クリエイティブ・コモンズは未成熟

クリエイティブ・コモンズの提唱者、スタンフォード大学のローレンス・レッシグ教授との対話ミーティングに行ってきました。

クリエイティブ・コモンズ(以下「CC」と略)は、簡単に言えば「著作権を守りつつ、もう少し多くの人が使いやすいようにしよう」という考え方(と自分は理解している。違ってたらご指摘を)。その理念は理解できるのだが、実用にはまだ未成熟ではないか、というのが今日の話を聞いての感想です。
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ローレンス・レッシグ教授との対話ミーティング【非公式私家版】が完成しました。12/6

2003年12月 2日22:26| 記事内容分類:著作権| by 松永英明
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詳細のレポートはまた改めてやるとして、今回は感想を。録音・撮影OKだったので、記録は残ってます。最前列でbmpの人と一緒にかぶりつきで聞いていたのだけど。

理念はいいです。たとえば、著作権を声高に主張するより、「著作者の名前を書いて、商用に使わないなら改変して使っていいよ。そのときは同じ条件を付けてね」というように表明すること自体は問題ないと思うし、実際、そういう感じでこのブログもとらえてます。それによって新しい創造活動が促される、というあたりも理解できます。
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しかし、実際の運用上は問題が多いのです。例えば、これは私が質問用紙に書いたら回答してもらった疑問点なのですが、「たとえばウェブログでは、トラックバックやコメントなど、自分自身の創作ではない要素があります。にもかかわらず、そこでCCを宣言した場合、混乱は生じないのでしょうか」という問題。あと引用部分もあるけど、外部とのやりとりがある場合にCCはどこまで適用できるか、そこまで自分のものみたいに使い方を勝手に決めてしまっていいのか、という話になってきます。これについてのレッシグ教授の答えは「それは難しい問題で、まだ解決されていない。いいアイデアを出してくださった方にはTシャツを贈呈したい」――この問題なんて、ずっと前から議論されていても当然だと思うのですが、まだ解決策が見出されていない、というのです。

あるいは、「作品を作った人が、以前とは違うライセンスに変更した場合、古いライセンスにのっとって別の人が作った作品は、新しいライセンスでは違反になることもある。その場合はどう解決するのか」といった質問に、「複雑な方法が必要だ」とあまり明確な回答がなかったり、「違反者にはどうするのか」というと「強制力はないので保護するように支援はする」と、これまたあまり実際上は役に立たない回答だったり、どうも理念が先行しすぎている、あるいは理念に実際のシステムが追いついていないという印象を受けます。

確かに、権利権利でガチガチのアメリカでの著作権解放闘争(コピーライト・インティファーダ)というのであれば理解できます。しかし、この日本の実情を理解されていないのではないでしょうか。作者が著作権の適用を緩やかにし、自分でコントロールできる、それは当然いいことだけど、ここまで明文化しないと厄介なことになる、というのは日本人には、「何でわざわざ」という感がありますね。

もちろん、「リンクはトップページのみ許可、本文引用は不可」などと著作権を無視して主張する新聞社や、著作権拡大解釈によって利権を得ているJASRACには「耳の穴かっぽじってよォく聞け」と言いたいところですが、一般の人たちならあたりまえのように言っていることです。例えば素材集配布サイトの「規約」なんて、CCを先取りしていたといってもいいわけでしょ?(なんかブログ上陸したはいいが、以前からある日記やニュースサイトとどう違うの?みたいな話と似てきたなあ……)

今日の話を聞いて納得したら、自分もクリエイティブ・コモンズ・ライセンスを表示してもいいかな、と思っていたんです。しかし、正直いって、まだ踏み切れない。レッシグ教授は日本の著作権法を読み、一部の同人誌と原作とのトラブルについて聞いていたかもしれない(同人誌、という言葉が何度も出てきました)けれども、日本人には「パクリは恥」というモラルはすでに基本的に存在しているのです。TBN裏有料サイトで有料メルマガ【プチバッチ】137号・193号・182号からの情報を売っていたらすぐにチェックが入る国なんです。いちいち明文化しないと著作物をだれも使えないとか、逆に海賊版が出回って困るとかいうような国ではないわけですね。

