結核文士の治療記(2)四種類の飲み薬

心労は体に悪い。病気療養は心穏やかに休まねば効果も低いだろう。しかし、2006年3月、厄介ごとが次から次へと迫ってきて、精神的に困憊する日々が続いた。健康であっても消耗しかねない状況で、結核菌とも闘わなければならないのである。

2006年9月 9日00:17| 記事内容分類:闘病記| by 松永英明
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結核治療開始

 いろいろと周囲に厄介ごとが起こり、その対応に追われ、意味不明な筋の通らない疑惑を次から次へとふっかけられて、火のないところに水煙、激しい心労を感じていた。そんな最中の3月16日木曜日、呼吸器の先生の診察を受けた。DNA検査の結果はまだ出ないが、結核菌そのものは検出されているので、ひとまず結核と断定し、結核に対する投薬治療を開始しようということになった。血液検査で炎症反応も出ているので、検査結果を待っているわけにはいかないということである。

 そこで処方されたのが4種類の薬だった。途中で数は減るらしいが、これを毎朝、およそ半年にわたって飲み続けなければならない。これが結核の唯一の治療法なのである。隔離されないだけマシだが、なかなか面倒な話だ。

 処方されたのは次の4種類である。

  • リファジン……青と赤のカプセル。これだけ食前に3カプセル飲む。
  • エブトール……黄色い錠剤。食後に3錠。
  • イスコチン……白い錠剤。食後に3錠。
  • ピラマイド……白い粉薬。苦い。食後に1包。

 途中で完治していないのに投薬を勝手にやめたり、しばらく飲み忘れたりすると、結核菌が耐性を持ってしまい、薬で治せなくなるので、決して飲み忘れてはならない。薬で治せないということは、つまり、現代医学では治らなくなるということだ。

 また、これらの抗生物質には副作用があって、特に肝臓と視力に影響が出やすいという。早速、眼科で視力検査をした。すでに近視(+右目は乱視も)なので、これ以上悪くはなってほしくはないのだが。

 薬は翌朝から飲むようにと指示された。そして、これまで活力を補ってくれた「益気補中湯」は中止することになった。

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保健所への報告

 日本には結核予防法という法律があって、結核を撲滅するためのいろいろなきまりが定められている。他の人に感染するタイプの患者(排菌)は隔離され、そうでなくても完治するまで薬を飲み続けなければならない。

 そのため、結核という診断を受けた場合は、保健所に報告する義務がある。ただし、これで認可されれば、国から補助が出て、薬代や診療代などは患者の負担が5%で済むのである。

 普通は患者の家族が書類などを持っていくことになるのだが、両親とも病没し、家族のない自分はすべてひとりでやらなければならない。電車とバスを乗り継ぎ、やたら大きくてかさばるレントゲン写真と申請書類一式を持って、同じ16日の午後に保健所に向かった。

 そこで担当の人から詳細に病状や経過を聞かれた。昨年夏の肺炎との関係は不明なため、特に症状が顕著になった2月半ばからを結核として認めることになったようだ。

 このとき、繰り返し協調されたのが、絶対に毎日薬を飲み忘れないようにすることだった。それだけが唯一の治療法であるというだけでなく、しっかりと結核を治してしまうことが、結核に感染した国民の義務なのだ。もちろん、この義務を果たすことは、すなわち自分自身の健康に直結しているわけである。

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薬は強烈

 3月17日金曜日朝、初めての薬を食前食後に飲んだ。

 数時間後、起きあがっているのがつらくなり、横になった。全身がだるい。特に結核の巣になっている右肺上部(ちょうど鎖骨の下あたり)に、チクチクとした痛みが走る。明らかに薬の効果だと感じた。慣れない強力な薬なので、体に負担が大きいようだ。もっとも、もともと薬はほとんど飲まない方なので、薬の効き方も大きいようである。

 夕方にもう一度休みたくなり、横になって少し眠った。あとで聞くと、この薬にはそういう作用もあるらしい。先生には「夕方になると眠くなるでしょ」と指摘されたのだ。

 翌日は初日ほどつらくはなかった。そして、1週間くらいで薬にもだいぶ慣れていった。

寝汗

 薬を飲み始めて半月間、つまり3月一杯は、健康ではないものの、それほど大きな症状が出るわけでもない、という状態が続いた。咳が出るわけでもない。タンが出るわけでもない。もちろん、結核で死んだとされている沖田総司のように血を吐いて失神するわけでもない。見た目にはほとんど結核らしくないどころか、病人というより「不健康」くらいにしか見えないわけだが、1つだけ特徴的な症状があった。寝汗(盗汗)だ。

 とにかく寝汗がすごい。夜中に汗の冷たさで目が覚めるのである。そこで服を着替えないと、びしょぬれで大変なことになる。

 先生の許可も出て、月末に5日ほど北京へ行った。行きの飛行機の中、入国のための健康報告書を書くのだが、そこに「排菌性の結核」であればチェックしろという欄があった。排菌していなければ問題はないらしい。

