小田急線下北沢駅の新駅舎案が猛反発される理由

小田急線下北沢駅の新駅舎の外観デザイン(イメージ)案が出たが、これについて、「下北沢南口商店街の白髪爺さん吉田くによしのブログ」が「平成 28年度 (7年後) 完成の駅 09.10.01, 07:47」記事で歓迎意見を表明したところ、そのコメント欄で多くの人たちから「こんなもののどこが下北沢にふさわしいのか」と猛反発されている。私自身もこのデザインには納得しない。ここまでして下北沢を滅ぼしたいのか。

下北沢駅舎計画1

リリー・フランキー氏をはじめとして、下北沢の文化や町並を愛する人たちが、下北沢再開発に反対の意見を表明している。そこには、住人も、住人以外も含まれる。しかし、今、下北沢で何が起こっているのか、なぜこのデザインがこんなに反発を受けるのか、その経緯について簡単にまとめてみる。

※続編として下北沢再開発問題についてもう一度まとめてみる(ゼロ年代の都市計画)[絵文録ことのは]2009/10/04を書きました。こちらもご参照を。

※あまりにも誤読が多すぎるので追記しておくが、小田急線複々線化についての反対ではない

2009年10月 3日11:36| 記事内容分類:都市計画・建築学| by 松永英明
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下北沢という街

下北沢は「X」の交点に当たる。新宿から伸びる小田急線がその一つのラインであり、渋谷から吉祥寺に伸びる京王井の頭線がもう一つのラインである。新宿・渋谷・吉祥寺、そして小田急線で成城の東宝撮影所や祖師ヶ谷大蔵の円谷プロ旧本社などとつながる交点、それが下北沢である。

下北沢X 1 下北沢X 2 下北沢X 3

かつて農村地帯だった駅周辺は次第に郊外の宅地化していった。やがて、横光利一、東郷青児、宇野千代、萩原朔太郎、斎藤茂吉らが住み、「下北沢文士町」という要素も持つようになっていく。萩原朔太郎の『猫町』も下北沢地域を舞台としている。この街と切り離せない作家として、森茉莉らもいる。(→萩原朔太郎 猫町 散文詩風な小説

戦後の闇市の時代を経て、下北沢は住宅地から繁華街へと発展していった。さらに本多劇場をはじめとする小劇場やライブハウスが次々と生まれ、演劇・音楽・サブカルの街、あるいは演劇や音楽を目指す若者たちが多く集まる街となる。

闇市の記憶を残す下北沢北口の駅前食品市場は、やがて衣料品「アメリカ屋」ブームを起こし、その記憶は下北沢に多く見られる古着やファッションの小さな店に引き継がれているといえよう。

迷路のような、とたとえられる下北沢。狭い路地が複雑に走るゴチャゴチャ感あふれる街は、徒歩によって回遊できる空間として親しまれてきた。

この下北沢の街が大きく変わろうとしている。そして、その変化は下北沢を「破壊」するものであると考える人が、下北沢住人にも、あるいは下北沢に来る人にも、非常に多い(一方で、その変化を歓迎する商店主もいる)。

小田急線地下化工事と補助54号線

下北沢再開発は、実は二つのフェーズから成り立っている。このことはあまり知られていない。一つはすでに進行中であり、もう一つは計画段階だが間もなく始まろうとしている。

すでに進行中の下北沢再開発は、「小田急線地下化工事」によるものである。小田急線は代々木上原駅から東北沢駅・下北沢駅・世田谷代田駅・梅ヶ丘駅の間で地下化工事を進めている。これはいわゆる「開かずの踏切」解消、ならびに小田急の複々線化を行なうものだ。これによって、地上を走っている複線の小田急線は緩行線・急行線の合計4本の線路を持つことになる。

この工事はすでに始まっている。地下トンネルも掘られている。今、下北沢駅西口から南口に通じる陸橋あたりから見れば、上を走る井の頭線と、地上を走る小田急線が交叉しており、タイミングによっては両線の電車を同時に見ることもできる。しかし、この小田急線が地下にもぐり、「下北沢X」は見られなくなる。

そして、今、小田急の線路がある場所は「小田急線上部利用」が検討されている。10月時点での上部利用イメージについては、世田谷区生活拠点整備担当部拠点整備第一課発行の「小田急線上部利用通信 No.4」に詳しい。ただし、これは検討結果の中間まとめの段階であり、「皆さまのご意見募集」中である。

