幸福実現党の研究(14)「国家社会主義」の完全な誤用とレッテル貼り

幸福実現党/幸福の科学の「霊言」の問題については、幸福実現党の研究(2)オバマ守護霊インタビュー[絵文録ことのは]2009/08/18でも記した。本人の守護霊へのインタビューと称することで、相手が本当に考えているかどうかわからないことを『言った』と決めつけて非難できる一方、もし名誉棄損と言われても本人ではなく守護霊の言葉、潜在意識を読み取っただけ、と言い逃れができる、極めて問題の多い「憶測メソッド」であることを指摘した。

さらに、ここに言葉の誤用が加わると、ひどいプロパガンダになりえる。それは「鳩山政権/菅政権は国家社会主義だ」という幸福実現党のレッテルに現われている。彼らは国家社会主義という言葉を知らず、事実として誤っている見解を発表しているのである。私は別に民主党支持ではないが、事実でない記載についてはそれは違うだろうと指摘せざるを得ない。

幸福実現党は政治音痴である。

2010年7月11日11:10| 記事内容分類:幸福実現党の研究| by 松永英明
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幸福実現党の「国家社会主義」

前回、幸福実現党の研究(13)「財産が増えなければ幸福はない」と断言する拝金宗教[絵文録ことのは]2010/06/25では「幸福実現党News」を取り上げた。

この別の記事で、「国家社会主義」という言葉が民主党のマイナスイメージを与えるレッテルとして使われていることに違和感を覚えた。

第6号(3月7日)にはこうある。

幸福実現党14

共産主義、ナチスと同じ富を憎む税制

昨年末には、仙谷由人行政刷新担当相(現・国家戦略担当相)が、テレビ番組で「遺した財産に(税金が)かかることも考えないといけない」と述べ、高齢者の死亡後の資産に相続税とは別の課税を検討すべきだとの考えを示した。

これらの"増税メニュー"の多くは、マルクスが書いた『共産党宣言』や、ナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)の党綱領の中の具体政策とほぼ同じ内容だ。

ここでは、ナチスと民主党を併記してあたかも同類であるかのような印象づけが行なわれている。しかし、この時点ではまだ「民主党=国家社会主義」とは記されていない。しかし、第8号(5月7日付け)にはこういう記載が見られる。

鳩山政権は「国家社会主義」(「『危機に立つ日本』講義」(2010年4月15日))

さらに調べてみると、『国家社会主義とは何か』という書籍が出ていることがわかった。わたしは幸福実現党自身の言葉を知りたくて本書を購入した。

国家社会主義とは何か
「国家社会主義とは何か」
 [単行本]
 著者:大川隆法
 出版:幸福の科学出版
 発売日:2010-06-18
 by ええもん屋.com

ヒトラー、菅直人(の守護霊)、胡錦濤(の守護霊)、仙石由人(の守護霊)へのインタビュー本である。だが、わたしの期待は裏切られた。幸福実現党が「国家社会主義」という言葉をどういう意味で使っているかの定義が一言も載っていないのである。

あえて抜き出せば、「まえがき」のこの部分が該当しようか。

ただはっきり言えることは、左翼の思想に染まっている人たちは、死後の世界も、霊も認めようとしないこと。つまり、世界観として「この世」しか存在しないということだ。ヒトラーは、一見、右翼の独裁者だが、全体主義的な国家社会主義は、右翼も左翼も実態的には区別はつかないのだ。

本書を熟読して頂ければ、神仏への信仰心がない社会主義国家には、国民の真なる自由もないことが判るであろう。

「全体主義的な国家社会主義」とされている。また、「神仏への信仰心がない」という。ところが、ヒトラーがオカルティストであったのは有名な話だ。決して信仰心がなかったとはいえまい。

そして、この本では「ヒトラーが胡錦濤に指導して世界制覇の野望を抱かせている」「菅・仙石は国家社会主義的」という印象を与えるための言葉が守護霊インタビューという形式で書かれているのである。

国家社会主義とは何か

国家社会主義とは何か。そもそも、この日本語はいくつかの思想について混乱させる言葉遣いである。

ナツィオナールゾツィアリスム

まず、幸福実現党は「民主党はナチス的」と言いたくてこの言葉を使っているようだが、ナチスの正式名称の日本語訳は国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP - Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei、ナツィオナールゾツィアリスティシェ・ドイチェ・アルバイターパルタイ)であった。つまり、英語でいうならNational Socialismというのがこのナチ型「国家社会主義」である。ナツィオナールはむしろ「民族」というべきであり、民族主義・ナショナリズムを土台とする。

