木村剛の「マスメディアへの対抗意識」は時代錯誤。中越地震マスゴミ批判記事を検証する

 「週刊!木村剛」の木村剛氏がこのところマスメディアへの対抗意識を燃やしている。しかし、これは明らかに時代錯誤なものであり、とうてい共感しえないものである。

 その最大の原因は、木村剛氏が「マスメディアVS民衆」という対立構造を図式として有していること。これは一昔前の学生運動の「権力者VS民衆」という構図と何ら変わることのない「自らを弱者と位置づけ、仮想敵との闘争を主目的とする」という時代錯誤な発想としか思えないのである。

 私自身もマスメディア報道を信用しているわけではなく、その被害というものにも遭ったことがある。しかし、「マスメディアVS民衆ブログ」という対立軸を中心に据え、「マスゴミに対するブログ軍団の橋頭堡」(週刊!木村剛:これが新潟県中越地震の真実だ!)というような意識をもっているということ自体が「時代錯誤」と思えてならないのである。

 マスメディアへの対抗意識でブログをやるということは、必然的にマスメディアに寄生、あるいは少なくともマスメディアを常に意識する立場にならざるを得ないということである。つまり、「アンチ・マスメディア」はマスメディアなくして存在し得ない。そして、マスメディアと同じ土俵で「闘い」続けなければならなくなる。

 我々に必要なのは、マスメディアを敵視し、対抗し、張り合うすることではない。ただひたすら淡々と、マスメディアが流そうと流すまいと、自分の見たこと、聞いたこと、知ったこと、感じたことを報じ、そして他の人の情報を検証・取捨選択して、真実に迫ることである。対抗ではなく、ただひたすら淡々と、本当の意味でのジャーナリズムを実践する。それによってのみ、ブログはマスメディアを「凌駕」する存在、あるいはもう一つのメディアとなりえるのである。

 もちろん、「週刊!木村剛」が「マスメディアのあら探しブログ」にとどまりたいのであれば話は別であるが。

 以下、一連の木村剛記事について検証してみたい。

2004年11月 3日11:52| 記事内容分類:ジャーナリズム, メディアリテラシー| by 松永英明
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ブログにはマスメディアに対抗する力があるが、それを目的とした道具ではない

 アメリカでウェブログが初めて話題になったのは、9・11事件のときであった。CNNなどの大メディアのウェブサイトがアクセス集中のためニュースさえもまともに閲覧できない状況にあったとき、現場の目撃者・体験者たちが自分たちの見たこと・体験したことをブログの形式で公開し始めた。それらの情報は、ときにはCNNやNewYorkTimesなどの大メディアの情報よりも、速く、正確で、詳細なものとなっていた。

 次々と生まれた「9・11ブログ」は、やがてアフガン戦争へと続く流れの中で「ウォーブログ(戦争ブログ)」と呼ばれるようになり、そしてこれがアメリカにおけるウェブログの流行のきっかけとなったのである。

 ……という話は拙著『ウェブログ超入門!』150ページでも書いたとおりであるが、彼らは「CNNの報道はウソだ!俺たちが真実を報道してやるんだ!」とか「今こそマスゴミに一矢報いるとき!」といった意識でウォーブログを始めたのではない。ただ、彼ら自身の体験した衝撃、驚き、あるいは伝えたいと思うことをネットで公開した。たまたまそれに便利だったのがウェブログというスタイルであり、あるいはネットというツールだったというだけのことである。

 ウォーブログがマスメディアに対する「対抗メディア」たりえたのは、それが「既存のマスメディアに対するカウンター」という意識を持っていたからではない。むしろ、そのような目的を持たず、ただ良質な情報、生の情報、生き生きとした情報を伝えるという行為が純粋に存在し、それがまさにジャーナリズムの本質を体現したものであったからこそ、自然と「マスメディアを凌駕するもう一つのメディア」としての頭角を現わしたのだ。

