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No.105:世田谷の八幡宮の謎(2)

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◎少し間が空いたので前回のあらすじ

世田谷区野毛の大塚古墳で毎年開かれている「古墳まつり」。野毛古墳群 散策に参加したところ、終着点は宇佐神社の八幡古墳でした。それは北か ら南へ延びる尾根/丘の南斜面にあったのです。

実は少し前から世田谷区内の八幡神社について、ちょっと気になることが ありました。というのは、「八幡神社が丘の南斜面に置かれているのでは ないか」という仮説です。

「世田谷七沢、八八幡」という言葉もあると聞きました。どれが七つの沢 でどれが八つの八幡神社かは正確には定まっていないようですが、北沢・ 代沢・世田谷の三つの八幡神社は由緒も古いようで、「八八幡」のうち三 つに含まれることは間違いないでしょう。その三つが揃って「南斜面」と いうのはどういうことか……?

世田谷区南西にある宇佐神社(宇佐八幡宮が由来ですので、宇佐神社=八 幡神社と見なします)。1063年に源頼義が創建したという古い神社です。

もう一つ訪れたのが田園調布八幡神社。こちらは鎌倉時代(1250年ごろ) 創建で、鎌倉街道の要衝の地、多摩川の水がたまった良港で、舟の出入り を監視する場所に八幡神社が建てられたといいます。これもまた「丘の南 斜面」にありました。

◎10月23日、調査スタート

私が調べた限り、世田谷区の範囲には、 東部:北沢・代田・太子堂・駒留・世田谷 北部:勝利・八幡山・粕谷 南部:宇佐・田園調布・奥沢 の11の八幡神社があります(他の神社の境内の末社などは除きます)。

南部の神社は目黒区・大田区の八幡神社群につながりますが、いずれにし ても八幡神社は結構偏った分布を示しています。このうち、東部・北部の 八つの八幡神社を一気にめぐってきました。これで、世田谷区内の八幡神 社は、奥沢神社以外制覇することとなります。

写真はこちら。どうもはてなフォトライフでEXIF情報をきちんと反映して くれないのできちんと撮影順に並ばないのですが……。
ゲニウス・ロキ - No105

地図はこちら。次回分も含めてのルートです。

◎北沢八幡神社=○

スタートは下北沢駅・池ノ上駅から南に徒歩10分あまりの北沢八幡神社。 これは下北沢駅から南に延びる森厳寺川跡の谷(現在の茶沢通り付近)の 東側の丘の南端にあります。

北沢八幡神社

写真は南側から丘に向かって撮影。鳥居から石段を登って本殿という立地 であり、「丘の南斜面の八幡神社」としては極めてわかりやすい典型的な 見本といえるでしょう。

文明年間(1469~87)に、世田谷城主であった吉良氏が勧請したものと伝 えられています。その直後、家臣が荏原郡下北沢村に土着してこの村の開 墾を始めたといわれており、下北沢の氏神ということになります。

吉良氏との関係があるため、特に源氏が守り神として崇拝した八幡神が祀 られているのも当然といえます。

◎代田八幡神社=○

北沢八幡の南側を流れる北沢川緑道を西に進むと、環七にぶつかります。 環七を越えてすぐのところにあるのが代田八幡神社。先ほどの茶沢通りの ある谷の西側の丘の南端にあります。

代田八幡神社

ちなみに環七は道路建設のときに掘り進んでいます。神社の鳥居のところ は環七と同じ高さですが、石段を上がって本殿は環七を見下ろす高台とな っています。

これもやはり「丘の南斜面の八幡神社」でした。

北条氏の家臣で世田谷一帯の領主であった吉良氏は北条氏滅亡後に領主の 座を追われましたが、その家人七家によって天正十九年(1591)に世田谷 八幡宮から勧請され創建されたのがこの神社であるといいます。北沢八幡 より少し後、ちょうど豊臣秀吉の時代ということになります。

◎太子堂八幡神社=○

環七通りから少し東へ戻り、南へ向けて太子堂八幡神社を目指します。 東西に延びる北沢川緑道のあたりがちょうど谷底で、再び坂を登ります。 ちょうど住宅街の真ん中で、何かドラマか映画のロケのようなものをやっ ていました。何の撮影かはわかりませんでしたが……。 そこを越えていくと木の生い茂る下り坂が。ちょうどその横が八幡神社で した。

太子堂八幡神社

このルートは北から南に向かっているので、南への下り坂の横が八幡神社 ということは、またもや「丘の南斜面の八幡神社」ということになります。 太子堂八幡は来たことがなかったので、こう一致すると楽しく感じます。