今日の話によると、JASRACがCCに関心を持っているといいます。今日も会場に来ていたそうですが、レッシグさん、日本で最大の「悪の組織(著作権に対する抵抗勢力)」のことを本当に理解しているんですか?(レッシグ教授は、著作権を固持しようとする会社を「悪の会社」と呼んでいました)

八田氏クリエイティブ・コモンズに対する懐疑的な見方に基づいて教授に質問していましたが、そういった問題も含め、理想と現実の距離はまだ縮まっていない、というのが今日の感想です。博客中国の方興東氏のような「CCによる知識革命」という表現をするには、CCはいまだ未成熟と言わざるを得ないように思います。

撮った写真とか、ちゃんとしたレポートとかはまたあとでアップします。
クリエイティブ・コモンズのライセンスをWeblogツールで使うことの危険性(結城浩さん)
ローレンス・レッシグ教授との対話ミーティング【非公式私家版】が完成しました。12/6追記。

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2003年12月 2日22:26| 記事内容分類:著作権| by 松永英明
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本来法律上は主張できる著作権を、著作者の意思でその一部を放棄*1しましょう、という運動なんだから、そりゃあ「コンテンツでがっぽり儲けるぜ!」という企業は乗らないでしょう。C... 続きを読む

コメント(8)

松永さんお疲れ様でした。
?????今は何が起こりかけているのかよく理解できない・・というのをまず一言。
このまま「悪の会社」に取り込まれていくんでしょうか・・・
期待していましたが、期待を一時的に不安に差し替えたいと思います。
その他のものもよく読んで出直して参ります。

松永さんの衝撃の言葉(衝撃を受けてきたのは松永さん御本人だと思います。)
本文最後のをピックアップワードにさせていただきました。

「一番不思議だったのは、会場にJASRACの人も来ていて、CCに協力姿勢を示しており」
「レッシグ教授がJASRACを信頼している気配がみうけられたこと」
これには僕も変な衝撃が走りました。

CCはオープンソースのライセンスに相当するとよく言われますが、私は「ライセンスはあくまで原則にすぎない」という点で大きく異なるものと考えています。著作物に関してはライセンスに従うことが絶対なのではなくもとの著作権者の許諾が得られるか得られないかが重要なのであって、たとえば商用利用は絶対に禁止とうたっていても西本はるかにお願いされたら思わずOKを出してしまったり、矛盾するライセンスのものを組み合わせて新しい作品を作った場合でも話し合いをしたりお金を渡したりするとOKになったりするということがあったりするわけです。

XML等で著作権情報を記述するような試みはCC以前にもいくつもあり、上に挙げられたような「運用上の問題」は当然議論になってはいるのですが、そういうわけで結局は厳密な運用ルールを決めるより「問題が起こったら当事者同士で話し合ってください」みたいな話になるようです。

それを踏まえて、CCではややこしい部分をあえて切り捨ててsimple&stupidな形で多くの人に使ってもらおうという目論見があったのだろうと思います。これはかなり潔い姿勢だと思っています。問題なのはCCがザルなことではなく、あえてザルにしてるのに誰も使う人がいないというところかと。リミックスコンテストも4曲しか集まらなかったというし。笛吹けど踊らずというか、吹いてるとこに人がワラワラ集まってきてその笛の持ち方どうなの、とか言われてるような状況のように見えます。しかしSpookyがのってきたくらいだから、どこかのサンプリングCDのメーカーなんか抱き込めそうなものですけどね。

「西本はるかにお願いされたら思わずOK」とか「話し合いをしたりお金を渡したりするとOK」というのは、それは許諾を得ているわけですよね。それは現行の著作権でも何ら問題ありません。

CCというのは、許諾を必要としない改変行為を促そう、として出てきた考え方である、と私は先日の話を聞いて理解しました。したがって、話し合いに解決の道を求めるのだったら別にCCはいらないんじゃないか、と。それが「今急いでCC導入しなくても」という雰囲気につながっているのではないかと思います。