そして、ナチが社会主義的政策を捨てて全体主義国家となっていったのは歴史を読めばわかることだ。名称に反して社会主義色を弱め、民主主義批判に転じている。さらに、戦前の日本でも大日本産業報国会などはナチス型の国家社会主義の影響を受けて作られている。

つまり、いわゆる右派的な思想である。幸福実現党は「全体主義的な国家社会主義」と書いている。この部分だけ見れば、一般的に使われるナチ的国家社会主義の意味のように見える。

しかし、それはブーメランとなって幸福実現党に返っていく。つまり、日本のエスノセントリズムを説き、国家・民族を絶対的価値観とする幸福実現党の政策の方が、むしろ基本理念としては近いといえるのだ。

一方、民主党は名称としても政策としても、ナチ型「国家社会主義」と対比することはできまい。霊言本では「「国家」や「主権」を否定したがる、菅直人氏の守護霊」という見出しが挙げられているが、それならばなおさらナチからは遠い(「全体主義」的な「国家/民族」社会主義ではありえない)ということになる。

ステート・ソーシャリズム

「国家社会主義」には、もう一つ、マイナーな用法だが別の言葉がある。それはState Socialism(ステート・ソーシャリズム)である。

国家社会主義の興亡 (明石ライブラリー)
「国家社会主義の興亡 (明石ライブラリー)」
 [単行本]
 著者:デービッド レーン,林 裕明,小西 豊,溝端 佐登史
 出版:明石書店
 発売日:2007-07-11
 by ええもん屋.com

国家社会主義の興亡 体制転換の政治経済学 明石ライブラリー(デービッド・レーン・他)●版元ドットコムでの内容紹介によれば、このように書かれている。

 言うまでもなく、本書で共通して用いた「国家社会主義(State Socialist)」概念はレーンの名を著名にするものであり、議論の対象として魅力的なものである。同時に、日本語でのこの用語は、民族主義と社会主義の折衷的政策を指向したナチス(国家社会主義・国民社会主義:National Socialism)体制を指すものでもあり、厳格に区別されなければならない。翻訳上、同じ訳を使っているが、明らかに内容は異なる。

つまり、「国家社会主義とは何か」という説明をする上で、それがナチス型「民族国家主義」なのか、ソ連型の共産主義国家を指すものなのかを明確に使い分けておかなければ、そもそも議論すら成り立たないということだ。事前にきちんとした言葉の定義をすることなしに、悪印象を与えるレッテルとして用いることは、決してフェアな姿勢ではありえない。

ところで、幸福実現党は社会主義と共産主義を混同している節が多々見受けられる。上記のように「左翼の思想に染まっている人たちは、死後の世界も、霊も認めようとしない」という。これは確かに、科学的社会主義による唯物論を掲げる日本共産党であればそうかもしれない(ただし、日本共産党には宗教者も多いことは周知の事実)。

しかし、社会党や社会民主党、あるいは社民連といった「マルクス主義ではない社会主義」系は、別に唯物論と結びついているわけではない。このあたりの根本的な誤解、誤った同一視が、彼らの主張を事実からかけ離れたものにする一因と思われる。

全体主義的な共産主義国家を指す「ステート・ソーシャリズム」と民主党の政策はやはり離れていると言わざるを得ない。

日本の国家社会主義

日本でも戦前に国家社会主義という言葉を用いた人物がいる。高畠素之である。

高畠素之はもともとマルクス主義であったが、堺利彦・山川均と袂を分かって右傾化。国家社会主義を唱えた。その思想は別名、急進愛国主義・無産愛国主義とも表現されており、「愛国」あるいは「国家主義」を前面に押し出している。これはもちろん、現在の民主党とは何の関係もない。

同様に国家社会主義に転じた赤松克麿は、最終的には右翼活動家として「日本主義」を標榜した。

山路愛山は一時期「国家社会党」を作っていたが、自然消滅している。これは北一輝が批判しているが、北一輝もまた国家社会主義者とみなされることがある。

一言で言えば、右翼が社会主義的な政策を取り入れれば国家社会主義という言葉になるということである。

いずれにしても、「国家」「国体」具体的には「皇室」を掲げて社会主義的な政策を進めようというもので、戦前の日本の政体そのものが国家社会主義的な全体主義国家であったというのも、おおざっぱな言い方としては許されよう。いずれにしても、社会主義的な要素(たとえば大きな政府や福祉の重視)だけでは「国家社会主義」とはなりえない。「国家」を前面に打ち出してはじめて、国家社会主義なのである。

