ケータイ族の特性を生かしたケータイサイトの作り方

 前回の記事「ケータイ文化圏とネット文化圏の深い溝」は、かなりの反応があった。ネットを使いこなしている人と、ケータイメインで使っている人では、行動パターンが大きく違っている――この事実を再認識して、何か面白いことができそうだとか、商機がありそうだと思ってもらえれば、書いた甲斐があったというものである。

 さて、前回の記事は、その行動パターンの違い=メディア特性の違いが存在している、という事実を指摘することが中心だった。ネットを使いこなしている人の論理をそのまま移行しても、ケータイメインの人の行動パターンから言って便利なサイトになるとはいえない。では、ケータイサイトはどのような特性を持っているのか。それを探れば、使いやすいケータイサイトが作れるのではないかと思う。

 今回は、そのケータイサイトの特性を探るために、いろいろ寄り道してみたい。

2006年10月26日10:39| 記事内容分類:ウェブ文化圏| by 松永英明
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最初に、いくつかの反応について

本当に、ケータイはケータイ、ネットはネットなのか。その二つは別の世界なのか。

実はこの二つ、金でつながっている。ケータイからネットに、一方通行で。

なんでそうなのか、冷静に考えればわかる。ケータイサイトは、ケータイだけでは作れないからだ。

 と弾さんは言うが、それはそのとおりである。

 しかし、前回の話のキモは「PCからウェブサイトを閲覧するときの思考回路でケータイサイトを作ってもうまくいかないよ」というところにあった。もちろん、ネットも使える、ケータイでの使い勝手もわかる、という人が一番有利な立場にあることは言うまでもない。「Amazonではケータイとウェブでそれぞれ使いやすい表示方法をするために、ケータイ版はかなり表現が違う」という話をしたのは、二つの世界が断絶しているということを言いたいのではなく、「それぞれの世界に最適なインターフェースがある」という話なのだ。そこのところを読み取ってほしかった。

 前記事へのコメント

投稿者:えいや[2006年10月25日 23:46]

調べ物をしたり知識欲を満たしたりする能動的なネット族とはまったく違って、ケータイ族は、キメ打ち(雑誌とかQRコードとか)とダラダラ(勝手サイト巡り)をうまく使い分けながら、受動で楽しんでる気がします。

 能動と受動というのも大きなキーワードだと思う。

 Spiegelさんの認識はかなり私と似ていると思う。

ある場所(家とかパソコンとか)で受けるのではなく「私」が受ける。そんな身体感覚がケータイにはある

 このあたりの指摘は極めて重要で、今回の話につながる部分である。

誤解を招かないように改めて

 前回の「ケータイ族」「ウェブ族」という言葉は、別に日本人を二つに分けようとしたわけではない。すでにケータイ族という言葉が存在しているから使っただけのことである。「ケータイ族でもありウェブ族でもある人」もいれば、「ケータイもウェブも使わない人」もいる。また、「ウェブを使うときにもケータイ族の思考パターンで行動する人」も多いし、「ケータイを使うときにもウェブ族の思考回路の人」もいる。さらには「ケータイのときはケータイ族、ウェブの時はウェブ族」の人もいるだろう。私自身がそうだ、ということは前回の記事を読んでもらえばわかると思う。「ブロガー」(ディープなネット族)でありながら、「ケータイはウェブの思考回路じゃ使いにくいんだよ」と主張しているわけだから。

 だから、絶対に「ウェブメインの人がケータイに手を出しちゃいけない」などとは読んでほしくない。むしろ「ウェブメインの人が、ケータイの世界はまた別のものだということを認識した上でうまく活用すれば、最強でしょ」というのが、このシリーズの背景にある思いである。

ケータイ族は絶滅せず、むしろ拡大する

 今の若い人たちはみなPCに移行して、ケータイしか使えないといったデジタルディバイドはなくなるだろう、と予測する人たちがいる。あるいは、フルブラウザが当然のように搭載されるようになれば、ケータイとウェブの垣根はなくなるだろうと考える人たちもいる。