ウェブログとマスメディアは相互補完的である

 拙著『ウェブログ超入門』164~165ページ(の元原稿データ)から引用する。

 英米圏のウェブログが爆発的な人気を得たきっかけが、9・11事件後のウォーブログであったため、「ウェブログは既存のマスメディアに取って代わるのではないか」といった論調も出ています。あるいは、「ウェブログによって今までのジャーナリズムが大きく変化する」とか「次世代ジャーナリズムである」という見方もあるようです。

 しかし、「ウェブログ」対「旧来のジャーナリズム/マスメディア」といった対立の構図には疑問を示すブロガーも少なくありません。「ウェブログがマスメディアに取って代わる」というのはあまりにも極端な話です。むしろ、ウェブログとマスメディアはお互いに補い合うようになるという見方が妥当ではないでしょうか。

 実際には、ウェブログとマスメディアの融合も始まっています。たとえば、現在、まだ少数ではありますが、ジャーナリスト自身がマスメディアのサイト内でウェブログを始めているところがあります。英国の進歩系新聞ガーディアンのサイトや、日本のIT系ニュースを伝えるCNETでは、記者によるウェブログが開設され、効果的に話題を掘り下げて伝えています。

 その一方で、少数のブロガーがアマチュア・ジャーナリストといえるような情報を独自に収集して伝えるようになっています。たとえばブロガーのイベントがあれば、翌日には参加者による詳細なレポートがいくつも読めるのは、その一例と言えるでしょう。

 また、マスメディアの報じない独自ニュースを掘り起こして伝える人たちもいます。カリフォルニア大学バークリー校のケルヴィン・ディーニハンは「カルスタッフ」というウェブログで、学校やバークリー市のローカルニュースを独自に流してきました。それは地元新聞などに取り上げられることもしばしばありましたが、大学入試問題に関するトラブルについてのウェブログ記事は、世界的にも有名な大新聞「ロサンゼルス・タイムス」に引用されたのです。

 そこまで行かなくても、マスメディアの情報に対して批判や補足を加えたり、意見を述べるという意味で、ウェブログはマスメディアを補う役目を果たしていると言えます。

木村剛氏は中越地震を利用した

 では、木村剛氏の書いた実際の記事について、詳細に見てみようと思う。

 発端はこの記事であった。「ミズタマのチチ | 及ばずながら、ブロガー報道。」というブログ記事からの引用として、

所謂「報道関係者」という外野が、被災地を踏み荒らすさまが、現地からの投稿やその関係者からの声でつづられています。その集積を作られた天漢日乗さんに敬意を表しつつ、「これこそ見よ!そして、知らしめよ!」との願いを込めて、リンクを張らせていただきます。毎日見聞きする画面や誌面のフレームの外に、どんなものがあるのか知ってほしい。また、これを見て、同じように感じた方がリンクを広げてくれると、うれしく思います。

ところで、こうしてマスが伝えない(伝えられないだろ)ことを繋げ合って知らしめていくことも、ブロガーのできる報道じゃなかろうか?ご大層な理論やドラマ的なものを操っても、所詮情報を伝え知らせること無しには成立しないのだから。報道って、そんな特別なことですか?

 という部分が掲載され、そこに、

 そうです。これこそ見よ! そして、知らしめよ!・・・ですね。私は、「週刊!木村剛」をマスゴミに対するブログ軍団の橋頭堡にしたいという仄かな野望を持っているので、喜んで「ミズタマのチチ」さんのお手伝いをしたいと思います。

 と木村剛氏がコメントしている。

 まずここで赤裸々に告白されているが、木村剛氏の目的は、「新潟における迷惑な連中を何とかする」という被災地の状況改善ではなく、「よーし、これでマスコミをたたける!」というところにあることが明白である。「マスゴミに対抗する野望を持っているのでお手伝いをしたいと思います」であって、「ああいうことは許せませんね。わたしもそう思います。だから紹介します」ではないのである。

 つまり、中越地震においてマスコミが(いつものように)傍若無人な振る舞いをしたこと、それは木村剛氏においてラッキーなことだった。話題性十分、そしてマスコミに泥を塗るチャンスだった。中越地震は木村剛氏にとって「おいしいネタ」と化した。まさに奇貨居くべし、「マスゴミに対するブログ軍団」の突撃が開始されたのだった。