民主党は国家社会主義政党とは呼べない

民主党の政策を「社会主義寄り」と表現するレベルならば事実を反映しているといえるが、松下政経塾出身者や元自由党小沢一郎派も在籍する民主党が、唯物論マルクス主義に基づく共産主義まで採用するとは考えられない。したがって、ソ連型国家社会主義を採用するようなことはありえない。

一方で、民主党が「国家」を軽視している、と幸福実現党は非難する。ならばなおさら、「国家社会主義」とは相容れない。もし、社会主義的であるから国家社会主義と呼んでいるのであれば、それは完全に政治学音痴と言わざるを得ない。

ついでに言えば、幸福実現党も国家社会主義政党とは呼べない。国家主義・エスノセントリズム型愛国主義である点は「国家主義政党」と呼んでもよかろうが、制度的には社会主義と反する新自由主義を採用している。好戦的なエスノセントリズム・ナショナリズム・ネオリベラリズム政党ではあっても、国家社会主義とはいえない。

ここでわたしは、大きな政府・非国家主義的・資本主義を土台とした社会主義的な民主党と、小さな政府・国家主義的・新自由主義的な幸福実現党のどちらが優れているかということは論じていない。ただ、事実として、民主党を国家社会主義政党と呼ぶことは政治学的にも誤りであるということである――根本的に定義を変えない限り。

そして、民主党を国家社会主義政党と認識した上で、ヒトラーの霊言と並べて掲載するのは、完全にデマゴーグによるプロパガンダと言わざるを得ないだろう。

『国家社会主義とは何か』とは何か

ここで幸福実現党の『国家社会主義とは何か』に戻る。本書の構成は、

  1. ヒトラーが語る「悪魔の国家観」(2010年6月2日 ヒトラーの霊示)
  2. 菅直人氏の思想調査を試みる(2010年6月2日 菅直人守護霊の霊示)
  3. 「大中華帝国」実現の野望(2010年6月2日 胡錦濤守護霊の霊示)
  4. 仙石由人氏の「本心」に迫る(2010年6月2日 仙石由人守護霊の霊示)

となっている。繰り返すが、死者は本人の霊、生者は「守護霊」へのインタビューとなっている。本人が言ってもいないことを「お前の本心はこうなんだ」と主張し、それをもとにして批判するというのは、人間として決してやってはいけないことの一つだと思う。

この4つの霊示は、ある意図のもとに構成されている。

まず、「ヒトラーの霊が胡錦濤(の守護霊)を指導している」という主張が行なわれる。そして、こういう霊言があると、幸福の科学の人たちは「ヒトラーが胡錦濤を指導している」と信じて疑わなくなるようである。

その上で、世界帝国を狙う胡錦濤にとって鳩山・菅路線は非常に「望ましい」ものであるという見解が示される。そして、菅直人と仙石由人(の両守護霊)の「国家」に対する軟弱な政策観が示され、一方で霊や宗教を否定する悪しき「社会主義」者としての印象が植え付けられる。

こうして、菅直人や仙石由人は国家社会主義者であって、つまり「悪」だ、というプロパガンダが行なわれているのである。

ところが、ここに致命的な論旨の破綻がみられる。つまり、ヒトラー(や胡錦濤)が全体主義的・領土拡大的な野望を抱く典型的な「国家社会主義者」として描かれているのに対して、菅・仙石両氏は国家を守ろうという意思のない、中国の野望を阻止できず中国の属国化も受け入れる人物として描かれているのである。ここで菅・仙石両氏が領土的野望を抱き、北朝鮮には先制ミサイル攻撃を行ない、中国政府を滅ぼして軍事的大日本共栄圏を再び作ろうとしている、とでもいうのであれば、「ヒトラー・胡錦濤・菅は国家社会主義者だ」と同列に論ずるレッテル貼りもうまくいくのかもしれない(レッテル貼りがよいというのではない。筋が通るという話である)。しかし、そうではない以上、菅・仙石両氏をヒトラーや胡錦濤と並べるのには無理がありすぎる。

