス「暴露、次は?」戦々恐々各省庁】 (読売新聞) http://bit.ly/ifs5UL  ってlことはガセじゃなくて、正しい情報なんだ。。。。
posted at 2010年12月01日(水)15:56:51

「各国政府がウィキリークスを圧力によってつぶそうとしている」は「ウィキリークスに載っている情報は真実」とイコールではないのだが(別次元の話)、それを混同した物言いが増えそうなのが最大の懸念材料。「NASAは宇宙人の存在を隠蔽している!」的な何か。
posted at 2010年12月03日(金)13:10:38

最初のツイートは、読売新聞が【ウィキリークス「暴露、次は?」戦々恐々各省庁】と報じたことに対して「ってことはガセじゃなくて、正しい情報なんだ」とツイートした人がいたので、それに対して反論したものである。

「政府がウィキリークスをつぶそうとしている」ということ自体は「ウィキリークスに載っている情報は正しい情報」ということとは別次元の話である。「都合が悪い情報だから消そうとする」というのはネットで都合よく使われる言葉だが、なぜ「都合が悪い」のかといえば、それは「正確な情報が漏れてしまう」からだけではなく、「偽情報が真実と受け取られる」ことだったり、「正規ルート以外の不正確な情報が不完全な形で出る」ことだったり、あるいは「きちんとした手続きを踏んでいない」ことだったりする場合もある。

ここで恐ろしいのは、「政府は重大機密を隠蔽している」という思い込みが陰謀論的に絶対的なものとして認識されることだ。そうなると「リークされた情報は何でも正しい」「それに対する反論は何でも隠蔽工作」という思い込みが生まれる。

つまり、「Aは必ず間違ったことを言い、その発言は常に情報操作を意図したものである。それに反するBは必ず正しい。Aに賛同してBに反対する者は、Aの自作自演かAの信者のみ」……という、ネットで非常によく見られるリテラシー欠如状態が生まれてしまうのである。

わたしはいわゆる「のまネコ」問題でエイベックスが叩かれているとき、「いや、モナーもそもそも2ch生まれじゃないだろ」という観点から「企業叩きこそ正義」という人たちを批判したが、そうするといつの間にかわたしがエイベックスからカネをもらっているとか、エイベックス社員だとかというデマがしきりに流されたことがある。そういう反応の仕方が根本的におかしいことは、皆さんもすぐに理解していただけるだろう。

そういうわけでウィキリークスに関して「各省庁が暴露を恐れている」という報道を「じゃあ正しい情報なんだ」と解釈することは根底から誤っている。

「リーク側が正義」なんてことはありえない。

この観点から、ウィキリークスの「正義」問題について以下のようにツイートしたことがある。

Wikileaksの問題点は、「リークする側が絶対正義、リークされる側が絶対悪」という印象を与えることだろう。また、ネットでは、たとえ事実無根でも一度「疑惑」がかけられたら、疑惑をかけられた対象の印象を落とすために延々とコピペされることがある。その暴力性には厳重注意。
posted at 2010年07月27日(火)09:55:33

ウィキリークスは本当に正義なのか? 米国政府の露骨な圧力とは別に、その点をしっかり見据える必要がある。単純に「告発者=正義」ではない。単なるクレーマーや目立ちたがり、裁判による賠償金狙いで実質は威力業務妨害・誹謗中傷屋に成り下がる場合もある(もちろんそうでない告発者もいる)。
posted at 2010年12月01日(水)14:15:16

わたしは米国その他の政府の露骨な圧力について、「それじゃあGoogle排除した中国政府と変わらんだろ」と強く思っている。ウィキリークスを「国家秩序・世界秩序を脅かす悪しき攻撃者」として扱うのは誤っていると考える。

だが、一方でウィキリークスを一方的に英雄視し、持ち上げ、「正義の味方」として扱うのも誤っていると考える。

「告発者だから」正しいわけでもなく、「告発者だから」間違っているわけでもない。ただ、その公開している情報が正確なのか否なのか、そして公開することでどのような意味があるのか、どういう意図でその情報が公開されたのか、といったことを読み取っていくのが「リテラシーある態度」というものである。