今回発表された駅舎の整備イメージについては、世田谷区北沢総合支所街づくり課発行の「駅街ニュース No.1」にも載っているのだが、これは「小田急線3駅(世田谷代田駅・下北沢駅・東北沢駅)駅舎計画について意見を募集します」として、小田急より受けた整備イメージを紹介しているのである。以下、同冊子よりスキャン。

下北沢駅舎計画1 下北沢駅舎計画2 下北沢駅舎計画3

さて、この小田急線地下化工事はすでに始まっているが、一方でこれとセットのようにして進められているのが「都市計画道路補助54号線(以下、補助54号線)」という26メートル幅道路の建設計画、ならびに下北沢駅前にバスロータリーを造るという計画(世田谷区画街路10号線)である。この道路・バスロータリーが、下北沢の街を根底から破壊するものとして反対されている。そして、小田急線地下化と道路事業がセットで行なわれることで世田谷区は補助金をせしめたと考える人たちもいる。

補助54号線は、下北沢演劇文化発祥の地ともいえる「スズナリ」を背後からたたきつぶし、北沢タウンホールの北側を抜けて本多スタジオを踏みつぶし、下北沢北口の街のど真ん中を貫いて、環七と同じ幅の自動車道で街を分断・破壊しようという計画である。そして、環七と都心を結ぶ道路となる。

また、この補助54号線から旧小田急線路跡地に沿って下北沢駅北口に伸びる道路は、駅前食品市場の雑然とした空間を取っ払って作られる駅前ロータリーにつながる。

下北沢再開発の「意味」

補助54号線とバスロータリー計画は、下北沢を「徒歩による回遊の街、路地の街」から、自動車が通り抜ける街へと根本的に変えてしまおうとしているのである。それに対して、リリー・フランキーらをはじめとする文化人などが強く反対しているのだ。

坂本龍一(音楽家) 06/2/18

おれは、下北沢、好きだよ。

下北沢だけじゃなくて、壊したらもう戻ってこないもの――時間と言ってもいいし、歴史と言ってもいいけど、そういうものってほんとうに大事だよ。無くしたらもう二度と戻ってこないんだよ。築地にしてもそう。

だから壊すな!

ピーター・バラカン(ブロードキャスター)07/07/12

古くて味のある町が再開発の犠牲になるのはもう嫌です 。行政側は必ずもっともらしい説明をして、住民の声を一応聞いた上で結果的にその声を無視し 、予定通りの企画を実施します。うちの近所でも同じでした。

反対するのももどかしくなってきますが、 それでも下北沢の皆さんを応援します。経済より大切なものがあり ますから。

駅前ロータリーができることで、高層ビルの高さ制限が大きく緩和される可能性も指摘されている。下北沢一帯の建物は低いものが多く、これも歩く街としての性質を生み出しているが、これが一転して高層ビルの町へと変貌する可能性もある。

ゴチャゴチャしたサブカルや古着の街、ちょっとおしゃれな小さなお店が見つかる街、ちょっとした手作り感あふれる街、歩いてめぐる路地裏の小さなモノたち。そんな下北沢が、環七並の広い26メートル幅道路によって分断されていく。駅前ロータリーをはじめとして、人ではなく自動車を重視する街に変えられていく。下北沢再開発に危機感を感じる人たちは、そんな現実をもとに、あの下北沢の風情が強引に奪われていくと感じているのである。

もちろん、再開発については(今回の白髪爺さんを筆頭に)「地元」でも歓迎する声がある。今回の衆院選前に各陣営に確認したところ、自民党は再開発こそが地元の活性化につながると全面的に賛同していた。民主党は、本当に必要な道路か再調査して不要不急であれば計画見直し、という、どちらともとれる見解だった(一応、無駄を省くという趣旨ではあるのだが、八ツ場ダム中止のように明確な態度を示しているわけではない。ある民主党都議会議員は、「消防車が入れない狭い道は防災上問題」と、事実上再開発賛成を表明している)。みんなの党は、下北沢については詳しくないが、下町風情は残したい、という見解であった。それはさておくとしよう。

この再開発歓迎派は、要するに、今までのゴチャゴチャした下北沢が大嫌いなのである。闇市の記憶を受け継ぐような、北口食品市場が平成の今に至るまで残存していることが許せないのである。自動車が入ってこれないのが発展と進歩を阻害していると感じているのである。