事実であるかを検証せず、「マスコミ=悪」のプロパガンダ

 しかし、その攻撃は見事に的はずれなものだった。なぜなら、木村剛氏はただひたすら「2ちゃんねるの噂を垂れ流す」いや「2ちゃんねるの噂を拡大再生産する」という、ある意味マスメディア以下の行為をもってマスメディアに対抗しようとしたからである。そのような『噂の真相』的な行為は、鬱憤晴らしにはなってもカウンターマスメディアとしてやるべきことではない。

 木村剛氏の記事には実はウソ偽りがある。

ということで、「天漢日乗」さんによる新潟地震に関するブログからの抜粋をお読みください。

と書かれており、その下には中越地震の現場からのマスコミのひどさについてのレポートがまとめられているのだが、これは「はてなダイアリー - 天漢日乗」2004-10-29の記事そのままの引用ではないのだ(こういうふうに原文を改変した「引用」は著作権的にも著作者人格権を損なう行為となりえるので注意。引用は原文ママが原則である。が、まあそれはさておき)。

 ぜひ元のリンクをたどっていただきたい。そこにあるのは、木村剛氏のサイトにあるような「レポート」ではない。ただそこに引用されているのは「2ちゃんねる(まちBBS含む)からの抜粋」なのである。

 いいだろうか。

  • 2ちゃんねるや「まちBBS」に新潟被災地に関する発言が投稿される
  • 「天漢日乗」でその投稿のいくつかを選択して転載
  • 木村剛氏がその転載をあたかも「被災地からの事実のレポート」であるかのように掲載

 という流れなのである。この流れを見て疑問に思わない人は、「メディアリテラシー」ということを勉強していただきたい。あるいは、木村剛氏の「世論操作」技術について目をこらすべきだ。

 もちろんわたしは普段から2ちゃんねるについて「ウソ、デマ、騙り、煽り、誹謗中傷、ネタ、ネット弁慶の膨張した自我の哀れな自尊心発露の場、姿を隠して批判することでしかプライドを保てない精神的奇形者の巣窟、良質な情報は夢の島でダイヤモンドを探すより困難、見るだけ時間の無駄」「ウソをウソと見抜くと2ちゃんねるには何も残らない」とこき下ろしているアンチ2ちゃんねるであるが、今回の件について「情報の出所が2ちゃんねる」というところはとりあえず問題ではない。

 このプロセスの中に、「最初の発言の真偽を確認する」というプロセスが完全に抜け落ちていることが最大の問題なのである。

 わたしだったらこんな風にやるだろう。まず、「天漢日乗」さんにリンクするなり、「そのまま」の引用なりをした上で、

 新潟ではこのような状況が展開されているという情報がネットには存在している。これらの情報を裏付けるような情報をお持ちの方は、ぜひ情報を提供してください。あるいは、別の話をご存知でしたらぜひご紹介ください。あるいは逆に、マスコミ関係者からの反論もお待ちしています。

 つまり、木村剛氏にとって、マスコミは先験的に悪、民衆メディアであるブログや掲示板は先験的に善なのである。「権力を持ち、民衆を弾圧する、力を有したマスコミ」は、実態を知る以前にすでに「悪」であって間違っており、「力を持たず、弾圧され、潰される民衆」は何が何でも「善」であって正しいのである。記事の内容を木村氏は保証していないというが、それは言い訳にはならない。

 いや、そういうプロパガンダをするというのなら、それはそれで否定しない。「マスゴミ反対~!独自メディア万歳~!」と主張することそのものは個人の思想の自由である。しかし、それをやる方法として、一切の事実の検証なく、ただ「2ちゃんねる発の怪文書」を垂れ流しているのである。

 これは、木村剛氏が受けている怪文書攻撃の流れを逆転させただけだ。「週刊!木村剛: ブログに文句つける前にマスコミの方を矯正してほしい」にある木村剛氏の批判は、そのまま木村氏自身に当てはまる。