似ていないものについて、本質的ではない共通点を無理矢理探し出して「似ている」と合弁するのを、こじつけという。無理なプロパガンダは馬脚を現わすのである。

幸福の科学の「実証」の非論理性

ところで今回、わたしは東京国際ブックフェアに行った。そこには幸福の科学出版のブースも出展されていた。ここでは大川隆法総裁が実際に霊言を「公開収録」している映像が流されていた。

そのブースの人(つまり幸福の科学の信者の方)とも少し話したのだが、この霊言の映像こそが「霊言が正しい証明」なのだという。このような公開の場で霊言が語られており、それが外部にも公開されることが、霊言がどこかで作られたものではなく、確かに語られたものであるという証明だ、と。

また、最新の書籍は1か月で11冊の霊言本が出版された。この点数の多さが霊言の存在を証明している、という。もし頭で考えているなら、こんなに多くの文章を作ることはできない。霊言が本物だからこそ、1か月に11冊も出せるのだ、という。

はっきり言って、それは何の証明にもなっていない。それで証明できるのは、「大川隆法総裁が11冊分の本になるだけの内容を口述した」という事実だけである。幸福の科学出版の書籍は文字が大きく行間が広いという事実には目をつぶっても、それは確かに多作かもしれない。しかし、それは内容をまったく担保していない。

幸福の科学の霊言には一つの特徴がある。「内容の真実性が担保されない」ということである。すでに死んだ人の場合、死後に考え方が変わることもあるという逃げ道が用意されている。また、生きている人の場合、「守護霊=潜在意識=本心」はこう語った、とされており、発言内容が食い違っていても「彼は表向きはこう言っているが、それは本心ではなく、霊言の方が正しい」という主張が可能になっている。これはアンフェアな態度である。

それはつまり、その人物についての生半可な知識と印象があれば、霊言を語ってしまえるということである。こんな条件でよければ、本をたくさん読む人ならいくらでも「霊言」を語れるだろう。田中芳樹や京極夏彦ならもっとリアルな霊言本を出せるだろうし、その方が面白そうだ。現代の政治家の霊言なら、ザ・ニュースペーパーにやらせた方が本質を鋭く突くと思う。口述のテープ起こしをそのまま編集して本にしてもらえるのであれば、わたしでも月11冊の霊言本を作ることは(他の仕事を減らせば)充分に可能だと思う。

幸福の科学の主張するとおり、この霊言が確かに霊の言葉であり、大川隆法氏がそれを翻訳して表現しているということを仮に事実としてみよう(わたしは決して唯物論者ではない)。だとしても、語った霊が本当にその人物本人または守護霊なのか、ということはわからない。どこかの山師霊が物まねして出てくるおそれはないのか。そうではないという証明はあるのか。

オバマと菅直人の守護霊の霊言を実はザ・ニュースペーパーの松下アキラの守護霊が、金正日と鳩山由紀夫の守護霊の霊言を同じく福本ヒデの守護霊が、胡錦濤の守護霊の霊言を同じく竹内康明の守護霊が、ヒトラーの霊言を実はチャップリンの霊が語っていたらどうするんだ。

しかし、その呼び出された「霊」が本当に本人か守護霊であることの証明は一つもなされていない。

霊言の内容についての検証はなされることなく、霊言の数の多さのみをもって「創作ではない。だから真実の霊言だ」というのは、論理が破綻している。さらに、これらの霊言の相互のあいだで矛盾がない(あるいは少ない)としても、このような閉じた体系のなかでの検証は検証とはなりえない。

もし真実性を証明しようというのであれば、こういう条件が必要だろう。まず、「かつて本人が語った思想についての完璧な解説」をまず求める。これはその人物について研究している専門家によって、実際に残された文献や史実、書簡などとの突き合わせが可能だろう。生きている人なら本人に問い合わせることもできる。これについては「死後に考え方が変わった」とか「自分は本人ではなく守護霊だからちょっと違うかも」といった言い逃れは通用しない。

できるものなら、重要なキーワードやフレーズには原語を用いつつ、ナーガールジュナやハイデッガーの「霊」に自らの思想を解説していただきたい(なお、ブッダの霊言については、ブッダの語った言葉との間に乖離が見られる)。本人の霊なら、本旨をゆがめることなくわかりやすく解説して、現代の研究家をも納得させることなど容易であろう。なにしろ本人のはずなのだから。だが、本人は使っていない解説書などの表現が流用されていたら、その霊言はアウトである。解説書を読んだどこかのなりすまし霊の言葉であろう。

