偽りの「愛国」、隣国への嫌悪

※この記事は草稿としてボツにしました。Gypsy Blood「愛すべき場所は二つ」/松永的愛国心論まとめ編にて改稿しています。
 本当はこういうことは書きたくない。政治的にセンシティブな話だし、ややこしい議論に巻き込まれたり、感情的になった右・左の人たちから脊髄反射的な攻撃を受けたりしかねないからだ。しかし、今、言わなければいけないように思う。

 本当の愛国というのは、隣国を嫌ったりバカにしたり粗を探したりすることではなく、自分たちを一層磨き上げ、隣国から尊敬される人になっていくことではないのか? 自称「愛国者」たちは、他人(の属するラベル)に対する悪口を言わなければ自分のアイデンティティを保てないほどおちぶれてしまったのか?

2004年7月25日21:47| 記事内容分類:政治学| by 松永英明
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 中国:サッカー日本戦のTV中継中止 香港紙報道という報道があって、このブログのずいぶん前の記事に今さら「中国はやっぱり反日だ!」と訴える投稿・トラックバックがあった。
 私としてはなぜ「自分たちはこんなに嫌われている」と必死で訴えたがるのか理解できない。というのは、中国の「反日」と日本の「反中」の連中はまったくもって同じ穴のムジナにしかみえないからだ。

 ここで断っておくが、私は「愛国と称して隣国を嫌悪し、憎悪し、反感を持つ人たち」すべてを「かわいそうな人たち」だと思っている。たとえ何国人であろうとも。韓国や北朝鮮の国籍を持つというだけでバカにする日本人も、とにかく日本のことは大嫌いという韓国人も、サッカーの試合で日本の国旗を焼こうとする重慶の中国人も、みんな同じ穴のムジナだと思っている。
 私は血筋的にも生まれ的にも純然たる日本人だが、それなるがゆえに、「何をしている奴でも日本人ならば持ち上げ、日本人でないなら貶めるべきだ。もしそうでなければ愛国ではない」などと言われるのであれば、「私はそのような“愛国者”にはなれない」と言い切るしかない。
 「日本のことは何でも誉めろ。外国のことは何でも貶めろ」というのが愛国者の条件であるというのなら、私は愛国者にならなくてもいい。
 というと、私のことを「反日」だと難癖付けたがる連中が出てくると思うのだが、もちろん私は「反日」でもない。
 盲目的な愛国でもなければ、盲目的な反日でもない。いいところは好きだし、というかやはり日本に生まれてよかったと思うことは多いし、しかし、悪いところだっていくらでもある。だって世の中、そういうものでしょう?

 自称愛国の嫌中・嫌韓の人たちは、今回の重慶の件で「ああいうことをやるのは醜い」と思ったはずだ。しかし、それを取り上げて「だから中国人は劣っている」とか言った瞬間、その自称愛国日本人も彼らとまったく同じ次元に落ちた。
 私は女子十二楽坊ファンかつサッカーファンの友人とチャットをしていてこのニュースを知った。彼は怒りもせず、憎悪もせず、ただ悲しんでいた。彼は中国も好きだし、東南アジアも好きだが、もちろん日本が大好きな人間だ。国を愛するなら、自分の国が嫌われて悲しむことがあっても、だからといって嫌い返したり、バカにしたりする必要はないだろう。だから、彼のように「悲しむ」のならば私も理解できる。

 こういう風に「隣国をおとしめることによって自国の優位を示そうとする」のは、どういう心理なのだろうか。私には、「自信がない」ことの裏返しに思えて仕方がない。というのは、自分自身の素質や才能、あるいは努力を誇るのではなく、単に自分が生まれた国、自分の国籍が所属している国で比較しているからだ。
 それは、例えば、小学生が自分のお父さんの勤めている会社のステータスで友達と競い合うようなものではないか。前途洋々たる大商社の家の子に生まれたというだけで、自転車操業の下請け中小企業の家に生まれた子をバカにしたり、逆に嫌ったりしていがみあっているのを見たら、どう思うだろうか。そんな馬鹿なことをやっているヒマがあったら、もっと自分を磨くことに専念した方がいいのに、と思わないだろうか。