 いまも、日本振興銀行関係でクダラナイ怪文書が流れており、つい最近も「週刊○○」がはじめから結論ありきの質問状を投げ付けてきて、「お前には応える義務がある」だの「俺たちには知る権利がある」だの言ってきまして、「お前は何様だ」と言いたくなる輩がおりました。どうせ、イエローペーパーのようなヨタ記事を書き、私を誹謗中傷して喜ぶのでしょう。

 会って真摯に説明したところで、書く記事の主張は決まってしまっているのですから、会うだけ時間の無駄ですし、不愉快さが倍になるだけです。私は未だかつて、そういう場面でデスクの方針に抗って、こちらの正しい言い分を正しく記事にしてくれるプロのジャーナリストにお目にかかったことがありません。

 ちなみにわたしはマスコミに属していないし、マスコミの肩を持つものでもない。木村氏が潤色して採用した新潟での実態についても、ありえる話だと思っている。しかし、それを「検証もせずに取り上げた」(あるいは検証していないことを明記せずに取り上げた)ことを批判しているのである。

 「ネットde監視、地方議会: ???小千谷市民の声???」では、

内容的に、必要な救援物資のことは事実でしょうし、小泉首相や議員、マスコミへの批判を疑っているわけではありませんが、出典が明らかになるまではにわかには広めたくありません。

という非常に慎重な(そして適切な)態度が取られている。木村剛氏の記事における態度は、これとは180度逆であることがおわかりいただけるだろう。

木村剛氏の取り上げた「2ちゃんねる」記事は「現場」との接点がない

 検証がなかったことに加えて、もう一つ、木村剛氏の今回の取り上げ方については、「現場」との接点がないという大きな問題点がある。

 ジャーナリストは「足で稼げ」といわれている。つまり、実際の取材が必要だということだ。現場に行く、当事者に話を聞く、関係者に話を聞く。そういった検証を踏まえずに又聞き・伝聞だけを垂れ流すのであれば、噂・デマと何ら変わることがない。

 しかし、わたしは別にここで「木村剛氏は現地に行って調査せよ」と主張するつもりはない。そこでこそブログの力を発揮すべきなのではないか。つまり、現地の生の情報を伝えるブロガーがいるだろう。あるいは、現地に親族や知人がいて、そういう話を間接的に聞けるブロガーもいるだろう。そういう人たちの情報をトラックバックとまとめ記事で集約するならば、それは一級の情報となり、ひいてはマスメディアの現地取材方法についての反省を促す力を持ち得るはずである。

 しかし、木村剛氏は、「2ちゃんねるの噂」をそのまま拡大再生産した。もとをたどれば2ちゃんねるのコピペ。「なあんだ。2ちゃんねるか。どうせ便乗して煽ってるやつがいるんだろ。もしかしたらゴー・キムラの自作自演じゃないの?」とか言われて終わりである。せめて、当該記事が新潟発のものであることくらいは確認しないと、「事実に根ざさないデマ」を流しただけ、ということになってしまう。

 ですから、私は、そういう場面での取材は基本的にお断りしておりますし、怪文書をネタ元にしたヨタ話には一切付き合わないようにしています。その手の話は、司直の手に委ねることがもっともフェアですし、民間同士のことであれば、裁判でハッキリしてもらった方がよいというのが、手痛い経験を幾度もした私の結論です。

と「週刊!木村剛: ブログに文句つける前にマスコミの方を矯正してほしい」にあるが、だったら今回もそうすれば?とも言いたくなる。

 「食べたものを淡々と記録するよ」の大島さんも被災者の一人。彼の淡々と記す被災後の日記や現地での食べ物は、権力への対抗などという次元とは別でありながら、はるかに身につまされるものがある。そういったブログをまとめて読めば、行政の対応なりマスメディアの行為なりについて、実態に即した、ときにはさらに鋭い指摘を見いだすことも可能であろうと思う。

