中国留学生がアメリカ・フィラデルフィアを感動させた一幕の「不倫の恋」

 妻とともにアメリカに渡った中国人留学生が、アメリカ人の女の子と「重婚」するという事件があった。だが、それは『失楽園』『愛ルケ』などとはまるでかけ離れた美しくも悲しいストーリーで、その留学生も「重婚」「文書偽造」について無罪判決を下されたのだった。

 中国のネット界ではちょっとした話題になっているこの「美しい不倫物語」を人民網から全訳しておとどけする。

 ただし、これは「中国ではこのように報道された」という事実のみを伝えるものであり、このストーリーが実際にあったかどうかなどについては未検証である。もし英語での現地報道などソースをご存じの方がいれば、ぜひご教示願いたい。

2005年2月21日14:26| 記事内容分類:中国時事ネタ| by 松永英明
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中国留学生がアメリカ・フィラデルフィアを感動させた一幕の「不倫の恋」

 聶強(Niè Qiáng、ニエ・チアン)はアメリカに留学した博士で、あるとき偶然に北米交友センターのチャットルームで、ヘレナ(海倫娜)という名前のアメリカの網友と知り合った。ヘレナは不治の病にかかっており、医者はその命が多くても二年しかもたないという。友情から、聶強はヘレナの面倒を見てやるようになった。

 なんということか。ヘレナはこのためにすでに妻のある男を深く愛するようになってしまった。そして、自分の命のいまわの際に、本当の新婦になりたいと渇望するようになったのだ。善良な聶強は、花のようにはかない命がこの世を去ることに耐えられず、悲痛に思い悩んだ後、生命の尊重という観点からヘレナの要望に応えることにした。このために「重婚」と「文書偽造」で訴えられるという厄介な状況に陥ってしまったのである。

ネットワークのチャットで「最後の灯火」に出会う

 1993年7月、聶強は中山大学を卒業した。彼女の段薇(Duàn Wēi=トゥアン・ウェイ)は大学のときのクラスメートだ。卒業後、聶強は故郷の青島に帰って教師となり、湖南出身の段薇も青島にやってきてある事業部門に勤めることになった。1994年5月1日、二人は結婚した。

 1997年、聶強と段薇はそれぞれアメリカ・フィラデルフィア(費城)のペンシルヴァニア大学(賓夕法尼亜大学)とピッツバーグ(匹茲堡)のカーネギー・メロン大学(卡内基・梅隆大学)の修士大学院生に合格した。二人は同じ州の二つの都市で勉強することとなった。少し距離があったので、半月あまりに一回会える程度で、このため大部分の時間はネット上のチャットルームで恋慕の情を伝えて話していた。2000年、聶強と段薇はどちらも修士を終了し、聶強はさらに継続して博士学位に進むことを選び、段薇は多国籍企業で仕事を見つけた。

 2002年4月のある夜、聶強はまた北米交友センターのチャットルームで妻と話していた。このとき、「the last candlefire」(最後の灯火)というハンドルの女性網友がクリックしてきた。ふだん妻とチャットしていないときでも、聶強は他の人とほとんどチャットすることがなかった。そういう擬似的な交友関係は好きではなかったからだ。その日も例外ではなかった。「最後の灯火」と少し雑談したところ、面白くなく感じ、さよならを告げてオフラインしようとしたのだった。しかしこの女性は必死で引き留めた。

「もう少しチャットしたいの。もう二度と会えないかもしれないから」

 聶強はその話の中に憂いと悲しみを感じ取った。この女性のハンドルを思い出し、どうしてこういうハンドルにしたのかを尋ねた。

「わたしの命は消えかかった灯火のようなものだから」

 聶強はこの網友がおそらく確実に厄介な問題に出くわしているということを知り、オフラインするつもりだったのにチャットを続けることにした。

 事情がだんだんわかってきた。本名はヘレナ、23歳。フィラデルフィアに住み、人に引き取って育てられた孤児で、小さいときから白衣の天使にあこがれていた。1999年、サウスカロライナ州のある医学校に合格したが、まもなく慢性腎小球腎炎にかかり、退学するしかなかった。多くの病院に行ったが、病気は好転しなかった。2001年秋、ニューヨークの医学専門家から尿毒症になったという診断を受けた。この専門家は、もし急いで腎移植手術をしなければ二年しか生きられない、とも言った……。

 聶強はヘレナの言葉に呆然とした。これが本当だとはすぐには信じられなかった。オフライン後、ヘレナの伝えた電話番号にかけてみたところ、電話機の向こうでむせび泣く声がこれは冗談ではないということを物語っていた。その後数日にわたって聶強はずっとネット上でヘレナとチャットし、病との闘いを励ました。