 こういう精神状態の持ち主は、自分自身を磨き上げることよりも、「高い評価を受けられる組織」に属することを一生懸命考えるようになる。自分の努力や才能をどうしたら発揮できるのか、ということよりも、「一流大学・一流企業」に入ることに専念しようとしてしまう。あるいは「ステータスの高い集団に属する」ことに執念を燃やす。
 そして、「あのうちの坊ちゃんは○○という会社に入ったそうね。偉いわねえ」みたいに言われたとき、それは自分自身の能力だけではなく、会社の評価という水増し分が大きいことを忘れてしまい、すべて自分が誉められたかのように感じてしまうのだ。そして、会社をけなされると、あたかも自分が貶されたかのように過剰に反応する。
 もし、自分に自信がある人ならば、水増し分をすべて奪い取られたとしても、まるで動じることはないだろう。しかし、自信がない人は、水増し分しかないわけだから、それが攻撃されることはあたかも自分自身のアイデンティティの存亡の危機であるかのごとく感じられてしまうわけである。

 このように「自分の本当の実力じゃない部分、所属する組織のレッテルにすがって生きている人たち」ほど、過剰反応しがちであると思う。「俺は日本が嫌いだ。日本人が嫌いだ」と言われて、「何を!反日野郎め!俺は韓国が嫌いだ、中国が嫌いだ」という人は、よほど余裕がないのだなと思う。私だったら「それは残念ですね。でもこれから好きになってもらえるように努力します」と答える(別に彼らに媚びるという意味ではない。念のため)。自分に好かれるだけの自信があるわけではないが、別に「日本」というレッテルが優秀だろうと劣っていようと、私自身の価値に何ら影響はないと思っているから、そういう発言になるのである。

 さて、もう一つの問題がある。それは「身内を持ち上げるには、他の人たちをおとしめなければならないのか」ということだ。私は結構冷めた人間だと言われる。たとえば、「家族愛」なんてものはまるで信用していない。いや、家族愛と称して、家族以外の人たちに対する扱いを家族よりも低くしなければならないというのが、どうも理解できないというか納得できないのだ。
 いや、特別優遇ということならわかる。自分の愛する人たちを大切にするというのはわかる。しかし、だからといって「身内は何でも正しく、身内以外は何でも間違っている」といった行動や考え方を強制されるのがいやなのだ。家族のだれかと、よそのだれかが対立したとき、身内の方が間違っていると思ってもやはり身内をかばうのか、それとも身内ならではの方法で諭すのか。
 いや、本当の意味で身内の人間を大切にしているのは、果たしてどちらの態度なのだろうか。間違っていてもかばう、というのは、その人はそのレベルでいい、という考え方でもある。逆に、間違っていることについて心をこめて諭すなら、その身内の人は向上することになるだろう。
 身内を誉めてばかりいる人は、他人をけなすばかりになる。そして、けなされることを嫌うようになる。また、盲目的に誉めることが「身内に対する愛」だと勘違いしているから、批判を受けると「盲目的にけなされた」と思い、「その人は自分の敵だ」と考える。そして、さらに激しく攻撃することで、自分の「身内に対する愛」を証明しようと考えるようになる。

 だったら、「愛国」なんて糞くらえだ。俺は愛国なんて口にせず、黙って淡々とこの国を愛する。偏狭な愛国を批判したがゆえに「反日の手先」と呼ばれようとも、別に自分にとってダメージはない。なぜなら、俺は反日じゃないからだ。そのことを自分自身が一番よく知っている。自分と関係ない悪口を言われたって、それは苦笑するしかないじゃないか?

 ここまで二つの問題点を挙げてきた。一つは「自分の本体じゃなくて、自分の属する肩書きを、自分の本当の実力と勘違いする」という問題点。それから「身内は何でも正しい、と主張することを、身内に対する愛であると勘違いする」という問題点。