根本の出典を明記する必要がある

 ところで、ここで疑問に思う人がいるかもしれない。お前は木村剛氏を批判するが、その元ネタとなった「天漢日乗」さんについてはどうなのかと。

 わたしは、まったく問題がないと思っている。なぜなら、あのページを見れば、2ちゃんねるのどこが出典か書いてあるからだ。

 事実ということについて言えば、書いてあることをそのまま鵜呑みにするというのは、メディアリテラシーのかけらもない最低の反応である。しかし、である。「○○という媒体にこういうことが書かれた」ということは、最低限認定できる事実である。「木村剛氏が自分のブログでこう書いた」は、見ればわかる事実である。仮に削除されたとしても、それ以前はこうだった、というのは目撃証言として価値がある。

 しかし、木村剛氏が自分のブログで書いた「内容」については、事実かどうかわからない。このへんの区別がついていない人が多い。「○○だそうだよ」「本当?」「テレビでやってたよ」「そうか。ひどいねー」なんていう会話は、案外日常的に行なわれているものだ。逆に「朝日新聞に載ってたよ」「じゃあウソに決まってる!」なんてのもあるだろうが、それも思考回路としてはまったく同じ。

 つまり、事実は事実であって、報じられたルートとその真偽は別なのである。そして、どういう経路をたどって情報が伝えられるかによって、ニュアンスや事実関係、あるいは視点が変わってくるものである。しかし、報じられたルートまで含めて確認することで、できるだけ純粋な生情報に近づこうとすることは可能となる。

 今回の件であれば、木村剛氏の「抜粋」という名の改変(あるいはデマの拡大再生産)を見て感想を持つのではなく、そこに明記されたリンクをたどるべきである(この情報元のリンクを付けている点については、木村氏を評価する)。リンクをたどっていけば、2ちゃんねる情報だということは一目でわかる。そして、それが現地からのものかどうかなど(ひろゆきにIP情報を公開させない限り)わかるわけがない、ということも理解できるはずだ。

 「2ちゃんねるには○○という情報が投稿されていた」というのと「新潟現地では○○ということである」というのは、大きく違う。木村剛氏は、ワンクッション置いて出典をたどれるようになっているが、「2ちゃんねる情報の転載をリライトしたのが以下のものです」という直接的な出典の明示がなかった。これは、必ずしもリンクをたどって検証するとは限らない読者に対して、「誘導」するという意図がなかったかどうか。意識的にせよ、無意識的にせよ、それは「あった」と思う。なぜなら、2ちゃんねる情報であるということが完全に見えなくなるようなリライトをかけているからだ。木村氏は情報に信憑性を持たせたいと思ったはずだ。だが、それは情報そのものを確認する方向ではなく、情報をいじる方向に向かった。そして、その根本的な問題点に気付くことなく、現在も反論はひたすら「マスコミはひどいんだから対抗しないといけないんだ」という被害者意識丸出しの遠吠えに限られている。

 一方で、読者は常に、マスゴミであろうと市井の民衆ブログであろうと、常に検証という意識を持って接するべきである、ということも指摘しておくべきだろう。

人格攻撃と、言っている内容に対する批判を混同するな

 木村剛氏の3つの記事を通読して思うのは、氏の戦略の誤りだ。

 近いうちにマスコミから木村氏は「事実に基づかない批判攻撃」を受けるだろうという。

マスコミの皆さんは、ここぞとばかりに、この手の怪文書とお手軽な聞き込みを手掛かりに、煽り記事を一斉に書き始める予定です。面白ければそれでいい式の安直な、私に対する誹謗中傷記事が2年前と同じようにこれから咲き乱れることでしょう。

週刊!木村剛: ブログはマスコミに報いる庶民の一矢だ!より)

