結核文士の治療記(1)結核菌検出

2005年8月に肺炎で1カ月入院してから約半年。2006年2月、体調の不調があって検査したところ、結核の疑いがあるという。それから病気との闘いが始まる。

2006年9月 8日23:57| 記事内容分類:闘病記| by 松永英明
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坐骨神経痛

 2006年2月1日に引っ越しをして、しばらくは片づけに忙殺されていたが、数日経ったころから右脚太股の裏側に神経痛のような痛みを感じるようになった。ネットで検索すると、どうも「坐骨神経痛」のようだ。本当なら整形外科に行って原因を調べてもらうべきところなのだが、こういうときはなかなか医者に頼りづらいものである。

 しかし、座っていても痛い。寝ようと思っても痛くてたまらない。どうしようかと思っていたら、新居から徒歩1分のところに鍼灸マッサージをやってくれるところがあった。思わず飛び込んでみたら、予約が必要だという。

 1時間後に予約を入れて再度、鍼灸院に向かった。問診票に痛いところとか、過去の病歴とかを記入する。そして「鍼+マッサージ」コースでお願いすることにした。尻から太股裏側にかけて鍼を打ってもらったあと、強烈なマッサージである。あまりの痛さに飛び上がるほどだったが、それだけ筋肉がこわばっているらしい。運動不足が主原因と言われると、確かに思い当たる。

 1時間ほどの手当が終わると、確かに痛みは減っていた。

「慢性ではなく急性のものだから、しばらく集中的にやりましょう」

とのことで、それから1~2日おきにやってもらったところ、1週間くらいでほとんど治ってしまったのには驚いた。当初は太股の裏側が痛かったのに、途中で前側に痛みが移ったりしたが、それもすっかり消えてしまい、温湿布を貼っておけばほとんど気にならなくなったのだった。

益気補中湯

 しかし、その一方で全身のだるさと精神的な無気力感に襲われていた。脚が痛くて他のことができないような日々は終わったというのに、何となく倦怠感と無気力感に覆われて、何のやる気も出てこない。しなければならない仕事にも手が着かない。ブログ記事更新さえも滞るに至っては、何かがおかしいと感じざるを得ない。

 まさか鬱病か?とも疑ったが、よくわからない。気力の欠如という感じなので、何か気を補うような漢方処方を試してみようと思い立ち、ネットで、健康保険の使える評判のいい漢方医を捜した。その結果、新宿の診療所を訪問したのである。2月20日月曜日のことだった。

 その診療所はなかなか小ぎれいなところで、結構流行っているようだった。

 漢方の先生に相談すると、以前にかかった肺炎が気になるという。そこで、念のため、レントゲンを撮影し、血液検査もした上で、呼吸器の専門の先生に話しておいてもらえることになった。その一方で、漢方的な処置として、こういう心身の気力のないときに効果覿面という「益気補中湯」を処方してもらった。見てのとおり、気を増して充実させるという漢方薬である。

 この薬の効果はもう1日2日で現われた。自分でもよくわかるくらいに元気が回復し、気力が充実してきたのである。

結核?

 益気補中湯はよく効くなぁと感心していた2月23日木曜日の午前中、診療所の漢方の先生から電話があった。参考のために撮影したレントゲンが要調査で、炎症反応も少し出ているらしい。つまり、肺に問題があるという。とはいえ、自覚症状としては咳もタンも出ていないし、肺が辛いという感じではない。

 翌24日、診療所に行き、今度は漢方ではなく内科の部屋の前で待つ。呼ばれていくと、物腰の柔らかい先生で、いろいろと説明をしてくれた。

 まずはCTスキャン撮影。それからもう一度診察なのだが、部屋に入ったとたん、いきなり先生と看護師さんがマスクをしていて、自分もマスクをするように言われた。レントゲンやCTの影の形から見て、結核の可能性が極めて高いというのである。

 自分としては結核だけは避けたかった。というのも、結核だと無条件で隔離入院させられてしまうと思っていたからである(実際にはそうではなく、病状によっては入院しなくていい場合も多い)。

 先生によると、結核かどうかを判定するための検査は、この診療所では設備が足りないので無理だという。そこで、どこか呼吸器専門の医師のいる病院で調べる必要があるというのだ。しかし、心当たりはない。

 実は、その先生は、もともと別の総合病院の医師で、週一回だけこの診療所に出張してきているのだという。もちろん、その総合病院なら検査が可能だ。この先生は細かく丁寧にやってくれそうで信頼できると感じていたので、他の病院を探さずに検査などをお願いすることにした。

 すると、早速午後に検査してくれるという。

 ただ、以前の状態と比べるために、前に入院した病院からレントゲン写真を借りることになった。そこで一度家に帰り、前の病院へ寄ってから、今度の総合病院に向かった。

 医療費が今月はやたらかかっているような気がするが、仕方ない。

鼻からチューブを飲み込んで胃液の検査

 午後2時、総合病院の内科外来窓口に行って、先生自身が書いてくれた紹介状とレントゲン写真を渡した。しばらくすると先生に呼ばれる。肺の影が前回の退院時よりも、いや入院時よりもずっと濃く、大きくなっており、非常に問題だと言われた。