伝承で源義家に由来するかのように書かれているのは、要するに伝統偽装 でしょう。それでも少なくとも文禄年間(1592~1596年)には創建されて いたということで、代田八幡神社よりは少し後ですが、江戸時代の直前に はさかのぼることができるようです。

◎駒留八幡神社=△

世田谷線の線路を越えて、若林交差点で環七に戻ります。そこから環七沿 いに下っていくと駒留八幡神社がありました。

このあたりは高低差があまりよくわかりません。神社の鳥居と本殿もわず かな登りでしかありません。それでも一応、南側の鳥居から本殿には数段 の石段があります。本殿の裏には塚のようなものがありますが、これをも って「丘の南斜面」と言うのはこじつけになってしまうでしょう。

駒留八幡神社

これは外れかな……と思って神社を出たところ、すぐそこに見覚えのある 場所がありました。10月1日都民の日に公開された「桜新町・駒沢の双子 の給水塔」を見学した帰り、三軒茶屋駅までの途中に少し歩いた緑道、蛇 崩川緑道がそこにあったのです。

北から神社本殿、鳥居、そして南西から北東に流れる蛇崩川緑道。もちろ ん緑道が川の跡なら谷がここにあったということです。そのすぐ北側に神 社。

「丘の南斜面」と「川の北側」というのはイコールかどうか、ちょっと迷 うところではありますが、一応「△」ということにしておきましょう。

1308年、領主だった北条左近入道成願が社殿を造営したのが創建というこ とで、北沢・代田・太子堂よりも300年ほど早いのも違いといえそうです。

◎世田谷八幡宮=○

さて、ここから弦巻方面へと向かい、世田谷通りに入ります。これは世田 谷線と平行して走っている道路です。

上町駅で世田谷線は北向きへと大きく方向を変えます。そこで世田谷通り と離れて線路と並行に進むこととします。

宮の坂駅前で左手すぐにあるのが世田谷八幡宮。そもそも「宮の坂」とい う駅名自体が「八幡宮の坂」という地名に由来しており、宮の坂駅から北 に向かって急な上り坂があります。

ここも間違いなく「丘の南斜面の八幡神社」でした。

世田谷八幡宮

すでに代田八幡のところで名前が出ていますが、源義家に由来する神社を 天正十五年(1587)に世田谷城主の吉良頼康が新しく建てたものと書かれ ています。

◎7神社中5神社が吉良家と関連して南斜面

さて、世田谷区東部の八幡神社は以上です。そこでちょっとまとめてみま しょう。行った順ではなく、創建年代順にまとめてみたいと思います。

  • △駒留八幡神社:1308:北条成願
  • ○北沢八幡神社:文明年間(1469~87):吉良氏
  • ○世田谷八幡宮:1587:吉良頼康
  • ○代田八幡神社:1591:吉良家家人七家
  • ○太子堂八幡神社:文禄年間(1592~96)

太子堂八幡神社の実際の創建に関わった人物は不明ですが、時代的にも地 理的にも吉良家に関連する者であると推測してもそう外れていないと思い ます。

となると、吉良氏の系列に連なる戦国~桃山時代に建てられた四つの神社 はいずれも「丘の南斜面の八幡神社」ということになります。

前回の世田谷区南部の2神社(宇佐神社、田園調布八幡神社)のうち、宇 佐神社の方は源頼家伝説と結びつけられているだけで実際の創建は不明で す。しかし、田園調布八幡神社に関しては鎌倉時代に淵源はあるようです が、前回も引用したとおり、

天正十八年(西暦一五九〇)小田原北条氏滅亡後、八王子城主、北条氏 照の旧臣、落合某がこの村に庵を結び、主家の冥福を祈った。そして、 寛永年間(西暦一六二四~一六四四)、落合某の孫、落合弥左衛門らに よりこの聖地に新たな社殿が創建され、ご神体が祀られた。

とあります。つまり、北条氏(つまり吉良氏の主君)の家臣が逃げ延びた 場所で、さらにその孫が江戸時代に創建したものです。この神社のすぐ隣 にあったという「籠谷戸の港」は奥沢城へ物資を運ぶ場所であり、奥沢城 は吉良頼康が世田谷城の出城として築いた城……つまり、ここもやはり吉 良頼康と縁の深い神社といっていいでしょう。

今まで見てきた7神社のうち、由緒不明の宇佐神社は南斜面ですが吉良家 との関係は不明、駒留八幡は吉良家より古い鎌倉時代末期の北条家による もの、ということで除くと、残り5神社が戦国時代から桃山時代を中心と した吉良家と関係の深い神社であり、そのいずれもが「丘の南斜面」にあ るということになります。

吉良家の作法というものがあったのでしょうか?

そして、この日の後半戦は次号に続きます。


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