 それに対する対抗法を、木村氏は同じ記事でこう書いている。

 マスコミの暴力は絶対的です。

 一度ボコボコに自分のことを書かれたら分かりますよ。

 これまでは、反撃する武器が庶民に与えられていなかったのですから、殴られっぱなしです。庶民は言われたい放題で泣き寝入りするしかなかったのです。

 しかし、今は少し違います。

 それは、皆さんも同じなのです。

 ブログという頼りないけれども闘うための道具ができました。声なき声を多くの人に伝える環境ができてきました。叩かれっぱなしだった庶民が、弱々しい一刺しであっても、マスコミという強敵に一矢報いることができるようになりました。

 これはそのとおりだと思う。当事者が自らの声、自分の伝えたいことを、バイアスを通してではなく直接伝えることができる。それはブログ(というかインターネットでの情報公開)の強味である。それは真実である。

 しかし、そこで「一矢報いる」べき内容、「反撃」の内容が重要だ。もし木村氏の言うように「この手の怪文書とお手軽な聞き込みを手掛かりに、煽り記事」として書かれたものに対抗するなら、そうではないという事実を淡々と公開するのが「反撃」であろう。つまり、攻撃そのものの内容を無力化させるわけである。

 しかし、「マスコミはひどい」と言い続ける木村氏の態度は、内容ではなくマスコミそのものの評判を落とすという戦略である。自分のことを根も葉もない噂で誹謗中傷されたのだから、マスコミの評判を落として、それで「あいつらの言うことは全部信用できない」という風に世論を誘導しようとしているのである。

 これはわたしの最も忌む方法である。つまり、人格攻撃は議論を不毛なものとし、誹謗中傷のプロパガンダ合戦となる。「マスメディアが今回こういうことを言った。これはおかしい」「こういうことをした。これはおかしい」「こういう批判をしてきたが、それには根拠はない」というのはOKだ。そのためのツールとしてブログが使えるというのは事実だし、大いに使えばいい。

 しかし「マスゴミってのはいつもウソばっかり」というのであれば「ああ、あの人はマスコミにひどい目にあったので恨みつらみで悪口言ってるだけなのね」と思われるだけである。

 今回のわたしの記事は、木村氏が書いている内容があまりにひどいので書いているものであるが、別に木村剛氏という人物には何の遺恨もない。もしマスメディアの誹謗中傷報道に対して木村氏が納得できる記事を公開すれば、そのときにはそれを応援するかもしれない。わたしは「言っている内容」と「言った人」を区別している。だから、たとえば今木村氏と実際に会ったとして、そこで「ああ、この人はいい人だな」と思ったとしても、やはり同じ批判を言うだろう。そして、議論をした末には握手して帰ることだろう。そういう態度を冷たいと思う人もいるかもしれないが、知り合いだから、身内だからといって間違った内容を認めるのはおかしいと思う。

 「マスコミは間違っている。マスコミは悪い」というような発想は、「木村剛氏が嫌い、だからあいつの言っていることは何でも否定する」という発想と同根である。わたしは「木村剛氏が今回言っていることは間違っている」と述べているにすぎない。このあたりを勘違いする人が(特に2ちゃんねるなどでは)多く見受けられるのは非常に残念なことである(ネットウォッチなどはそういう心性だけでできていると断言してもいいくらいである)。

結論

 ルサンチマンを動機とした木村剛氏のマスコミ批判には、力はない。マスコミはひどい、と叫ぶだけなら、幼稚だ。

 事実を検証し、あるいは検証しようとするところにジャーナリズムの本来の力が存在する。

 ブログのネットワークを、情報(デマ、噂、主張)をむやみに拡大再生産する流れを生み出すために活用するのであれば、それは何の意味もない。情報を再検証し、追加情報をもたらし、整理し、さらに補足情報を捕捉していくためのツールとしてブログのネットワークは活用されるべきである。

 そのためには、ブログの書き手・読み手それぞれにメディアリテラシーの能力が求められる。メディアリテラシーは、媒体の種類によって情報の価値を判断するのではなく、究極的には事実そのものを検証する態度である。そして、そのような態度によってのみ、ブログは力を持つであろう。

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2004年11月 3日11:52| 記事内容分類:ジャーナリズム, メディアリテラシー| by 松永英明
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コメント(6)