 もう一つ、第3点として「自分と違うことを、自分より劣っていると勘違いする」ということを挙げられるだろう。たとえば、関東の味付けは塩(醤油)を中心とするが、関西の味付けはダシが中心である。これはどちらがいいとか悪いではない。好き嫌いはあってもね。単に「違う」だけのことである。
 しかし、すべてに優劣をつけねば気が済まない人がいる。いつでも自分は優れていると思われたい人、いつも「勝っている」と思いたい人がいる。そういう人は、自分と違うものを見つけると「劣っている」と非難する。そして、自分は常に上位にあると思いたがる。
 しかし、自信がある人ならば、そんな無駄なことをする必要はない。むしろ、自分と違うものに対して興味津々で接し、楽しむことだってできるのだ。
 北京ではコンサート会場で驚く光景を目にすることになる。演奏中でも携帯電話で話していたりするのだ。だが、日本の常識を当てはめて「彼らはマナーが悪い」と判断すると、この第3点の落とし穴にはまってしまう。彼らにとってはそれが常識で、コンサートよりも今かかってきている友人を大切にしなきゃ、という考えなのだ。逆にいえば、日本人は他のことをさしおいても静かに曲を聴きますね、ということになる。それは「違い」であって「優劣」ではないし、どちらがいい聴衆かというのも一概には言えない。
 ロックコンサートでノリノリになったらものを投げるのが普通というのが北京の習慣だとしたら、それはそれだけの話だし、それをもってバカにする必要などさらさらない。そんなことを言ってると、逆に日本人はおとなしすぎるとバカにされるかもしれないしね。

 つまり、「愛国と称して他人をバカにしてばかり」の人たちは、「自分自身に自信がなくて肩書きにすがる」「身内への愛情は身内を持ち上げるしかないと思っている」「単なる違いを優劣と置き換えて優位に立とうとする」といった病にかかっている。それは、結局、自分を向上させようという努力もせずに、プライドだけを維持しようとする「イヤ~な奴」じゃなかろうか。もし、「愛国」ということがそういう人間に成り下がることだと言うのなら、「愛国」とは要するにイヤ~な奴を増やすということで、それは結局「亡国」への道じゃないのか? それこそ、実はこの国を最も愛していない行為じゃないのだろうか?

 では本当の愛国とは? 自分に自信を持ち、自分の所属する家族や地域や会社や学校や国といった「お飾り」の権威にすがることなく、自分自身の努力や真心といったものを磨き上げていくことだ。そして、悪口を言ったり、むやみに嫌ったりする前に、周囲の人たちのいいところを誉め、どうしても悪いところがあったら相手のためを思って嫌味を込めずに諭す。そうすれば自然と、周囲から好かれる人になるだろう(無理に好かれようとするのではなく、自然に)。
 そういう人が多い国は、どう思われるだろうか? それこそ「いい国」「素晴らしい国」と思われることだろう。それこそが、この素晴らしい国日本に対する最高の、そして唯一真実の恩返しではないのだろうか?
 おっと、一つ補足しておくと、「いい人」「好かれる人」になることを強要してはいけない。制度や押しつけで作られた「いい人」は「いい人」じゃないからだ。「あんな人になりたいな」と思わせるような人こそ、別に国がどうこう外国がどうこう言わなくても、本当の愛国者だと思う。

 現時点で言いたいことは大体言ったので、最後に女子十二楽坊の話などして軟らかく終わろう。昨日発売の「女子十二楽坊 ベストセレクション」(DVD+CD2枚組合計3枚で3500円)は、演奏の音と画面だけではなく、「思い」が伝わってくる最高のアルバムだと思う(これでもかなり押さえて書いてます……)。
 さて、このCDは5月8日、日本ツアー最終日の模様を完全収録している。また、そのハイライトシーンはDVDのおまけドキュメンタリーにも入っている。
 最高に圧巻なのは、琵琶の張爽の最後のMC(コメント)だ。(これ書きながら、思い出すだけで泣けてくるのだが)最後の最後に、張爽は感極まって、泣きながらこう叫んだのだ。
「ほんとうにありがとうございました。ニッポン大好き!」
 彼女たちを暖かく迎え、大歓声で受け入れた日本のファンに対して、彼女はまさに心の底から100%言葉通りの思いをほとぼらせたのだ。おそらくは学生時代の「反日教育」さえも超えて……。
 こんなに心のこもった「日本大好き」は聞いたことがない。そして、こんなことを言ってくれる人に対して反感は抱かない。もちろん、女子十二楽坊ファンの日本人は、そんなふうに言わせるだけの大きな歓迎をしてきたのも確かだ。「みなさんの応援に対してわたしたちができることは、いい演奏を聴いていただくことです」と、まあ多少は優等生的な発言かもしれないが、それでもそんな風に言ってくれる彼女たちとの間に、どんなわだかまりが生まれえようか。
 逆に言えば、国旗を焼いたり、放送中止になったり、それでバカにしあったり、なんていうのは、「大嫌い」と言わせる努力をお互いにしているということではないのか。「嫌われた!嫌われた!あいつらは俺を嫌ってる!」と煽りあっているのだから、当然と言えば当然の帰結ではないのか。つまり、「愛国=隣人嫌悪」の人たちのお望みどおりの状況が生まれているだけではないか。