さらに、「本人しか知り得ないが、検証可能な事実」を語ってもらう。特に生きている人物なら検証は不可能ではない。埋蔵金のありかなどを語ってもらうのもいいだろう。

それができないのであれば、霊言の名を借りた放言あるいは名誉棄損、悪質なデマゴーグ・プロパガンダとして糾弾されても仕方ないだろう。

追記(23:00)

この記事に対して以下のような脅迫じみたツイートがあり、それがRT(リツイート)されて拡散している。

@kihiruchan ホントにお気の毒に。。。はよう気づけ!アンチ!@tomusuke7 気の毒だけれども、降魔対象者になるんだなぁ @mugenoichidou アンチ活動乙

この文面の「降魔対象者」とは何を意味するのか不明だが(ネットで検索しても出てこない)、「降魔対象者」に対して彼らが何をするのか、わたしは脅迫行為と受け止め、身の危険を感じている。このように、本文の内容については何ら論じることなく、このように脅迫じみた言動を行なったり、人格に対する誹謗中傷攻撃を行なうことは決して許される行為ではない。

ただ彼らの意見に対して事実との比較による意見を述べたら、このように脅迫される。記事への感情的な非難や根拠のない悪口はあっても、具体的にどこがどのように何と照らし合わせて違うのかを淡々と指摘することはない。

なお、わたしの身に何かあったら、これらのツイート者とその関係組織を調べていただきたい。

追記(7/12 16:40)

議席は取れなかったものの民主党大敗の原因?: ササゴンの中古カメラと独り言というブログで、どこからどこまでが引用なのかわからない、不適切な引用方法にて当方のブログ記事が引用されている。まあそれはいいが、こういう批判ならざる批判が書かれている。

この著者は幸福実現党を批判しているが、唯物論信者だからしょうがない。

幸福実現党を批判したら唯物論信者、というのは脊髄反射・思考停止も甚だしいレッテル貼りである。そもそもわたしは原始仏教信奉者であり、また無形象唯識派の思想に近いものを持っている。唯物論など信じたことはない。わたしがいつどこで「自分は唯物論者である」と主張したのだろうか。ソースがあるなら示してほしい。そもそも、議論に対して「あいつは○○主義者だからどうこう」と批判するのは、単なるレッテルによる人格批判であって、議論が成り立たないことに気付いてほしい。この意見のここはこれこれこういう理由で筋が通らない、あるいはこの意見にはこれこれこういう理由で賛同できない、こういう事実があるからその主張は事実とずれている、といった、きちんとした議論は、これまでこの記事に対しても、過去の記事に対してもまったくなされていない。

それでも、民主党は「国家主義」とは呼べないからナチスと同一視はおかしい、と気付いていただけたのは幸いである。

ちなみに、ゴータマ・ブッダは、祖国シャーキャ国が攻められようとしたとき、その軍勢を押しとどめようとはしなかった。そこまで座して見過ごせとは言わないが、ブッダの教えに従うなら、少なくとも外国の侵略の危機をことさら強調して煽るようなことはありえないはずである。

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2010年7月11日11:10| 記事内容分類:幸福実現党の研究| by 松永英明
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コメント(2)

申し訳ありませんが、『国家社会主義とは何か』という本書を読んでおられないようですね。
いくらあなたが、国家社会主義の言葉の定義を、ドイツ語訳されたり英訳されたり、様々な言論人の引用をされてたとしても、それはあなたの持論あるいは推論であって、本書の中でヒトラーが語る、「国家社会主義」ではありませんよ。
しかもあなたこそ、言葉の誤用が見かけられます。たとえば、オカルティスト(オカルト)と信仰心は同じとするには大変無理があります。あなたがおっしゃるように信仰心とは「仏や神を信じる心」ですよね、オカルトは「隠されたもの」の意味であり、オカルティストは神秘主義者という事になります。
更に、言掛り的言葉の誤用があります。エスノセントリズムとは「自分の育ってきたエスニック集団(族群)、民族、人種の文化を基準として他の文化を否定的に判断したり、低く評価したりする態度や思想のこと。」とWikiにも記載がありますが、国益を第一とすべき政党としての幸福実現党の主張の何処にこのような事が該当するのか明確な指摘も無い。
結局、本の内容や主張に正面から批判されるのではなく、表紙をサラっと見て云々言って話題を取る類の輩ですな。

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このページは、松永英明が2010年7月11日 11:10に書いたブログ記事です。
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