《松永英明のゲニウス・ロキ探索――「場所の記憶」「都市の歴史」を歩く、考える 》はまぐまぐで発行されているメールマガジンです。

No.106:世田谷の八幡宮の謎(3)

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◎世田谷区北部の八幡宮をめぐる

さて、前回まで「世田谷の八幡宮のうち、吉良氏にゆかりのある八幡神社 は、丘の南斜面にあるものが多い」ということを実際に回っていきました。

  • ○宇佐神社:創建年代不明:源頼家?八幡塚古墳あり
  • △駒留八幡神社:1308:北条成願
  • ○北沢八幡神社:文明年間(1469~87):吉良氏
  • ○世田谷八幡宮:1587:吉良頼康
  • ○代田八幡神社:1591:吉良家家人七家
  • ○太子堂八幡神社:文禄年間(1592~96)
  • ○田園調布八幡神社:1590/1624-1644:北条氏照の旧臣・落合某
     ※立地的には吉良氏による奥沢城へ至る港の所在地

というわけで、世田谷の北部にある残りの八幡神社を訪ねて、これまでの 法則が通用するのかどうか、さらに探っていきます。

地図はこちら。このルートの後半です。

写真は点数が少ないのですがこちら。 http://f.hatena.ne.jp/GeniusLoci/No106/?sort=old

世田谷八幡宮から経堂駅(小田急線)を越え、北へと向かいます。

◎勝利八幡神社=×

勝利八幡神社は丘の上にあります。坂を登っていくので期待していたので すが、丘を登り切った平坦なところに神社がありました。丘の斜面ではな く丘の上ですので、今までの神社とは雰囲気が違います。鳥居と本殿もま ったく同じ平面上。

勝利八幡神社

周囲を少し走ってみますと、すぐ北側に下り坂がありました。そして、日 大のグランドの横がおそらく川が流れていたであろう緑道となっています。 この緑道は神社の北から東にかけて進んでおり、勝利八幡神社は丘の上、 東の際に近いところに建っていることがわかりました。

これはこれまでの吉良氏系・丘の南斜面八幡神社とはまったく異なります。 境内の由緒書きによると、「平安時代 万寿三年(一〇二六)京都府八幡 市に鎮座する石清水八幡宮より勧請し、創建された神社」「天明八年(一 七八八)に再建された社殿は、平成四年十二月に世田谷区指定有形文化財 に指定されました」とあります。

平安時代に創建されたとすればこれは本当に古い神社となりますが、世田 谷区教育委員会の「せたがや社寺と史跡」という資料によれば、 「いいつたえによると、はじめは天からふっできた「お伊勢さま」のお札 を御神体としてまつってあったが、甲斐の武田氏と小田原の北条氏の合戦 の後、小田原の武将鈴木氏一族が上北沢に移り住み、八幡社をまつるよう になったというが、真偽はさだかではない」とあります。鈴木氏は吉良と 同じころに上北沢の地頭となっていたようで、遅くとも16世紀にはこの地 に来ていたことは間違いないようです。

参考→上北沢「鈴木家」考 - 桜上水 Sakurajosui Confidential 桜上水
http://plaza.rakuten.co.jp/sj2006/diary/200806250000/

これが正しければやはり戦国時代の創建ということになります。ただ、吉 良氏と同じ北条氏の武将ではあるものの、鈴木一族の領地であったことか ら、微妙に系統が異なるようにも思われます。

いずれにせよ、吉良系ではなく、南斜面にはない神社でした。

◎八幡山の八幡社=×

さて、次に向かうのが八幡山にある八幡社です。この神社があるがゆえに 八幡山と名付けられたというくらいなので、山(というか丘)にあるのは 間違いなさそうでしたが、地図で見ても高低差はよくわからず、結局実際 に行ってみないと地形の感覚はよくわかりません。

こちらの鳥居前の解説によると、「創立年月並びに古代 由緒沿革等未詳 なれど古老口碑また地名等より古社と推定さる。なお奥宮(新殿に奉斉) には文化七年十月との記銘あり」という、何とも心許ない記述しかありま せん。とりあえず江戸時代末には存在していたようですが、どこまでさか のぼれるかはまったく不詳です。

八幡山

このあたりは東西に丘が延びており、八幡社から少し南に行ったあたりか ら下り坂にはなっているのですが、どう見ても「丘の上」に位置していま す。

吉良系「丘の南斜面」ではなく、むしろ丘の上ということで勝利八幡と近 い状態にありました。

◎粕谷の八幡神社=×

八幡山の八幡社あたりで日が暮れ始めました。もはや「南斜面」ではなく なってきたのでそろそろ断念しようかとも思いましたが、残るは一つ。環 八を越えればすぐのところにある蘆花公園の北にある粕谷の八幡神社です。