 そして、あえて言うなら、「嫌われている日本」をことさらに強調するいやらしい日本人こそ、日本の恥だと思う。彼らがすぐに使いたがる「反日」というレッテルは、彼らのためにこそ存在しているのである。日本のすべてを否定するのも、日本のすべてが否定されているかのように言って構ってください誉めてくださいと媚びるのも、どちらも「反日」であり、日本の恥ではないか、と思うのである。

 というか、張爽のあの叫びを聞いてると、そういう連中のことはどうでもよくなってくるね。彼らがどれほど日本と周辺諸国の対立を深めようと努力しようが、関係ない。俺は同じ東アジアの人間が好きだし、いろいろ違っていて面白い彼らと友達になれればうれしいと思う。いや、アジアだけじゃなくてそれは世界中でも同じことだ。まだ経験が浅いのでそこまでは実感を持って言えないのが残念だけど。

【続き】
「愛国」問題を出すとこのように誤読される

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2004年7月25日21:47| 記事内容分類:政治学| by 松永英明
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新聞ニュースを読む習慣がないので、人よりも随分情報が遅い。サッカー戦で中国の反日行動が随分議論になったようだ。そのなかで個人の見解を見つけた。トラックバックが何かはいま... 続きを読む

コメント(32)

私も最近感じている事を見事に文章化されているので
すっきりしました。
最近の自称「愛国者」は、相手をけなすだけで敬意がないように思います。
(他文化共生という発想自体がそもそも無い)
私は「相手をけなして自分を上に」という考え方は、
謙譲語を話す時の「自分がへりくだる事で相手を上に」の考え方が
逆転したものではないか、と思っています。

和田秀樹氏の書かれた「嫉妬学」という本では、「相手をけなして自分を上に」
という考え方は「エンビー型嫉妬」と紹介されています。
「エンビー型嫉妬」がこのまま蔓延するのは、結局日本の国際競争力が
低下していく事に繋がる、という事を自称「愛国者」の人達にも分かって欲しいです。

乱文失礼しました。

私も常々このエントリーの様なことを考えていました。自分でもBlogに投稿しようと思っていましたが、なかなか面倒くさくて全く手をつけていません。
私が気になっているのは自称「愛国者」よりもレッテルを貼って非難すると言うことなんですが自称「愛国者」と結構重なるように思います。
私もそういう人たちを見るとかわいそうと思っています。
なにせ何か議論しようとしても議論にならないからです。
ともかくこのエントリーを参考に自分もちょっと書いてみようかなと思いました。

「スカートの風」を書いた呉善花は反日教育を受けそのままに反日感情を持っていたけど実際に日本で暮らすうちにそれが払拭されたと言っていた(ちょっと誇張してるんじゃないかという気もするけど)。だから韓国人や中国人に対しても楽坊の話のように好感を持たれるように接するのが結局対日感情を良くするんだろう。うわ、すごい当たり前の話。でも積極的に韓国や中国の悪口を言いたがる人というのは、対日感情を良くしたいなんてそもそも思ってもないだろうな。「大嫌い」と言い合う状態にある種の心地よさを感じてると思う。

短絡的な反日を批判して己を1段上に
あらわす、この長すぎる駄文も大概。

隣国の不正義を前にそんなモラトリアムな
キレイ事を言ってる場合では無い。
もちろん罵声を浴びせればよいなどとは
一言も言わぬ。笑顔で挨拶し、キンタマを
握り潰すが如き外交が必要なのだ。
いくら飴を与えても無意味なら、その逆を
実践するときなのだ。それこの駄文はそれ
以前の問題であろう。清廉高潔潔癖な人物で
ありたいという願いはよくよく届いた。
しばし黙りおれ。

>> No.9

> この長すぎる駄文も

この程度で長過ぎる? むしろ短い部類かと...。
掲示板以外の世界でマトモに文章と言うものを読んだ事が無いのかな?