下北沢駅前市場

ちなみに、闇市の記憶といえば、たとえば杉並区にも下高井戸駅前市場や荻窪駅北口の飲み屋街があるが、これらがすべて消えていこうとしている。しかし、こういった古いゴチャゴチャしたものを強圧的に葬り去っていくことには、私は賛同できない。「清潔で健康的」なものだけが残るような見せかけだけが整えられていく潔癖性的な動きを、私は気持ち悪いと思う。

建築学者の五十嵐太郎准教授は、これらのゴチャゴチャした町並が「景観」として扱われないことに不満を表明している。わたしも、このゴチャゴチャした風景こそが下北沢における「景観」だと評価したい。

なお、小田急線で下北沢の次の駅にあたる世田谷代田駅近辺には、かつて中原という街があった(世田谷代田駅の旧名は世田谷中原駅だった)。戦後、中原の街は環七によって分断され、一つのまとまりのある「街」としては滅んでしまったという実例がある。今、ここは住宅地で、わずかに寂れた店舗がいくつか見られる程度である。環七並の広い道路は、街を分断し、破壊し、変えてしまうのである。

環七 新代田駅前の環七。こんな道路が下北沢を分断しようとしている。

街の変化、街を変えようとする動き

もちろん、街は変化する。街は変わっていくものである。店ができ、古い店が去り、また新しいものができる。人がやってきて、人が去っていく。それは当然のことである。そして、その街特有のものばかりではなく、どこにでも見られる普遍的なショップがやって来る。マクドナルドやエクセルショールが街にできること自体を、私は悪いこととは思わない。しかし、こういった「その街特有ではない」ものばかりが増えていくなら、疑問に思う。

たとえば、ヴィレッジヴァンガードという書店自体は名古屋発であり、下北沢だけにあるわけではないが、「ヴィレッジヴァンガード下北沢店」は下北沢の街にマッチし、北口の「東洋百貨店」と並ぶマーケットの風情を醸し出していると思う。ヴィレッジヴァンガード下北沢店で開かれたPerfumeのインストアライブも、下北沢ならではの「意味」を持つ。ヴィレッジヴァンガードは個性の強い書店(または雑貨屋)だが、それが似合う街がある(吉祥寺もそうだ)。

しかし、たとえば駅南口のマクドナルドは、他のマクドナルドと何かが違うわけではない。そういう店が街の中にあってもいいのだが、そういう店ばかりになっていくのだとすれば、下北沢は下北沢である意味を失っていく。北口のボディショップもLushも、下北沢フリークが好みそうな店ではあるし、下北沢の一風景としてはなじんでいるが、それだけならば渋谷でも横浜でも銀座でも買えるものである。そして、いわゆるヒルズ的な建築においては、そういう「場所とのつながりを持たないショップ」が増えていく。

下北沢という街の記号として存在するもの、たとえばそれはスズナリであり、駅前食品市場であり、車の入ってこない(タクシーさえもなかなか入って来たがらない)「徒歩空間」の路地であるが、そういうものが補助54号線と駅前ロータリー計画によって、文字通り「ブルドーザーでならされようとしている」。

下北沢駅前市場 2

そしてその後にやってくるものとして提案されたのが、よりによって今回の「下北沢駅駅舎整備イメージ案」なのだ。なぜこんなガラス張りの幾何学的な(つまり非人間的な)ものが「下北沢にふさわしい」のだ。「きれいさっぱりすっきりで直線的な、清潔で明るい駅舎」のどこが、ゴチャゴチャくねくねチマチマでジグザグの、雑然としているが活気のある下北沢の街にふさわしいのだ。

多くの下北沢フリークがこの案に対してほとんど反射的に反発を覚えたのは、決して偶然ではない。まさにそれは「今までの下北沢」のイメージ(あるいは下北沢を守ろうとする人たちの持つ下北沢のイメージ)と、「今までとは根本的に異なる下北沢」を作りたい人たちの願望するイメージが、まさに正反対、明らかに対極に位置するものであったことを意味する。

このあたりの議論は、下北沢に何の思い入れもない人たちには理解しづらいことであろう。それは当然のことだ。そういう人たちは、下北沢が「こういう街であってほしい」というイメージをそもそも持たないのだから、下北沢がどう変わろうと変わるまいとイメージとのズレが生じるわけはないし、それに対して熱く賛成・反対を述べる人たちを理解できなくても当然のことである。