 さて、その北京では、多少は体力に問題を感じるものの、昼間は普通に行動していた。しかし、夜になるとつらくなる。ひとつありがたかったのは、ホテルにタオル地のバスローブがあったことだ。素肌にこれだけを着て寝ると、朝には風呂上がりのバスタオル以上に湿っているのだが、肌触りは悪くなく、とりあえず夜中に起きて着替えなくて済むのがありがたかった。

  びっしょりと盗汗出てゐる

  あけがたの

  まだ覚めやらぬ重きかなしみ(啄木)

結核という文化

 このころ、書店で結核に関する書籍を探した。医師向けの専門書を除けば、一冊だけしか見当たらなかったのだが、それがいい本だった。

結核という文化―病の比較文化史
中央公論新社
福田 真人(著)
発売日:2001-11


 この本は重要な情報源となった。結核とはそもそもどういう病気なのか、それは歴史的にどのような病気とされ、どのような治療が行なわれてきたのか。そして、結核患者を美化し、ロマン化する風潮はどのようにして生まれたのか、ということを詳細に考察している良書である。医学・歴史・美術史・文学史・音楽史を含んでおり、まさに結核を取り巻く「文化」すべてを描いている。

 確かに自分も、結核にかかったということを必ずしも100%悪いとは考えていなかった。何か病気にかかるのであれば、ライターにふさわしい病気である結核でまだマシだったとも思った。そう、糖尿病や高血圧ではカッコがつかないが、貧乏文士に結核というのは、かなりピッタリの設定だと感じられたし、実際、周囲にもそう思っている人は結構いるようだ。そう言えば、前回の肺炎のときに、結核じゃないことを残念がっている人もいたほどである。

 余談だが、ライターという職業をジャーナリストと混同している人が多いようだ。もちろん、ルポライターや記者的な仕事をしていてフリーライターと名乗る人もいるわけだが、依頼されて原稿を書くライターは、社会の木鐸だのジャーナリズムだの、要するに人を批判し、あら探しをする業種ではない。むしろ、取材相手の意向を汲んでその意見を代わりに伝えるとか、ものの宣伝をするといった「持ち上げる」文章だったり、あるいはものごとの「説明」をするものである。いわば本や雑誌作りの一端を担う「文章職人」である。

 文章の世界では、もう一つ作家・小説家や俳人・歌人など、芸術家寄りの物書きがある。同じく文章を仕事としていても、ジャーナリスト型の記者、職人型のライター、芸術家肌の作家では、まるで違う人種と言えよう。もちろん、それを兼ねる人たちもいるが、その場合は書くものに応じて頭を切り換えているはずである。

 自分としては職人型ライター、つまり要請のあった文章を依頼主の要望に合わせて書く仕事が中心であるから、ジャーナリスト精神など持ち合わせていないし、ジャーナリストの社会的責任のようなものを求められても困る。商品としての文章の品質がすべてなのだから。一方で、もともと小説など書きかけていたこともあって、文士としての活動もできればという気持ちはある。

 だから、結核と結びついたときに、文士あるいは芸術的な世界の人間としての感情も起こってきたのだろう。

 もっとも、平成になってから結核を病んだという文学者はいない。結核にかかって苦しんだ平成の有名人など、とんと聞かない。近年、やや結核が増えている傾向にあるが、「労咳三文文士」はやはり明治から戦後しばらくまでの存在で、今ごろ結核にかかっているのでは、余りにも時代錯誤のそしりは免れないだろう。

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斎藤綾子さんがいます。ま、有名ではないかもしれないけど。

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もう一人! こちらは今超有名人!!

「ブスの瞳に恋してる2」鈴木おさむ
売れっ子放送作家。彼の場合は、投薬治療だけで済んでいる模様。本の中には、検査結果がでて治療方針までしか書かれていないので、治癒したかどうかは不明。治療期間も同様。ただ、この本は、結婚生活がメーンなので、ぜひ読んで結婚したくなってほしいかも……

結核仲間だヽ(´ー`)ノ

つーか結婚というのは相手が必要なので無茶言わないでください。

鈴木おさむさんのすごいのは、飲み会に森三中の人を読んで、「結婚しよう」とネタみたいな、みたいでなく、おつきあいゼロ日で、無茶な結婚した人です。また、この人の苦労もハンパでなく、親の借金1億とかかかえて、放送作家を真剣!! だからこそ、笑いであり、笑いをともにできるブスの奥様となのかなぁ。ま、結婚はおいといて、猛烈に可笑しい本ですよ。本屋に山積みされているので、ちょっと読んでみるのもいいかもしれません。強烈です。それに、結婚生活をネタにして、こんなに儲けた人も珍しい。ライターの鏡かも。

今年3月入院中に66歳の誕生日を迎え6月12日に退院してきました。お産以外病院に行く事も無く悠長に暮らしていました。しかし風邪ぐらいと軽く見て半月肺炎と診断、3ヶ月が過ぎ気がついた時は結核と診断。3ヶ所街医者、診療所、病院回りをしました。結核という病気の知識もないので、こちらのホームペジで勉強させていただきました。あまり本を読む暇も無く文章が不得意ではありますが、心からお礼申し上げます。

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