金沢「モスク計画に住人反対」記事読み比べ

石川県金沢市若松町に県内初のモスクが建設される計画について、住人が反対しているというニュースが各紙によって報道されている。しかし、その記事のニュアンスが紙面ごとにかなり異なる。

そこで、今回は各紙の記事を読み比べてみることとした。もちろん、それだけで何か真実がわかるというわけではなく、実際に取材しなければ真相はわからない。これはその前段階としてメディアリテラシーの実践として受け止めていただければ幸いである。

2011年10月 5日19:43| 記事内容分類:日本時事ネタ| by 松永英明
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読売新聞の伝える「地元住人の排他主義」

わたしが最初に読んだのはこの読売新聞の記事だった。この記事を読む限り、「異文化を毛嫌いし、排除しようという地元住人」の構図が読み取れる。以下、関係する部分を引用する。

……町会側は「イスラム教になじみがない」などと、計画反対を訴える声が多いといい、異文化理解の難しさをうかがわせている。

住民理解を得るための説明会では、集まった周辺3町会の住民約20人から、イスラム文化への疑問や不安を訴える声のほか、騒音や駐車場、建物の外観などへの注文が相次いだという。……

若松東町会の室井健会長(53)は「反対する一番の理由は、イスラム教に絡んでテロが起きている中、いろんなことが想定されるから」と強調。「異文化理解と言っても、静かに過ごしてきた年配の人にとっては不安。今は住民に理解しようという気持ちが生まれていない」と、イスラム教に対する地元の拒絶感があることを認める。

「イスラム教徒=テロリスト」とはあまりにもひどすぎるステレオタイプ型の誤解に基づく決めつけである(これを「イスラム原理主義者=テロリスト」としても誤りであることには違いないが、来日しているイスラム教徒は大半が原理主義者ですらない)。

これについて、わたしはブックマークコメントで「「イスラム教になじみがない」という発言はまさにエスノセントリズム。相手を理解しようという多文化共生の立場からみれば最悪の事例。」と書いた。ところが、それについて「他社の報道だとニュアンスが違う」という指摘があった。

北國新聞は「イスラムを排斥しようとする日本人への不安」

日付的には1か月以上前の記事であるが、地方紙ならではの情報の速さともいえる。

さて、この記事を読むと、地元住人はイスラム教徒に対しての不安よりも、「イスラム教徒が来る→排外主義的な日本人がそれに対して事件を起こす」という、「排外主義日本人への不安」が大きいように読めるのである。

過去に富山、福井でイスラム教をめぐる騒動があったこともあり、付近住民の中には「なじみが薄く、不安」と身構える向きもある。……

イスラム教をめぐっては、2001(平成13)年に富山県小杉町(現在の射水市)の路上でイスラム教の聖典コーランが破り捨てられていたことを受け、教徒が富山県庁や県警に抗議に押し寄せた。福井市では昨年10月、モスクの駐車場に止めてあった車が放火され、モスクに外国人を中傷する張り紙が貼られた。隣県でこうした騒動が起きたこともあり、金沢市若松町の住民の中にはモスク建設に不安を口にする人もいる。

つまり、イスラム教徒ではなく「排外・排他主義者の日本人」による犯罪が怖い、というのである。これは読売のニュアンスとはだいぶ違ってくる。これを踏まえて読売記事の「イスラム教に絡んでテロが起きている中、いろんなことが想定されるから」という発言を読むと、ニュアンスがだいぶ変わってくる。「いろんなことが想定される」とは、イスラム教徒が何かテロをするという意味ではなく、イスラム教徒を追い出そうとする偏狭な排外主義攘夷派日本人の犯行を「想定」したのではないか、とも思われる。

もっとも、異分子に対する不安を、他の異分子排除派の暴力への不安にすり替えるという手法がないわけではない。「あなたを受け入れるのはいいが、あなたに危害を加えようという人たちが間違って近隣の我々に迷惑をかけるおそれが大きい」というモノイイは、字面どおりそのまま受け入れられない場合もある。

ただ、この記事では次のような発言が強調されている。「なじみが薄く、不安がある」という本音と、それを解消するために「互いに理解し合う」ための「話し合い」という方策を述べているのは、相互理解・異文化交流・多文化共生という観点からみても素晴らしい態度だと思う。

50代の会社員男性は「イスラム文化にはなじみが薄く、不安がなくはない。話し合うことで、互いに理解し合いたい」と述べた。

朝日新聞は「一般的な反対運動」

朝日新聞の1週間ほど前の記事では、前日に開かれた説明会を踏まえての記事である。ところが、これは住宅街で一般的にマンションなどを建設するときに必ず出てくる反対意見であるようなニュアンスである。

一帯は静かな住宅街のため、住民からは「多くの人が出入りする施設はそぐわない」などと反対する声もあがった。……

参加した約30人の住民からは、騒音やゴミ出しなどに関する不安の声や、「イスラム教自体に問題はないが、なぜ住宅街に作るのか」という意見などが出た。一方、「においや騒音も含めて異文化を理解する努力が必要だ」と前向きな声もあがった。

住宅街に建物を建設する場合、マンション等を含めて必ず「多くの人が出入りする施設」であることは反対の理由に挙げられる。もちろん、それは法的というより感情的な反発でしかない。「なぜこの閑静な住宅街に作るのか」というのも、ごく普通のアパートやマンションを建てる際にも出てくる言葉であって、特に目新しいものではない。単に「近所になじみのないものができるのがイヤ」という住民エゴ的な感情論の域を超えるものではない。そのことは建築関係者なら同意してもらえるはずだ。

逆に、「一方、「においや騒音も含めて異文化を理解する努力が必要だ」と前向きな声もあがった」という発言が載っているということは、地元住民の中に(先の北國新聞の50代男性を中心として)理解・受け入れ派がいるという事実も浮き彫りにしている。

読売記事に出ている町会長は、立場上もすんなりと容認・受け入れの意見を述べづらい部分もあるだろう。そして、「新しい建物が何となく不安/何となくイヤ」という(特に高齢者に多くみられる)意見を代弁したようにも思われる。「今は住民に理解しようという気持ちが生まれていない」という意見も、北國新聞・朝日新聞の「理解する努力が必要だ」という声とは矛盾する。おそらく、住民「すべて」が理解しようというところまではいっていない、と解釈すべきだろう。

以上、三紙の記事のみを比較検討した上での解釈である。ただ、読売のニュアンスに従って地元住人を「排外主義者」として非難するのは妥当ではないと思われる。個人的には、相互理解と歩み寄りによって、お互いに納得する決着がつくことを祈っている。

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