 適切な腎臓供給者が見つからないため、ヘレナはすでに病と闘う気力を失っているようだった。ヘレナとの付き合いが長くなってきて、聶強はもっと何か手伝えないかと感じるようになった。

 ある日、ピッツバーグに行って段薇と会ったときに、この件について打ち明けた。段薇は度量が広かった。

「あいたときにプレゼントを買ってヘレナのところに行き、治療に積極的に取り組むように勧めてみたら?」

生命を尊重、愛は「最後の灯火」を燃え立たせる

 2002年5月下旬のある日曜日、聶強はヘレナとフィラデルフィアのある喫茶店で会う約束をした。ちょうどその日、段薇もフィラデルフィアに来ていたので、一緒に行かないかと誘ってみたが、段薇は少し考えて言った。

「わたしが行くと言いたいことが言えなくなってしまうかもしれない。その人に今必要なのは話を聞いてくれる人なのだから、一人で行ったほうがいいわ」

 出発間際に段薇は冗談で聶強に「警告」した。

「その子と本気で恋愛しちゃダメよ!」

 聶強は愛情をこめて段薇にキスをして笑って言った。

「大丈夫。僕が生涯愛するのは君だけだよ!」

 喫茶店の中で、聶強は初めてヘレナと実際に会った。聶強が想像していたとおり、ヘレナは美しくて優しい女の子で、病に苦しめられた身体は虚弱に見えた。話をするたびに椅子に寄りかかって休憩しなければならなかった。ヘレナは聶強に言った。ネットの友達と会うのは初めてだけど、会おうと思ったのは聶強が中国人だからで、あの神秘的な東方の古い国が大好きなのだという。

 聶強はできるだけ明るい話題を話すようにした。アメリカに来たときに出くわしたちょっと面白い出来事を話すと、ヘレナは思わず吹き出すのだった。しかし、話していると、ヘレナの目つきは暗くなってしまった。もしこの突然の不幸に遭っていなければ、今ごろは中国旅行していたかもしれないのに、というのだ。清楚で可憐な性格は、善良な聶強に影響を与え、その心は感傷的な気分で覆われた。

 それ以後、聶強は機会あるごとにヘレナと会うようになった。会うたびに滋養のあるものをもっていき、あるときには透析をしに病院に行くのに付き添ったりもした。ヘレナが音楽を聴くのが好きだと知って、聶強は多くのCDを買ってあげた。さらにはネット上できれいなフラッシュ音楽を作って送ってあげたりもした。

 次第に、ヘレナの心の中には愛情がわき上がってきた。電話のベルが鳴るたび、ヘレナは顔を輝かせて走っていくようになった。聶強からでなければがっかりするのだった。だんだん、この善良でハンサムな中国の若者を好きになっていったのである。

 聶強は、ヘレナのところにいくたびに段薇にメールで伝えていた。段薇は夫がどういう人物かをよく理解しており、たとえ相手が女性であろうと人を助けるのが好きだということを知っていた。段薇の愛情は利己的な面もあったが、聶強の援助はいつ亡くなるともしれない不治の病にかかった女の子のためのものであるから、付き合いに反対することはなかった。

 2002年8月、ヘレナの病状はますます悪化していった。毎週何度も透析に行かねばならない。医者はたとえ今腎臓移植手術をしたとしても、その病状はよくならない、と言った。

これは「死刑」判決を下したも同然であった。聶強は焦った。ネット上に投稿をして医者の情報を求めた。その一方で、ヘレナに病気に打ち勝つと信じることを放棄しないように励ました。

 ある日、一人のインドの留学生がネット上で聶強に伝えた。フィラデルフィア西北部の莫里斯森(モーリスウッド?)という小さいマチにインド人の神医がいて、様々な難病の治療に秀でており、ガンさえも治したことがあるという、と。聶強はすぐにこの情報をヘレナの両親に伝えた。ヘレナの養父が娘を連れてインド人の医者を訪ねていこうとしたとき、心臓病が起こって入院してしまった。ヘレナの養母は夫の看病に行かねばならなくなった。

 そこで、聶強は休日を利用してヘレナと一緒にそのインド人老医師のところに行き、診察してもらうことにした。網友の示した住所は余り正確ではなく、聶強はこの老医師を捜すのにかなり手間がかかった。しかし、そのインド人老医師の調合した薬はヘレナの病気にふしぎな治療効果をもたらすことなく、病状は引き続き悪化してしまった。聶強は心配でたまらなかった。

