語中がデタラメでも英文は読める-2-GUITCHUSからの手紙

9月20日の記事「語中がデタラメでも英文は読める」を元の英語サイトにトラックバックしておいたら、英文の反論(長文)がコメントに投稿された。これを全文訳して、こちらに載せたいと思う。以下、翻訳。しかし、これ自体もチェーンメール化(or都市伝説化)しそうな一文が最後に載ってますねえ。

※この記事は2003年のものです。この記事をもとにした最新の情報は「読めてしまう」文章ネタの起源と歴史[絵文録ことのは]2009/05/10をご参照ください。

2003年9月23日03:49| 記事内容分類:言葉| by 松永英明
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そういうわけで、「msesgae」(と今後呼ぶことにしたいもの)がある(※message=メッセージの並べ替え)。

"Aoccdrnig to a rscheearch at an Elingsh uinervtisy, it deosn't mttaer in waht oredr the ltteers in a wrod are, the olny iprmoetnt tihng is taht frist and lsat ltteer is at the rghit pclae. The rset can be a toatl mses and you can sitll raed it wouthit porbelm. Tihs is bcuseae we do not raed ervey lteter by it slef but the wrod as a wlohe".

たとえ奇妙であっても、この「msesgae」は不適切であり、極端な一般化であり、極めて還元されたヴィジョンを伝達する。さらに、これはそのままの形、つまり単純な幻想的作品や愉快な文章にとどまるべきであるにもかかわらず、厄介な形をとっている(我々はこれをメール、ウェブログ、チャットで見た。そこでは参加者は無条件に驚き、おもしろがるのだが、この「センセーショナルな発見」を持ち上げ、世界各地の友人たち(彼らも盛り上がっている)がそれを他の言語に転送した(どうやら、この「hoaxmeme」(一杯食わせるミーム)はウェブ中に広まりつつあるようだ)。

この話題を包囲することにしよう(傲慢にもったいぶってではなく、単に反・体制順応主義と反・単純化主義によって)。あなたがもしまじめな説明を探しているのなら、ここに「反・一杯食わせるミーム」があるわけだ。

はじめに。
読むことは、様々な性質・様々な複雑さを有する多くの知識を動員する複雑な活動だ(これは、さらに「書くこと」が複雑であるという事実にもよっている)。それは、認知過程を含むだけでなく、同時に、知覚過程も含む活動である。すなわち、読むこと、それは言葉を認知し、識別することなのである。

展開
多くの言語学者が、言葉の特定のメカニズムの発展を説明しようとしてきた。そして、現在、読むことについては多くの発展モデルがある。主要なモデルは、3種類の読み方から構成されている。これは、言語習得の3つの年代別段階に実際に対応している(この発表では、第2のものから始めるとしよう)。

◎アルファベット的読み方(第2段階)――この読み手は、書いたものについての口頭試験を受ける(つまり、この人は、文字と音の対応がどのようになっているのかを学ぶ。例えば、[k]という音が 'c'(cot)、'k'(kiss)、'ch'(chord)と書かれるというように)。音韻論的な調整をつけるこの段階では、符号訓練が行なわれる。学習者は、音韻論的な知識を増やして、それを新しい単語に当てはめる(それは自己訓練の形である)。この段階は「間接的な方法」と呼ばれる。読み手は、暗号解読のプロセスを経て単語を読むからである。

◎正字法的読み方(第3段階)――単語は正字法的な単位で解析される(正字法とは、ここでは単語を構成する文字の連続を意味する)。ここでは音韻論的な変換は行なわれない。言葉は、記憶された正字法的辞書を参照し、直接読まれて認識される。この段階は次第に(しかし完全にではなく)アルファベット的読み方に取って代わる。読み手は、それ以上解読の必要がない。単語を「直接的な方法」で認識するからである。