しかし、下北沢はこういう街であってほしい、というイメージを持つ人たちは、大きく分けて二種類となる。今までの下北沢のイメージをこれからも保っていってほしい人たちと、そんなものは下北沢にとって邪魔だと考える人たちと。

永遠に失われる下北沢の光景

私の個人的な意見は、すでに述べたとおり、「下北沢の雑然とした町並、サブカル文化の拠点としての意味合い、車を気にせず歩ける楽しい街」というイメージを尊重してほしいというものである。

そして、実は先日、補助54号線の計画予定地すべてを歩いて写真を撮ってきた(近々公開したいと思っている)。それは、もしこの計画が実現されたとき、永遠に失われる光景を撮影し、記録にとどめたということにもなる。その光景の中には、下北沢の思い出として多くの人たちの心の中に焼き付けられたものも多く含まれるだろう。それが永久に失われようとしている。

こういうものを暴力的に排除していくことに、私は悲しさを感じる。スズナリも、その前の飲み屋も、下北沢駅から市場の前を通って雑貨屋やお茶屋や古着屋につながっていく動線も、すべて自動車道路の下に埋もれ、消え去っていく。

下北沢ショップ この写真の店も、自動車道路の計画地である。

別に下北沢に生まれ育ったわけではないが、その街の雰囲気を楽しみ、好きになってきた一人の人間として、そんな感傷やノスタルジーを感じている。そして、それを共有する地元の人たちと、そうではない地元の人たち、あるいは外部の人たちがいる。

下北沢再開発問題は、決して(八ツ場ダム問題のような)地元VS外部の闘いではない。街とは何か、街の発展とは何かについてのイメージの対立である。

私は、ル・コルビュジエ型の「輝く都市」構想や、それに感化されて生まれた六本木ヒルズ型都市計画を、決して一概に否定するものではないが、それを下北沢の街に持ち込まないでほしいと思っている。今回の小田急の駅舎案は、東京ミッドタウンの真っ正面に作るなら何も言わないが(いや、むしろマッチしているだろう)、下北沢とはまったく相容れない発想が根本にある。

言い換えれば、下北沢を表参道のように変える必要はまったくないのだ。同潤会青山アパートが表参道ヒルズに変わったのは老朽化などの要因もあるだろうが、その前後で表参道の街は意味を変えてしまった。「下北沢ヒルズ」など絶対に見たくない――たとえそれが表参道ヒルズのように低層であったとしても。

代案

もしどうしてもこの再開発が避けられないとしたら、私はこのように提案する。

下北沢駅ビル正面は、補助54号線計画で失われることになる「スズナリ」をそのまま移築したものを中心に設計する。そしてワンフロアに「北口食品市場」の空間をそっくり移転する。この二つ――闇市の記憶と、本多劇場の発祥の地――こそが下北沢の象徴であるから、これらを失うことは文化遺産という観点から見ても大きな損失である。たとえ位置が少し変わっても、それらが「尊重」されることによって、下北沢は「意味」を持ち続けるだろう。

スズナリ

しかし、もし、スズナリや北口食品市場を葬り去るのが「再開発」であるということになるのであれば、過去との重要なきずなが分断されるわけだから、小説やドラマの舞台に選ばれることも多い下北沢という街の「意味」は永遠に失われ(少なくとも今までの文脈とは違った次元で語られるようになり)、どこにでもある多数のこぎれいな(しかし特徴のない)市街地の一つに転落していくことだろう。

ある場所の特有の雰囲気、特に歴史や記憶を踏まえたものを「ゲニウス・ロキ」という(→ゲニウス・ロキ - 閾ペディアことのは)。下北沢のゲニウス・ロキは、現在の再開発計画によって滅ぼされようとしている、とわたしは感じている。そして、それは下北沢再開発に疑問を持つ人たちにも共通する気持ちではないかと思う。

下北沢再開発に関するサイト

下北沢の歴史と民俗

再開発反対

行政資料

その他

このブログ内関連記事

追記(10/3 15:00)

はてなブックマーク等で「大震災が来たら危ないのに放っておくのか」的な意見が散見されるが、下北沢再開発の必要性を唱える人たちが「大震災に備えるため」という理由付けをしているのは寡聞にして知らないし、少なくともそれは主要目的ではない。