はじめまして。@HOMEのfumi_oと申します。
トラックバックした者なのですが、私の方の操作ミスでずらずらと並べてしまいました。本当に申し訳ございませんが、削除して頂きたく、ここにコメント入れた次第でございます。
他意は全くございませんので、お手間を取らせて本当に申し訳ないのですが、どうかよろしくお願い致します。

ゴーログに時々トラックバックしている者です。今回の件について、わかりやすい整理、ありがとうございました。

ただ、気になるのは、木村氏の日本振興銀行のような件はともかく、例えば個人攻撃について、松永さんの言われる『対抗するなら、そうではないという事実を淡々と公開するのが「反撃」』を実行するとすれば、個人情報を淡々と流さざるをえなくなる(そして、さらに泥沼にはまる)ということになりませんか?

もちろん、松永さんが、そこまでするのがスジと言われるのなら、それは1つの意見だと思いますが、家族を抱えていたら、大変な選択ではないですか?

マスコミはそこまで読んで、「個人」を攻撃しているのではないかと思います。お邪魔しました。

おっしゃることはわかりますし、ソースが確定できてないのにそれをblog等で扱うことの愚・危険性はおっしゃるとおりと思いますが、blogのみを攻撃するよりは、マスメディアも含めた情報に対するメディア・リテラシーを啓蒙した方がより有意義なんではないかと愚考します。おそらく松永さんは頭の回転の良い方で「こんなことを普通は鵜呑みにしないだろう」と考えておられるのだと思いますが、斯く言う私も含めて、世の中、案外と鵜呑みにしてしまうものですので。

コメントありがとうございます。

>broomさん
要するに反撃するには自分のプライバシーをさらけ出さなければいけないが、それは困る、という場合ですね。これにはブログという媒体は向いていないと思います。それは木村氏も採用すると言われている「司法に訴える」という手段が適切かもしれません。
 しかし、ネットでの直接的な方法が使えないからといって、相手の人格攻撃によって「マスコミの言うことは信用できない」という一般論をたとえうまく植え付けることができたとしても、個別の事例についてまで否定できるのかといえば、そうではないと思います。それは、本人が遺恨を晴らすという気晴らしにはなるかもしれませんが、端から見ていても何だかずれた話をしているように見えるのではないかと思います。
ただ、思うのは、木村剛氏は「発言内容」と「発言者」と「発言者の陣営」をすべて一つのものとしてとらえる傾向があるのではないか、という危惧です。マスコミに所属する人からの反論をマスコミ全体からの攻撃と受け止めたり、「マスコミを批判すればマスコミの言っていることもすべて批判できる」と考えている節があることから、そんな気がしてなりません。となると、木村氏には今回のわたしの主張は理解されない(頭ではわかっても納得されない)のではないかとも危惧します。

>ssuzukiさん
>マスメディアも含めた情報に対するメディア・リテラシーを啓蒙した方がより有意義
 これはまさにそのとおりです。このブログではいくつかメディア報道の誤報を指摘したり、事実が歪曲されたものについて指摘したりしてきました。ただ、個別の事例があったときだけなので、メディア・リテラシーということそのものを取り上げてみたほうがいいのかもしれませんね。
 以下、当ブログ内のメディアリテラシー関連記事です。
http://www.kotono8.com/2004/02/27asahi-12girls.html
http://www.kotono8.com/2004/02/29asahi-12girls-2.html
http://www.kotono8.com/2004/03/31asahi-correct.html
http://www.kotono8.com/2004/04/19self-responsibility.html
http://www.kotono8.com/2003/12/22yomiuri.html

トラックバックありがとうございました。
今回の論争は結果的には、「週刊!木村剛における、自浄作用の否定」につながったと感じ、上記記事を書き、トラバさせていただきました。今後とも、よろしくおねがいします。

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このブログ記事について

このページは、松永英明が2004年11月 3日 11:52に書いたブログ記事です。
同じジャンルの記事は、ジャーナリズムメディアリテラシーをご参照ください。

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