「わかる」と一致するもの

上位100ウェブログを片っ端から紹介するよ 2005/1/1 RSSフィードメーター版

 こんにちは。日本を代表するブログ検索、未来検索livedoorでもblogWatcherでも検索できないので、この「絵文録ことのは」はブログじゃないんだなと思っている松永です。わらい。泣いてへんもん!

 さて、それはともかく。2003年末には「blog of the Yeah!2003ノミネート96ブログ全チェック!!!」などという馬鹿なことをやったわけですが、それから約1年、やっぱりブログ総ざらいチェックというのはあった方がいいかと思って勢いでコメントつけてみます。知らないブログを旅してみたい。日本のどこかにわたしを待ってるブログがある。

 チェック元はRSS フィード メーター - 昨日のブログ RSS フィード ランキングの1月1日のデータをもとにしています。このランキングについては、

☆のランキングは、RSS フィードの購読者数と、他の RSS フィードからそのサイトに張られているリンクの数とで計算されています。

計算方法は秘密ですが、「たくさんの人に読まれている」「あちこちの ニュースで話題になっている」と、人気度が上がります

(RSS フィードメーター - feed meter について)

ということで、このシステムで取得されているブログに限定されますが、ネットに詳しい人が見ているブログがランキングしているのではないかと思われます。ということで、人気100ブログを一気にレビュー!

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木村剛「転載こそネット流」理論は完全に破綻――隠された「安倍ぬすみ主義ジャイアニズム」

 だから、そういう書き方がいやらしいと言ってるんですよ、木村剛さん。

 週刊!木村剛 powered by ココログ: 「引用」は「リンク」に対する冒涜なのか?において、私が先日書いた「木村剛氏の「ブロガーとしての資質」を問う――自分のものとして取り込みたがる人々」記事に対応すると思われる「反論」が掲載されているが、その書き方は前回指摘したいやらしい方法をそのまま踏襲している。

 「読者の利便を優先」したいという木村剛氏は、「こうした手法に反対の方々も少なくないようです」「ネット界の重鎮の中には、「ネット社会に対する冒涜」と捉える方もいらっしゃるようで、ネット界もなかなかに難しいものだと感じさせられる今日この頃です」と書きながら、そういう風に「反対」している人たちが誰なのか、具体的にどのようにとらえられているのかということについては、お得意の「全文転載」どころか、リンクも出典の提示もまったくしない。この「謎めき系」のいやらしい書き方について、「先日のエントリー「トラックバックからの転載」に木村剛氏が反応したわけだが(笑わせんなヴォケが!)」でも「なぜ本文中にその旨の言及が全くないのか疑問です」と記されている。

 まあそれはともかく、木村剛氏のコメントは真っ正面からの問題提起に答えていないどころか、完全に論理破綻したひどいものなので、以下に再反論しておきたい。

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ネット世論・ネットのトレンドを生み出すアルファブロガー

 FPN - ニュースコミュニティ- 日本のアルファーブロガーを探せ2004という企画が始まっている。アルファブロガーとは、ブログ界の世論に大きな影響力を与える少数のパワーブロガーのことのようである。

 今回はブロゴスフィア(ブログ界)において影響力を持つ日本のアルファブロガーについて考えてみたい。

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読者を突き放す書籍『電車男』には「編集」がない――「電車男」は読者参加型恋愛シミュレーションゲームのリプレイ

 今さらであるが『電車男』を取り上げる。結論から言えば、書籍『電車男』は最低の手抜き本である。こんな素敵な担当編集者をけなすことになるのは極めて心外であるが、しかし、こんないい加減に作られた本も珍しい。

 「電車男」のストーリー自体はどうでもいいし、それがフィクションだろうとノンフィクションだろうと私には興味がない。今回は著作権の問題もとりあえずどうでもいい。単に「まとめサイトをプリントアウトしただけ」という部分が問題だ。

 これは書籍を作るのに欠かせない「ライター」と「編集者(エディター)」の役割のうち、エディターの要素が欠落した本ということだ。以下、詳細に述べてみたい。

電車男
電車男

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トラックバックspamとトラックバック削除の基準

内容的に何の関係もないエントリーに、宣伝目的でトラックバックすることをトラックバックspamと呼ぶ。こういうことをやったブログには、spam削除の上、spamをやめろというトラックバックを打ち返して差し上げます。今日も一件ありました。

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「博客」と呼ばないで!中国ブロガー「博客」呼称騒動――博客中国 vs CNBlog

 『ウェブログ超入門!』にも書いたが、中国ではブログ/ブロガーを「博客(Boke=ポーカー)」と呼ぶ(中国語でbokeはボケではないので注意)。ハッカーが「黒客」というのと対比された表現だ。ところが、ここに来て「俺は博客じゃない!」と主張する騒ぎが大きくなった。「I'm not Boke」ちまちまボタンまで登場し、大変な騒ぎになっている。

 しかし、これは単なる呼称問題ではない。中国ブログ界の2大勢力の論戦なのである。「博客」の名付け親で『博客』という本も書いている「博客中国」主催者・方興東氏と、それに対抗するCNBlogの主催者zheng氏・Isaac Mao氏の対立だ。