> 隣国の不正義を前にそんなモラトリアムなキレイ事を

残念ながら、立場の異なるものと「正義」が共有できるのは稀ですよ。
これは文化の差異ですらない。モラトリアムはどちらでしょう?

> もちろん罵声を浴びせればよいなどとは一言も言わぬ。

言わないけど、思ってる、と?
でなきゃわざわざ言う事じゃないよね。

> キンタマを握り潰すが如き外交が必要なのだ。

外交論を別に展開しては如何か。少なくとも外交の話ではあるまい。
外交官はここで指摘されたような卑しい愛国者じゃないし。

> いくら飴を与えても無意味なら、

飴の与え方が悪かった自国の外交政策は省みるべきだが、ここでの話題とは無関係かと。

> しばし黙りおれ。

オマエガナー。
何も具体的な話をしてないじゃん。
脊髄反射的バッシングとしても曖昧過ぎる。

自分の身内を何よりも上位に置き、自分の身内の欠点や落ち度はひた隠しにして他人を非難するのが、つまりは「儒教道徳」というものなのですよ。それは「論語」や「孟子」を読めばよくわかることです。身内に対する依怙贔屓(えこひいき)を正当化する儒教道徳の上に「愛国心」が乗っかれば、ここで非難されているような見苦しく浅ましい「愛国心」がのさばるようになるわけです。

これは自分自身に対する「自信のなさ」とは、ちょっと違うんですよね。儒教的な「身内優遇」を道徳的な価値として認める社会では、他国をおとしめて自国をほめちぎることこそが「正しい」のです。儒教的な価値観のヒエラルキーは、価値観の「違い」など認めません。一元化された尺度のもとで、すべては「優劣」で判断されてしまうのです。

これはこれでひとつの価値観のありようなので、価値相対主義を標榜する側は、こうした儒教的価値観にもとづく「愛国心」も認めなくちゃしょうがないのですね。それは悲しいことかもしれませんが、「そんなこと間違っている」と言い切れないところが相対主義の弱さかもしれません。

貴方がここで非難している「偽りの愛国者」の中に、私も含まれているかもしれません。
貴方の言う「偽りの愛国者」の中でも多くの人は、出来る事なら大人の対応で行きたいと思っていると思います。
実際、今まで多くの日本人はずっとそうしてきました。
中国の反日ぶりの日本への報道は、ある程度遮断されていたと言う事もありますが。
日本の掲示板でアホみたいに中国を非難しても何も変わらないが、少なくとも「そんな愛国なんてクソ食らえだ」なんてロック調の奇麗事
では済まない、ある程度、中国に対する認識を変えるべき、と考える人が多くなってきたんだと思います。
感情的な、中国の反日行動で溜まったストレスを晴らすだけの様な中国非難はそれこそ止めて欲しいが、中国と言えども、おかしい時は「あんたらおかしい」と、ちゃんと言える関係こそ正常。
http://www3.sbs.com.au/wview/index.php3?id=48464
これは明らかに「あんたらおかしい」です。

初めて書き込みます。確かにあなたの言い分にはもっともと言う所もありますが、いただけない部分もあります。

>「日本のことは何でも誉めろ。外国のことは何でも貶めろ」というのが愛国者の条件であるというのなら、私は愛国者にならなくてもいい。

失礼ですが上記のような事を本気で思っている人がいるんでしょうか。
・・・2ちゃんねるでさえこんな事を主張する人にお目にかかったことがないですよ。
居たとしてもそれは極例です。極端な例を持ち出して「自分は偽りの愛国者とは違う!」と熱弁を振るわれても・・・説得力がありません。
上記のようなことを冗談以外で言っている人が仮にいるのだとしたら、その人に問題があるでしょうが、私の知る限りではそんな人ほとんどおらず。極端な例を挙げて自身の説を補強するあたり、あなたも人の事を非難できないと思われます。
今回のアジア杯について盲目的に批判するサポーターについて、根拠不確定な説で盲目的に批判するあなた・・・・
どっちも同じ穴のムジナじゃないですかね?

