伊賀国

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伊賀国(いがのくに)は東海道にある。東は伊勢国、南は大和国、西は山城国大和国、北は近江国に接し、東西およそ7里、南北およそ9里。天武天皇の時代、伊勢の阿拝・山田・伊賀・名張の4郡を割いてこの国を建て、国府を阿拝郡に置く。延喜の制、下国に列す。明治維新の後、阿山・名賀の2郡とし、三重県に治めさせた。

国名

倭訓栞

いが 伊賀の国号も「あが」の転音にて、猿田彦神の女・吾娥津媛命より出たということが風土記に見え、倭名抄に伊賀郡阿我とある。

日本総国風土記

伊賀国 猿田彦神女吾娥津媛命、(中略)またこの神の知守国により、吾娥の郡という。その後、清見原天皇の時代、吾娥郡をもって分けて国の名とし、後に伊賀と改める。吾娥の音転なり。

  • 阿拝 アベ/アハイ
  • 山田 ヤマダ
  • 伊賀 イガ
  • 名張 ナバリ

日本の旧国名

これらの項目の情報は主に『古事類苑』地部1~2を参考にしている。