演劇構造と幕

出典: 閾ペディアことのは

演劇構造は、西洋演劇に起源を有する、演劇作品(演劇や映画など)の構造を示したものである。多くの学者たちが演劇構造について分析してきたが、その嚆矢はアリストテレスの『詩学』(紀元前335年ごろ)に始まる。東洋では「起承転結」「序破急」などがこれに該当するといえる。

目次

幕と場

は演劇の中の一まとまりである。西洋演劇において、一つの作品における幕数は、劇作家が物語のアウトラインをどのように組み立てるかによって、一幕物から五幕物までの範囲に収まる。一幕が演じられる長さは、30分から90分である。この用語は、映画、テレビ、バラエティーショー、音楽ホール、キャバレーなどのエンターテインメントでも、主要な分割について用いられることがある。

ローマの劇場ではじめて、間を開けることで芝居をいくつかの幕に分けることが始まった。幕はさらにいくつかの場に分かれることもある。古典演劇では、役者の入場と退場によって場が区切られていたが、後には設定の変更で場を区切った。

近代演劇では、一レベルだけの構造もありえる。この場合、それぞれの場や幕は劇作家の気まぐれで決定される。劇作家の中には、はっきりした分割をしない者もいる。場が変わるということは、通常、時間か場所が転換するということである。しかし、幕が変わるということは、作品の演劇構造全体と関わっている。

多くのオペラやほとんどのミュージカルは、二つの幕に分けられる。実演においては、休憩時間で区切られることとなる。この場合、脚本が幕に分かれているか否かにかかわらず、「幕」という言葉が前半と後半の区別のために使われることとなる。

五幕物

18世紀まで、西洋のほとんどの演劇は五幕に分けられた。この形式は五幕物として知られ、グスタフ・フライタークの『Die Technik des Dramas(演劇の技術)』において分析されている。五幕物は演劇の全体構造において特別な役割を果たした。しかし、実演では明確に分割して演じられたわけではない。

フライタークのピラミッド

フライタークによれば、五幕物の構造は以下の通りである。

  • 提示部(exposition)
  • 上昇展開(rising action)
  • 転換点(turning point)
  • 下降展開(falling action)
  • 結末(resolution)

フライタークの演劇構造分析の図解は、フライタークのピラミッドと呼ばれる。

提示部

提示部では、物語を適切に理解するための背景情報を示す。たとえば、主役、適役、基本的な衝突、設定などである。

提示部はごく短時間の刺激的な場面で終わる。それは、物語性のない事件である。この短時間の場面から、第二幕「上昇行動」に始まる物語の動きへと導入される。

上昇展開

上昇演技の間、基本的な衝突は、関連する第二の対立の導入によって複雑なものとなる。ここには、目的を達成しようとする主役の試みを挫折させるような様々な障害があらわれる。第二の対立は、物語の敵対者よりは重要性の低い敵たちも含む。この者たちは、敵対者と共同することもあれば別々に動くこともあり、意識的な行動であったり無意識的な行動であったりするうう。

クライマックス(転換点)

第三幕はクライマックス、転換点である。ここでは、主役に関わる事態が良い方に、あるいは悪い方に変化を示す。物語が喜劇であるなら、事態はこの転換点までは主役にとってひどいことになっていたはずだ。しかし、ここで流れは方向を変え、事態は好転し始める。もし物語が悲劇であるならば、主役にとってよい情況が悪いものへと転ずる。

下降展開

クライマックスの後の逆転の場面である下降展開においては、主役と敵対者の対立は、主役が敵対者に勝つ、あるいは負けるという情況で解決される。下降展開には、最後の緊張状態の場面が含まれることもある。その間、最終的な対立の結果が疑わしいものとなったり、解決したりする。この場合、三角形の形のピラミッドは修正されることとなる。

大団円・破局・結末

喜劇は大団円で終わる。この場合、主役は物語の発端よりもよい状況になる。悲劇は破局で終わる。この場合、主役は物語の発端よりも悪い状況になる。

フライタークの演劇構造の分析は五幕物に基づいているが、少々修正した上で小説などにも当てはめられることがある。しかし、このピラミッドはどんな場合でも使いやすいというわけではない。特に、具体的な演技のない25の場面に分かれるアルフレッド・ウーリ作「ドライビング・ミス・ディジー」のような現代演劇には当てはまらない。

