放送大学を卒業しました。/社会人が大学で生涯学び続けるということ

このたび、放送大学を卒業しました(教養学部社会と産業コース)。大学を中退してから十数年、やっと「学士(教養)」の資格が認定されました。これで、マンガ家こうの史代さん(平成13年卒)の後輩になりました。

例年NHKホールで開かれる卒業式が今年は中止となり、各学習センターで卒業証書・学位記授与式が開かれましたが、その後の懇親会で他の卒業生の方の話を聞いて「社会人になってからの大学というのは本当に価値がある」と感じました。普通の大学(いわば就職予備校として単位・資格を揃えるのが目的)とは異なり、学びたい人が学ぶ大学を卒業できたことは自分にとっても嬉しいことです。

さらに、今年もまた選科履修生として再入学しました。というわけで生涯学習と放送大学について思うところなど。

2011年4月 5日19:38| 記事内容分類:日本時事ネタ, 更新・お知らせ| by 松永英明
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放送大学とは

放送大学は、テレビやラジオで授業が受けられる公開の遠隔教育大学(現在の英語表記はThe Open University of Japan)だ。入学には特に試験がないが、卒業するとなると努力が必要ということで、「入るのは難しいが出るのは易しい」一般の大学とは逆だと言われることも多い。よく誤解されているが、NHKやNHK教育テレビとは関係ない。なお、年二回入学・卒業の機会がある。

卒業を目指す人は「全科履修生」となる必要があるが、それ以外に「選科履修生(1年間複数の科目を選択)」「単科履修生(半年1科目のみ)」として学ぶことも可能だ。卒業後の再入学も可能だが、全科履修生は卒業したことのないコース(専攻)に入り直す必要がある。現在5コースあるので、つまり最大5回放送大学を卒業できることになる(以前は6専攻あった)。全コース卒業を果たすことを「グランドスラム」といい、達成者(グランドスラマー)は名誉学生として特典も得られる。

授業は放送授業(テレビ・ラジオ)と面接授業がある。放送授業(2単位)は中間のレポート提出が1回(郵送またはウェブ)、学期末の単位認定試験が学習センターで行なわれる。面接授業(1単位)は各学習センターで受講する。

全科履修生が卒業するには、単位さえ揃えれば卒業可能である。ただし卒業研究(6単位)を選択することもできる。

生涯学習のための公開大学という位置づけなので年齢層は幅広い。30~40代は若い方で、70代・80代の学生も多数学んでいる。

卒業すると当然4年制大学卒業の学士資格となる。また、大学院(修士)もある。

私の放送大学

私が放送大学に入ったのは、京都大学を中退したまま十数年経過して、一応大卒の資格だけでも取っておこうと思ったのがそもそもの動機である。

かつての学生時代は母子家庭で家からの仕送りは文字通りゼロ、母子家庭のための奨学金のようなものは全額が母親の生活費に消えていた(自分では一銭も使っていない)。授業料免除にしてもらっていたが、それだけでは文字通り飯が食えない。そこで生活費を稼ぐためにひたすらバイトに励んでいた。実家が金持ちの子は時給の高いバイトも見つかるようだったが、学生が多すぎて家庭教師のバイトも容易に見つからない京都で自分のやれるバイトといったら、時給700円に満たない居酒屋しかなかった(しかし、まかないで1食が得られるのでやめられなかった)。

こうして、生活費を稼ぐためのバイトで疲れ果てていて、授業に出たり予習したりする余裕などなく、一方でゼミでは「あいつは夜に電話してもいつも出ない。大学にも来ないで夜遊び回ってるに違いない」という噂が広まっていたので、ゼミに顔を出すことさえも苦痛になっていった。その結果、単位も揃わないので卒論も就活も一切手をつけることがなかった。

そういう経緯があったので結局中退することになったわけだ。それから十数年、放送大学でその悲しい思い出ばかりの学生生活の続きをやることになった。入学時、京都大学在学中に取得した単位を確認すると53単位が算入できるとのことであったので、編入して残り71単位を放送大学で取得することとなった。

最初はそれほど実感していなかったが、いろいろと興味のある授業を取っていくうちに、以前とはまったく違う「学ぶことの楽しさ」を実感するようになっていった。特によかったのは面接授業で、「メディアはアイヌをどのようなイメージで伝えてきたか」とか「日本の間取りの歴史」とか「光の屈折の実験」とか「まちづくりワークショップ」とか「東京都職員の講義によるゴミ処理の実態」とか……今まで社会に出てからの経験や問題意識を踏まえた上で学ぶことができ、非常に充実感があった。

もちろん単位は簡単に取れるわけではないが(試験で不合格になって次の学期に受け直した放送授業もある)、ちゃんと「学んだ」という実感が持てるのが何よりよいところだった。

他の大学との最大の違いは、なんと言っても「学びたい人が(わざわざ)学んでいる」ということである。「卒業に必要な単位を揃えに来ているだけ」の人が多い一般大学とは全然意識が違う。面接授業を受けている「学生」たち(爺さん婆さんも含む)がみんな積極的に授業に「参加」し、あまりの勢いに講師がたじたじとなる場面も珍しくない。放送大学での授業が初めてという講師の方の場合、他の大学での反応と全然違うという感想を授業の最後に述べられることも多い。

そういうわけで、必要な単位を揃えることも考慮しつつ、自分の興味関心のある授業を選んで受けていった。卒業のためには放送授業・面接授業だけで単位を揃えてもいいのだが、あえて卒業研究を選択した。これはかなり精神的にもきつく、院生と一緒に行なわれるゼミに顔を出すだけでも気が重いこともあった。また、いろいろな指摘を受けて最後の最後までテーマが迷走したのもつらかった。しかし、それだけに単位がもらえることになったのは大きな喜びだった。