それと別に私はあなたが反日だとは思いません。ただ「朝日新聞的な人」かなぁ・・・という思いはしました。
諸外国とトラブルが起こるとほとんどの場合「双方に問題がある」と前起きをしつつ日本ばかりを責める人に似てるかなという気はしましたね。
最後に
>「愛国と称して他人をバカにしてばかり」の人
>「単なる違いを優劣と置き換えて優位に立とうとする」

少なくとも↑はアナタにも当て嵌まるんじゃないでしょうか。以上。

続いて。
今までもよく言われてましたね。彼らの盲目的な反日感情は誠意を持てば分る。話し合えば分る。こちらは大人の態度で臨もう。
そう言われて何年経ったのでしょうか。
そんな悠長な事を言ってるから、歴史問題でも靖国問題でもいつも、彼らに譲歩するハメになる。
のんびり、大人ぶった対応だけでなく、時には強烈に批判をする事も必要だと感じます。

今までは我慢している日本人は多かったですし、マスコミも彼らの極端な反日感情は報道してこなかったですから、それを知らずに純粋に「中国好き」と言えたんだと思います。ところが今はネット時代、洪水のように溢れ出す情報。その中に今まで埋もれていた、中国や韓国の真実に驚愕した日本人も多かったのです。
そして普通なら中国や韓国の不正について一番追求し、正さなければならないマスコミは何故か臭いものには蓋。でほとんど触れず。(W杯の時もそうでしたね。あそこでキチンと検証し、視聴者や国民の声に応えていればあそこまで韓国への感情がマイナスになる事はなかったでしょう。)
今まで溜まっていた鬱憤が一気に噴出したのでしょう。マスコミが代弁してくれていれば少しはトーンダウンもしたでしょうが、マスコミは彼らを庇い、韓国・中国に悪感情をもっていた日本人に油を注ぐような真似をしてしまいました。

私は・・というより私も含めてなんですが、中国などを非難する行為自体、非難できないんじゃないかと思ってます。
理不尽な反日感情。スポーツにまで持ち込んでくる政治。
言いがかりに近い歴史認識。自分の事は棚にあげて非難する中国政府。それについて怒ったり、嘆いたりするのは感情からいっても普通の事だと思います。差別用語連発や脅迫・脅しは論外ですが。
時には、体当たりで彼らの反日感情にぶつかっていく事も重要であると感じます。
批判され、非難され、理不尽な扱いを受けても何も感じないほど私は冷めてないです。
普通に憤るし、是正を求めます。今回は日本人サポや選手達の安全だって守れてないじゃないですか。
サポが取り囲まれたり、普通に応援する事もかなわい現在のアジア杯に不信と憤りを持ち、中国を批判する人もひっくるめて「偽りの愛国者」に分類されるのでしょうか?

自虐大好きな日本人は愛国心を歪む
歪まされた愛国心は違和感を呼ぶようになった
愛国心を治るのが過剰な自虐史観を肯定しない人だけ

長すぎて最後まで読んでませんが(申し訳ない)、以下の点は、[No.13]と同意。

>「日本のことは何でも誉めろ。外国のことは何でも貶めろ」というのが愛国者の条件であるというのなら、私は愛国者にならなくてもいい。

こんなこと言ってる人って誰でしょうか?掲示板でも滅多にいないんじゃないですか?最後まで読む気がなくなったのは、このあまりにも極端で現実的でない内容のせいかも

私が「重慶で反日行動を取った中国人」に対して批判している部分をなぜか無視しているのが不思議に思われます。私は日中韓の「愛国を錦の御旗にして憎悪を増大させようとしているだけの人たち」をすべて等しく批判しているようですが、少しでも日本人を批判する部分があると「反日」とか「朝日」とか言いたがる人たちが出てきますね。