小田急線地下化は「開かずの踏切解消」と「ラッシュ時の電車渋滞の解消」が目的であるし、補助54号線計画は交通渋滞緩和のための幹線道路整備が大目的である。そして、駅前ロータリーを作るのは、下北沢駅へ自動車・バスのアクセスが悪いという問題点を解決するためである。と説明されている。

「消防車も入れないので防災上問題」という意見も添えられることがあるが、それは決して大震災の際の被害を想定した発言ではなく、単に火事のとき困るという問題点を挙げているにすぎない。なお、大震災の際には、全面ガラス張りのヒルズ型高層ビルの方がよっぽど危険である。

「防災」を錦の御旗に振りかざし、街や文化や歴史やイメージを犠牲にし、破壊してもかまわないと考えること。それを私は「人災」であると考える。

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※続編として下北沢再開発問題についてもう一度まとめてみる(ゼロ年代の都市計画)[絵文録ことのは]2009/10/04を書きましたので、ここまで読んだ方はぜひお読みください。

※「住民」「半世紀以上シモキタ」その他の名義を自称する投稿者(いずれもpoint.ne.jpからの投稿)による名誉棄損投稿がひどくなってきましたので、ここと次記事のコメント投稿受付を終了します。詳細は次記事の補記を参照してください。

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2009年10月 3日11:36| 記事内容分類:都市計画・建築学| by 松永英明
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URBANING -own the city- 都市ブログ - 下北沢 (2009年10月 3日 20:55)

小田急線下北沢駅舎デザインに関する地元商店会関係者のブログ発言で、下北沢再開発... 続きを読む

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Tokyo’s neighborhood of Shimokitazawa is well-known for its complicated... 続きを読む

コメント(45)

多くの反対者=訪問者
少数の賛成者=住人
の対立構図ですね

その対立構図は誤っています。住人の中で賛成・反対が分かれていますね(というか、地元は再開発を望んでいるかのごとき情報操作が行なわれつつあるようですが……)。最後のリンクをたどっていただければ、「下北沢 商業者協議会」など地元の反対の声がちゃんと読めるはずです。

>>単に火事のとき困るという問題点を挙げているにすぎない。
火事の時に困るのはたいした問題じゃないと言うことですか。

>>なお、大震災の際には、全面ガラス張りのヒルズ型高層ビルの方がよっぽど危険である。
最近の建築基準法のもと建てられたこれらのビルが、倒壊もしくはそれに近い状態になるような災害が起こった場合、現状の下北沢は壊滅していると思いますよ。

グーグルで確認するも、道路予定地が良く判らない
最後の写真で、駅北東のチョイ広めの道路がクネっと曲がってる所がスズナリかな?
そうならば、結構広い地域が変わってしまいますね

世田谷代田駅前と説明されている写真は正しくは新代田駅前です。

商店なんか、もう2、3割死んでんじゃん

地代が高すぎてぜんぜん割に合わないから
街が内部から腐ってる感じだよ?

どうすんのこれ?

歴史や文化なんか考えないでに適当に発展してきたのが
北沢なんだから別にいいじゃん、新しいものを取り込んでいけばさ

地元民からすると、景観を残せっていってるよその連中は
ノスタルジーを押し付けすぎ
むしろ、自分たちの地元を大事にしろよ

54号線は反対だけどね

新代田駅、修正しました。

たいした問題云々は揚げ足取りですね。反・反対の立場の人たちが、これまで推進派の述べてきた理由を全く知らないでものを言っていることを指摘しているだけのことです。消防車が入るようにするとしても、26メートル道路や駅前ロータリーまで必要ないのは明らかです。

「地元民」を名乗るのは結構ですが、ご自身の意見が「すべての地元民」を代表するかのような書きぶりはいかがなものかと。一地元民の意見として述べる必要があると思います。冒頭のブログも、個人的意見ではなく、地元商店主の意見を代弁、みたいに言うことへの反発も大きいと思いますよ。

半世紀以上シモキタに住み続けている人は、ここ数十年のシモキタの変貌を歓迎していない。チープになって欲しくない。チープな雰囲気は下品で貧乏な人を呼び寄せる。各種事件も増えて治安も悪化している。今回の再開発で安ぽっい店等が一掃されることを願う。出来れば、そういう街のイメージが創出された現況の劇場、ライブハウスも全部移転して欲しい。