批判

フライタークの分析は、現代劇に当てはめることを意図した物ではなく、古代ギリシア劇やシェークスピア劇を分析したものである。

明確な提示部については、Lajos Egriの『The Art of Dramatic Writing(演劇作品の芸術)』において批判されている。ここでは「提示部自体は演劇全体の一部であり、最初に使われた後は捨てられるような付属物などではない」と述べられている。エグリによれば、登場人物の行動によってその人がどういう人かが示されるのであり、提示部は当然に起こるものである。芝居の始まりは、冒頭の対立から始まるべきなのである。

現代演劇では、下降展開を使ってクライマックスの相対的な高さと劇的なインパクトを強めるようになってきている(特にメロドラマ)。主役は上へと手を伸ばすが、転落し、疑いや恐れや限界の中で死ぬ。否定的なクライマックスが起こるのは間違いなく、突然の出来事があって、最大の恐怖に出くわしたり、何か重要なものを失ったりするときである。この損失によってさらなる障害に立ち向かう勇気が与えられる。この対決は古典的なクライマックスとなる。

三幕物

三幕物の芝居では、それぞれの幕は通常異なった傾向を有している。常にというわけではないが、最もよく使われるのは、第一幕を導入部分とし、第二幕では敵対者が大いに優勢であるという最も暗い部分となり、第三幕ではその解決と主役の勝利が描かれるというものである。

「第二幕が一番よい」という古来のことわざがある。第二幕は始まりの幕と終わりの幕の間にあり、導入部や解決部のように目立たせなければならないということはないので、物語の骨子を深く掘り下げることができるという事実によるものである。もちろん、第三幕、あるいは第一幕でも通常の第二幕のような性質を持たせることはできるのだが、最もよく使われるのがこの構造形式なのである。

  • 設定(場所や人物)
  • 対決(障害がある)
  • 解決(クライマックスと大団円)

三幕物は演劇作品、特に芝居と映画を作る際に通常使われる方法である。芝居でも映画でも、第一幕と第三幕が1/4、第二幕が1/2の長さで分割される。

設定

第一幕は主要登場人物、その関係、その世界を明らかにするために使われる。第一幕の冒頭では、主人公(主役)が事件に直面する。主役はこの事件を扱おうとして、第二幕、第三幕の状況へと立ち入ることになる。これが第一の転換点だが、ここで第一幕の終わりが示され、主役には同じような生活が訪れないことが明らかになり、作品のクライマックスにおいて答えが示されることになる疑問が提示される。作品中の疑問は主役の行動に対する疑問形としての定形を有する(Xはダイヤモンドを取り戻せるか? Yは少女を手に入れられるか? Zは犯罪者を捕まえられるか?)。

対決

第二幕は「上昇展開」とも呼ばれる。典型的には、主人公は第一の転換点までに示された問題を解決しようと試みるが、状況は悪化するばかりである。主人公が問題を解決できない理由の一つとしては、敵対者の力に対抗できるだけの能力をまだ持っていないということが挙げられる。新しい技能を学ぶだけではなく、自分たちは何者なのか、その苦境を乗り越えるためにはどのようなことができなければならないのかといったことについて、高度な自覚を得なければならない。これは単独で達成されることはなく、通常、助言者や副主人公によって助けられる。

解決

最後の第三幕は、物語と伏線の解決である。第二の転換点であるクライマックスは、物語の緊張が最も高まるポイント、物語の疑問が答えられる場面に置かれる。主人公その他の登場人物は、自分たちが本当はどういう存在なのかについて、新しい意味を発見する。

一幕物

一幕物は、一幕のみから成る短い劇である。この言葉は、幕の区切りのない標準の長さの演劇を指す言葉としては使われない。一冊一作品として出版される通常の芝居と異なり、一幕物はアンソロジーや全集の形で出版されることが多い。

参照


※この記事は、Wikipedia:en:Act (drama)Wikipedia:en:Dramatic structureWikipedia:en:Three-act structureを参照して独自に翻訳・編集したものを原形とし、独自に加筆を咥えているものである(この記事の初出の時点で、いずれもWikipedia日本語版には項目がない)。


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