かつて徳富蘆花が住んでいた蘆花公園。『みみずのたはこと』という作品 ではこの「武蔵野」暮らしを描いていますが、「東京が大分攻め寄せて来 た。東京を西に距る唯三里、東京に依って生活する村だ。」とも書いてい ます。昭和十三年に発表されたこの小編の時代でも、「東京」が迫ってき ていたのです。

平成の今「世田谷区」は完全に23区の一つとして「都会」の一部ではあり ますが、蘆花公園は木々を残していてちょっとほっとします。

さて、神社に行こうと思って、間違って蘆花公園の南から西側をぐるりと 大回りしてしまいました。公園の北東角に近い八幡神社にたどり着いたと きには、周囲はすっかり暗くなっていました。

粕谷八幡

この神社は今までとはまったく異なるものでした。これまで大半の八幡神 社が南向き(本殿が北、鳥居が南)だったのに、粕谷の八幡神社は東に鳥 居で西に本殿のある東向きの神社だったのです。神社のあたりは少々小高 くなってはいますが、斜面というには少々きついでしょうか。

ここの由緒書きも八幡山と同じような感じです。 「創立年月並びに古代由緒沿革等未詳なれど古老口碑等により開村当時よ りの鎮守として崇敬をうけてきた古社と推定される。明治六年十二月村社 に列せられ……」 これまでの中ではもっとも由緒のはっきりしない神社ですが、吉良系では ないと推測してもよさそうです。

もう真っ暗になってきましたので、この日の神社巡りはこれにて終了しま した。世田谷区内の八幡神社としては、南端の奥沢神社がありますが、こ れは後日として帰宅しました。

◎ここまでのまとめ

これまで回った八幡神社を、推定創建年代順に改めて整理してみましょう。 吉良系(田園調布含む)は★、それ以外は☆のマークをつけてみます。 また、立地を世田谷区内の場所に応じて「東」「北」「南」の三地域に分 けてみます。

  • 南☆○宇佐神社:創建年代不明:源頼家?八幡塚古墳あり
  • 東☆△駒留八幡神社:1308:北条成願
  • 東★○北沢八幡神社:文明年間(1469~87):吉良氏
  • 西☆×勝利八幡神社:1026or16世紀:鈴木氏?
  • 東★○世田谷八幡宮:1587:吉良頼康
  • 東★○代田八幡神社:1591:吉良家家人七家
  • 東★○太子堂八幡神社:文禄年間(1592~96)
  • 南★○田園調布八幡神社:1590/1624-1644:北条氏照の旧臣/奥沢城入口
  • 西☆×八幡山の八幡社:未詳
  • 西☆×粕谷の八幡神社:未詳

これと(ここまでの時点で)未踏の奥沢神社を含めて全11社の八幡神社が あるわけですが、東と南の16世紀を中心とした吉良氏系の八幡神社の多く が丘の南斜面にある一方、西の非・吉良氏系の八幡神社はその法則に当て はまらないことが歴然としています。

吉良家の「マイルール」みたいなものがあったのか否か、その理由はわか りませんが、似たような立地の場所に似たようなスタイルで作られたこと がわかって非常に興味深く思われます。

さて、10月の時点ではこれで終わりだったのですが、メルマガの執筆に合 わせて2011年1月1日、改めて最後に残された奥沢神社に行って参りました。 以下次号。


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コメント(1)

世田谷区粕谷在住の本橋と申します。
私の思いつきを述べさせて頂きます。

地元地区の古老の話では上北沢の甲州街道の「鎌倉街道入り口」から二子玉川の「兵庫島」まで、「鎌倉街道」が通っていたそうです。「おらがのウラの道、あれ鎌倉街道だったんだ」と言っていました。八幡山の八幡神社の南側は、今も湧水の池がありますが、湿地でした。鎌倉武士が来た時に、船を並べて、渡したので、地名が「船橋」。明治の地租改正前までは、この八幡神社は「船橋村」の持分で、今でも責任役員は船橋の人が就任しています。
鎌倉時代に作られた鎌倉武士に関係のある神社は世田谷区の場合「南向き」「鎌倉向き」「鶴岡八幡向き」なのでは、と思っています。

粕谷の八幡神社は鎌倉武士関係の話は伝わってはいません。川(烏山用水)の東側に石器時代から縄文時代の「八幡山遺跡」があり、西側が「粕谷八幡」ですので粕谷八幡の場所は「祭祀場所」で神社は「東向き」なのでは、とおもいます。

以上よろしくお願いいたします。

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この号について

このページは、2011年1月 1日に発行されたメルマガ記事です。

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