保護を必要とするサブカルは偽者

小田急を全部地下にさせたことで上部利用とかの煩わしい問題を呼び寄せてしまったようにも見えます。

今更ですが地上2線+地下2線とか、井の頭を半地下にして小田急と上下入れ替えるとかよりコストがかからない方法を模索してもよかったような。

そうすれば少なくとも通過交通の機能向上の問題と再開発の問題を切り離して考えることはできたと思います。

スズナリや北口食品市場の移設は、地価のことを考えると難しいと思います。しかも移転してペイできる性質のものだとも思えない。小綺麗になった市場はきっと現在の雑然とした魅力を失っていることでしょう(溝の口がそうでした。アキバもそろそろ危険かも。)。税金で補填するのは本末転倒で区民の支持を得にくいでしょう。

逆説的ですが、いまの「シモキタ」を腐らせないためには、地価がバブリーに高騰しない仕組みが必要だと思います。(地下化とか)再開発のようなコストがかかりすぎる対策ではなく、例えば電柱を道路から建物側の敷地に引っ込めるとか、ちょっとした地道な改善を継続することが魅力ある街の構築に必要なことだと思います。

「下北沢 商業者協議会」は地元の主要な商店街に所属している店が少ない。住宅地住民が歓迎しない飲み屋とかの業種が大半です。外から集まるお客が重要な業種です。まー地元の客相手の商店も非常に少なくなっていますが。だから商店主と地元住人との利害が昔以上に一致しなくなっています。特にテナントに商売している商人は、24時間生活しているわけでないので儲かれば良いと考えているのは明らかです。路上看板、路上陳列は最悪だし、路上駐輪に対する態度も非常に消極的です。街の外からの客を対象にしている業種は、特に酷いです。
 商人は住民の一部で、少数派です。

松永さん

揚げ足取りをするつもりで言ってはいません。
意図とは違うのでしょうが、人命を軽んじるような書き方にも感じられましたので、申し上げました。
ガラス張り云々につきましても、簡単に割れて危ないというような誤解があるようですので書きました。
揚げ足取りに感じられるでしょうが、このくだりは問題が多いように感じます。

僕もNo09の方が書かれているように、文化の断絶や終わりと道路や新駅舎はあんまり関係ないかと思っています。
保護しなければ廃れしまう文化なら、その程度のものです。

ただ僕は、あなたと同様に上京組で(プロフィールを拝見しました。奈良県ご出身なのですね)、何十年も前から住んでいる生まれも育ちも下北沢というわけではありません。下北沢との付き合いはたかが十数年の新参者です。そのような者があれこれ言っても説得力はあまりないように感じているところです。
ですので僕は賛成でも反対でもありません。しかしながら反対派の多くは、サブカル的なイメージのある下北沢という、彼らにとって居心地の良いテリトリーを守ろうとしている新参者に見えます。本人たちは違うのかもしれないですが、そのように見えます。

>多くの反対者=訪問者
>少数の賛成者=住人
納得。

「シモキタ」を文化財として登録申請してみては?
で、京都・奈良の人たちの苦労を聴いてみると良いですよ。
「訪問者」には関係ないことでしょうけどね。。

訪問者「私たちがノスタルジーに浸りたいからあなた達(下北沢住人)は生活を捨ててでも今の景観を維持してください。私たちは綺麗でお洒落な町で生活しますから。」ってことなのか。
まぁ、何事も反対するのがカッコイイとか思っちゃうのもサブカルなのかもね(笑)

駅舎はどうでもいいよ。道路に絞って反対すればいい。
駅舎こそ建て替えるべきだろ…

お洒落で快適なデザイナーズマンションに住んでる文化人が、「下北は再開発禁止!おれらの好きな、ボロボロの下北のままでいてくれや」という構図には、何か歪んだものを感じてしまいますね。
まして、いまのままでは消防車すら来れないんですよね。火事のとき、開発反対された方は責任取れるんですか?

あなたが今住んでいる新築マンションも、建つ前には、そこに昔ながらの暖かい地域社会があったのではないですか?