だからこんなこと書きたくなかったんだ。

何を言おうと中国や韓国では反日教育が公的機関でなされていますので、対日感情の悪化は日本が何しようと今後も進んで行きますよ。 また国内において常識やモラルの幅を大きく持って冷静に見つめよう、という意志はわかりますがこの感覚は年齢差や経済的な要素が出るでしょうね。
国を対立に向かわせるのは、左翼や右翼が言い合うようなイデオロギー的なものではなく、経済的なものだと思います。
 また反日情報をカットアウトするようなメディアの現状は、結局、反中・反韓を増長させる、複雑にさせるという事になると思います。 この点に「反中・反韓にはさせたくないメディア」が気付かない限り今後もこういう傾向は増えるでしょう。
オープンにすればそんなものか程度で済む事でしょう、「違う!」と言い切る人は「反日」を叫ぶ人と同じレベルだと思います。

>18さんへ。

だったら書かなきゃいいのに・・・・

このBlog書いてる人って、教科書で読んだ中国に思いを馳せてるメンヘラーって感じがする。
実際中国行って来い。話はそれからだ。
反日教育の現場、見てこいよ。上に書いてあること全部戯れ言に変わるから。(w
正直、糞みたいな啓蒙はうんざりです。

中国行きましたよ。

名前書いてるのに18さんへと書かれると変な気分ですね。どうでもいいですが。
というか、記事削除したりすると番号ずれるのでよろしく。ここは2ちゃんねるではありませんのでご了承を。
ちなみに、中国との問題が解決しなかったのは、歴史に対する謝罪だの何だのという部分以外で誠意がなかったからだと思いますね。

松永さんへ。
誠意がない?例えば?

典型的左翼の気持ち悪い文章だな。
なんだよ悲しんではいいけど、怒ってはダメだって。
怒って当然だろう、あんなこと。
サッカーの試合を何だと思っているんだ連中は。

今回の中国の事件は中国がカスっていうだけであって
誰もそれによって日本を褒めたりしていないだろう。
愛国心とかそういうことは一切関係ない。
ただ純粋に中国はカスっていうだけ。

それですらも愛国だとか言い出すなら
あんたの頭を疑うよ。

このエントリーが左翼?爆笑しました。

このエントリーが真っ先に「重慶の反日中国人」たちを槍玉に挙げていることを理解できないコヴァ信者は帰っていいね

しかし、こんな問題まで自己反省のネタにしなくてもいいと思います。
そういった心情自体は美徳とも思えますが、折角、本当の中国の姿が日本にも流れ始め、アメリカに対する批判と同様の、中国に対する正常な批判も生まれ始めている時に、「何をしている奴でも日本人ならば持ち上げ、日本人でないなら貶めるべきだ。もしそうでなければ愛国ではない」」と言ったトンデモ論を持ち出してまで警鐘を鳴らす必要は、今ひとつ感じられません。
対等の相手と思えばこそ、まっとうな批判は行われるべきです。
また、まっとうでない批判の事を取り上げたいのなら、もう少し書き方を考えて頂きたい。
文頭を見れば、まっとうな批判まで封じ込めようとする人達が居る事を、知らない訳でもないようですし。
デリケートwな問題ですから。

↑真っ当な批判はしろと書いてあるよね?もう少し読み方を考えよう!

なんとなくここへたどりついて読ませてもらいました。
確かにそう思えるなあって部分はありましたね。
北朝鮮日本人拉致事件にしても、なぜ世の日本人は何の責任もないような朝鮮学校の生徒に攻撃するのか、子どもたちには何の責任もなく、同じ日本で生きている仲間なんですけどねえ。
それに僕も韓国人の友達が何人かいますしね。
はっきりいってこういうのは恥ずかしい行為だなと思ったりします。
上の記事とは関係ない話題になってしまったかもしれませんけど。
何の責任もないのになぜか攻撃する日本人、同じ日本人として恥ずかしいですね。
といって「愛国心」もなんもないんですけど(笑

自国の外交政策について批判しても、馬鹿みたいに「自虐だ」って繰り返すんだよね。
俺は「外務省」でも「小泉純一郎」でもないので、「外務省」を批判しても、「小泉純一郎」を批判しても、自虐だとは思わんのよ。自分じゃないもん。

同様に、この国の先人達の中の一握りの馬鹿どもも自分じゃないから批判する事が自虐になるとは思ってない。それが俺の爺様であっても、

二言目には「自虐」と繰り返す連中ってのは、
「自分」の範囲がめちゃくちゃ広いんだろうか?
もしかして、この日本の組織・人間全てを「自己」として捉えてんの?
だとしたら、俺は日常の不満全てをその人にぶつけるね。「全部御前のせいだ!」