 博客という訳語にはこれまでも議論があったが、今回は方氏の雑誌インタビュー記事にzheng氏とMao氏自身が反応したというトップ同士の正面衝突。その直前に「博客」表記を欧米に紹介した記事が登場していたことも、この騒ぎに火を注いだ。つまり、「博客」派・博客中国 vs アンチ「博客」派・CNBlogという背後関係を読み取る必要がある。

 しかし、これは対岸の火事ではない。方氏はもともとオープンソース運動やクリエイティブ・コモンズを絶賛する情報開放主義者である。オープンソース志向のブロガーは日本でも多い。

 一方で、方氏はブログを既成メディアに対抗する存在と位置づけているが、今回の流れでは「他人の記事を無断転載しすぎ」と批判されている。メディアへの敵対意識と、必要以上に多い長文転載といえば、木村剛氏を彷彿とさせるところもある。

 また、この批判の中では「サービス側がユーザーの著作物を勝手に利用する」ことが明確に否定されており、これは最近の日本ブログサービスにおける著作権規定に関する騒動と共通している。

 あるいは1年前に散々言われた「ITゴロ」「ブログゴロ」といった批判にも似たところがある。中国博客騒動は、決して他人事ではないのだ。

 今回は非常に長くなるが、この「博客」騒動関連記事を時系列順に翻訳して紹介する。

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おれおれ詐欺/オレオレ詐欺→振り込め詐欺に改名

「オレオレ詐欺」という名称で有名な電話詐欺だが、最近は「俺、俺」というタイプが減ったために「振り込め詐欺」に改名らしい。しかし本当は紅白でも歌われる可能性の高い「マツケンサンバ2」のイメージダウンを嫌った松平健による改名申し出がきっかけらしい(……ってのは嘘やから!)♪おれーおれーマツケンと松平健を装う詐欺(なんでやねん)

「振り込め詐欺」って名称はわかりやすくていいかもしれないが、インパクトは弱まったかも。以下、関連するかしないかよくわからん内容です。

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日本の女帝8人10代+4人の系譜 女性天皇即位の経緯を探る

 女性天皇を認めるか否かという問題が検討されつつある。そこで、今回は歴代の女性天皇(+α)についての即位の経緯やその治世についての状況を簡単にまとめてみた。今回取り上げた日本の女帝は以下のとおり。

  • 卑弥呼
  • 台与
  • 神功皇后
  • 飯豊皇女
  • 推古天皇
  • 皇極/斉明天皇
  • 持統天皇
  • 元明天皇
  • 元正天皇
  • 孝謙/称徳天皇
  • 明正天皇
  • 後桜町天皇
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口座判明!Yahoo!オークションで「落札者キャンセル詐欺」2

実録Yahoo!オークションで「落札者キャンセル詐欺」の記事は少々反響があったが、その後、新たな動きがあったのでご報告する。詐欺師から口座の指定があったのだ。なお、この件について私自身のことを知人と称して書いているのではないのでよろしく。Yahoo!オークションは自分はまったく参加してないです(毎月使用料取られるのは嫌なんで)。

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世の人はどうして実用的文章を作るのが簡単ではないと思うのか

 しかし、世間の実態を見ると、世の中の人はよくこういうことを言っている。

「どうも文章を書くのは難しい、難儀なことである。厄介である。おれは文章家でないから到底書けない」

という言葉であるが、こういう言葉はしばしば私が耳にする。

 なるほど、世の中に容易なことは一つもない。実に一本の直線を紙の上に書くのであっても、また決して容易なことではないのであるから、ましてや文章を書くという複雑なことが容易であろうわけはないのである。

 しかし、文章が文章を書くのは難しいだろうが、実用的文章を普通の人が書くのはそう難しいことではないはずである。なぜかといえば、演説家が演説をするのは難しいかもしれないが、普通の談話を普通の人がするのはそう難しいこともないのとちょうど同じことである。また、俳優が農夫に扮して農夫を演ずるのは――つまり俳優が技を示すのは難しいかもしれないが、本当の農夫が農夫の動作をするのが難しいという道理はない。

 今、ここにある人が言葉を発して何ごとかを語ろうとするとき、その語られるべき内容はすでに存在しているのである。で、その存在している実質をそのまま明らかにするのは、たとえば風呂敷包みの中のミカンをただその風呂敷を取りのけて示すようなもので、何の難しいことはないのである。ふだん我々が「鉛筆を買ってこい」とか「郵便を出してこい」とかいう言葉を発する場合に、その言葉を発するのは実に容易なわけで、それはそれらの言語を発する前に、すでに「鉛筆を買ってきてもらいたい」とか「郵便を出してほしい」というものが存在していたので、言葉を発したのは実はただ一枚の風呂敷を取り除く程度の労力と同じようなものであった。これが容易なのは実にわかりきったことである。

 文章は、我が国においても他の国においても、文章=話し言葉とはいいがたいものであるが、しかし大体において文章と話し言葉とは、その性質・作用・体形や人間との関わりにおいてほとんど近いものであり、場合によっては「文章も話し言葉も同じものだ」と言っても差し支えないものである。

 いずれにしても、話し言葉と遠い距離があるわけではない文章というものの中でも、特に実用的なのに至っては、やはり「鉛筆を買ってこい」「郵便を出してこい」などという言葉とあまり違わないものであると同時に、これを書くこともまた実に容易なのである。

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