下北の開発に文句をいうには、最低限、そこに住む(地域社会に参加する)くらいの気概が必要と思います。

論点の整理が必要なのでは?
道路のみ反対という人もいるので。何が必要で、何を改めたいか。南口商店街の意見なのか、北口商店街の意見なのか。双方意見が違うみたいですし。

「誰」が、「何」に、「どういう意見」なのか。
これがはっきりしないことにはこの議論は前に進まない気がします。

ここは汚い町だよ。
再開発した方がいいと思うけど。

旧来の文化について、なんでも壊せばいいものではないという意見には賛成する。

だが、いまの下北沢のごちゃごちゃ感はマイナス面(交通渋滞・防災)もある。「不便なところも含めてシモキタだ」という思いがあるのかもしれないが、下北沢に住んでいる人にとって街が便利・安全になることは歓迎すべきことではないか?
「文化保護」と「便利さ・安全」は天秤に乗せられるものではないとはいえ、「『防災』を錦の御旗にするな」というならば、「文化保護」も錦の御旗にすべきではない。

また、貴方が出している代案は建造物を箱モノの中に押し込めるだけにしか見えないが、それは本当に文化継承になるのだろうか?
たとえば本多劇場がリニューアルしたとしても、そこに集う人々が変わらなければ文化の継承はされているといえるのではないか。

王将がさらに混みそうだな,,,

王将がさらに混みそうだな,,,

王将がさらに混みそうだな,,,

一方的な価値観からしか書かれていなく、
他方の価値観を完全否定しているあたり、
この記事の方が、よっぽどひどい情報操作を行っているように
感じ取れる。

多くの反対者=訪問者
少数の賛成者=住人
であることは、住んでいるものの実感としてあるもの。

住人で反対の立場の人がいるのは当然。
商工会だかなんだかの声のみを取り上げて、
住人の多くが賛成の立場であることを否定しているあたり、
この人の言っていることがますます、自分の価値観の
押しつけでしかないとの、不信感を得る。

一方的な価値観からしか書かれていなく、
他方の価値観を完全否定しているあたり、
この記事の方が、よっぽどひどい情報操作を行っているように
感じ取れる。

多くの反対者=訪問者
少数の賛成者=住人
であることは、住んでいるものの実感としてあるもの。

住人で反対の立場の人がいるのは当然。
商工会だかなんだかの声のみを取り上げて、
住人の多くが賛成の立場であることを否定しているあたり、
この人の言っていることがますます、自分の価値観の
押しつけでしかないとの、不信感を得る。

神戸で震災を受けたものから言わせてもらうと、新しい駅舎のほうが危険だとかはほんとバカげた意見。震災が来たら、今ある古い下北の建物はことごとく倒壊します。そして一瞬で炎につつまれます。神戸、長田の震災前の状態と酷似していますよ。長田は焼け野原になりました。

伝統的な日本家屋は「きれいさっぱりすっきりで直線的な」デザインだけど。
本当に古い街はゴチャゴチャしてない。

すっきりして綺麗になって防災にもメリットがありますね。

昔の人から見りゃ今の下北は昔の面影が無くて嘆くだろうし、今の人から見りゃ新しい下北は今の面影が無くて嘆くだろうし。
文化ってのは無常であって初めて意味のあるものなのだから、面影がなくなることを何故そこまで嘆くのか。
文化っていうのは自然なものでしょ。最後に書いてある昔のものを移築してまで残そうとするのはすごく人為的でむしろおかしいと思う。

下北沢は知らんけど、地方都市かどっかで同様に再開発したらかえってさびれた、という話があった。
(自動車中心にしたら郊外ロードサイド店に勝てないから)

この記事の筆者の方は下北沢にお住まいなのですか?
そうでないなら下北沢にお住まいの住人の方の意見を聞いてみるとより説得力のある記事になると思います。
訪問者のみが再開発に反対しているということであれば、
原子力発電所反対運動に地域住民が含まれていないのと似た構図に見えます。

筆者は何を守りたいのですか?文化ですか、それとも街並みですか?
分かっておられるとは思うのですが、文化というものは街並みだけで発展・継承されるものではなくて、人が居てこそのものですよね。
もし大地震が来たら、(筆者が守ろうとしている)街並だけでなく、そこに暮らしている多くの人の命までも損なわれるかもしれないのですよ?この事はよく考えていただきたい。
少なくとも、両方を守りたいという思いがあるのであれば、災害に対して軽んじた発言はすべきではないじゃないでしょうか。

