楳図かずお邸を実際に見てきた。景観上の問題は皆無だ

漫画家・楳図かずおさんの吉祥寺の自宅の「紅白しま模様」が景観上問題があるということで一部「住民」から訴訟を受けていた問題について、1月28日に「景観上問題はない」という判決が下った。

こういう問題については、実際に現場に足を運んでみるに限る。というわけで楳図かずお邸を見てきた。その感想は「楳図邸はむしろ景観に最大限の配慮を払った、すばらしい建物だ」。撮影した写真とともに報告する。

2009年2月 3日00:25| 記事内容分類:都市計画・建築学| by 松永英明
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 「まことちゃん」などの作品で知られる漫画家の楳図かずおさん(72)が東京都武蔵野市に建てた自宅をめぐり、赤白横じま模様の外壁が近隣住民の景観利益を侵害するかが争われた訴訟の判決で、東京地裁は二十八日、「景観の調和を乱すとまでは認められない」として、外壁の撤去などを求めた近隣住民二人の請求を棄却した。

 畠山稔裁判長は、自宅が建設された場所が第一種低層住居専用地域として、閑静な住宅地を目指して整備された経緯を指摘した上で、「外壁の色彩には法的規制はなく、住民間での取り決めもない。景観利益を違法に侵害するとはいえない」と判断した。

 平穏に生活する権利を侵害するとの住民側主張は、「不快感を抱かせても、受忍限度を超えて侵害するとはいえない」と退けた。

楳図邸は、通り過ぎてしまうほど「目立たない建物」だった

楳図かずお邸は「景観」問題によって話題になったが、それならば楳図邸だけの問題ではない。周囲の建物との調和がとれているかどうかが問題だろうと思った。しかし、わたしが見た範囲では、楳図邸の外観だけでなく、周囲との調和を調べているものはなかった。

楳図かずお邸については、「グーグル・ストリートビュー八分」されている(※「○○八分」という言葉は、正確性の問題からも、また極めて主観的な表現であることからも、使うべきではない言葉だと思うが、ここでは慣例に従う)。そこで、厳密な場所はわからないまま、おおよそのあたりをつけて、実際に行って調べてみることにした。

2月2日午前、最寄り駅となる吉祥寺駅南口に降り立った。ここから南に進むと、数分で井の頭公園である。楳図かずお邸にまっすぐ向かうため、井の頭通りで井の頭線吉祥寺駅ホームの下をくぐり、その先を曲がって再び井の頭線の高架の下をくぐった。

吉祥寺駅から井の頭線にまっすぐ向かうとおしゃれな店の並ぶストリートだが、そこからほんのわずかに外れた住宅地の中に、楳図邸があるはずだ。

駅から徒歩5分。そろそろこのあたりだが……と思って歩く。

ふと横を見ると、そこに楳図邸があった。「これか!」

楳図かずお邸

まったく気付かなかった。通り過ぎるまで、そこに「紅白しま模様で景観を壊す」と言われていた楳図邸が存在することに気付かなかったのだ。悪趣味なラブホテルか、センスのかけらもないパチンコ屋のようなけばけばしい建物が住宅地のど真ん中にあって自己主張しているのかと思っていたら、そんなことはまったくなかったのだ。むしろ、シックなたたずまいを見せているように感じられる。

その理由はいくつかある。

楳図邸の「紅白」の赤色だが、想像していたものとはまるで違っていた。けばけばしく自己主張の強いヴィヴィッドやストロングのトーンではなく、ディープレッドに近い。落ち着いた赤色である。

また、報道などでは強調されないが、道路から目線の高さで見たとき、玄関の深みのあるディープグリーンが圧倒的な存在感を示している。これはディープレッドとトーンを合わせた補色配色になっており、清潔感のある白とあいまって、非常にセンスのよい感じを与えているのである。

楳図かずお邸
正面から見れば、アメリカの家のような配色に見える。

楳図かずお邸
「周囲を見はっていて不気味だ」とされた塔も、愛嬌のあるものにしか見えない。

楳図邸は景観に配慮していた

楳図邸が目につかなかったのは、配色だけが理由ではない。その建築計画においても、周囲からの見え方を十分に考慮して建てていたのだ。

その秘密は、楳図邸が「道路から数メートル奥まったところに建てられている」という事実に現われている。

楳図かずお邸
道路から建物の間にスペースが設けられている。

わたしが北側の道路から楳図邸に近づいたときには、隣家によって完全に隠されていた。「楳図邸の前のスペース」があるがゆえに、ほぼ正面にくるまでその存在が見えないのである。

楳図かずお邸
楳図邸前の道路を北から南に眺めたところ。三叉路の先、左手にある楳図邸が、この距離だとまったく見えない。

楳図かずお邸
もう少し南、楳図邸に近づいた。左側の白い壁の建物の向こうに、実はほんの少し楳図邸のしましまが覗いているのだが、知らないとまったくわからない。

楳図かずお邸
ここまできて、ようやくしましまが覗いて見えるが、前を見て歩いていると気付かなかった。むしろ右手の赤い服を着た菅直人のポスターの方が目立つくらいである。