1999年の東芝クレーマー事件の後、いくつかの「告発サイト」が立ち上がった。あるいは悪質商法告発サイトもできた。しかし、その中で「企業(あるいは権力)と消費者」の対立において「消費者側に立っているのだから自分は正義」という真っ赤な勘違いをする人たちが続出したのは不幸な歴史であった。内部告発サイトといいながら実際には電波や怪文書の集積でしかないサイトもある。1999年にネットに公安調査官の名簿を流した元調査官も、結局庁内での恋愛問題からストーカー化した末に退職させられた腹いせが動機であった。あるいは、「相手は悪徳業者なのだから、それに反対する自分は正義である。正義である自分が悪である相手に対して行なう攻撃は何でも認められるべきだ」と勘違いして、威力業務妨害や名誉毀損といった行きすぎた批判行動を繰り返す一方で、自分への反対行為はすべて言論の自由の侵害であると強弁する人物も登場した。

そして東芝クレーマー事件の当事者は2009年、病院での対応が納得いかないという理由で病院のPCを窃盗し、逮捕されている。

言っていることがいくら正しくても、やっていることはまったく正しくない、という実例は、残念ながらいくらでも挙げられる。もちろん、告発の仕方も内容も妥当な告発サイトも存在していることは明記しておく。

これらの事案は別にクレーマーの口をふさぐために陥れられたとかそういう問題ではなく、クレーマー側の行動に問題があることもある、という例である(もちろん、クレームを受ける側に問題がないなどとは言っていない)。で、ここで言いたいのは当然「告発側が悪」ということではなく、「告発者であることは、それが正義であるとか悪とかいうことと無関係だ」ということだ。

アサンジ氏がレイプ容疑をかけられていることについて、わたしが前記事で訳したとおり、弁護士は完全に容疑を否定している。その事実関係について、現時点でわたしはわからない。だから判断を積極的に保留する。アサンジだから正しい、あるいは逆にアサンジだからやったに違いない、そういった発言は根本的に間違っている。

「疑惑がある」と発言するときの責任

情報をリークされた側の政府等もそうだし、アサンジ氏の方もそうであるが、たとえそれが事実であろうと事実でなかろうと「この組織/この人物にはこういう疑惑がある」という情報を公開すること自体が一種の「暴力」であることは充分に認識しておく必要がある。その「暴力」に必要性・妥当性・正当性があるか否かというのはまた別の話。

ネットでは、たとえ事実無根でも一度「疑惑」がかけられたら、疑惑をかけられた対象の印象を落とすために延々とコピペしようとする人物が現われる。事実でないから肯定もできず、否定すれば「しらばっくれる」「とぼける」と畳みかけられ、無視すれば「認めた」とされる。つまり「疑惑をかけた/その疑惑を受け入れた人間が思ったとおりのストーリーが、事実如何にかかわらず押しつけられる」のである。

もちろん、わたしたちはこのような誤った「前提」に基づいて決めつけるような態度を決して取らないように気をつける必要がある。うかつに「事実かどうかわからないがとりあえずリツイート」のような態度を取ることは、暴力への荷担ともなりかねない。

疑惑をかけるということは、このように巨大な暴力を生み出す可能性がある。したがって、疑惑を世の中に公表する者は、それに対して大きな責任を背負わないといけない。疑惑をかけられることで社会的に生きていけないくらいの被害を受けることもある。その責任を取ることができるのか。つまり、その疑惑が誤りならば名誉を回復した上で自分の社会的生命を絶つだけの覚悟があるのかどうか、しっかりと考える必要がある。決して「巨大な権力と闘ってる自分カッコイイ」などと勘違いしてはならないのだ。

(追記)カナダで放映されたインタビューにおいて「結果的に第三者の死亡者が出ることがあっても問題ない」という発言があったという情報が寄せられた(ソースは追って確認)。また、「IT / 【社説】ジュリアン・アサンジ氏は情報アナキスト / The Wall Street Journal, Japan Online Edition - WSJ.com」では「命を脅かす結果」の事例としてロサンゼルス在住の75歳の歯科医ホセイン・バヘディ氏の家族の事例が挙げられている。

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