下北なんてどーでもいい。さっさと工事を終えて欲しい。煩くてしょうがない。
ここの著者は、ガラス張りビルが危険だと言うが、それは自分の想像であってなにか具体的なものがあるのか?あれば提示すべきだろ。
いつの時点ものを良き町並みとするのかという基準も示されてない。江戸時代、安土桃山時代から比べてば全然ちがうだろw そんなの50~60年前から住んでいた人がよかったと思えるだけで、今生れてきた人には何の郷愁もない。

下北沢で育ち今も住んでいる24歳ですが、正直どうでもいい。
早く工事を終わらせて頂ければ。
同期もほとんど同じ意見。
騒いでいるのは商店街の方々と一部のサブカル趣味の
方々なのかなというイメージ。

下北で育ち今も住んでいる24歳ですが、正直どうでもいい。
早く工事を終わらせて頂ければ。
同期もほとんど同じ意見。
騒いでいるのは商店街の方々と一部のサブカル趣味の
方々なのかなというイメージ。

何の権利も義務もない評論家もどきの戯言!

掲載している写真が笑えるw
つい先ごろ映画のセットとして作られた「うさや」
開店して2年程度しか経っていない「ハワイアンレストラン」

これらも残すことある伝統と思ちゃうのw

まあ鈴なりは、20数年の歴史がある見ないだがw

秋葉も再開発でかなり魅力が薄れたなぁ。
結局大資本のチェーン店だらけになると魅力がなくなるとは思う。今の下北のよさを伸ばす再開発にするべきだ

そういえば阪神淡路大震災の時に西宮北口駅だったかな。
ここも再開発(防災もその一つ)で反対派が多かったけど、
震災時に火災でその開発予定区域は全焼して、
図らずも防災の重要性を証明してたことがあったような。

下北の開かずの踏み切りは、はっきり言って「異常なレベル」。あれは完全に地域を寸断しているので地下化は素晴らしいと思ってます。が、補助54号線とバスロータリー計画は原案がまず古い。また北沢5丁目までを貫いたあの道は安全と引き換えに線路同様町を分断してしまった。とは言え、下北を通る茶沢通りの
交通量は非常に多いのに道幅が狭く危険なのも事実なので駅と道路は別にして考えるべきかと思います。

> 北沢5丁目までを貫いたあの道は
5丁目なんか貫かないよ。

単純に「シモキタ」から「そのへんの沿線」になったら不利じゃない?と思うけど、それ以上に、路地のある街路をつぶして4車線の車道を作って、郊外型店舗に勝てると本気で思ってるんだろうか?クルマの方が便利な構造になれば、クルマが使える客は郊外に向かうし、歩くのに不便になれば、徒歩の客は逃げる。ただの沿線になった「元シモキタ」に、再開発の間に離れた客が戻ってくるとはとても思えないんだけど…。「住民」の視点からすれば、商売なんかどうでもいいだろうから賛成なのは当然だろうね。「住民」の方が「商売人」より多いんなら、残念だけど再開発は止まらないね。

> 路地のある街路をつぶして4車線の車道を作って、

2車線だよ。歩道を皇居辺り並みに広くする。
今、手元に資料がないが記憶間違いない。

主要な商店会も再開発賛成と表明しているよ。

そもそも道路はシモキタの発展のためでなく、東京都の交通渋滞を解消するためだよ。

数十年下北沢を見てるけどさ、今までだって散々変わってきたじゃない
今更次へ変わるのは嫌ってどういう了見?

変わるのがダメっていうなら親戚のうちの裏にできたライブハウス潰してくれないかな?たまに行くとうるさくてかなわんのだ
…無茶な話だろ?
今がいいんであって過去や未来は要らないって話は通らないよ

変わり続ける下北沢に馴れてくれ

下北沢がオシャレだなんだウルセーよ
あのゴチャゴチャして狭い駅舎がボトルネックになってんだよ
さっさと複々線化してくれ
オオゼキの前の踏切待ちの長さは殺意を覚える

吉田さんとこの200件を超える書き込みより、ここに書いてあることのほうがよっぽどリアリティーがあると思った。
いくつか、真に頷かされる意見もあった。

商業者評議会が云々の記述もあったけど、あれこそまさに傀儡ではないかと思う。
俺も参加してるけど、それには断れない事情があったからで、友人の店も同様なところを何軒か知っている。

このブログ記事について

このページは、松永英明が2009年10月 3日 11:36に書いたブログ記事です。
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