>>no26へ
文章の上っ面しか読めないんだね。可愛そうな奴。同情するよ。

はっきり言ってあんた何言ってるの?
例えば本大会で、中国チームと日本チームが対戦するのであれば、
日本に対しホームである中国のサポーターがブーイングや横断幕等で
日本チームを威嚇したりするのは理解出来るし、
日本に取ってはアウェーという事で地の利は相手国にあり、それなりの戦い方を
するのがサッカーだから多いに理解できる。
しかし、今回の大会で日本が対戦したチームはオマーンとタイと言う国で
中国との対戦ではない。
もちろん中国は本大会に参加する自国チームを応援すると言うホーム国であるが国際大会を開催するという名誉あるホスト国でもあるのだ。
参加各国に対して試合に集中してベストなコンディションで頑張って
貰える様な環境を提供するのがホスト国としての当たり前の姿である。

あんたがサッカーを知ろうと知らないという事はこの際関係ない!
普通に客を招いて国際大会を開催する国の民として今回の中国人達の行動を
見て、批判や疑問を持つのは愛国心のある日本人だからとか、
嫌中国だからとか、そういう問題ではないと思いますよ。

今回のあんたの発言は、何でもかんでも左とか右とかに分類したがる、
自分の思い通りにならない日本が大嫌いな、どちらかと言うと左寄りな
変な日本人特有の物言いですよね。

ご自分の言動を再考していただけませんでしょうか?
一体今回の件の何処に日本人側から愛国心という物が
存在しているのでしょうか?
当たり前のサッカーフアンとして見た時に公平な試合が出来ない環境で戦って
それでも勝っている日本代表チームを心から応援し誇りに思うのはあんたが語る
安っぽい愛国心と言う物じゃなく、もっと当たり前の感情なんじゃないのかな?

あんたが何を基準に「右翼」かどうかを決めてるのか知らんが、所謂保守層、右翼的な人間が一番批判している省庁を知ってるか?

   外  務  省  だ!

外務省の別名知ってるだろ。外務省は害務省。とさえ言われてる。
日本の外交姿勢は叩かれっぱなしだぞ。
だから、
↓↓↓
>自国の外交政策について批判しても、馬鹿みたいに「自虐だ」って繰り返すんだよね。

↑↑↑
これ、何?何の話だ?

No.33に同意。

愛国心うんぬんと不正義への抗議や
反発心は別個の問題であろうに
なにをトチ狂っているんでしょうかね。
なんでもかんでも大雑把に一まとめに
語ることが間違いの元なんだよ。

No.30も同様に、ぜんぜん関係のない
物事を引っ張り出してきて自分の言いたい事
だけ言ってどっかに消えてる。なんなんだ。

朝鮮学校の生徒を攻撃?はあ?
まったく脈絡のない話ですよ。

バカかおめえら。

全然一緒じゃないよ。
韓国の反日は確かにそういえるかもしれない。
ただし、中国北朝鮮の反日は政治。あくまで民主主義の国なら通用する理論が、社会主義の国にそんな自由は元からないよ。
要するに、韓国を一緒にするのは韓国に失礼だよ。
中国を他の国と同等と考えるのは他の国に失礼。

韓国に民主主義の国で通用する理論が通用するの?裁判や韓国のマスコミ見ててそう思えるの?

後進国の人であっても、小さな会社に務める人であっても、貧しい家に暮らす人であっても、自分がある程度以上強い帰属心をもつ集団に理不尽なケチをつけられたら、腹を立てて反論するものですよ。
それは日本が先進国云々ってだけではないでしょう?
まあ、実はその集団を嫌ってたり破壊したがってたり、そもそも帰属心を持ってなかったりする世界市民のようなお方でなければね。
勿論、理不尽なケチをつけられていると判断するためには、その根拠となる知識が必要ですが、日本を嫌い、日本を(少なくとも今の日本を)破壊したがってる人々がメディアを握っている以上、大半の日本人は、基本的には日本が悪いからとしか思わないでしょうね。

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このページは、松永英明が2004年7月25日 21:47に書いたブログ記事です。
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