 8月下旬、聶強の電子メールボックスには、ヘレナから愛を告白する長いメールが届いていた。実のところ、ヘレナの言動から好感を抱いているということには気付いていた。そして、何度も自分はすでに結婚をしているのだと伝えようとは思っていた。しかし、ある友達が説得した。聶強は今すでにヘレナの生活において精神的な支えとなっている。もし真実を伝えたら、ヘレナはきっとがっかりするだろう。だから、言わないで我慢すべきだ、と。

 聶強は段薇にこのメールを見せた。段薇は最初少し腹を立て、だれにでも情をかけるのね、ととがめた。しかし、聶強は、自分はヘレナを普通の友達としてしか見ていないこと、ヘレナが病の中で一人で苦しんでいるのには耐えられず、そのために心を注いでいるのだ、と誓って言った。段薇は憤慨から落ち着いた後、聶強がいつもありのままにヘレナとの付き合いの様子をすべて話していることに思い至った。これまで何の隠し事もなかった。そのため、段薇は怒りを静めた。

 段薇と聶強はこの厄介な問題をどのように解決するか話し合い始めた。もし下手にヘレナの求愛を拒絶するならばきっと傷心してしまい、病状は雪の上に霜を加えるようになってしまう。これは聶強も段薇も見たくない結果だ。しかし、聶強がヘレナの求愛を受け入れるならば、段薇の心はおさまらない。だれが自分の夫が別の女を愛することを願ったりできようか? このような愛は、ふりだけだとしてもいやなものだ。

 二人が相談しているあいだ、聶強とヘレナの連絡は減った。ヘレナも思いの外電話をかけてこなくなった。以前は寝る前にはいつも聶強の声を聞いてからでないと寝られなかったというのに。ある日、聶強はヘレナの養父の電話を受けた。養女は聶強を好きだとずっと言っていたのに、二人は最近何かいさかいでもしたのか、というのだ。ヘレナはここしばらく食欲がなく、一日中落ち込んで、病状も悪化しているのだという。電話を置いて、聶強は急いでヘレナに会いに行った。一週間少し会っていなかっただけなのに、ヘレナはずいぶん痩せており、目は充血していた。聶強を見るやいなや、ヘレナはとめどなく涙を流し始めた。

 聶強は今回会ったときの様子を段薇に伝え、二人は相談して最終的に、聶強がヘレナの「彼氏」の役目をしばらく担当し、命が終わるときまで付き添うことを決めた。段薇は涙を呑んでこの案に賛成した。聶強は感動して段薇を抱きしめ、誓いの言葉を言った。

「安心して、僕は心も体も君を裏切ることはないから!」

 聶強はさらに段薇に一つの秘密を伝えた。

「尿毒症の病人は性生活を送ることはできない。さもなくば自殺するようなものだ。だから、ヘレナと自分は絶対にそういう行為はありえない」

 段薇は聞いてさらに安心した。

 聶強は頻繁にヘレナと会うようになり、毎日学校のあとで見に行くのだった。ある日、ヘレナは聶強に聞いた。

「わたしを愛しているから一緒にいてくれるの? それとも同情して近くにいるの?」

 聶強は少しためらって答えた。

「はじめて君と会ったときには、アメリカに来たばかりのときの話をしたときの彼女と似ていると思ったけれど、その後、ドイツ留学してしまったので彼女とは別れてしまったんだ。僕は君が好きだ。最初の思いを忘れられないのが半分、君は人を魅惑するような性質を持っているのが半分」

 聶強がこのような話をしたとき、顔は思わず赤くなった。嘘をついていることを、自分自身が一番よく知っていたからだ。しかし、ヘレナは幸せそうに笑った。

フィラデルフィアを感動させ、重婚罪・文書偽造罪は成立せず

 聶強は空いた時間のほとんどをヘレナのために使った。そのため段薇とは自然に疎遠になったが、これは心がとがめることだった。幸い、段薇は人情と道理をわきまえていた。

 聶強の「愛」によってヘレナは日に日に明るくなっていったが、病気はすこしも好転の気配を見せず、毎週の透析回数もだんだん多くなった。化学検査によれば、交感神経皮膚反応930、血色素4.9……医者はため息をついて言った。このように悪化し続けていれば、それほど長くないだろう、と。

 2002年の復活祭をすぎると、ヘレナはすでに自分に残された時間が多くはないと予感したようだった。毎回聶強と別れるときに抱きついて手を離そうとしなかった。行ってしまってもう戻ってこないことを恐れているようだった。