 私はそうは思わない。むしろ、そういう未来はないのではないか、と考えている。私の見聞する限り、W-ZERO3が話題になっているのは、ネットユーザーの間だけだ。ケータイメインの人たちには、そんなものよりも着うたの音質の方が気になっているように思える。あるいは、テレビがケータイで見られるかどうか、どのキャリアが一番お得か、といったことが関心事なのだ。つまり「ケータイでウェブサイトを完全に見たい」というニーズそのものが、ケータイ族には存在せず、ウェブ族特有のニーズである――ということは、前回も指摘したとおりである。

 実際、私も2000年のころは、「いずれ若者はみなPC/ネットを使いこなせて、インターネットが当たり前の時代がすぐにやってくるだろう」と思っていた。ところが、今の実情はどうか。学校のPCはある程度使うこともあるけれども、普段の行動はほとんどケータイですませている、という人たちが予想を超えてあまりにも多い。結局、インターネット世代は30代をピークとする山形となり、その上(デジタルをあまり使いこなせない年代)とその下(小さなころからケータイになじみすぎている年代)に挟まれた形になっているのが実態だと思う。

 つまり、インターネットはそれなりに普及しているものの、ケータイのように「日常的なもの」にはなりそびれたメディアなのだ。熱心に就活をする学生なら、もちろんPCの技能も必須だと考えるだろうが、今の22歳前後の人たち(特に女性)の多くがケータイ族として主に行動していることを考えると、「国民総ネットワーカー」時代が来るとはなかなか思えないのである。

ケータイは極めてパーソナルなメディアである

 となると、ウェブ族がケータイの世界に参入するとするならば、ケータイ族の行動パターンを把握しないと話が食い違うばかりだ、ということも理解されるだろう。ケータイ族にウェブの行動パターンを教え込むよりは、相手に合わせたサービスを展開する方が(少なくとも商売人的には)賢いといえる。

 もちろん、「ケータイ族は常識に欠ける行動をするものだから、ウェブサービスではケータイ族を排除した方がうまくいく」という考え方もある。そうすると、ケータイ族の巨大な市場を捨てることにはなるだろう。しかし、それを理解した上で、あえてウェブ市場だけをターゲットにするというのであれば、充分に意味のあることだと思う。それはさておき。

 では、ケータイ族の行動パターンとは何か。

 キーワードを一言で言うと、「ケータイはウェブよりもパーソナルなメディアである」ということである。

 たとえば、メーラーに届くメールよりも、ケータイに届くメールや電話の方が「私的」なイメージがある、という人は多いようである(「ケータイのメールで充分!」など)。

 ここに一つの事実がある。ウェブ経由のダイレクトメールは、開封率が極端に低い。spam扱いされたり、受信してもすぐに開かれなかったりする。一方、携帯メールは開封率がほぼ100%である。迷惑メールと判断されたら着信拒否にされるので、そもそも届かない。逆に言えば、届いたメールはほぼ確実に開封される。

 さらにここに、前回指摘したポイントの一つ、すなわち「ケータイユーザーは、情報を比較検討するのではなく、ピンポイントで必要な情報を手に入れたがる」という行動パターンを当てはめると、「ユーザーのニーズに合った商品のダイレクトメールをケータイにピンポイントで送信できれば、開封→購買率は上がる」ということである。たとえば、中国北京行きの格安航空券を過去に購入した顧客の携帯に、タイミングを見計らって中国方面の格安航空券の案内を送れば、非常に効果的だということだ。同じ内容でも、ウェブ経由のメールでは開封さえもされない可能性があるが、ピンポイントに絞り込まれた情報をタイミングよくケータイに送れば、それだけで何倍もの効果がある。もちろん、携帯メールへのspamはあっという間に着信拒否なりメアド変更されて効果がないということも理解されると思う。

