紙の本の出版権とデジタル化権の抱き合わせには反対

「電子書籍化へ出版社が大同団結」という報道があった。紙の書籍の「出版権」は出版社が握っているが、電子書籍の許諾権は著作者にある。つまり、私が書いた本のアマゾン・キンドル版を出すかどうかは(特別な契約がない限り)私が決めることであって、(紙の)出版社に発言権はないということになる。

ところが、この状況について一部の大手出版社がデジタル化の権利も持てるようにする法的改正を目指し、「日本電子書籍出版社協会」を設立すると報じられた。

私は著者の立場として、紙の本の出版権とデジタル化権を一体化しようという、この一部大手出版社の方向性に強く反対する。そして、私は今すぐにでも、将来のキンドル日本語化に備えて、アマゾンと直接交渉する意志があることをここに表明しておく(ただし、一部条件つきではあるが)。

2010年1月14日18:00| 記事内容分類:編集・出版, 電子書籍| by 松永英明
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日本電子書籍出版社協会についての報道

 著作権法ではデジタル化の許諾権は著作者にある。大手出版社幹部は「アマゾンが著作者に直接交渉して電子書籍市場の出版権を得れば、その作品を最初に本として刊行した出版社は何もできない」と語る。日米の「綱引き」で作家の取り分(印税)が紙の本より上がる可能性は高い。出版社から見れば、作品を獲得するためにアマゾンとの競争を迫られることになる。

 講談社の野間省伸(よしのぶ)副社長は「経済産業省などと話し合い、デジタル化で出版社が作品の二次利用ができる権利を、著作者とともに法的に持てるようにしたい」との考えだ。新潮社の佐藤隆信社長は「出版社の考えが反映できる場を持つことで国内市場をきちんと運営できる」と語る。

私はアマゾン・キンドル日本語版が出ることを心待ちにしている「書き手」の一人だ。キンドル書店は個人でも契約して出版物を出すことが可能だし、キンドル用のフォーマットはそれほど複雑ではないと思われる。となれば、たとえば「出版社の諸事情によって出版されなくなった完成原稿」だとか「出版社には増刷するつもりもないのに絶版にはなっておらず、権利だけ囲い込まれていて、そのために他社から出すこともできなくなっている本」を、書き手の判断で電子出版できる可能性があることは、非常に魅力的である。たとえさほど売れないとしても、電子出版なら(最初の執筆や電子書籍フォーマットへの変換などのコストは別として)売れなくても損失にはならず、売れただけの利益となる。

これは、一般の書籍による印税収入と比べてどうなるだろうか。

一般の紙の書籍の実情

一般の書籍出版の場合、部数×印税が書き手の収入となる。ところが、これを「1万部×10%×1000円で100万円」と計算すると、出版業界の平均的な実情を見誤る。

まず発行部数は、万単位で出るのはよほど売れ筋と見なされた場合であって、たいていは数千部。文芸ものとなるともっと厳しい。まあ5000部としておこうか。

次に印税。10%というのはほぼ上限であって、そんな率が出版業界全体でキープされていたら感動する。ひどい場合にはアソシエイト料率と比較できるほどの場合もある。まあ良心的なところで8%を確保してくれるということにしよう。これで40万。

増刷分については実売の何%のところや、初版より低い印税率での計算のところもある(どちらも経験がある)。

これについて、出版権契約が書き手と出版社の間で取り交わされるが、きちんとしているところと、ほとんど口約束に近いところもある。印税の提示もほとんど本ができあがって出版間際になってやっとというところもある。この辺の慣例はよいものではないが、実情はそういうところもあるということである。

そして、私も実際に契約書を見直したのだが、この出版契約は3年とか10年とかになっている。そして「契約期限切れのnカ月前にどちらかが解除の申し入れをしない限り、自動更新される」となっている。これにより、たとえば出版社が増刷する意図のまったくない本であっても、その本の出版権はずっと囲い込まれてしまうことになってしまう。絶版ということになれば契約も解消ということで他社から出したっていいわけだが、幸か不幸か私の本は「絶版」扱いにされたのではなく、ただ単に増刷がかかっていないだけなので、新刊を入手できない状況が続いたりもするわけである。

言ってしまえば「増刷するかしないかは出版社が決めるが、その間他社から出すのはダメ」という契約が出版権契約なのだ。増刷・重版をしないなら自動的に契約解除、的な契約ならまだしも。