 2003年のはじめ、ヘレナはメキシコの連続ドラマを見ているとき、ヒロインがウェディングドレスを着ているのを見て、突然思いついた。

「大好きなあなた、わたしと結婚してくれる?」

 聶強は呆然とした。妻をもつ夫であり、重婚は冗談ではない。ヘレナは聶強の心の中の思いを知らず、さらに思い焦がれ続けた。

「わたしの人生を完全なものにしてほしいの。あなたのお嫁さんになりたい! たとえすぐ死んでしまったとしても、残念には思わない」

 聶強は遠く中国にいる両親と相談すると言い訳をして、しばらくこの話をやめにした。その夜は眠れなかった。段薇がどう思うかと考えると気になって、このことは言わないことにした。

 いろいろ考えた末、ヘレナの養父母に真実を告白することにした。ヘレナの養父母は聶強の説明を聞いて、感動がやまなかった。両親はいろいろな口実を探して養女を説得した。身体はまだ結婚にふさわしくない、聶強はまだ博士課程で在学中であり、結婚すれば学問にも影響する、と。しかし、ヘレナはすでに心を決めていたようだった。簡単な結婚式さえ挙げてくれればいい、それさえあれば、世界で一人だけの夫をもつことができるのだから、というのだ。ヘレナの話を聴いて、養父母と聶強は胸が張り裂ける思いだった。こっそりと数日相談した後、ヘレナの要求に応えることを決めた。

 聶強はこのことについては段薇にしゃべらず、国内の友達に依頼して偽の単身証明を送ってもらい、また両親の名前を騙ってヘレナに電子メールを送り、結婚のお祝いを伝えたのである。単純なヘレナは本当だと信じ、毎日うれしそうにそのメールを何度も見ていた。

 2003年4月初め、聶強とヘレナの婚礼が教会で執り行われた。その日、聶強はヘレナの満面の笑顔を見た。不幸なことに「結婚」後まもなく、ヘレナの病気は急激に悪化し、4月27日夜10時すぎ、突然意識を失って、そのまま目を覚ますことがなくなった。聶強が来たとき、その枕元に数百の千羽鶴を見つけた。その一つずつには聶強の名前が書いてあった。以前、古い東方の伝説では千羽の鶴を折れば願いがかなうと言われている、と聶強から聞いたことがあったのだ……

 聶強とヘレナが結婚したことは、聶強の学校のミラーという教師に知られてしまっていた。その日たまたま教会を通り過ぎたときに婚礼を目の当たりにして、ミラーはびっくりした。聶強にはもともと中国人の妻がいることを知っていたからだ。ミラーは激怒し、聶強が中国人の妻と離婚していないということを確認して、聶強が重婚罪を犯したことを告発した。そのため段薇も聶強がヘレナとの結婚を黙っていたことを知った。それで最初は怒ったが、やはり夫を許すようになった。夫は愛情や結婚を裏切るつもりはなく、命がかかっていたからだと信じたからだ!

 裁判において、聶強とヘレナの物語は人々に知られるようになった。ヘレナの養父母も陪審団に向って恩情を求めた。聶強がこのようにして自分たちの養女が命の最後の瞬間を喜ばしく過ごすのを助けてくれたのであり、それ以外には重婚の動機がまったくないこと、またこの婚姻証明は偽造であって法律上の効力はなく、重婚罪を構成しない、と訴えた。

 司法官も聶強の行為に感動させられたが、聶強が文書偽造を犯したことを起訴するかどうかという難問に直面した。

 この事件がメディアで報道された後、多くのフィラデルフィアの住民が次々と聶強への支持を表明した。聶強の「重婚」という方法は肯定できないけれども、罪には値しない、と人々は考えた。犯罪の動機はなく、他人や社会に損害を与えるどころか、もともと世界に絶望していた不幸な女の子を「微笑みながら逝去」させたのだから。だから、その偽りも美しい嘘の一つ程度としかみなすことはない。聶強の弁護士は法廷での弁論のときにこう述べた。被告の中国人妻は夫の「過ち」を許している。どうして「博愛」を標榜するアメリカ人が寛容と理解を示すことができないのだろうか?

 アメリカ民衆の声援に加えて、決定的となったのは、このラブストーリーに感動した告発者ミラーが最終的に取り下げたことだった。

 問題が決着し、聶強と段薇は静かな生活を取り戻し、元どおりのむつまじい仲に戻った。あの突然起こった「重婚」騒ぎを思い出しても、聶強と段薇はもう平然としていられる。聶強は心においても肉体的にも自分の妻を裏切っていなかった。このような類を見ない方法で「愛」し、不治の病にかかったアメリカの女の子がおだやかな最期を迎えられるようにしたのは、完全に生命を尊重していたからだった。

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2005年2月21日14:26| 記事内容分類:中国時事ネタ| by 松永英明
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