本のサイズと内容の組み立て

 世の中にはいろいろなサイズの本がある。文庫とか新書とか単行本とか、ちょっと本棚を見渡してみればいろいろと目につくだろう。
 
 実は、この本のサイズをどうするかということは、どのようなレイアウトでどのように表現するかということと非常に密接な関係がある。単に拡大・縮小すればいいというものではなく、内容や表現したいスタイルに合った大きさというものがあるのだ。

 一冊の本というのは、単にその本文原稿だけではなく、レイアウトや文字の大きさや文字の配置といったものもすべて含めて、情報伝達の道具となっているのである。今回はこのことについて書いてみたい。

2004年4月 5日11:56| 記事内容分類:編集・出版| by 松永英明
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 まず、一般的な本のサイズを確認しておこう。ちなみに、本のサイズを表記するときは「○○判」であって「○○版」ではないので注意。

文庫判(A6判)
いわゆる文庫のサイズ。但し、出版社によって微妙にサイズは違う。
新書判
横幅は大体文庫判と同じだが、もう少し高い。一般的なコミックス、ノベルズもこのサイズ。やたら分厚い新書判の本を「京極判」と呼ぶ、ということはない。
B6判
大学ノートの半分の大きさ。小さめの単行本、ソフトカバーの選書あたりがこのサイズ。
四六判
非常に一般的な単行本のサイズ。B6判よりは少し大きい。
A5判
四六よりひとまわり大きめのサイズ。学研のブックス・エソテリカとか自由国民社の「総解説」シリーズとか。あと、大きめのマンガ単行本に多いサイズ。
菊判
A5より少し大きなサイズの単行本。最近はあまり見ないかもしれない。
B5判
雑誌やムック本などによくあるサイズ。
A4判
大きめのファッション雑誌などのサイズ。

 一口に「単行本」といっても、B6~菊判あたりまでいくつか種類があるわけだ。

 さて、以下は私の個人的な感覚が中心なので、同じ出版の世界の人であっても少し見解が違うという人がいるかもしれないことを先にお断りしておく。しかし、大筋においては共通した感覚があるはずだ。

 まず、本のサイズが大きくなればなるほど、文章よりもデザインや図版に重点が置かれるようになる、という傾向がある。マンガ文庫やコミックスは確かにサイズが小さいが、もともとのマンガ雑誌はB5判だったりするわけで、一応ここでは除外しておくことにする。
 普通の文庫は文字ばかりである。イラストが入るとしても左ページとか見開きに入ることが多いだろう。
 新書になると、基本は文庫とあまり変わらないようだが、例えばイラストや図版は2分の1ページに入ったりすることもあるし、本文自体が上下二段組になることも多い(あ、ここは縦書きの本を想定してます)。
 ほんの少しサイズが違うだけで、新書の方がデザイン的に「余裕」があるというか、デザイン的に「遊べる」ようになるわけである。

 B6判と四六判はごくごく普通の単行本だ。軽めの情報提供本なら二段組、小説や読み物主体なら一段組というものが多いと思う。また、このサイズだと図版は一ページ使うほうが無難だろう。これで2分の1ページの図版を入れると、すこしちまちましすぎる。やはりこのあたりのサイズは読み物としての本にふさわしいようだ。

 私の感覚的には、それより少し大きくなったA5判がデザイン上の分水嶺である。ほんの少しの違いなのだが、A5になった瞬間にデザイン的に可能性が大きく広がる。というか、デザイン的に遊べる最小のサイズがA5というべきか。
 A5なら二段組、三段組、四段組くらいまではOKだ。そして、本文の中に図版を入れるというよりは、ページ全体のデザインの中に文章を組み込むという雰囲気になってくるように思う。
 ちなみに、段数は少ない方が重みがあり、段数が多くなるほど軽く見える。学術的な本でA5の一段組のものなどは、非常に重圧感があるものだ。

 それ以上のサイズは次第に図版主体になっていく。たとえばパソコン関係の解説書を考えてみればわかるだろう。グラビア主体のファッション雑誌になれば、もはや写真が主体で、文章はおまけのような扱いである。



 さて、これらの本の文字のサイズに少し注目していただきたい。文庫や新書がやや小さめなのはいいとして、単行本以上のサイズで比較してみたい。すると、乱暴にいえば「本のサイズと文字サイズは反比例する」という傾向が見られるのである。
 本に合わせて文字サイズが大きくなるわけではない。文字サイズがあまり変わらない(相対的に小さく見える)か、あるいは大きなサイズの本ほど文字が小さめになっていく傾向があるのだ。

 試しに最大サイズのファッション雑誌の記事と、手元の単行本(もしここで取り出したのが『「意志」と「人生」の法則』だったら非常に嬉しい。笑)の文字を比較してみてほしい。ファッション雑誌の文字は「ちまちま」としか見えないだろう。

 デザインが主体になればなるほど、文字は小さく入れたくなるし、またそれできちんとインパクトを保てる。逆に文章中心のものであれば、じっくり読むためには文字が大きくなければつらい、ということになる。



 さて、ここでウェブの話になる。ウェブ上では統一規格はない。狭い画面で見る人もいれば、広い画面で見る人もいる。つまり、紙の本なら制作者が指定可能な「判型」がウェブの世界では指定不可能ということだ。
 であるから、ウェブ上では、本来は違った判型・違ったデザイン理念でつくられるべきページが混在しているということになる。
 ひたすら文章を読ませることが主体のページもある。文章とデザインが半々のページもある。デザイン主体のページもある。そして、デザイナーさんはデザイン的な観点から、文字サイズを小さく表示させたいと思うことだろう。逆に、文章にのみ興味のある人は、「小さいフォントサイズでは読み物として困る」と思うかもしれない。
 たとえばゴスロリ系サイトは、フォントサイズが極小、黒地に白・赤の文字というデザインが多いと思うが、それはまさにゴスロリ系ファッション・音楽雑誌のデザインの雰囲気に近いと思う。そういうサイトの文字が大きければ雰囲気はぶちこわしだ。もっとも小さすぎてあまりちゃんと読んでないけどな(´ー`)

 まあ要するに何が言いたいかというと、ウェブ上で「フォントのサイズはかくあるべし」とか「デザインはこうでなければならない」といった一つの規格があるわけではない、ということだ。

 ウェブログのデザインということでいえば、本文だけのサイト、ここのように左右二段のサイト、さらに三段組のサイトなどがある。本のデザインを応用していうならば、本文だけのサイトはB6とか四六の文章主体のサイト、二段組・三段組はA5判以上のデザイン的要素も組み込まれたサイトとか、コラム感覚のサイトということになろう。
 まあ好き嫌いというのもあるだろうが、その辺を意図的に考えてみればおもしろいと思う。

 で、まあこのサイトは当初はもう少しA5判的な雰囲気を想定していたので、多少の読みやすさよりも全体のイメージを重視していたのだが、最近はだんだん長文が増えてきたので、少し背景画像などを変更しようと思っている。

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