 それから、部屋が空いているので耳鼻科の部屋で胃液をとって検査することになった。

 肺の病気の検査なのに、胃液を取るのには理由がある。結核菌というのは抗酸菌と呼ばれる菌の一種で、これは文字通り、酸に強い菌のことだ。普通の菌だと胃液のような強い酸の中では生きていられないが、抗酸菌は胃液の中でも生き延びる。だから、胃液を取ってその中に生きた菌が見つかるかどうかという検査が第一段階になるわけだ。もっとも、それが結核菌なのか、それとも別の抗酸菌なのかは、すぐにはわからない。ただ、この検査で見つかるような菌があれば、いずれにしても問題ということになる。

 鼻からチューブを通し、吐き気に耐えながらチューブを胃まで飲み込んで、胃液を吸い出す。

 1時間後、結果が出た。

「陰性」――つまり、結核菌は見あたらなかったという。

 しかし、これで結核の疑いが晴れたわけではない。胃液に生き残るほどの結核菌なり抗酸菌なりは存在していなかったというだけのことである。だから、胃液をさらに培養したり、DNAの変質の検査をして、それで菌が出ないか調べる必要があるという。それには日数がかかるということで、また結果を聞きに行くことになった。

 ただ、1つだけ安心材料があった。胃液で反応が出ず、咳もタンも出ないということで、たとえ結核だとしても伝染性がないと考えられるというのである。だから、入院しなくて済むらしい。菌をまき散らしてしまうような病状だと「排菌性の結核」というらしいが、今回は少なくとも「排菌していない」ということで、一安心である。

 しかし、肺は確実に冒されている。

 それはさておき、この日は誕生日で、つまり、胃液検査が誕生日の唯一最大のイベントだった。何が悲しくて誕生日に鼻から胃までチューブを飲み込んでいなければならないのか。

気管支鏡検査――中止

 この間に、区の健康診断を受けた。会社や学校などで定期検診を受ける機会のない自営業者などは、誕生月に無料で診断を受けられる制度がある。そこでいい機会なので申し込んでいたのだった。その結果、肺のレントゲン写真以外、すべて異常なし。生活習慣病のおそれも当面はなく、一安心である。

 27日月曜日、再び漢方の先生のところへ。呼吸器の先生にも診てもらい、また漢方薬が効いているということを話した。無気力や不調の原因は肺のせいだろうから、そちらが治まれば解決するだろう、とのことである。しかし、今のところまだ呼吸器系の治療は始まっていないので、その間のつなぎとしてまた「益気補中湯」を出してもらった。

 そして、28日火曜日、胃液検査の次の検査をしてもらうために総合病院へ向かった。今回は気管支鏡検査というのをやる予定だったのである。

 気管支鏡というのは、言ってみれば胃カメラのずっと細いようなもので、のどから気管支、そして肺に通すものである。そして、その先端部分で患部の組織を採取したり、洗浄したりすることができるらしい。

 事前にネットで調べたところ、部分麻酔がうまく効いて大してつらくなかったという人と、麻酔していたけれどもすごくつらかったという人がいて、かなり不安になった。だから内科の前のベンチに座っているときも、かなり戦々恐々としていたのである。

 ところが、診察室に入ると、あっさり覆ってしまった。

「結核菌が検出されたので、気管支鏡検査は中止します」

 胃液を培養したところ、結核菌が見つかったのだそうだ。ところが、実はまだこれでも確定ではないらしい。結核菌が体内にあったのは確かだが、結核菌が死んでいても培養されることがあるそうで、つまり、その結核菌が「以前生きていた」のか、それとも「いま生きている」のかはさらにDNA検査などを待たなければわからないのだという。これはかなりじっくりと調べないとわからないそうだ。

 もしこの状態で気管支鏡検査をやると、かえって結核菌をまき散らすことになりかねないので、中止するという。

 いずれにせよ、他人にうつるような可能性はないので、それだけがよい知らせである。

 念のためにタンの検査もすることになったが、困ったことに、薬を吸入して頑張っても、まったくタンが出ない。仕方なくこれは断念した。

 そして、しばらく結果待ちということで、次の診断は2週間後、3月16日と決まった。

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「外憂内患」

 結核だけでも厄介だというのに、また別の厄介ごとが起こった。自分の過去の素性を暴き立て、あまつさえ雑誌にまで載せようという旧知の人間が現われたのである。売名のために、変な思いこみに基づいて、知っている人間を蹴落とすとはどういう神経だかわからないが、これには本当に落ち込み、精神的に追いつめられた。ポジティブの固まりとまで言われ、何があっても肯定的にとらえるのが取り柄だと言われた自分が、このときばかりはそうはいかなかった。落ち込むヒマがあったら対策を考えた方がマシ、と常々考えている人間が、11階の自室のベランダから下を見下ろし、ここから飛び降りようかどうしようかと本気で考え始めたのだから、よほどどうかしている。

 心機一転、新生活を始めようとして1カ月、結核にかかるわ、下手すると将来の生計の手段をすべて奪われかねない報道をされるわ、さらには身に覚えのない疑惑を次から次へとふっかけられるわ……泣き面に蜂、踏んだり蹴ったりとはこのことだ。「内憂外患」というが、今回は「外憂内患」、外には憂いがあり、体内には疾患がある。

 本当にこんな状況は天中殺まっただ中だ――と書いて思い出したのだが、実際に天中殺に入ったところだった。1月半ばに渋谷で占い師の人に少し占ってもらったのだが、それによると2006年2月4日(旧暦の年の変わり目)から天中殺に入るという。ただし、生まれたときの星回りがよくて、天将星その他いくつかの強力な星がついているので、天中殺もうち消すことができるという。

 どこがやねん。天将星はどこに行ってしもたんや?

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