ケータイから更新されるブログはメールの延長

 ケータイユーザーの視点は極めてパーソナルな範囲に限られている。このことを、別の角度から見てみよう。

 ケータイからも更新できるブログサービスがその舞台だ。とりあえずmixi、はてなダイアリー、livedoor blog、ヤプログを例に挙げてみる。いずれも、程度の差はあるがケータイでも更新しやすいサービスとなっている。そして、いずれも「サービスにログインして更新」と「メールで更新」の2つの方法が用意されている。

 ここに一つの制約がある。もし、ケータイで撮った写真をケータイでブログにアップしようと思ったら、「メールに写真を添付して送信」する方を選ばなければならないということだ。要するに、ブログサービスやmixi宛に写メを送ったら、それが日記に載るわけである。

 今述べたこの一文をもう一度よく読んでいただきたい。ここで実際にとる行動は「写メを送る」ということなのである。では、ケータイ族が普段写メを送る相手とは誰か。それは親しい人間に限られるはずだ。つまり、極めてプライベートな行動に含まれる「写メを送る」という行動が、たまたまブログにも適用されているわけである。

 ということは、ケータイ族にとって「モブログ」(ケータイからブログ更新)という作業は、自分の知っている範囲の人にしか届かない写メの延長にあり、「無差別に誰でも読める」という事実をあまり気にとめていないということでもある。

 ネット族の中でも特に技術至上主義的な人たち(いわゆるモヒカン族)は、「インターネットというものは世界中の誰が読むかわからないものであるから、あらゆる人に読まれることを前提として情報を公開すべし」と思っている(自分もウェブではこの立場である)。しかし、ケータイ族にとってはブログも「写メの延長」なのである。場合によっては、知らない人が見に来ることは「失礼」であったり「気持ち悪いこと」であったりする。このあたりに、文化衝突の起こる原因が潜んでいると思う。

 プライベートな私信なのに、なぜか多くの人に読まれている……それは「儀礼的無関心」などの問題ともつながるところだろう。もちろん、ケータイ族だけがここに該当するわけではないが、「魔法のiらんど」などのケータイメインの世界にこういう傾向が強いことも事実だと思われる。

ケータイ族に絵文字は必須

 パーソナルなメディアであるということは、論理よりも情感の世界であるということになる。仕事の話はできるだけPCメールで、プライベートの話はケータイで、という人は結構多いだろう。もちろん、仕事のメールもケータイに転送したりすることはあるだろうが、それは「外出先で読みたい」というニーズを反映しただけのことなので、ひとまずここでは考えないことにする。

 ケータイメールはプライベートに属するものである。そして、待ち合わせの場所・時間などの必要不可欠な情報は別とすれば、そのときの気持ちや感情を伝えるというニーズが高い(ケータイ族にとっては)。そこで、顔文字や絵文字がフル活用されるわけである。

 メールの書き方についていえば、ケータイ族の中にも、いくつかの種族がある。

  • いわゆるギャル文字。これにも流派があって、「ぉぃUぃωだょ」のように1仮名1文字で使う人たちと、「ぉL1UL1ωナニ゛ょ」のように分解文字を使う人たちがいる。
  • 句読点代わりの絵文字。別キャリアへ送るときは絵文字が化ける可能性があるので、代わりに顔文字を駆使する場合もある。

 順列組み合わせで言えば、「小文字ギャル文字+絵文字」「分解ギャル文字+絵文字」「普通文字+絵文字」「小文字ギャル文字+顔文字」「分解ギャル文字+顔文字」「普通文字+顔文字」「小文字ギャル文字+句読点」「分解ギャル文字+句読点」「普通文字+句読点」というパターンがありえるし、実際にそのすべてが存在している(ケータイ族の中の亜種の存在)。