そんなとき、「電子書籍化の権利許諾は出版社にはなく、書き手にある」という事実を知った。私は目の前が開けた気がした。そして、今すぐにでも電子書店やアマゾンに原稿を持ち込みたいと本気で考えている。

アマゾンキンドルの場合

キンドル書店の場合、65%をアマゾンが取り、35%を出品者が取れるというシステムになっている。電子書籍は単価が安くなるし、35%を書き手・編集者・デザインの三者で分けることになるから、結果的には今の印税とあまり変わらない――という試算をする人もいるが、私のようにDTPができる場合、知り合いの優秀な編集者と山分けでもよい取り分となる。

もちろん、初版数千部~数万部の部数(売り上げではなく刷り部数)×印税と比較すると売り上げは小さくなる可能性はあるし、必ずしもメリットばかりともいえない。アマゾンの65%という取り分にも批判は出ている。

しかし、ここで考えなければならないのは、そもそも「本が出る・出ない」のレベルとなったときの話である。マーケットプレイスで売れているのに、出版社が増刷してくれない。完全版だと紙の書籍として分厚くなりすぎるので出ない、あるいは簡易版に切りつめられる。ニッチなニーズはあるが商業出版としては採算ラインに届かないので出せない――そんな本を出すための手段として、キンドルをはじめとする電子書籍は非常に魅力的に思えるのである。

日本電子書籍出版社協会の気持ちもわかるが、対応策が間違っている

出版社の気持ちもわからないではない。たとえば、司馬遼太郎の本を出している出版社にとって、司馬遼太郎の遺族が勝手にアマゾンと契約して電子本を出せてしまう、という状況が危機的なものと感じられるのも当然である。

しかし、その解決策が「紙の本の出版権に、自動的にデジタル化の権利も付けられるよう、法的に対応を求める」というのは、まったく見当外れと言わざるを得ない。このような法的手段を取るというのであれば私は強く反対の意を表さねばならないし、同様に「デジタル化権囲い込み」に反発を感じる書き手は少なくないようだ(ツイッター上でもそのような意見が多く投稿されている)。

わたし自身、たとえばこの「日本電子書籍出版社協会」に所属する出版社からデジタル書籍を出すこと自体がいやなのではない。実際にここに所属する出版社と契約するなら、(条件によっては)出版契約と同時にデジタル化の契約を行なうことになってもよい。ただ、自動的に抱き合わせというのは認めたくないのだ。

では代案は?

このあたりの問題をうまく解決する方法は、そもそもの出版契約のやり方から改める必要があるだろうと思われるが、私が現時点で提案する方法は以下のとおりである。

  • 出版権に関する契約は3年を期限とし、その後は「双方の合意があった場合のみ延長」とする。自動で再延長はしない。(出版権の永続的囲い込みはしない)
  • 出版権に関する契約は、増刷がなくなってから2年で自動的に解除とする。(増刷もないのに出版権だけ永続する状況を解除する)
  • デジタル化権その他の隣接権については、それぞれ別途に契約するものとする。出版権と隣接権は抱き合わせにしない。
  • デジタル化権と出版権を同時に契約しないならそもそも出版しない、という圧力行為を禁ずる。
  • 過去の出版物の権利を有する出版社が、デジタル化権も自動的に有するような法的規制は行なわない。著作者が「同じ出版社さんでデジタル版も任せよう」と考えるような条件を提示すべきである。
  • デジタル化権についても、契約解除は出版権と同様の時限とする。

決して無理な注文ではないと思う。

そして、もう一つ、アマゾン他の電子書店への提案がある。

  • 各電子書店が契約によって手に入れられるデジタル化権は、自らの電子書店のフォーマット版のみとする。すなわち、アマゾンキンドル版、理想書店版、パピレス版、「日本電子書籍出版社協会」統一フォーマット版などは、それぞれ別個の契約とする。著作権者は、それぞれの電子書籍をそれぞれの契約で出すことができ、「理想書店版があるからキンドルでは販売させない」「講談社デジタル本版があるからキンドル版とは契約させない」といった囲い込みは行なわないものとする。

デジタル化権を出版権から切り離したのに、デジタル化権の中で囲い込みが起こってはどうしようもない。もちろん、権利者側が「このバージョンはキンドルでしか読めません!」みたいな売り方をしたい場合、他のデジタル版元とは契約「しない」という選択をすることは可能である。

