創作モードに入るのに「熱しやすく冷めやすい」人とそうでない人

 渋谷RUIDO K2での三村玲土ライブ(レポートは一つ前)のあと、打ち上げに紛れ込んだ。そこで神田サオリさんとレニが面白い話をしていたので、ちょっとふくらませてみる。

 きっかけは、ライブ直後のレニがけろっとした顔をしていたことだ。

2006年11月17日13:41| 記事内容分類:創作活動| by 松永英明
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切り替えの早さ

 ライブ中には涙まで流してすっかりはまっていたはずのレニが、打ち上げのときにはもう完全に素に戻っている。それを見てサオリさんが「そんなにすぐに切り替えできるの? 私は無理」と言ったのだ。

 そこから、創作のときのモードに入るためにどれくらい準備をしたり、そのモードから戻るのにどれくらいかかるかという話になった。

 レニによると、演劇やってる人は入るのも出るのも早いんじゃないか、ということで、その場にいたレニの友人の金城さんも、芝居のリハなどで役にはまっているときに演技指導で声をかけると瞬間的に素に戻るという。もっとも、逆のタイプの人もいて、公演が続くあいだずっと演じるキャラになりきって過ごす人もいるらしい。

 この辺は人それぞれのタイプとしか言いようがなく、おそらく、こういう表現モードに入るのに「熱しやすく冷めやすい」人とか(レニタイプ)、「時間をかけて解凍」するサオリさんタイプとか、いろいろあるんじゃないかと思う。

似たような話

 ページの一番下の方にある話。ゆうくんのパパである上司の人。

切り替えのスイッチ

 自分の場合はどうかというと、レニほど切り替えが早くないかもしれない。ライブ後の興奮みたいなものは、まる一日くらいは残ってたりする。しかし、ただ単に冷めるのを待つというわけでもない。

 たとえば、腹を立てるのはエネルギーと時間の無駄なので、さっさと切り替えて終わりにしてしまう。最近はあまり本気で怒ったりしないが、怒鳴った直後にニヤリとするくらいの切り替えはごく普通のものである。書いたらすっきりして忘れている場合も多い。どうも自分は粘着するのが苦手だ。粘着するだけの根気がないと言った方が正確か。

 実はこの話には前段があって、サオリさんに「ライブのレポートって、すぐに書くの?」と訊かれたのだが、それには「すぐに書くときと、冷ましてから書くことがある。はまった状態で書いた方がいいときもあるし、ちょっと冷静になってから書いた方がいいこともある」と答えた。絵を描くときには常にオンモードでないといけないから、この答えはちょっと意外だったみたいだ。

 原稿を書くときにも、いろいろなモードがある。ライブレポートみたいな文章のときは、できるだけ原稿を書き終えるまでその場の雰囲気を冷まさないようにしようと考えるので、なかなか書き上がらないといつまでもライブ頭になっていることがある。レポート自体も、公表する媒体だとか、あるいは自分で想定した完成図によって、現場的な熱狂的状態で書いた方がいい場合もあれば、そうではなく、ある程度客観的に書いた方がいいときもあるので、あえて冷ましたり、逆に現場モードに戻そうとしたりする。

 解説的な文章を書くときには、できるだけ冷静な方がいい。それこそ「ママンのように優しく」手取り足取り根気よく教える態度でなければならない。こんなことはわかっているだろう、と思うことがわからない人のために書くつもりでなければならない。淡々と、個性を消す方向へと意識が向かう。

 小説的なものを書くときは、とにかく創作モードに入る必要がある。冷めていては文章にならない。そこでスイッチの切り替えに使うのが、自分の場合は音楽である。書こうと思っている場面に合わせた雰囲気のある曲を流す。あるいは、自分の創作意欲を高める音楽(つまり表現力豊かで、こんなふうに表現してみたいと思う曲)だ。

 この切り替え用に使う曲としては、静かな場面ではエンヤ、ハードな場面ではBlind Guardian(特にA Night at the Operaは最高。2曲目のBattle Fieldは何百回聴いても飽きない)などがいい。大学のころには、NHK大河ドラマの主題曲集アルバムや、必殺仕事人BGM集、世界のマーチ全集などもラインナップに入っていた。映画のサントラ系の音楽はいい。あまり引きずられるとまずいのだが、そのモードに入ると、目の前に映像が広がってくる感覚がある。

 どうやら共感覚が多少あるようで、「音を聞くと色が見える」に近い。たとえば、Battle Fieldを聴くと、黄金色の空間が見えてしまう。五月天のバラードの数曲は空の青色に近い。いつでもこんなに鮮明というわけではないので共感覚者と名乗るには至らないが、いろいろな音が色に結びつきやすい印象がある。それがイメージの情景につながっていく。あまりはっきりと言語化できないのだが、同じアルバムの中でも「あの色の曲」という記憶をしているようだ。リズムによっても色が変わったりする。

 それはともかく、音楽でモードが切り替わることが多い。単に意欲を高めるためなら、散歩したり、どこかの街をぶらぶらしたりしてもいいし、ダンスでもいい。その日の気分に合わせてアロマを使うこともある。しかし、それ以上にイメージを強めようと思うと、自分の場合は音楽が非常に強く影響する。

 そして、自分の書こうとしている世界に必要なはまり方をしていくのである。執筆に入っているときは、他のノイズに邪魔をされたくないし、できれば作業が続く間、通常のモードには戻りたくないという感覚もある。つまり、創作的な文章を書いている途中にも冷めてしまいやすいので、それを維持するのに逆に苦労するという状態だ。もちろん、文章を書く方がライブなどよりも長時間の作業になるので、集中力を持続させる努力がそれだけ大きくなってしまう。

 ところで、文章を書く場合は一人で格闘するから、自分一人の問題である。しかし、ライブなどの場合は観客をいかに引き込んでモードにはめるかという力も必要になってくる。自分の好きなアーティストというのは、この「引き込み力」が強い人たちが多い。表現力が強いとか豊かだというのとはまたちょっとニュアンスが違っていて、場の空気を変える力と言えばいいだろうか。すごい人になると、もう登場しただけで空気が変わる。これをオーラと呼ぶ人たちもいるかもしれない。

 ちなみに、このエントリーを書いている最中には、BGMは無音だった。でも、別に「4分33秒」がBGMだったとか、そういうわけではない。あえて言えば、サーモスタットが故障して全体が冷凍庫になってしまった冷蔵庫の音と、キーボードを叩く音、救急車の音。その音を色のイメージで言えばまさにこのブログの背景画像に近いライトグレイになる。大体においてブログのために書くときは、無彩色モード、つまり冷めた状態で書くことが多い(ライブ関係を除いて)。

 なんだかまとまりのない文章だが、とりあえずだらだらモードということで。

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2006年11月17日13:41| 記事内容分類:創作活動| by 松永英明
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コメント(1)

おもしろい ね
おもしろい ね
松永さんは ことばを聞いてるね 拾ってるね。
聞いたことばを もう一度 ことばに還してあげるって 余程 自分のなかで
一番言いたかった事が はっきりしていないと 難しいとおもうのです
私は 良く夢をみるんだけど あまりにも綺麗で いつかその情景を描きたいとおもいつつ 絵に還してあがられる程 自分の中で確かでない。もどかしいのです。
そんな事を ふ  と 思いましたよ
また飲みましょー

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