◎表語文字的読み方(実際には読み方訓練の第1段階である)――この段階では、読み手は単語を「読む」ために、様々な手がかり、特に言語街の環境によってもたらされる手がかりを用いる。文字の順序や、音韻論的な要素は考慮されず、視覚的な手がかりのみに頼る。この段階では、よく知っている単語(あるいはともかく「暗記」しているもの)の瞬間的な認識があり、視覚的な手がかりを伝える基礎に基づくふるいは、最初の完全な用語表を構成することとなる。視覚的な手がかりは、単に文字の長さ、あるいはその「シルエット(輪郭)」、場合によっては一文字だけということもありえる。この段階を説明する古典的な例としては、「Coca-Cola」という単語がある。そのロゴは5~6歳のほとんどすべての子供たちが簡単に特定する。もし我々が一文字だけを変えて「Coca-Coca」としたなら、子供たちは元々の単語との違いに気づかないだろう(いくつかの実験で証明されているとおり、大人でも気づかないことがある)。

賢明な読者はすでに理解されたかもしれない。我々が「msesgae」を読むときに実際に起こっていること、それは、我々=読み書きを教わってきて読み書き能力のある読み手が、長年にわたって読んできた経験のおかげで身に付き、自動化した能力を使っているのである、ということである。換言すれば、我々は読み方の「習癖」を身につけたわけだ。

絵的意味論システム(単語が画像ロゴのように扱われる)を通じて意味へのアクセスが直接行なわれるような表語文字的な読み方に我々が戻っている、というように、「msesgae」実験は思わせる。しかし、これは完全に正しいわけではない。

実際、我々は正字法的読み方システム(意味へのアクセスは話し言葉の意味システムを通じてもたらされる)を使い続けている。我々が"msesgae"をもっと厳密に見るなら、68語中34語(短くて一般的なもの)が正しくつづられていることがわかる(これは50%、本文の半分であり、そのほとんどは「文法的な単語」である)。単純で一般的な構文(「forma brevis」=短い形 の新聞雑誌的な言い方)に加えて、多かれ少なかれ経験を積んだ読み手による予想能力ならびに自動反射的修正で、多くの視覚的手がかりが与えられる!!!(使われているシステムは、「タイピングエラー」に近いものであり、とにかく、教師たちは綴り間違いだらけの我々のエッセイを極めて上手に読むことに成功する。言い換えれば、あなたは"waht"ではなく"what"だと指摘する文学教授である必要はないということだ) (さらに、音節的簡略化現象があるが、詳細は省略する)

結論
《msesgae》によって伝えられる理論は、完全に間違っているわけではないが、非常に短絡的なものであり、単語の最初の文字と最後にある文字だけで充分だと断言するのであれば完全に誤りである。実際、それは「シルエット」もかなり扱っている(それによって我々の(ほとんど標準的な)短縮形が作られている(もう一つの簡略化手がかり))。ももし我々が問題なく「msesgae」を読むことができるとしたら、それは正字法上・綴り上のあやまりがあっても簡単に文章を読むことのできる優れた読み手だからである。
それを証明するために、正しい綴りの語「acetoxybutynylbithiophene deacetylase」とか「carboxymethylenebutenolidase」を提示しよう。優れた読み手である皆さんは、これらの未知の単語に対して、 アルファベット的分析(第2段階)によって区分し直し、書き文字の音韻論的解読を行なうことだろう(あなたが薬屋、薬剤師、医師等であればこのような過程を踏まないと思う。その場合は失礼をお許しいただきたい ^^;)。
もう一つの反例。「msesgae」のときにやったように、以下の文章をできるだけ速く流暢に一見して読むことができるなら、私の理論的な解説は間違いということになる(か、さもなくばあなたは文字並び替えの生まれつきのチャンピオンだ!)

"Nreuuoms pmeeononnhs peossss uiapocmltecnd etaaoilxnpn; nwttdtsniinoahg, the pdseuo-snfiiiectc spssliiimtm is not snfiiiectc and eieecndvs are oetfn mdanleiisg"*.

Guillaume Fon Sing(ギヨーム・フォン・シン)
別名 GUITCHUS(ギッチュ)
guitchus@hotmail.com
言語学者

*"Numerous phenomenons possess uncomplicated explanation; notwithstanding, the pseudo-scientific simplistism is not scientific and evidences are often misleading"(おびただしい現象が簡単な説明を有している。にもかかわらず、疑似科学的な単純化は科学的ではなく、証拠はしばしば人を誤らせるものである)

どうかこれを転送してください……何か教えてあげられるから。

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