放送大学で卒業するまで3年半かかったが、それは非常によい経験であったし、また引き続き学びたいと思わせてくれた。それでこの4月からも選科履修生として再入学した(気が向いたら全科履修生に変更して二度目の卒業を目指すことも可能)。

いろいろな人の放送大学

先日の卒業生の懇親会では、いろいろな卒業生の学生生活――というより人生――を聞くことができた。

戦争が始まったときに小学3年で、女学校に入る年には空襲があったというおばあさん。数学が好きで、特に微積分が好きで放送大学でも授業をとっていたが、試験が難しくて単位が取れないまま卒業となった。これからもまだ微積分の授業を受けようと思っている。

視力障害者の女性。障害のために大学に入ることは無理だと思っていたが、一度請求した入学案内が何度も届くので入学した。試験では特別に文字を拡大した試験用紙が用意され、試験時間も特例を受けられた。20年かけて卒業することができた。

専門学校卒の30代くらいの男性。周囲がみんな大卒で学歴にコンプレックスがあり、大卒の資格を取ることを目的として入学した。ところが、パレスチナ問題についての面接授業を受けたことから、その講師の関わっていたNPO団体の活動に加わることになった。大震災ではそのNPOの関連で、石巻にて現地ボランティアもやった。単に大卒になっただけではなく、人生が変わってしまった。

全盲の男性卒業生の付き添いとして来た方は「皆さんの話を聞いて、ずっと学び続けるというのが楽しく素晴らしいことを感じることができた」と言われていた。

今回で4回目の卒業となる方もいた。その場にいるだれもが、「卒業したからこれで勉強は終わり」などと考えていないようだった。むしろ、卒業は一区切りにすぎない。私も含め、再入学する人も多かった。ずっと学び続けること、特に社会経験を積んだ上で改めて学ぶことが大事だと、実感をもってみんなが確信していた。

生きるからには学び続けよう

もちろん、一般の大学で学問の楽しさを実感している学生さんも多いだろう。それは素晴らしいことだ。だが、大学を出て、仕事をする、という流れの中で「学ぶ」ということが中断されてしまうのではいけない。仕事で忙しいのはわかっている。その忙しい中でも、たとえ卒業まで20年かかるくらいのペースであったとしても、少しでも学ぼうという気持ちが大事だと思う。

そして、それは必ず役に立つ。専門として学んだことの最先端の研究を知る場合もあるだろうし、苦手だった内容を理解できるようになることもあるかもしれない。あるいは、まったく知らなかった世界を知ることもあるだろう。それが直接仕事や生活に結びつくかどうかは別にして、自分の人生が知的に豊かになることは間違いない。

逆に言えば、「自分は○○の資格を取った。だからもう勉強しなくていい」というのは傲慢きわまりない勘違いだとも言える。常に学び続けること、それは自分自身に限界を設けることなく、成長し続ける姿勢でもある。自分にはまだ学ぶべきことがあると考えるのは、謙虚な姿勢でもあり、それは自分自身をさらに育てることになる。何十歳の手習いでも問題ない。2009年には81歳でグランドスラム達成し、さらに大学院に進んだ方もいる。

また、私のように経済的その他の理由で大学卒業を断念した人もいるだろう。大学を4年前後で卒業し、「新卒」として採用されなければ人生が終わるなどということは絶対にない。社会人になってから卒業するという生き方も選択可能だ。いや、放送大学に入れば、単位を揃えるのが目的ではなく、学ぶこと自体の楽しさを実感することになる。そして、結果として単位がついてくる。

いや、むしろ、学者の道を選ぶ人以外が本来の意味での学問をやるには、20歳前後の時期に義務的に学ぶより、社会人になってから学びたくて学ぶ方がいいのではないかとも思う。

社会人大学院も含め、学問があらゆる年代のあらゆる人のためのものとなることを願う。

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2011年4月 5日19:38| 記事内容分類:日本時事ネタ, 更新・お知らせ| by 松永英明
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私も放送大学卒業生です、某国立大学に勤務していたので日頃から大学生の授業態
度というのを知っておりました、そのため放送大学の同窓生の授業態度にはとても
感銘をうけ「まさにこれこそが大学の授業だ」と今も思っています。

卒業年次がバレてしまいますが
>例年NHKホールで開かれる卒業式
と書かれているのに違和感がありました。
例年と書かれていますが、私の時は東京ベイNKホールでありました。
最寄り駅が舞浜駅です。
そう、あのTDLの最寄り駅です。
今でもはっきり覚えていますが、卒業生やTDLに遊びにいく人たちで電車は東京駅
から満席。これからTDLに遊びにいくであろう某キャラクターの耳飾りを付けた
人とこれから卒業式に出席するであろう羽織袴の晴れ着姿の人、そんな人達が満員
電車の乗車率でぎゅうぎゅう詰めになっており異様な電車内でした。
もちろんほとんどの人が舞浜駅で降り、人が一気に降りたため電車が揺れていまし
た。
舞浜駅を出る電車はガラガラで人もまばらになっていた光景が目に焼き付いています。
来賓も文部科学大臣(こっちは大学関係所管)とか総務大臣(こっちは放送関係所管)とか派手
でしたね。

こんにちは。

私はいま法政大学の通信教育で学んでいて、卒業するまで何年かかるかなあと思いながら取り組んでいるのですけれども、ネットを通じてとはいえ知っている人が同じように学んで卒業している姿を見ると励みになります。

年取ってからの勉強って面白いよね。

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