楳図かずお邸
三叉路の角から無理矢理、楳図邸が見える角度で撮影した。最初通ったとき、わたしは左端の歩道ゾーンを歩いていたので、隣家のためにまったく見えなかった。

非常に慎ましやかな場所に建っている。それがわたしの受けた率直な印象だった。

楳図かずお邸
親子連れが数組、楳図邸見物に来ていた。左右の隣家と比べてもかなり奥まった位置に建てられていることがよくわかる。そして、周囲の景観とも調和しているように感じられる。

反対側から見てみよう。南側からの写真である。

楳図かずお邸
南側すぐの三叉路の角から。二軒南隣の家の立派な松の木の存在によって、楳図邸が完全に隠されている。

楳図かずお邸
少し北に歩いた。松の木の隙間にかすかに紅白しましまが見える程度である。それよりも、道の突き当たり(京王井の頭線の高架の向こう)のマンションのレンガ色の方が目立つ。

楳図かずお邸
ここまで近づいてようやく、「まことちゃんハウス」だと理解できる。そして、こうやって見てみると、それほど奇矯な建築であるようには見えない。

楳図かずお邸
確かに変わった建物ではあるが、周囲の風景に溶け込んでいるように見える。

楳図邸には景観上の問題はない

撮影していると、何組かの親子連れなどが楳図邸を携帯で撮影しにやってきていた。自転車でやってきて、写真を撮って行く人もいた。高齢のご婦人がやってきて、楳図邸をひとしきり見上げた後、わたしに声をかけた。

「いろいろ言われているようだから見に来たけれども、全然、騒ぐほどのもんじゃないねえ」

わたしはその一言がすべてを物語っているように思われた。

結論として、わたしは「楳図かずお邸は周囲の景観に対して最大限の配慮を行ない、そして景観の中に溶け込んでいる」と感じた。それは、現場で実際に見た感想だ。

楳図邸のご近所建築を歩く

楳図邸のある一画――吉祥寺駅の南東の住宅地、井の頭公園と京王井の頭公園に挟まれた場所――を少し歩いてみた。そこには、こんな建物があった。

吉祥寺の家
幾何学的でモダンな雰囲気。思わずカメラを向けたくなったデザイン。

吉祥寺の家
売り地になっていた家。昭和の風情を醸し出している。金があったらぜひ買いたい家。

吉祥寺の家
吉祥寺南町ハイツ。デザイン的には整っているが、周囲に配慮しすぎているようにも感じられる。

吉祥寺の家
これはまた風流なお宅。門構えの前の石が主張している。

吉祥寺の家
この二軒は、実は楳図邸と同じ通りに面している。楳図邸だけが飛び抜けて独特というわけでもない。

ところで、この楳図邸に対する裁判を起こしたのは、楳図邸から2km離れたところの住人二人だけであったと報じられている。また、実際の近隣の人たちは別に反対していないともいう。景観問題はもともと存在しなかったというべきではなかろうか。

【3/19追記】上記のように書いたが、「たけくまメモ : 「まことちゃんハウス」内部写真・解禁!」によると、「※ちなみに、ネット内では楳図先生を訴えたのは隣町の住人だという噂が流れていましたが、これは間違いで、訴訟は実際にお隣と向かいの方から起こされたものだそうです」とのことである。したがって、上記の情報は誤りであると思われるので訂正する。

なお、竹熊氏も「実際お宅にお邪魔して強く感じましたが、一見赤・青・黄色・白で塗り分けられて派手な感じの家なんですけれども、配色には細心の注意が払われていて、ショッキングピンクのような目に刺さるような原色は避けられていたことです。色のバランスがとれているので、派手な感じが意外としません。反対にセンスがいいと思いました。」との感想を述べており、この点についてはまったく同感である。(追記以上)

井の頭公園
楳図邸から数分とかからないところから、井の頭公園へ続く階段がのびている。

吉祥寺の猫
おまけ。近所にいたねこ。

なお、この件については、さらにエクステリアや「イタリア文化会館問題」などと絡めて、メールマガジン「「場所の記憶」「都市の歴史」で社会を読み解く――松永英明のゲニウス・ロキ探索」にて論じている。

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コメント(3)

「楳図邸に対する裁判を起こしたのは、楳図邸から2km離れたところの住人二人だけであったと報じられている」
知りませんでした。実際に現地へ行かれて書かれただけあって素晴らしく、説得力のあるエントリーですね。

わざわざ行かれて検証された事は敬服致します。一寸引っ込んでいるので案外目立たない事や、グリーンとの対比やデザイン性が優れている事、赤も割りと感じのいい赤であることなどよく分かりました。それでもやはり住宅街には落ち着いた色使いが欲しいと思うのですがどうでしょうか。まだまだ日本は遅れていると思います。

確かに、これは景観上の問題はありませんね。
別に伝統建物保存地区などというわけでもないのでしょうから、反対する理由が分かりません。

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