 ウェブ上の顔文字の場合と同様、絵文字・顔文字は情感を伝えるための道具である。ギャル文字は手書き風のヵヮィィ雰囲気を伝えるための方便であると考えれば、これもまた情感のための表現といえるように思う。

 で、何が言いたいかといえば「ケータイ族に絵文字は必要不可欠」ということだ。キャリアが違えば化けるのを防ぐために顔文字で代用することはあっても、使える限りは絵文字は必須である。

 ケータイ対応の掲示板では、このあたりうまくできていて、ケータイ各キャリアから絵文字入りの投稿があると、ちゃんと絵文字を表示できるようにしていたりする。そんな掲示板を見ていると(特に10代~20代の女性が多い掲示板だが)もう文章の半分が絵文字だったりもする。このブログではまだケータイ絵文字を導入していないが、ケータイ族意識が頭をもたげてくると、今書いた「文章の半分が絵文字だったりもする」の後に「下降矢印を3連続」で入れてみたい衝動に駆られるのだ。

 以前は、ヤプログやgooブログなどで投稿欄に絵文字機能がついているのはなぜだろう、そんなものいらないのに、と思っていたが、ケータイ族の世界に足を踏み入れてよく理解できた。できれば、あの絵文字もケータイ各社のものと対応させればいいのにと思う。

 ちなみに、mixiでは「ケータイ絵文字も投稿に使えるようにしてほしい」という要望が上がっているのだが、「そんなもの要らない」の投票が圧倒的に多い。その理由は簡単だ。mixiの要望コーナーは、PCでしか見られないからである。ケータイ族の声はまったく反映されていない。

 そういうわけで、試しにケータイで「モバオク」や「ガルオク」といったケータイオークションサイトをのぞいてみてほしい。商品名タイトル欄からして絵文字だらけである。解説も絵文字だらけだ。それがスタンダードなのである。

 絵文字の話の最後にちょっとしたコツ。普通なら句読点を打つところに片っ端から絵文字を入れるとケータイ族のふりができそうなものだが、実はそれだけでは甘い。絵文字を複数連続させると、格段にケータイ族っぽくなるのである。「チョキ+笑顔+ハート」といった組み合わせでもいいし「ダイヤキラキラ×3」でもいい。重複するようでも「冷や汗顔+冷や汗」というのもアリだ。……そんな気持ち悪いことはできない、という人は、自分はバリバリのネット族なんだなと思えばいいだろう。

「やってはいけないウェブデザイン」がケータイ向き

 ケータイサイトでは、通常のPCサイトのデザインから言えば「ありえない」ものが有効である。

  • 左右に揺れるマーキーを駆使する
  • タイトルなどは極力センタリング
  • 飾りに絵文字を使いまくる(各社共通絵文字から選ぶとよい)
  • 規約は別として、まじめな文章でも絵文字を入れまくる

 これをウェブでやると愛生会病院サイトになりかねないが、ケータイではこういったデザインはタブーではないようなのだ。むしろ、淡々と文字だけのサイトなどはダサいのである(このブログのケータイ版も、ケータイサイトとしてはダサすぎる)。

 あとは、ケータイ向けのユーザビリティを考えること。前回書いたように「商品検索結果の下にも検索窓」といった小さな追加が操作性を大きく改善する。

 夏の間にmixiはケータイ向けの大きな改善を行なった。一つは、ログイン画面で「かんたんアクセス」ボタンを上に持ってきたこと。それから、9月末にはアクセスキー追加で、数字キーを押せば移動できるようになった。その他、ケータイ機能が充実しつつあるので使い勝手は向上しつつある。ただ、現時点でケータイから使えない機能も多い。やはり「100%ケータイ族」は排除したいのだろうか。

ケータイサイトを使ってみての評価

 やはり最初からケータイ向けに作られたサイトはケータイでの使い勝手がいい。どこが使いやすいといった意識さえさせない作りである。モバオクやGirlsWalkerなどのサイトは特に参考になる。このへんが◎。Livedoorブログ、ヤプログなども◎レベルである。結局、入院中にケータイで巡回するブログといえば、ヤプログの「(しょこたん☆ぶろぐ)」になってしまうのだった。ケータイからだと1日1ページになって見やすい。Amazonも「今は買わない」機能が使えないことを除けば◎。