そして、simple&stupdというのは、目指しているところというより、むしろそこまで到達していないからだと思います。なので「あえてザルにしている」というのはどうかなあ、と思います。

たとえば、2ちゃんねるとかで、だれかが詞を書いて、それに誰かが曲をつけて、さらに誰かが歌って、絵を描いて、最後にFlashになる、という例はときどきありますよね。つまり、CCが目指している行為はすでにあるわけです。それをわざわざCCという枠でやろうとするからわけわからなくなる、と。

つまり、CCはもう少し現実的な問題を解決してくれるものでないと、魅力に乏しい、あるいは「そういう形にしなくてもわかってるよ」で済まされかねないと思います。特に日本では。

CCは完全に著作権法の枠組みの上にあるもので、著作物には著作権があり、それ利用する際には著作権者の許諾が必要、というのは大前提としてあります。CCを使うと許諾が不要になるのではなく、正確には、条件がマッチすれば自動的に許諾されるということだと思います。(そういうルールを用意すると権利処理のコストが小さくなり、著作権者が管理団体に権利処理を委託する必要性もなくなり、「悪の組織」から自由になるというのが目標の一つとしてあるでしょう)

「あえてザル」について:私の好意的な解釈です。世の技術者が「権利記述言語」を一生懸命研究していて二次著作の扱いとかライセンス同士の衝突とか悩んでいるところに突然棒のようにシンプルな体系を出してきてアホでも使えそうなアイコンとテンプレートまで用意してくれてたので、これはシンプルさを売りにしてるのだな、と感じたのです。あのデコっぱちが実は大して深く考えてないという可能性も大いにあります。

2chのコラボの例について:これをもって「日本ではCCの目指す行為は実現している」というのは適切ではないと思います。成果物は2chのものなどといった内輪の暗黙の了解があってみながそれをベースに動いていることと、たまに著作人格権まで放棄してる人がいることがあるからです。CCが目指しているのはおのおのの職人さんたちが自分の作品に著作権を宣言できて、それを利用する時には適切な権利処理が行なわれて、著作権法にしっかりのっとっていながらそれでいて2chのようにものすごい勢いで作品が生み出されるという状況でしょう。内輪のルールで勢いでワーワー作ったほうが話は早いですよ?と言われても、法律のせんせいの立場にしてみれば「いや、著作権というのは大切なもので…」と0から説明しないといけない気分になるのでは。まあ実際のところ著作権を声高に主張する積極的な動機というのにあまりピンとこないというのは全くその通りなんですが、日本ではみな暗黙の了解で動いてるから明言する必要性はない、というのは危ういかと。

長文コメントすみません。

匿名さんのコメントはよくわかりますね。

まあ、明言することそのものは別にいいと思うんですが、それを明言したときに発生する問題についての解決が提示されてない、という点で「未」成熟と書いたわけで、それさえ何とかなればCCライセンス表示するのに何のためらいもありません。

というか、CCライセンス使いたいんですけど!!!!整備はやく!!!ってところですね。かといってTシャツゲットできるようなアイデアはまだないんですが。

ただ、その点については、米著作権に基づいて作られたCCの方法を一回忘れて、もう一回、日本の著作権の現状を踏まえた日本版CCという形で検討し直す必要があるかもしれません。

松永さんこんにちは、ご無沙汰です。
隅々まで熟読させて頂きました。
音楽の置かれている状況よりも、出版の方が
「立ち読み」などの普通の行為により厳しい状況であると
よく理解できた次第です。
徴収できないといった意味では、厳しいですが
音楽サイドから見れば、むしろ出版の世界の「開けぶり」をうらやましく思うところもあり、複雑です。(笑
伊豆に諸用で出かけている間に玉木氏サイトなどで論議が過熱していたのでよく目を通して来たのですが、ひらかれたBBSなのかそうではない所なのか
よく解らなくなっています。

レッシグさんは「日本の精神的部分を美化して捉えている」
そんな気がしてなりません。
実際に役に立たない部分を美的感覚でとらえてCCーJAPANをイメージしてしまっている
そう思うのですが、日本人による役に立つCCーJAPANの再構築が望みです。

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