デジタル出版と今すぐにでも契約したい

私はアマゾン・キンドル日本語版(と日本語キンドル書店)が一日も早く出ることを心待ちにしている。既存の出版社があわてて声をかけてくる前に、今から契約してもよいと思っているくらいだ。また、理想書店その他の電子書店とも同様の契約を行ないたいと思っている。

(というのは、私の本が出ている出版社はデジタル本化に熱心とは思えないという事情もある。逆に、上記「協会」を作ろうというくらいの出版社なら、それはそれでデジタル化の契約はありだと思う)

ただし、先ほども記したとおり、「フォーマットの違う版のデジタル化権については制約されない」ことが前提である。簡単に言えば、理想書店T-Time版もキンドル版も出してよいというならすぐにでも契約書に印鑑を押したいが、そうでなければ保留したいというのが正直なところだ。

このあたりのルール設定が、(紙の)出版社、デジタル書店、著作権者ともに幸せになれるところに落ち着くなら、紙もデジタルも共存していけるのではないかという希望を持っている。そうなれば、現在異常なビジネスとなっている「情報商材」みたいなものを健全化することにもつながるのではないだろうか(価格の適正化→詐欺師の排除→内容の健全化はありえると思う)。

それから念を押しておくが、私は決してデジタル書籍一辺倒の人間ではない。紙でしか味わえない本のよさについてはむしろ旧世代的な感覚を持っていると思うし、写真集や地図など紙の方が適しているものも多いと思っている。だからこそ、既存の大手出版社が「出版権とデジタル化権を自動的にセットすることを法制化」という動きには反発が出ているのである。

そうなったら逆に、既存の出版社からは出さず、紙の権利とデジタルの権利を分けて契約できる版元との契約を好む著者が増えるという可能性もある。そうなれば、既存の出版社は本当の終わりだ。

その他の論考

出版社・芸能事務所・フリー編集者 ≫ 経済学101では、「著者自身がリスクを負った上で必要に応じて外部と契約することが多くなるだろう。これはフリーの編集者という職業を生む」という結論を導き出しており、興味深いところである。私はこれとは少し違った観点、すなわち「出版社的に優遇されているわけではない弱小の書き手の立場」からの意見を述べてみた。

ツイッターでは、読者からの立場として「絶版という事態をなくしてほしい」という要望があった。現在の出版の状況では、「絶版と言わずに出版権が継続していながら、増刷されないので、市場に出回らず、その本が消えていく」という実情がある。このような現状を有する出版権をそのままにしておきながら、さらにデジタル化権まで付随させてしまうというのは、決して絶版状態を回避できるものではなく、ひいては「読者のため」にもならない。著者・読者が望むとおりにデジタル化権を行使できるという状況が必要なのである。

私の場合、担当編集者が出版社をやめてしまっているものがある。このような場合、出版社から増刷や文庫化などの話がくることはまずない。それでも出版権は継続している。この現状を打破するために、私は理想書店やキンドルに大きな期待を抱いている。担当編集者もやめてしまった書籍をデジタル出版で読者に提供したい。それを封じるのが「デジタル出版権も紙の出版と同時に自動契約」の流れであるといえる。

ツイッターでは、「塩漬けはいまや出版社のお家芸」というツイートもあった。ライター側にたつエージェントないし団体を組織化する必要があるという意見も出ている(が、文芸家協会は動かないだろうとの声も)。出版社の方から「文庫化権さえも別なのに、既得権益を拡大する方向に向かうのは疑問」という趣旨の意見も出ている。

この問題はじっくりと考える必要があると思う。

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2010年1月14日18:00| 記事内容分類:編集・出版, 電子書籍| by 松永英明
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取り上げて頂きありがとうございます。

確かに、出版社と書き手との交渉力・契約に関する知識に大きな差がある場合には、社会的に望ましくない契約が締結されることは十分にありえますね。実際の業界については全く知らないもので大変参考になりました(こちらからもリンクさせて頂きます)。

契約の自由もあるので強制すべきかどうかは微妙な所ですが、業界の雛形として囲い込みが起きないような契約を用意するのはいいことだと思います。

デジタル化権と出版権を切り離すことで出版側が書き手を発掘・養成(現在しているのかどうか知りませんが)するインセンティブが減るのが若干気になりますが、囲い込み状態よりはいいかもしれません。

出版物は刷部数での印税、デジタル出版は実売部数での印税
この違いをどのようにお考えでしょうか。

ひどいものだと刷部数の10分の1も売れていません。
流通在庫という名の下に出版社が返品リスクを負っていますが、
著者にはありません

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