 楽天ブックス/市場は、一応使える。しかし操作性が悪いので、一点買いするときはよくても複数買いしようとするとダメ。アクセスし直すと前回カートに入れておいた商品が消えているのも、使えない。なので△。ケータイから買うとポイントアップなので使ったけれど、それがなければ使っていなかった。ポイントでユーザーをケータイ購入に誘導するより、先にやることがあるだろう、という気になる。

 価格.comはサイト自体は◎だが、前回書いたようにそこから飛んだ先のショップが未対応だったりして結局買えないので△。はてなは、一応ダイアリーが読めるレベルで、コメントとかつけづらいし、編集もしづらいし、人力検索は使えないし……なので、結局自分のダイアリーさえも見に行かなくなった。△。ココログとかはケータイだと正視に耐えない。×。

 PCからの検索ではもっぱらGoogleを使っている自分だが、ケータイユーザーの立場で言うと、Yahoo!モバイル>Googleである。Yahoo!モバイルは、ケータイ対応のサイトだけを検索してくれる。一方、Googleは全サイトをケータイ用に変換して表示してくれる。一見、Googleが優位に来そうだが、そうではない。ケータイ変換表示で内容がうまく表示されないことも多いからだ。そこでページ本体を表示させようとすると、重すぎて見られなかったりする。結局、Yahoo!モバイルでたどれる範囲で閲覧する方が効率的なことも多かったりする。Googleイメージ検索では、どういうわけか必要な画像が表示されないことも多々あった。

 結局、検索するよりもAmazonや楽天やホットペッパーモバイルやGirlsWalkerといった「サイト」を使っている方が楽なのである。ブログの「記事単位」のつながりなどは、ケータイでは鬱陶しいだけだったりもする。結局「Web2.0」はケータイの世界に波及する気がしないのだった(少なくとも今の時点では)。

ケータイ族が2ちゃんねらーにならない理由

 最近の統計では、2ちゃんねるに熱心に投稿している人たちは30代~40代が中心で、若い人たちが案外流入していないという報告がなされている。

2ちゃんねるにアクセスする人がもっとも多いのが30代で31パーセント。つまり30代以上で65パーセントを占めている。(歌田明弘の『地球村の事件簿』: おじさんたちのインターネット)

 もうずいぶん長い間、ケータイでもPCでも2ちゃんねるは全然見に行っていないし、ましてや投稿も全くしていないのだが、自分の設置した“あめぞう型(スレッドフロート型)”掲示板は緊急の削除依頼があったときにケータイで外出先から見に行くことがある。そこでいつも思うのだが、ケータイには、2ちゃんねるタイプの掲示板は向いていないと思う。もちろん、すでにその掲示板の住人となっていて、外出先などからでもチェックしないと気が済まないという人は話が別だが、それはケータイ族ではないのでおいておく。

 前回も述べたとおり、ケータイサイトでは、情報をぶつ切りにし、ページを分割して表示する方が合っている。mixiの日記のコメントは5つずつ表示され、価格.comのクチコミ掲示板では1項目ずつ表示される。Amazonのレビューも一つずつ表示だ。逆に言えば、過去についた投稿を一通り眺めてから自分の投稿を書くという行動には、ケータイは向いていないのである。

 となると、ある程度のスレッドの流れを追ってから自分の投稿を書く掲示板には、ケータイ族は寄りつかなくて当たり前だ。2ちゃんねるのユーザー層が高年齢層に偏っているのは、もちろんいろいろな要因が重なっているのだろうが、ネット族向けではあってもケータイ族向けではないという掲示板そのものの性質も一因ではないかと思う。

 ネットの掲示板になじんだ人には、「ケータイ族はなぜ過去ログを読めばわかることを平気で質問してくるのだろうか」といった疑問を持っている人も多いかもしれないが、そもそもケータイでは過去ログなど見たくなくなる。ケータイ族の掲示板に議論は向いていない。mixiのケータイ族の多いコミュニティを覗いてみればわかると思うが、それぞれ勝手に自分の感想を3行くらいで埋めているだけだ。

 だから、ケータイ族には2ちゃんねる的な掲示板は合わないのではないかと思う。

以上、私的ではあるが実体験に基づいた見解です

 入院中、ケータイしか使えなかったので、ケータイのキー入力に慣れるには今しかないと思い、ひたすらmixi日記やメールを打ちまくっていた。おかげで親指入力もかなり早くなった。ケータイメールも極力絵文字を入れまくるようにして、ケータイ族の使い方に習熟しようとしてみた。その結果、いろいろと思ったことが、前回と今回書いた内容なのである。

 「あいつらわからない」と言うだけでなく、同じ環境に身を置いてみればまた違った見え方があるのではないかと思う。ただ、既婚男性がいきなりケータイメールに絵文字を使いまくるようになると浮気を疑われる可能性もあるので注意!(女性探偵エンジェル山崎の“夫の浮気はこうして見破る!!”


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2006年10月26日10:39| 記事内容分類:ウェブ文化圏| by 松永英明
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干渉から逃れるにはコミュニケーション機能を閉ざせば良い 続きを読む

コメント(3)

はじめまして。
大変興味深い記事を読ませていただきました。
自分はとあるところで個人としては割と大きな携帯コミュニティサイトを運営しています。
そのなかで感じたのは、いわゆるケータイ族の人達はPC的なネットに慣れてない人が多い、言葉は悪いですが言ってしまえば「子供」の方が多いことです。良く言えば親しみやすい・やわらかい文章を書く、悪く言えばちょっとした注意にも逆ギレする・非論理的な文章が多いなど、まわりの視線を意識した発言が少ない傾向にあります(モバオクとヤフオクの質問欄などを比べてみてもその違いが良く分かります)。こういった点も管理人様の仰る「ケータイ族は身近なものとして(ケータイの)ネットを捕らえている」というのを表す典型的な例ではないかと思います。

ただ、個人的な予想としてケータイ族向けのネットはやはり今後衰退していくと私は考えています。これは主に携帯画面サイズの拡大が加速度的に進んでいることが理由です。最新の携帯では640x480という一昔前のPC並みの解像度で表示させることができ、多くの情報を一つの画面に載せることができるようになりました。
サイトを作る立場としては携帯サイトは作るのは画面サイズを考慮したりキャリアの特性に配慮したりとなかなか手間がかかります。しかし高解像度の端末がでてくるとウェブ族の思考回路でサイトを作っても携帯で表示させることができるため、結果としてケータイ族向けのサイトをわざわざ作る人・企業が減っていくのではないかと考えています。

まぁ絵文字というケータイ独特の要素・ニーズがあるので私の予想が当たるか、管理人様の予想が当たるか私自身わかりません、一つの意見として受け取っていただけたら幸いですw;
それではダラダラと長文駄文失礼しました。

画面は大きくなっていくと思いますが、問題は「マウス」(あるいはマウス型の操作)がどれほど普及するかというところが大きいと思います。現時点では、大半のケータイは上下キーでリンクを追っていくと思いますが、これはブラウザだとTabキーとShift+Tabキーで移動するようなものです。この操作性の違いは大きいと思います。
ただ、このような変化があっても、そういうウェブサイト提供側の論理が、実際のケータイユーザー層の利用状況にどこまで影響を与えるかと考えると、少々難しいのではないかと感じています。

引き篭もりはケータイを使わないからな。

このブログ記事について

このページは、松永英明が2006年10月26日 10:39に書いたブログ記事です。
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